1章 魔法大学入学 魔法模擬戦3
ミルディアス登場
グレン教授とラガン助教の圧倒的な模範試合、そしてアリスとブラッド、コレットとディアナの激戦が終わった訓練場は、興奮と新たな緊張感に包まれていた。生徒たちは、それぞれの試合から学びを得ようと、真剣な眼差しで次の対戦カードに注目している。
ミルディアス・ブルークアルもまた、その一人だった。彼は最前列で、教師たちの圧倒的な魔法の応酬と、学友たちの創意工夫に満ちた戦術を食い入るように見つめていた。彼の頭の中では、自身の「魔力操作」をどう戦いに応用するか、絶えずシミュレーションが繰り返されている。
「うーん、やっぱ直接的な魔法が使えないのは痛いよな」隣でフレッドが、ミルディアスの肩を小突いた。「俺の風魔法も、まだそこまで精密に扱えないし…」
ミルディアスはフレッドの言葉に頷きつつも、視線はグレン教授へと向けられていた。
「なあ、フレッド。もし、身体強化を使って、何か遠くまで飛ばすとしたら…それは魔法の攻撃になるんだろうか?」
フレッドは首を傾げた。「身体強化ってのは、あくまで自分の身体能力を高める魔法だろ? それで物を投げるのは、結局は『物理攻撃』なんじゃないか? 魔法の範疇に含めるかは微妙だな。だけど、模擬戦のルールでは、直接的な物理攻撃は禁止されてるだろ?」
ミルディアスは「そうか…」と呟き、考え込む。確かに、直接的な打撃や蹴りなどの物理攻撃は禁止されている。しかし、彼はふと、グレン教授が放った**『炎の触手』**のイメージを思い出した。あの、まるで生き物のようにうねり、相手の防御を溶かしていく炎の軌道。あれは、単なる火炎放射とは一線を画す、グレン教授の魔力制御の極致だった。
(もし、俺の魔力も、ああやって形を変えて、遠くまで届かせられたら…?)
授業中も、そして学友たちの試合中も、ミルディアスは密かに自身の指先で魔力を練り続けていた。これまでの「魔力操作」は、自身の内部での制御に終始しており、魔力を外部に放出したり、形状を保ったりすることは一度も成功していなかった。しかし、グレン教授の「炎の触手」が、彼に新たな可能性を示唆していた。
「ミルディアス、どうした? ずっと指先見てるけど」フレッドが不思議そうに尋ねた。
「いや、ちょっと、考え事」ミルディアスはごまかしつつ、集中力を高める。「魔力を…何とかして、外に出せないかと…」
フレッドは怪訝な顔をしたが、深くは聞かなかった。
ミルディアスは、指先から魔力を糸のように引き出すイメージを繰り返した。まるで、自分の指先がセンサーになって、周囲の魔力と共鳴するような感覚。しかし、魔力はただ指先に集中するだけで、外へ出る気配は全くない。
(触手…触手か。そうだ、もっと細く、もっと繊細に…)
彼は、指先からまるで「毛が生える」ようなイメージを強く持った。微細な魔力の流れを、一本の細い糸のように紡ぎ出す。すると、信じられないことに、彼の指の先に、肉眼ではほとんど見えない、産毛のような微かな魔力の気配が生まれた。それは、まるで空気中の埃が光に反射するような、頼りない揺らめきだった。
「…っ!」ミルディアスは息を呑んだ。成功した。ほんのわずかだが、確かに魔力を自身の外へと放出できたのだ。それは、彼がこれまで経験してきた、魔力を体内で制御する感覚とは全く異なるものだった。しかし、これでは攻撃にはならない。
彼は、学友たちの試合を見ながら、さらに思考を深める。アリスの水の盾、コレットの土の盾…防御魔法の重要性。そして、ブラッドの「ダークペイン」が物理的な防御をすり抜ける様子。
「なあ、グレン先生」ミルディアスは、休憩時間になったところで、意を決してグレン教授に話しかけた。
「どうした、ミルディアス。何か困ったことでもあったか?」教授は彼に目を向けた。
