カナダ戦
カナダ戦 当日 ― 試合ミーティングからロッカーへ
午前9時。白い壁に朝の光が差し、会議室のスクリーンには「CAN|傾向と対策」のタイトル。
原町監督は腕時計を外し、テーブルに置いたまま立つ。
原町「テーマは“通す誠実”。速さで勝負しない、理解の速さで勝つ。
最初の15分、観客の時間に乗らない。ローレンスの内は封鎖、フレミングは前向き“0”。
セットは“ニア=國武(人)/6yd=葵のゾーン/ファー=西野(人)/セカンド=柚月”。」
岩出アナリストがリモコンを押す。
映像には左SBアシュリー・ローレンスのスプリント→一発の縦。さらにヴァネッサ・ジルのCK空中戦、GKシェリダンの至近距離セーブ。
岩出「カナダは“退くより戻る”。前から奪えなければ隊列が乱れる。
マイナス折返し→置きシュート→二次波のテンプレ化で、シェリダンの一発止めの直後を仕留める。
KPI:被CK≦2、ローレンス助走距離15m未満、フレミング前向き≦3、PA内被F=0。」
美里が手首テープに太字で書く――内>外。
柚月は胸の「JAPAN」を一度なで、ページの端に小さく線を引いた――通す=信頼。
葵は手の甲に**✓をひとつ、そっと加える。「“出る二歩、戻る半歩”**でいきます」
短い休憩。紙コップの水が、手の中でかすかに揺れる。
ピッチサイド・ウォークスルー
芝は朝露を吸って、指で弾くと低く鳴った。
右サイド、渡瀬がダミーランの角度を確認し、相沢が背中で受ける動きを合わせる。
美里は半身で配球線の遮断をなぞる。國武と西野はCK時の立ち位置をテンポよく入れ替え、
葵はゴールライン上で二歩、二歩、ゼロ――出ない勇気のリズムを刻む。
原町はホイッスルを鳴らし、最後の共有。
原町「“通す誠実”は、縦パスのことじゃない。互いの理解を通すってことだ。
“撃って終わる”より“保持で終わる”時間を大事に。数字の呼吸は、こっちが合わせる。」
全員がうなずき、輪がほどける。
ロッカールーム ― 試合直前
ユニフォームが吊られたラックの前、空調の音が遠い。
美里は静かに立ち上がり、短く言う。
美里「合図は置いてく。浮かない。勝つつもりで引き分けも拾う。でも今日は、通す。」
笑い声は出ない。かわりに、背中を軽く叩く音が重なった。
手首テープが、きゅっと締まる音。スパイクの金具が床を噛む音。
原町がドアに手をかける前に、ふと明かりが少し柔らかくなった気がした。
柚月が視線を落とす。胸の奥で、風がゆっくり回る。
柚月の“語り” ― ユリへ(繊細に、静かに)
ロッカーの隅、ベンチに腰をかけて、タオルで指先の汗を拭う。
誰も喋らない数秒が、薄い膜みたいに場を包む。
その薄膜の向こう側から、あの声が染みこんでくる――気がした。
ユリ「高さもスピードも、あっちが上でもな、
おめだぢさは“間”があるべ。呼吸ずらせる“間”だ。
やってきたこと信じで、まっすぐ通せ。だいじょぶだっちゃ。」
柚月は、誰にも聞こえない大きさで、唇だけを動かす。
柚月(小声)「ユリ、聞こえだよ。
“外す勇気”は通じた。今日は“通す誠実”で行く。
スタジアムが黙る瞬間、怖がらない。
その沈黙を、うちらの合図に変えるから。」
タオルをたたみ、手帳を開く。最後の行――
“世界基準の斜め――外す勇気、通す誠実、間を作る。”
指先でなぞり、そっと閉じる。
胸のJAPANを一度だけ撫で、目を閉じる。
深呼吸――吸って、二拍止めて、吐く。
ユリの声が、風の手触りになって肋骨の内側を撫でる。
ユリ「いぐべ、ゆづき。
“通す”ってな、好きに蹴ることじゃねぇ。
“信じで預ける”ってことだ。」
柚月「……うん。預ける。託す。みんなへ、未来へ。」
目を開けると、葵が正面に立っていた。
