石巻戦の熱き夏日
ユリたちの物語
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〔試合前の朝〕
スパイクの紐を結び直していたユリに、徹がそっと声をかけた。
「ユリ、緊張してっか?」
ユリは小さくうなずいて、ほんのり笑った。
「……うん、ちょっとだけ。でも、徹がいっから、大丈夫だよ。」
「オレも同じだっちゃ。ユリがいっから、なんとかなる気すっぺ。」
その様子を見ていた修斗が、からかうように言った。
「なにふたりでイチャイチャしてんのよ~。こっちは手ぇ冷たぐなるぐらい緊張してんだがら。」
真斗が笑いながらボールを蹴る。
「今日の相手、マジで強ぇらしいけどさ、オレらで勝っぺよ! なぁ?」
「うん、やるしかねーよね!」
そこへ原町監督がやってきて、全員を見回す。
「いいが? 今日の相手は手ごわいど。でもな、自分信じて、仲間信じて、最後までやりきれ!」
円陣を組みながら、声を合わせる。
「いぐぞ、仙台ジュニア!」
「おーっ!!」
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〔秋季大会・準々決勝〕
vs 石巻サッカークラブ
秋の空はどこまでも澄みわたり、乾いた風がグラウンドの芝をかすめていく。
夏とは違う、肌寒さを感じさせる空気の中で、県内屈指の強豪・石巻サッカークラブとの一戦が始まろうとしていた。
試合開始のホイッスルが鳴ると、空気が一気に引き締まる。
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〔前半〕
石巻SCは序盤から強気に前に出てきた。
ワンタッチの連携は速く、ボールを失ってもすぐにプレスをかけてくる。仙台ジュニアFCの選手たちは守備に追われながらも集中を切らさず、必死に耐えていた。
ユリのナレーション:
《はやい……パスが速くて正確……でも、まだ、いける》
「ユリ、右サイド、戻れっちゃ!」
監督の声に反応し、ユリは全速力で戻る。
徹はセンターで必死に食らいつく。
徹のナレーション:
《さすが強豪って感じだ……でも、オレらのやり方で、耐えきってやっぺ》
後方からのロングボールを真斗が頭でクリア。修斗がこぼれ球を拾うも、石巻の選手がすかさず奪い返す。
「……全然、前に運ばせてもらえね……!」
それでも仙台ジュニアは慌てなかった。原町監督の指示で、チームはしっかりと守備を固め、奪ったら即カウンターという明確な戦術で臨んでいた。
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〔後半〕
後半10分。石巻の10番がミドルシュートを放つ。ゴール右隅を狙ったが、GKが指先で弾いた。
「ナイスセーブだっちゃー!!」
その直後、ユリが相手のミスを突いてボールを奪う。
「いくっちゃ、徹!」
ユリのパスを受けた徹が中央へドリブル。相手DFを引きつけ、左足で斜めのパスを出す。
徹のナレーション:
《ユリ……頼んだ》
ボールはユリの前に転がった。
ユリのナレーション:
《ここ……抜く。今しかねぇっちゃ》
相手DFの重心が一瞬ずれた――その隙を見逃さず、ユリは足の裏で引いてから股を抜くようにシュート。
――ズバンッ!
ネットが揺れた。
「ゴォオオオオール!!」
ベンチが一斉に立ち上がる。
「ユリ、すげぇぇ!!」
ユリのナレーション:
《……入った。ほんとに、入った……》
徹が駆け寄ってユリの手をつかむ。
「最高だっちゃ、ユリ!!」
「うん……徹のおかげだよ」
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〔アディショナルタイム〕
残り数分。石巻SCは怒涛の攻撃を仕掛けてきた。
「引くなーっ!! ライン揃えろぉー!!」
原町監督の怒声が飛ぶ。
身体を投げ出しての守備。懸命のクリア。
「まだっちゃ! 最後まで守んぞ!!」
徹の叫びに、皆の気迫がひとつになる。
最後のシュートがクロスバーをかすめて外れた――
その瞬間、試合終了のホイッスルが鳴った。
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〔試合終了後〕
ユリはその場にしゃがみこみ、深く息を吐いた。
ユリのナレーション:
《……夢みたい。勝った……ほんとに、勝ったんだ……》
徹が拳を突き上げる。
「いがったな……ほんっとに、いがったな……!」
原町監督の目には、光るものがあった。
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〔帰り道〕
夕方の空は茜色に染まり、秋風が街の並木を揺らしていた。
ユリのナレーション:
《あのシュート……一生忘れらんねぇと思う。
でも、これで終わりじゃない。まだ“次”がある。もっと、強くなりてぇっちゃ》
家の前に着くと、母が駆け寄ってくる。
「おかえり! どうだったの?」
「……勝ったよ」
母の目が潤む。
「そっか……よぐがんばったね、ユリ……!」
「……うん。徹と一緒に、がんばったよ」
秋の風が二人の髪を優しく撫でた。
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〔夜・ストレッチしながら〕
ユリのナレーション:
《明日は準決勝。相手は白石ジュニア。そして、あのGK――高田陸。
でっけぇ壁だ。でも、負げたくねぇ。みんなで、もっと遠くまで行ぎてぇっちゃ》
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◆高田陸対策、特訓スタート!
