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あの日の春風は今も  作者: リンダ


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37/39

予選リーグ最終戦を前に

予選リーグ最終戦・韓国戦 前日 ― 大船徹、練習場に現る

ブラジル・サルバドール近郊。

午後の陽射しが、練習グラウンドの芝を金色に染めていた。

選手たちが軽いジョグから連携確認へと移る中、ひときわ背の高い影がゲートをくぐる。

その人影に気づいたスタッフがざわめいた。

Jリーグ・ベガルタ仙台のエースストライカー、大船徹。

日本サッカー界の象徴ともいえる存在が、わざわざオフを利用してやって来たのだ。

胸には、薄い額に入った一枚の写真。

それは――ユリの遺影。

共に震災の街を歩き、同じ夢を見た少女の笑顔が、静かにそこにあった。


柚月との再会

柚月がボールを止めて振り向く。

汗に光る前髪の向こうで、徹と目が合った。

ほんの数秒の沈黙。

二人の間に、ユリの面影が流れる。

柚月「……徹。ほんとに来てくれたんだ。」

徹「ああ。リーグが中断に入ったんだ。だから、迷わず飛んできた。」

徹は胸に抱えていた遺影を、そっと見せた。

ユリの笑顔。その前で言葉が自然に落ちる。

徹「ユリの夢、ここで叶えてくれ。

 “日本が世界一になる瞬間を、柚月の隣で見たい”――あいつ、そう言ってた。」

柚月「……うん。あの子の“間”は、今もここにいる。」

徹はユリの遺影を胸に当て、少しだけ空を仰いだ。

「俺も現役として、あの言葉を引き継ぐよ。

 “俺は最強だ”って、国枝さんが言ってたろ? あれと同じだ。

 プレッシャーに勝つには、信じきるしかない。

 だから――お前たちは、最強だ。」

柚月の目にうっすら涙が浮かぶ。

「ありがとう、徹。……必ず、勝つ。」


チーム全体へのメッセージ

原町監督の招きで、徹は選手たちの輪の中へ。

皆が自然に拍手を送る。

徹「みんな、いい顔してるな。

 Jリーガーとして、今日ここに来れて本当に誇らしい。

 “勝てるかどうか”じゃない。

 “勝つためにやるかどうか”なんだ。

 ユリも天国で笑ってる。俺も、明日のスタンドでこの遺影を胸に応援する。

 絶対、勝とうぜ。世界一になろうぜ。」


その夜。

柚月はホテルの部屋で、静かに手帳を開いた。


“外す勇気、通す誠実、間を作る。”

その下に、新しい一行を加える。

“信じる強さ――俺たちは最強だ。”



翌朝、韓国戦。

徹はブラジルのスタンドで、胸にユリの遺影を抱え、静かに立っていた。

空を見上げ、つぶやく。


「ユリ、見てろよ。お前の仲間たちが、世界を獲る。」


ホイッスルの音が響く。

日本 vs 韓国――運命の最終戦が、いま始まった。



前日ミーティング(韓国戦)――状況整理とゲームプラン最終確認

1) グループ情勢(A組)


日本:勝点6(2勝0敗)/得失点差 +2


カナダ:勝点3/得失点差 +1


韓国:勝点3/得失点差 0


スウェーデン:勝点0/得失点差 −3


確定条件


日本:引き分け以上で1位通過確定。


仮に敗戦でも、得失点差・総得点で上回れば1位の可能性あり。


“無理に取りに行く”よりリスク最小で主導権維持が最適解。


2) 韓国スカウティング最終版(要点だけ)


10番 ジ・ソヨン:受けて“前を向く”瞬間が心臓。縦ラストパスとPA角の一撃。


LSB チャン・セルギ:運搬力+内側配球。左の内回廊が発電機。


イ・グンミン/チェ・ユリ:斜めの抜け・カットイン→ニア詰め。


守備はブロック完成が速い。一発より揺さぶり回数で崩す相手。


3) 日本のゲームプラン(合図=“斜め→外す→遅い縦”)


フェーズA:15分まで(温度管理)


“撃って終わる”より保持で終わる。観客の時間に乗らない。


PA手前の内向きファウル厳禁(=FK/CK献上を回避)。


被CK≦1をKPIに。


フェーズB:15’〜65’(刺す準備→三回目で刺す)


