「ユリとのデートをかけた秋
秋風に乗せたホイッスルと、約束のアイス
秋の風が少し肌寒くなり始めた頃。
ようやく巡ってきたトーナメント戦の相手が発表された。
「気仙沼サンロイヤルズだってさ」
徹が紙を掲げながら言うと、チームに緊張が走る。
だが、徹は逆に闘志を燃やしていた。
「よっしゃ、気合い入れてぐっちゃ!」
「徹、めっちゃ気合い入ってんな〜」
「当たり前だべ。ユリとのデートがかかってんだもん。絶対優勝すっからな!」
「……んだば、うちも気合い入れてがねばなんねな」
「んだば、軽くミニゲームでもやっか?」
「いや、今日はへばってる〜。帰って休むっちゃ。喉も渇いたし」
「そっか。じゃ、また明日な」
「うん。またね」
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秋の午後、決意の散歩
秋休みが終わり、平日の夕方にも関わらず、徹と歩く夕涼みが日課になっていた。
落ち葉を踏みしめながら、二人の笑い声がそっと秋空に響く。
「なぁ、徹。優勝したら、どご行ぐ?」
「んだな……バス乗って仙台駅さ行って、映画でも観っか?」
「いいね、恋愛モノがいい」
「俺はドカーン!って派手なアクション観てぇな〜」
「ダメだっちゃ。女心わがらんと、モテねっちゃよ」
「俺はユリにだけモテれば、それでいい」
照れながらユリが徹の腕を小突く。
茜色に染まる空の下、そのやり取りが胸に染みた。
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トーナメント初戦、ホイッスルが秋空に響く
ついに試合開始。秋気が帯びたピッチに鋭いショットがこだまする。
ユリは青いユニフォームでピッチに立ち、袖をぎゅっと握った。
「やったるけんな」
立ち上がり、仙台ジュニアFCは真斗が右サイドを駆け上がり、ユリのワンタッチパスからゴール!
1–0! 真斗のスゴイゴールに、親指を立てる真斗にユリも小さくガッツポーズ。
しかし相手は強い。
前半アディショナルタイム、1–1の同点に追いつかれる。
「……まだ、終わっとらんけん」
自分に言い聞かせるユリ。
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後半、二人でつかむ決勝点
後半終盤、ユリが中盤でボールを奪い、徹へ鋭いパス。
「……行け、徹!!」
徹は右足を振り抜き、見事決勝ゴール!
2–1! 二人は駆け寄り、笑顔でハイタッチ。
秋の寒さも忘れるほどの、心地よい高揚感に包まれた。
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原町監督の鼓舞
試合後、原町監督が選手たちの前に麦わら帽子を持って立つ。
「よくやったな。
真斗のゴール、ユリの視野、徹の決勝点。全部あっぱれだ。
……けど、満足していいのは今夜だけだ。
明日にはまた“挑戦者”。勝って驕んな、負けて腐んな。
お前らの価値とは、関係ねぇ」
大きな声で続けた。
「おら、笑え! 勝ったんだから、まずは笑顔だ!!」
「「うおおおおお!!!」」
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帰り道の約束
ロッカーから出ると、夕暮れの帰り道。
「次も勝ったら、映画じゃなくて遠出しねぇ?」
「どこさ?」
「松島とか、景色きれいらしいし」
「…いいよ。でも、ぜったい優勝せねばね」
「おう! 絶対勝っぺ!!」
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家前でのひとこと
家の前で立ち止まり、ふたりは手を振り合う。
「また明日な」
「うん。またね、徹」
ユリが背を向けかけたとき、ふと振り返る。
「……ねえ、徹。今日のプレー、ほんとにかっこよかったって思ってるから」
徹は照れ笑いでうなずいた。
「ありがとう。ユリも、輝いてただ」
扉の前でのシーンに、秋の茜色がやさしく映えた。
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夜の交換メッセージ
風が心地いい夜。スマホに徹からのメッセージ。
【徹】