「あの…もし、身体強化で身体能力を高めて、地面の土を丸めて投げた場合、それは模擬戦で使っても大丈夫でしょうか? 物理攻撃に分類されませんか?」ミルディアスは少し躊躇いがちに尋ねた。
グレン教授は、一瞬目を丸くしたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。「ほう、お前らしい発想だな。身体強化で投擲か…面白い。だが、言葉で説明するより、実際に試してみるのが一番だ。ルールに抵触するかどうかは、私が判断してやる」彼はそう言って、訓練場の壁を指さした。「そこに投げつけてみろ。どんなもんか見てやる」
ミルディアスは、教授の言葉に少し驚きながらも、すぐに訓練場の隅へ移動した。彼は地面にしゃがみ込み、魔力を右腕に集中させる。そして、地面の土を小さな塊に丸めると、渾身の力を込めて壁へと投げつけた。
「フッ…」グレン教授は、彼が投げた土塊が壁に当たるのを静かに見守っていた。
土塊は、ただの土とは思えない速度で壁に激突した。
「ドンッ!!」
鈍い、しかし重々しい衝撃音が訓練場に響き渡った。そして、壁には彼が投げた土塊の形そのままに、**約10cmほどの深い穴が穿たれていた。**周囲の壁材が飛び散り、土煙が舞い上がる。
訓練場にいた生徒たちが、その光景にざわめいた。
「うそだろ…ただの土だよな…?」
「あれ、物理攻撃として使ったら、やばいんじゃねぇか…?」
グレン教授は、壁に開いた穴をじっと見つめていた。彼の表情から笑みが消え、真剣な眼差しがミルディアスへと向けられる。
「ミルディアス。今の攻撃は…殺傷能力が高すぎる。模擬戦では決して使ってはならない」教授の声は、普段の厳格さとは異なる、重い響きを持っていた。「あれでは、相手を戦闘不能にするどころか、間違いなく命を奪いかねん。残念だが、この戦術はNGだ」
ミルディアスは、自身が放った土塊の威力を改めて見て、背筋が凍る思いがした。無意識に放った一撃が、これほどの破壊力を持つとは。
(やはり、直接的な攻撃手段は難しいのか…)
彼は再び思考の迷路に陥った。しかし、指先の「産毛」の感覚が、彼の意識の片隅に残っていた。あれは、物理的な攻撃ではなかった。魔力を外へ出す、新たな「形」の可能性。
次の試合が次々と進んでいく。フレッドの試合も無事に終わり、彼は風魔法の巧みな制御で相手をサークル外に押し出し、見事な勝利を収めていた。
「お疲れ、フレッド。見事だったな、風の壁で相手の動きを完璧に封じてた」ミルディアスは、席に戻ってきたフレッドに声をかけた。
「おう、ミルディアスもありがとうな! お前も、次は頑張れよ!」フレッドは額の汗を拭いながら、力強く頷いた。
ミルディアスは観客席で、ひたすら指先に集中し続けた。「産毛」のイメージから、さらに魔力の密度を高め、少しでも長く、少しでも太く、魔力を外に留めることを試みた。
最初はすぐに霧散してしまう。しかし、何度も、何度も、諦めずに試行錯誤を繰り返すうち、指先から出てくる魔力の「産毛」が、ほんのわずかだが、数センチメートルほどの「毛」のように、かすかに形を保つようになった。それは、肉眼でギリギリ確認できるほどの、頼りないが確かな「触手」の始まりだった。
ミルディアスの心臓が、ドクン、と大きく鳴った。彼は、この微かな「触手」をどう制御すればいいか、まだ全く分からない。しかし、これこそが、彼が魔法を使えない中で見出した、唯一無二の「魔力操作」による遠距離攻撃の可能性だった。
「次、八番目の試合だ! ミルディアス・ブルークアルと…」
グレン教授の声が、訓練場に響き渡る。ミルディアスの番が、ついに来たのだ。彼は席を立ち、自身のサークルへとゆっくりと歩み出した。その指先には、まだ誰も気づかない、微かな魔力の「産毛」が揺らめいていた。
次対戦です。