右手の甲の**✓**を、無言で見せる。
美里が親指を立てる。言葉は要らない。呼吸だけが、同じ速度で並ぶ。
入場口 ― トンネルの影で
スタジアムが揺れる。カナダの赤、日本の白。
トンネルの奥から、芝の匂いと太陽の光。
笛の音がまだ遠いうちに、三人は小さく輪をつくる。
美里「内>外、半身遮断。被CKは2まで。」
葵「二歩基準、ファーは“出ない”。声で寄せる。」
柚月「“見せて外して、三回目で通す”。マイナス→置き→二次波。」
輪が解ける瞬間、かすかな追い風。
ユリが笑った気がした――“いがったなぁ”って。
笛が近づく。
柚月は空を見ず、前だけを見て、静かに頷く。
柚月(心の中で)「ユリ。
風が止まっても、私たちの合図は止まらない。
“通す誠実”で、行ってくる。」
ライトが開き、芝がまぶしい。
ピッチへ踏み出すスパイクの音が、合図の一拍目になった。
前半アディショナルタイム ――試練の45分目
45+1分。
日本が終始プレッシングをかけ、主導権を握ったまま前半が終わろうとしていた。
スタジアムの空気は、日本のテンポに完全に染まりつつある。
それでも、サッカーは一瞬の油断を許さない。
カナダのカウンター ― 風向きが変わる一秒
右サイドの美里が高い位置でボールを奪い、日比谷へとつなごうとしたその瞬間――
カナダのボランチ、フレミングが鋭くカット。
日本の中盤にぽっかりと空いたスペース。
「戻れ!」原町監督の声が飛ぶ。
ローレンスが左サイドを疾走。
たった5秒でタッチラインからゴール前へ到達。
観客の息が止まる。
美里「マークつかまえ!」
西野「戻る!」
柚月「内っ! 内、切れ!」
だが、流れは速い。
ローレンスが折り返し――
ボールはフレミングを経由し、PA外で待っていたアドリアナ・レオンの足元へ。
強烈なミドルシュート ― 葵、立ちはだかる
レオン、ノートラップ。
渾身の右足ミドル。
ボールは無回転で浮き上がる。
軌道はゴール左隅、葵の肩越しを狙う完璧なコース。
その瞬間、葵の身体が反応した。
二歩→ゼロのリズム。
構えて、左手一本で弾き出す!
(観客)「おおおおおおおっ!!」
ボールはポストぎりぎりをかすめ、サイドネットの外へ。
葵は息を吐きながら、手のひらを一度見つめた。
その表情は、まるで――“ユリの声が、届いた”かのように穏やかだった。
葵(心の声)
「“出ない勇気”……今、出たのは“信じて預ける”ため。
柚月、みんな、風が守ってくれたね。」
前半終了 ――無失点の誇り
主審のホイッスルが鳴る。
前半終了。
スコアは 日本 1 – 0 カナダ。
渡瀬の先制点、そして葵の神がかり的セーブ。
ピッチを去る選手たちの背に、客席から大きな拍手が降り注ぐ。
原町監督はベンチで腕を組んだまま、小さくうなずく。
原町「“通す誠実”は、攻撃だけじゃない。
信頼を通せば、守りも繋がる――ようやく形になったな。」
柚月、美里、葵。
3人は無言でハイタッチ。
風が一瞬、三人の髪を揺らす。
その中に――ユリの声が確かに混じっていた。
「よぐ止めだな、葵。
おめだぢ、まだ“通して”るっちゃ。」
後半へ――。
風は、日本の背中を押している。
ハーフタイム ― ロッカールームに流れる静と熱
ブラジル・レシフェのロッカールーム。
冷房の低い唸りと、汗が床に落ちる音だけが響いている。
1点リード。だが、誰も浮かれてはいなかった。
“通す誠実”が奏でた前半は美しかったが、相手は強豪カナダ――必ず牙を研いでくる。
原町監督の指示 ― 「通す」ことと「預ける」こと
ホワイトボードの前に立つ原町が、ゆっくりと口を開いた。
声は穏やか、しかし一語一語が芯を持っている。
原町
