1章 魔法大学入学 ジャガーノート6
続き
ジャガーノート:覚醒と代償
ミルディアスは、押し寄せる魔物の大群の中を、まるで嵐の中心に立つ巨人のように立ち塞がっていた。六本の腕が縦横無尽に振るわれ、黒い魔力の奔流が魔物を薙ぎ倒していく。その様はまさに鬼神の如く、血飛沫と断末魔の叫びがダンジョンの通路に響き渡っていた。ガルドたちのパーティーが無事に撤退したことを確認すると、ミルディアスは彼らが戻ったであろう方向へ、わずかに視線を向けた後、再び目の前の敵へと集中した。
彼は、群れの薄い部分を狙い、時に魔力で足場を作り、時には魔力で肉体を強化して突進し、圧倒的な力で道を開いていく。無数の魔物が彼に襲いかかるが、その悉くがミルディアスの放つ魔力によって粉砕されるか、あるいは六本の腕によって叩き潰されていく。しかし、その異常な数の魔物たちを相手に、ミルディアスといえども消耗は避けられない。わずかに魔力の輝きが鈍り、呼吸が荒くなってきた。
激しい戦闘の末、ミルディアスはついに7層の魔物の群れを突破し、その先へと進んだ。周囲には、無数の魔物の死骸が転がり、血と肉の匂いが充満している。疲労の色を浮かべながらも、ミルディアスの目は依然として冷徹だった。
そして、彼はダンジョンをさらに下り、8層へと足を踏み入れた。7層の喧騒が嘘のように静まり返ったその通路を進むと、ミルディアスの強化された嗅覚が、再び覚えのある香りを感じた。それは、微かながら、間違いなく第三王女の香水の香りだった。
(やはり、王女はさらに下の階層に…あるいは、この付近で何かがあったのか)
ミルディアスは魔力網をさらに集中させ、周囲を警戒しながら慎重に進んだ。王女の香りの先には、新たな危険が待ち受けていることを本能的に察知していた。
しかし、8層もまた、静寂は長くは続かなかった。通路の奥から、複数の巨大な足音が響き渡り、やがて視界に現れたのは、7層よりも明らかに強い魔物たちだった。
屈強な体躯を持つオーガロードが棍棒を構え、その背後には武装したトロールたちが続く。そして、その中でも一際異彩を放っていたのは、漆黒の毛並みを持つ、巨大な黒いライノスだった。その魔力は、これまでのどの魔物よりも濃密で、圧倒的な威圧感を放っていた。
8層の地獄:味わったことのない絶望
ミルディアスは即座に警戒態勢に入った。魔力網は全方位へと展開され、迫り来る魔物たちの動きを捉える。だが、その数と質は、彼の予想をはるかに上回っていた。
「くっ…!」
彼はすでに7層での激闘で、かなりの魔力と体力を消耗していた。魔力の腕を形成し維持するだけでも、常に魔力を消費する。そこに、これまでの比ではない数の、そして質の魔物たちが押し寄せてくる。
戦っても戦っても、きりがない。次から次へと現れる魔物たちの波は、まるで無限のようだ。ミルディアスの放つ魔力弾が、巨大なトロールの頭を吹き飛ばしても、その背後から新たなトロールが雄叫びを上げて突進してくる。魔力腕の一撃でオーガロードの巨体が地面に叩きつけられても、すぐに別のオーガロードが棍棒を振り上げて襲いかかる。
彼の魔力でも、この怒涛の猛攻を防ぎきれていない。
ミルディアスの額には、大量の汗が滲んでいた。呼吸は荒く、魔力網を維持する集中力も徐々に削られていく。彼の完璧な戦闘計算が、少しずつ狂い始めているのを自覚していた。
(嘗めていた…)
心の中で、ミルディアスは自らの驕りを認めた。中層まで容易に到達できたことで、自身の力を過信していたのだ。ダンジョンの深層が、これほどまでに苛烈なものだとは。
彼の肉体が、警告を発し始めた。魔力で強化し、酷使し続けた筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋む。魔物の攻撃を受け流しきれず、鈍い衝撃が何度も体を襲う。
ガキィン!