内>外の原則で相手IH/SBの視線をズラす。


マイナス折り返し→置き→二次波をテンプレ化(GK一発止めの後に仕留める)。


ショートCK多用(6yd密度回避→二度目の配球)。


フェーズC:リード後/終盤クロージング


外で完結→タッチへ。中央クリアは再波状の餌。


カード管理:感情の接触をゼロに。


保持で終わる三角(サイドの三人称)で“時間は面”を作る。


4) 「誰が誰を見る」(役割割当)


美里(LCM)× ジ・ソヨン:半身遮断で縦パス線を切る。


柚月(RCM):影マーキングで“前向き受け”を各ハーフ3回以下に抑制。


右SB × チャン・セルギ:内レーン封鎖優先。外は遅らせ→戻り待ち。


西野(CB)× イ・グンミン:ニアの“型通りの入り”を身体で外へ。


葵(GK):二歩→ゼロのリズム。「出ない」を明示し、6yd主権を維持。


セカンド回収=柚月固定(二次波の起点)。


5) セットプレー・特記事項


守備CK:ニア=國武(人)/6yd=ゾーン+葵コマンド/ファー=西野(人)。


攻撃CK:ショート→アウトサイド→マイナスの三手。直入れ勝負は回避。


PK/VAR:PA角での軽い接触に注意(主審傾向チェック:前半10分で基準把握)。


6) KPI(今日の“数字の呼吸”)


被CK:≦3


PA内被ファウル:0–1


ジ・ソヨンの“前向き受け”:各ハーフ≦3回


マイナス折返しからの二次波シュート:3本以上


不用意ロスト(自陣中央):0


7) 交代プラン(スコア別)


拮抗(60’):シャドー/IHに“遅れて入る走力枠”(渡瀬 or 相沢)→二次波人数確保。


先行(75’):美里一列落としの3枚形で中央圧縮/柚月は遅い縦専担。


ビハインド(70’):片側を偽WG(内滞在)+逆サイドはスピードWG、CKは長身DF前進。


8) 監督・締め


原町

「状況は俺たちにある。引き分け以上で首位通過。

でも“守るために守る”はやらない。理解の速さで上書きする。

“外す勇気、通す誠実、間を作る勇気”。

**ここにいるみんなは最強だ。**浮かないで行こう。」


9) 岩出コーチ・最終一言


岩出

「“見る→寄る→外す→通す”。順番を崩すな。

セルギの内、ジの前向き――そこだけ消せば、ゲームはこっちの温度になる。」


最後に円陣。

全員「最強で、通す!」

スタンド最上段、徹がユリの遺影を胸に静かに頷く。

風が、また一つになった。




韓国戦前夜 ― “湯けむり作戦会議”


ブラジルの夜、湿った風がホテルの廊下を通り抜ける。

夕食を終えたなでしこジャパンの選手たちは、順に浴場へ。

「明日が勝負やね」「しっかり温まって寝よ」――

笑い声と湯気が混ざり合う。


湯けむりの中の作戦会議(選手のみ)


湯船には、美里、柚月、葵、日比谷、西野、國武。

お湯の表面に湯気が立ちこめ、柔らかな光が頬を照らしている。

自然と、会話の流れは“明日”のことに向かう。


美里「明日、GK交代するって決まったらしいね。」


葵「うん、前半は私、後半は三浦さん。

 監督が、“試合のテンポを変える”って言ってた。」


柚月「それ、面白いね。前後半で“目”が二つになる。」


西野「相手のペースを崩すのにも効果あると思う。

 葵がリズム作って、三浦が締める。いいコンビじゃん。」


葵(少し照れながら)「じゃあ、前半は私が“未来貯金”するね。

 後半で三浦さんが“利息”つけて返してくれる感じで。」


日比谷(笑って)「なにその新しい金融商品。」


湯気の奥で笑い声が弾む。

けれどその眼差しは、確かに試合を見据えていた。


柚月「ユリがいたら、こう言いそう。

 “焦んな、うちらはうちらのリズムで行け”って。」


その一言に、誰もが黙ってうなずいた。

一瞬、湯気の向こうで――ユリの笑顔が浮かんだような気がした。


風呂上がりの全体ミーティング(監督・コーチ登場)