10月の夕方。西陽が赤く差し込む仙台ジュニアFCのグラウンドには、いつもよりも緊張感のある空気が漂っていた。
準決勝の相手は、県内でも守備力で知られる白石ジュニアFC。
そして――最大の壁が立ちはだかる。
「GKの高田陸が、ま〜〜すんげぇんだわ…」
原町監督がタブレットを持って選手たちの前に立つ。
画面には、高田陸がシュートを次々と止める映像が流れていた。
「小6で身長170超え。手足長げぇし、反応もえれぇ速い。でもな、どんなキーパーでも、必ず弱点があんだ」
選手たちが真剣に画面をのぞき込む。
「ここ見でけろ。相手が低い弾、特にニアサイドへ速いシュートを打ったとき……ちょっとだけ、反応が遅れでら」
原町監督は一時停止して、画面を指で示す。
「つまり――“足元”と“間”だ。
チップ、シュートフェイント、ブラインド……工夫次第で崩せるっちゃ!」
「よっしゃ! オレ、ブラインドから狙ってみるわ」と修斗。
「真斗はクロス精度磨いでけろな!」
「了解っす!」
「今日はな、俺がキーパーやっから。遠慮せず撃ってこい!」
「マジっすか!?」
「監督、やる気満々だな〜!」
「バカにすんな、昔は県選抜の守護神だったんだぞ〜〜!」
笑いが起き、張りつめていた空気が少し和らいだ。
徹がミドルを叩きこみ、ユリが足元からのチップを試す。
真斗のクロスに修斗が飛び込む。
みんなの顔に、次第に“挑む者”の目が宿り始めた。
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◆ユリのナレーション(練習後)
《白石ジュニアって聞いたとき、正直ビビった。
でも、原町監督が言った。「怖がる必要なんてねぇ。大事なのは、工夫すること」って。
――その言葉が、胸に残ってる。》
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◆帰り道のユリと徹
陽が落ちかけた帰り道。
街路樹が赤く染まり、落ち葉が自転車のタイヤにカサカサと鳴る。
「なぁ、ユリ。今回の準決勝……絶対に点取りてぇよな」
「うん。……あたしも。
なんかさ、あのゴールの奥に“もっと先”が見えるんだっちゃ」
「“もっと先”? 決勝の先ってか?」
ユリはにこっと笑って言った。
「全国。……あそこまで行って、オレらのサッカー、見せてみてぇ」
徹は、ふっと息を吐いて、前を見据える。
「んだな……じゃ、やるしかねぇな。明日も練習付き合うっちゃ」
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◆ユリの夜・秋の空気の中で
湯船に肩まで浸かったユリは、ほぅっと長く息を吐いた。
「はぁ〜…今日も気持ちよがった〜〜」
湯気の中、ぼんやりと今日の練習の風景が浮かぶ。
《徹のミドル、強かったなぁ。監督、また笑ってた。
でも、まだ足んねぇ。あの高田陸を崩すには、もっと工夫しねぇと》
風呂上がりに髪を乾かしながら、スマホを見る。
徹からのメッセージが届いていた。
【ユリ、今日のチップマジでキレてた。明日もあれ、磨こっぺな】
ユリの頬が、ほんのり緩む。
【ありがとう。徹のパス、ほんとに良かった。
明日も、放課後、グラウンド集合な!】
【OK! ゆっくり休めよ〜。おやすみ!】
ユリはスマホを伏せ、手帳を開いてメモをつける。
「高田陸対策→低弾・タイミングずらし・フェイント。
徹→パス精度高し。真斗→クロス合わせ確認」
部屋の窓を少し開けると、秋の虫の声が優しく耳をくすぐった。
ユリのナレーション:
《明日は最終調整。きっと、いい準備ができる。
それが、オレたちの“戦う力”になる。
……がんばっぺ、オレ》
静かに電気を消し、布団にもぐりこむ。
目を閉じたその先に浮かぶのは、
高田陸のゴール、そして、
徹からのパス――
ユリは、そっとつぶやいた。
「……決めてみせっから。オレの一発」
秋の夜が静かに、更けていった。