魔力で形成した盾が、オーガロードの棍棒の一撃でひび割れ、砕け散る。その隙を突いて、別の魔物の爪が彼の脇腹を深く切り裂いた。灼熱の痛みが走り、服が破れて鮮血がにじむ。
(中層まで簡単に到達し、天狗になっていた…)
彼は、魔術師としての才覚に溺れ、真の危険を知らなかった。ダンジョンとは、学院の模擬戦とは、桁違いの場所だ。
体中がきしむ。肉体は悲鳴を上げ、魔力も底が見え始めていた。
「これが…ダンジョンか…」
その言葉は、自嘲と、そして深い認識の響きを持っていた。彼の意識が、激しい痛みと疲労によって、急速に薄れていく。全身を襲う倦怠感と、失血による寒気が彼を包み込み、視界がかすみ始めた。このままでは、意識が途切れる――そう悟った、その時。
絶体絶命、そして異形の再生
薄れゆく意識の中、脳髄を貫くような激痛が走り、ミルディアスの意識を無理やり引き戻した。
よろめいたところに、漆黒の毛並みを持つ巨大な黒いライノスが、その巨体を揺らしながら猛烈な勢いで突進してきていた。ミルディアスは咄嗟に魔力障壁を張ろうとしたが、間に合わない。その体は、あまりにも疲弊していた。
「ぐっ…!」
強大な力に、ミルディアスは力負けして吹き飛ばされた。まるで軽石のように、彼の体が壁に激突するまで宙を舞う。全身を打ち付けられ、新たな痛みが全身を駆け巡った。
飛んだ先の壁際で、彼はよろめきながら着地した。しかし、彼の目の前には、巨大な両手斧を振り上げたミノタウロスが立ちはだかっていた。
(しまった…!)
ミルディアスは避けようとするが、ライノスの突進で吹き飛ばされた直後であり、体勢を立て直すことができない。鈍く輝く斧が、そのままミルディアスの左腕に直撃した。
ズダァン!!
激しい衝撃と、骨が砕け、肉が引き裂かれる悍ましい音が響く。
彼の左腕は、肘のあたりから無残にも千切れ飛んだ。
全身に稲妻が走るような、これまで経験したことのない絶望的な激痛。脳がその情報を受け止めきれず、思考が一瞬停止する。
しかし、その瞬間、ミルディアスの本能が、魔術師としての魂が、限界を超えた反応を示した。
千切れ飛んで宙を舞う自身の左腕を、彼の背後で蠢いていた魔力の腕が、まるで意思を持ったかのように掴み取った。
そして、左腕の根本、肉が千切れ、骨が露出した断面から、止めどなく漆黒の魔力がほとばしり、飛んだ左腕へと向かって伸びていく。まるで、命綱のように、離れていく自身の肉体を繋ぎ止めようとしているかのようだった。
「ぁぁあ…!」
痛みで意識が飛びそうになるが、ミルディアスは全身の魔力をかき集め、強靭な精神力でそれをコントロールした。
千切れた肉を、魔力で無理やり血管や神経とつなぎ留めようとする。激しく流れる鮮血を、魔力によって血管の中へ無理やり戻そうとする。
彼の脳裏には、学園の生物研究部で散々見てきた生物の構造、血流、神経の知識が鮮明に蘇る。彼は自身の体がどうなっているか、この瞬間に何が起きているかを、完璧に理解していた。
(血を…流さないことだ…!)
失血は致命的だ。彼は魔力で体の血管を収縮させ、止血を行うと同時に、流れた血液を魔力で操作し、再び体内に押し戻そうとした。全身の魔力を総動動し、肉体の崩壊を食い止める。
ミルディアスの左腕は、千切れたまま魔力網で幾重にも巻き付け固定する、無理やりつながったように見えている。だが、それは文字通り、魔力で固定して魔力で動かしているだけだった。骨も肉も神経も、完全に再生したわけではない。ただ、彼の意志と膨大な魔力によって、壊れた体が「機能している」かのように見せかけているに過ぎない。
だが無限の魔力は尽きることなく、ミルディアスを支え続けている。魔力が続く限り死なない、魔力が続く限り戦える!!
初めて怪我した気がしますね。
ミルディアスはまだまだ成長していくんだよね。