夜9時半。

入浴を終えた選手たちがチームルームに集まる。

そこに、原町監督と岩出コーチが入ってくる。

ホワイトボードの前には、韓国の攻撃ラインの図。


原町監督

「コンディション、悪くないな。

 明日はグループ首位通過を決める。

 ただし、“守りに入る試合”はしない。引き分け狙いは絶対にやめよう。

 GKは前半葵、後半三浦。これはチーム全体の呼吸を変える作戦だ。」


岩出コーチ

「韓国は後半にスピードを上げてくる。

 だから、前半でテンポを握るのが葵の役目。

 後半、三浦が出るときは相手の動きを見切る。

 リスクを恐れるな。リズムで勝て。」


原町監督

「お前たちはもう“守る側”じゃない。

 世界を取りに行く側だ。

 車いすテニスの国枝慎吾さんが言ってた言葉を思い出せ。

 “プレッシャーに勝つために、俺は自分に『俺は最強だ』と言い聞かせた”と。

 いいか――お前たちは世界最強の女子サッカーチームだ。

 明日、証明してやろうぜ。」


全員の胸が高鳴る。

葵はそっとグローブを握りしめた。

柚月と美里が目を合わせてうなずく。


「ユリ、見ててね。うちら、行くよ。」



韓国代表ロッカールーム――「勝ち点3」しか見ない

白いボードに太い赤線が走る。

監督・キム(仮)はペン先で中央を叩き、短く言い切った。

キム監督

「무조건 이긴다.(無条件で勝つ)

勝ち点3だけ見ろ。引き分けは無い。」

選手たちの視線が一点に集まる。静かな熱が広がる。


檄と設計コアメッセージ



「日本はリードしたら保持で終わる。そこで焦るな。揺さぶり回数で上書きする。」



「15分は我慢、20分からギア。後半は速度×人数。交代カードで走力を足す。」



「CK/FKを稼げ。彼らはゾーン+マンのハイブリッド。ニア一発目を外せば崩れる。」



「**GK交代(前半:葵/後半:三浦)**を利用する。交代直後の5分、必ず枠に飛ばせ。」




役割の明確化(“誰が誰を見る/突く”)



10 ジ・ソヨン:「前向き」を三拍で作る。

1拍目=受ける、2拍目=外へ見せる、3拍目=内へ刺す。



LSB チャン・セルギ:右SB背後のハーフスペース背面を往復。クロスはマイナス優先。



CF イ・グンミン:CBの“型通りの入り”を体で外へ。ニア→ファーの反転ダッシュ。



RW チェ・ユリ:切り返し一回。PA角の置き撃ちでセーブの“出ない宣言”を揺らす。




プレス・トリガー(合図の取り消し)



右CB→右SBの横パス:合図。外を締めて内へ追い込む→ジのカウンターレーン開通。



日本IHが“斜めを見せた瞬間”:前向きの足を止めさせ、背中から奪う(二人目が前進)。



ショートCK準備を見たら:キッカーと受け手の間に割り込み、二度目の配球を切断。




KPI(数値で勝つ)



被ショートCK許容:≤2



枠内シュート:前後半各4本以上(交代GK直後の5分で2本確保)



サイドチェンジ成功回数:前半6/後半8



PA内被ファウル:0(PK・危険FK厳禁)



トランジション復帰3秒(遅れたら外で切る)




セットプレー・奥義



CK:ニア厚め→ファー裏ラン(スクリーンは主審傾向を前半10分で確認)。



FK(35m以内):落ちる球×こぼれ二次波。日本は一発止めが強い、二発目で仕留める。




キム監督はボードを消し、拳を握った。

キム監督

「우리는 이긴다.(俺たちは勝つ)

高さも、速さも、恐れるな。

“彼らの合図(斜め)”を取り消せ。

風はこっちへ引き寄せる。파이팅!」

ロッカールームに声が重なり、靴音が一斉に立つ。

トンネルの先、青いピッチ。

韓国は勝ち点3だけを見て、歩み出した。




決戦のピッチ ― 韓国戦キックオフ


午後6時。

スタジアムを包む照明が一斉に点り、観客のざわめきが波のように広がる。

空気は張り詰め、湿った風がゴールネットをかすかに揺らした。


実況の声が響く。


「いよいよ予選リーグ最終戦、なでしこジャパン対韓国代表――運命の一戦が始まります!」


両チームの立ち位置


すでに勝ち点6で首位に立つ日本。

勝ち点3が絶対条件の韓国。

勝つか、散るか――その分かれ道に、両チームの覚悟がぶつかり合う。


なでしこジャパンの選手たちは肩を組み、円陣を組む。

キャプテン美里が叫ぶ。


美里

「このチームで、最高のサッカーをしよう!

