1章 魔法大学入学 第一話 辺境都市ガルニアと国立魔法大学
第一章 入学編
第一話 辺境都市ガルニアと国立魔法大学
王都イグニスから遥か西方、険しい山脈と広大な森林に囲まれた辺境都市ガルニア。その名を冠する国立魔法大学がそびえ立つこの地は、魔法の才を追い求める者たちにとって、まさに聖地であった。豊かな自然と清澄な魔素に満ちた空気は、新たな生活を始める者たちの心を高揚させる。
ガルニアは、一見すると素朴な地方都市に見えるかもしれない。しかし、その地下には大規模な魔素鉱脈が眠り、都市全体が常に高濃度の魔力で満たされている。この恵まれた環境こそが、国立魔法大学がこの地に設立された最大の理由だった。街の至る所に魔力を利用した街灯や、魔力を動力源とする公共機関が配置され、人々は魔法を生活の一部として当たり前に享受している。
「ふう、ようやく着きましたな。坊ちゃま、長旅お疲れ様でございました」
馬車が揺れを止め、老執事クラウスの声が響く。ミルディアス・ブルークアルは、馬車の窓からガルニアの街並みを眺めた。故郷を離れ、数週間の旅路を経て辿り着いたこの地は、どこか神秘的で、それでいて力強い空気に満ちていた。空には、魔素によって微かに光を放つ粒子が舞い、独特の幻想的な美しさを醸し出している。
「ええ、クラウス。おかげさまで。しかし、随分と大きな街ですね。辺境都市というには、あまりにも活気に満ちている」
「国立魔法大学がある故に、こうして発展を遂げたのでしょうな。あらゆる才覚が集まる場所ですから」
クラウスが恭しく答える。彼の隣には、フローラ、エステル、リーネの三人のメイドが控えている。そして、屈強な体格の下僕、アルフが、彼らを護るように周囲を見回していた。
「坊ちゃま、見てください!あそこに、大学の塔が見えます!すっごく高いですね!」
リーネが指をさす先に、青い屋根の巨大な塔が空に突き刺さるようにそびえていた。それが国立魔法大学のシンボルである『賢者の塔』だ。その巨大な石造りの校舎は、まるで一つの城塞都市のようにも見え、学生たちの学び舎であると同時に、魔法の研究の最先端を行く拠点であることを静かに示している。大学の敷地内からは、時折、魔法の光や爆音が響き、それがこの学府の活気と、そこに集う魔法使いたちの情熱を物語っていた。
「本当だ。あれが噂に聞く『賢者の塔』か。僕もあそこで学べるんだな」
ミルディアスは胸を高鳴らせる。彼の表情は、希望に満ちていた。この大学には、世界中のあらゆる魔法体系と、その道の第一人者である賢者たちが集まっている。彼はそこで、自分自身の抱える大きな謎を解き明かす鍵を見つけられるかもしれないと強く願っていた。
「ええ、坊ちゃまの魔力測定が今から楽しみですわ。きっと、先生方も驚くことでしょう」
フローラが穏やかに微笑む。彼女はミルディアスが魔法を使えないことを知っていても、彼の無限の魔力を信じて疑わない。彼女の言葉には、彼の才能がいつか花開くことへの確信が満ちていた。
「そうですね!坊ちゃまの魔力、きっと規格外ですもの!」
エステルも、控えめながらも確信のこもった声で同意した。彼女たちの純粋な信頼が、ミルディアスの背中をそっと押してくれる。彼らは皆、ミルディアスの苦悩を知っていたからこそ、この大学で彼が望む答えを見つけられるよう、心から願っていた。
「はは、みんなありがとう。僕も、ここで何かしらの答えを見つけたいと思っているよ。この魔力が何のためにあるのか、どうすれば形にできるのか……」
ミルディアスは自身の掌を見つめた。彼の体内には、尽きることのない泉のように、途方もない魔力が常に駆け巡っている。だが、それは魔法という形を取ることは一度もない。それは彼にとって、喜びであると同時に、深く根差した悩みの種だった。
「必ず見つかりますわ、坊ちゃま。このガルニアには、この国最高の賢者たちが揃っているのですから」
クラウスが、その揺るぎない信頼を込めた声で言った。アルフもまた、無言のまま、ミルディアスの鞄をしっかりと握りしめ、彼の旅立ちを見守っていた。
新しく購入した屋敷に荷を解くと、一行は翌日の入学式に備えた。ガルニアでの新生活は、使用人たちにとっても新鮮で、皆が明るい期待に胸を膨らませていた。新しい街の空気、人々のざわめき、そして何よりも坊ちゃまの未来への希望が、屋敷全体を明るく照らしているかのようだった。
「坊ちゃま、夕食の準備が整いました。ガルニアの特産である湖魚を使った料理でございます」