『今日、ほんとにありがとな!ユリのアシスト、完璧だった』
【ユリ】
『ううん、こっちこそ…徹がゴール決めてくれて、すごくうれしかった』
【徹】
『明日また一緒に行こっか。朝、迎えに行くよ』
【ユリ】
『うん、6時半に玄関で待ってるね』
【徹】
『OK!さっき言ってくれたこと、すごくうれしかった』
【ユリ】
(少し間を置いて)
『…わたしも徹の言葉、ずっと大事にする』
【徹】
『じゃ、また明日。おやすみ、ユリ』
【ユリ】
『おやすみ、徹』
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夜の「ゆめのノート」
ベッドでノートを開き、今日の出来事を記す。
「徹となら、どこまでも行ける気がする。
だから、あきらめない。
この夢を、信じ続ける」
秋の夜風が、そっとページを撫でた。
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夢の中の二人
夢見心地で見た光景。
アイス屋の前に並んで立つふたり。
「どれにする?」
「チョコミント!」
「俺、ストロベリー。…半分こする?」
「いいよ。スプーン2つね」
笑い声が、秋の夜空に溶けていった。
夕暮れの手紙と、四つの決意
放課後のグラウンド。
陽が傾き、秋の空が金色に染まり始めるころ――
徹は、ひとりベンチの端に腰を下ろしていた。
手の中にあるのは、ユリからの小さな手紙。
数日前、練習帰りにすれ違いざま、そっと手渡されたものだった。
「……いま読まんでいいけ。だけ、ちゃんと取っといて」
照れくさそうな笑顔と、少しだけ揺れた声が心に残っていた。
静かに封を開け、紙を広げる。
徹へ
練習、いつも一生懸命で、まっすぐで、うち……ずっと見てた。
この大会、まだ決勝までは道のりが長いけど、
徹なら、ぜったいに乗り越えられるって信じてる。
試合が終わったら伝えたいことがある。
だけんど、言葉にする勇気がまだ少し足りなくて、
先に手紙で渡すことにしました。
うちは……徹のこと、好きだよ。
短い文章。
だけど、ひとつひとつの言葉が、徹の心に真っすぐ届いた。
小さな文字の中ににじんだ、ユリのやわらかさと、強さと、勇気。
ページの向こう側から、ユリの声が聞こえてくるようだった。
徹は手紙をそっと胸ポケットにしまい、深く息を吸った。
「……決勝まで、あと四つ」
ひとつひとつの試合。
そのすべてを越えた先に、ユリが待っている。
「絶対、勝ち進む。ユリの想い、無駄にしねぇ。おれも……ちゃんと伝える」
夜の風が頬をかすめる。
その風すらも、どこか背中を押してくれている気がした。
グラウンドには、仲間たちの声が響いていた。
「おーい徹ー! 次、ミニゲームだぞー!」
「今行ぐ!」
立ち上がった徹の顔に、迷いはもうなかった。
決勝まで、あと四つ。
ユリへの想いを胸に、徹は前を向いて歩き出す。
グラウンドに響く決意の音
十月、午後のグラウンド。
澄んだ空気のなかで、ボールの弾む音が乾いた地面を転がる。
「はい、ラスト一本! 切り替えて!」
原町監督の声に、徹が素早く反応した。
中盤でパスを受けると、くるりとターン。スピードを殺さず一気に抜け出す。
「徹、うしろ来てる!」
「わかってら!」
追ってくるDFを振り切り、右足を振り抜いた。
シュート音が高く響き、ボールはネットを揺らした。
「ナイスー!」
「よっしゃああっ!!」
徹の表情は、これまで以上に真剣だった。
どのパスにも迷いがなく、どの走りにも気迫がこもっている。
「……変わったな、徹」
ユリはその背中を見つめながら、小さく息をのんだ。
自分が書いた手紙が、あの表情を引き出したのかと思うと、胸がきゅっとなった。
けれど、同時に、ふつふつと熱い想いがこみ上げてくる。
「徹の彼女になるって、きっとすごく嬉しいことだ。だけど——」
自分も、それにふさわしい存在でありたい。
ただ好きなだけじゃなくて、同じピッチで、同じ方向を見て走れる相手でいたい。
「うちも……負けてられんけ」
スパイクの紐をきゅっと結び直す。
夕方の冷たい風が頬を撫でても、胸の奥は火照っていた。
——次の試合、絶対に決める。
——徹にふさわしいプレーをする。
そう誓いながら、ユリはピッチへと走り出した。