 相手がどんなに前に来ても、うちらは“笑顔でつなぐ”!」


声が夜空に響く。

対する韓国は、監督キムの檄で闘志を燃やしていた。


キム監督

「勝ち点3以外、ありえない! 한국, 가자(行くぞ)!」


火ぶたが切られる


主審のホイッスルがスタジアム全体に響いた。

ボールが動く。

韓国が一気に前線へ。ロングパスを放り込み、日本の最終ラインへ圧力をかける。

だが葵の冷静なセービングで、まずは日本が凌ぐ。


その直後、日本もすぐに反撃。

右サイドを柚月が駆け上がり、クロスを上げる――惜しくもDFがクリア。


ベンチから原町監督の声。


「いいぞ、そのテンポで続けろ!」


ピッチには、緊張と興奮が入り混じる。

誰もが息をのむ瞬間。

ボールが転がるたびに、観客席の歓声が波のように押し寄せた。


この瞬間、

なでしこジャパンはトップ通過をかけたプライドの戦いを、

韓国代表は生き残りを懸けた背水の陣を、

それぞれの思いを胸に――

静かに、しかし確実に火花を散らし始めた。




試合前の祈り ― ユリへの言葉


ピッチに立つと、夜風がほんのり潮の匂いを運んできた。

柚月は深く息を吸い込み、胸に手をあてる。

スタンドの上、徹が掲げるユリの遺影が照明を受けて光っていた。

あの笑顔が、まるでそこにいるみたいだった。


柚月(小声で)

「……ユリ、聞こえっか?

 おめぇの夢だった“なでしこジャパン”、

 今、うち、ここに立ってっからな。」


小さく息をつく。

震える指をぎゅっと握る。


柚月

「やっと、ここまで来たよ。

 “世界、いっしょに見に行ぐべ”って言ったべ?

 約束、守っからな。

 だから――ユリ、力貸してけろ。」


一瞬、風がふわりと頬をなでた。

まるで答えるように。


柚月(目を細めて)

「……うん、わがった。

 そこにいんだべ、ユリ。

 見でてけろな。

 うちら、やっから。」


主審の笛が響く。

柚月は前を向き、静かにボールを蹴り出した。

その一歩は、天国のユリへと続く“約束のキックオフ”だった。



開戦直前 ― 天から届く声


スタジアムのざわめきが、次第に遠のいていく。

柚月はピッチ中央で立ち尽くしたまま、ふと耳を澄ませた。

風の流れが変わった――そう感じた瞬間だった。


照明の光が、ユニフォームの青をやわらかく照らす。

その中で、どこか懐かしい声が、

胸の奥をやさしく震わせた。


ユリの声(風のように)

「……柚月、おめぇなら、きっとやれっからな。

 今までやってきたべ? あの冬の練習、あの雪の日も。

 全部、無駄じゃねぇがら。

 おめぇの蹴るボールは、想いごと届ぐんだ。」


柚月は、はっと顔を上げる。

胸の奥があたたかくなる。

スタンドのざわめきも、笛の音も、今はもう聞こえない。


柚月(小さく)

「……ユリ、ありがとな。

 見でてけろな、うち、やっから。」


その頃、ゴール前では葵が手袋のベルトを締め直していた。

その耳にも、確かに届いていた――あの声が。


ユリのやわらかく

「葵、おめぇの守備力は、世界一だっちゃ。

 怖がんな、いつもの通りでいいっちゃ。

 背中に、みんなの想い背負ってっからな。」


葵は一瞬、目を閉じて息を吸い込む。

心の中で静かに答える。


葵(心の声)

「ユリ……聞こえだよ。任せでけろ。

 うちら、必ず守っからな。」


そのとき、主審のホイッスルが高く鳴り響く。

一瞬の静寂を切り裂くように。


柚月がボールを蹴り出す。

葵がゴールを守る。

ユリの声に背中を押されながら――

なでしこジャパンの、最終決戦が動き出した。


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