フローラが、夕焼けに染まる窓辺で静かに告げた。
ミルディアスは食事用の大テーブルに着こうとして、ふと手を止めた。王都の屋敷では、食事は常に一人で摂っていた。それが当然のことだったし、慣れていた。だが、この広い辺境の屋敷で、たった一人で食事をする光景を想像すると、なぜか胸の奥にひんやりとした寂しさが募った。
くるりと振り返り、準備に忙しい使用人たちを見回す。クラウスはワインセラーからボトルを取り出し、フローラは料理の最終確認、エステルは食器を並べ、リーネはテーブルの飾り付けに夢中だ。アルフは厨房から運ばれてくる大皿を黙々と受け取っている。皆、思い思いに動いているが、彼らは全員、ミルディアスを想って働いてくれているのだ。
「あの、みんな」
ミルディアスの呼びかけに、全員の動きが止まり、彼に注目する。
「このガルニアの屋敷では、みんなで一緒に食事をしないか?」
彼の提案に、一瞬、沈黙が訪れた。使用人たちは皆、きょとんとした表情で互いの顔を見合わせる。王都のブルークアル家では、主と使用人が同じテーブルに着くなど、考えられないことだった。
最初に反応したのはリーネだった。彼女の顔が、ぱあっと明るくなる。
「えっ!いいんですか、坊ちゃま!?みんなで一緒になんて、嬉しいです!」
リーネは喜びのあまり、ぴょんぴょんと跳ねる。その無邪気な反応に、エステルが優しく微笑んだ。
「坊ちゃまのご提案、大変光栄でございます。しかし、わたくしどもはあくまで使用人でございますので……」
エステルが申し訳なさそうに言うと、フローラがそれに続く。
「坊ちゃまのお気持ちは大変ありがたいのですが、やはり主従のけじめがございます。坊ちゃまは、お一人でゆっくりお召し上がりくださいませ」
フローラの言葉は丁寧だが、その表情は迷いを隠しきれない。長年の慣習と、主への敬意がそう言わせているのだろう。
「いえ、堅苦しいのはなしだ。ここは王都ではない、辺境の地だし、何より、僕はみんなと一緒の方が楽しい。それに、一人でこの広いテーブルに座るのは、どうも落ち着かなくてね。それに、みんなの感想を聞きながら食べた方が、きっと美味しいだろう?」
ミルディアスはにこやかに、しかし確固たる意志を込めて言った。彼の言葉は、上から目線ではなく、まるで親しい友人への語りかけのようだった。
クラウスは静かに目を閉じ、一拍置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「坊ちゃまがそこまでおっしゃるならば……かしこまりました。このガルニアでは、坊ちゃまのご意向に従い、全員で食事をさせていただきます」
クラウスの言葉に、フローラとエステルも観念したように頷いた。だが、その表情には、戸惑いよりも、どこか嬉しそうな色が浮かんでいる。アルフは無言のまま、普段使用人が使う小さなテーブルではなく、大テーブルの端に椅子を運び始めた。彼なりの賛同の意思表示だった。
「ありがとうございます、クラウス!フローラ、エステル、アルフ、リーネも、さあ、それぞれの席に着いてくれ!」
ミルディアスが笑顔で促す。
「わーい!」
リーネは一番にミルディアスの向かいの席に座り、目を輝かせた。フローラとエステルも、少し遠慮がちに、しかし嬉しそうに席に着く。クラウスも静かに自身の椅子を引き、ミルディアスから一席離れた位置に座った。
「ほう、それは楽しみだね。ガルニアは海の幸も豊かだと聞いていたが、湖魚も有名なのか?」
ミルディアスが興味深そうに尋ねる。
「ええ、特に深遠の湖で獲れる『虹鱒』は絶品と評判でございます。今夜は香草焼きにいたしました」
エステルがにこやかに補足した。
テーブルを囲み、家族のように賑やかな食事が始まった。王都での堅苦しい食事とは違い、温かく、和やかな空気が食卓を満たしていく。ミルディアスも、皆の楽しそうな顔を見ながら、心から食事を味わっていた。
食事が終わり、各自の部屋へ戻る際、ミルディアスは自室の窓から満天の星空を見上げた。故郷の空よりも、星々が近く、より輝いているように感じる。夜空には、賢者の塔の頂上から放たれる微かな魔力の光が、街全体を優しく照らしていた。
(明日から、僕の新しい生活が始まる。このガルニアで、きっと答えが見つかるはずだ)
彼の胸には、限りない希望が満ちていた。無限の魔力を持ちながら、一度も魔法を使えなかった少年。その矛盾を抱えながらも、彼は前向きに、来るべき明日を見据えていた。
はじめて投稿します。
手探りでやっていきます。