「ここからは、相手のカウンターが来る。
ローレンス、フレミング、レオン――縦の一発を狙ってくるぞ。
だから、“不要な奪われ方”だけは絶対にするな。」
「不用意な突っかけ、不要な横パス――全部、相手のごちそうだ。
前半で奪った“呼吸”を崩すな。
ボールを持つ勇気より、“預ける誠実さ”を続けろ。」
「それと――カードをもらうな。
レフリーのジャッジは流れを読んでる。
感情で体を入れた瞬間、笛が鳴る。
一枚で、うちのテンポは変わる。」
原町は少し間を置き、チームをぐるりと見渡す。
視線が一人ひとりに止まり、最後に柚月で止まる。
「あとは――皆に任せる。
ここまで来て、俺が操るチームじゃない。
“自分たちの間”を信じて戦え。
こんなところで負けるわけがない。
そうだろ?」
沈黙のあと、全員がうなずく。
葵が短く「うん」と言い、手の甲のチェックマークをそっとなぞる。
岩出コーチの分析 ― 「通るライン」「切るライン」
原町の横で、岩出アナリストがリモコンを押す。
スクリーンに前半のマップが映る。
緑と赤の矢印が交差する。
岩出
「ローレンスは後半、イン→アウトの二段突破を増やしてくる。
ここで焦って外を切ると、内に通される。
逆に、うちが通すラインは“左の柚月―日比谷―渡瀬”の三角。
あそこはリズムが合ってる。
もう一拍待って、三回目で刺す。それでいい。」
「あと、フレミングが前に出始めたら、
その裏に美里のパスラインが空く。
外せば通る。焦らないこと。」
彼は指先で数字を指し示し、ボードにマーカーで書き加える。
岩出「“見る・寄る・外す・通す”――この順番を崩さなければ、
絶対に主導権は渡らない。」
チームの空気 ― 風がまた、ひとつになる
柚月はタオルで顔を拭きながら、美里と目を合わせる。
「呼吸で守ろ」と言うように、軽く笑う。
葵はゴールキーパーグローブをもう一度締め直し、呟く。
葵(小声)
「通したものは、絶対裏切らない。」
日比谷が全員の前に立ち、小さく手を挙げた。
日比谷
「あと45分。
世界相手に、うちらの“通す誠実”見せよ。
ユリも、きっと見てる。」
その瞬間、スタジアムの方角から、
遠く歓声のような風が吹き抜けた。
柚月がそれを感じ取り、心の中でそっと囁く。
「ユリ、後半も一緒に行こう。
あんたが作ってくれた“間”で、私たちはまだ、通してるから。」
笛が鳴る準備の音。
選手たちはそれぞれのポジションへと向かう。
通す誠実――その信念は、もう戦術を超えて“祈り”に近かった。
後半開始 ― カナダの“走らせる”キックオフ
主審の笛。カナダがボールを動かす。
狙いは明確――奪って、縦へ、走らせる。
ローレンスは前半より高い位置を常駐、レオンは内外を反転しながらトランジションでスイッチを連打。
フレミングは一列押し上げ、**「退くより戻る」**を前提にラインごと押し出して、日本に長距離の戻りを強いる。
日本は慌てない。
美里はボールサイドの“扉”を一つ増やして受け流し、
柚月は背中でフレミングの受け所を影で消す。
「カウンターの副作用」――隊列の間延び、セカンドの滞留、SB背面の空洞――を、二人は待っていた。
美里(小声)「走らせてるぶん、戻りの遅れが出る」
柚月「三回目で通す。内>外、焦らない」
52′–62′:相手の走力を“面”で吸収
52′ カナダ速攻。ローレンス→レオンの二段。日本は右SBが内レーン優先、美里が二枚目で遅らせ、タッチへ。被CKは依然0。
57′ フレミングがPA手前で前を向きかけるが、柚月の半身遮断→美里の逆差しで逆走を強要。
60′ 日本は“撃って終わる”を避け、保持で終わる配球に切り替え。渡瀬のダミーでローレンスを外へ引っ張り、背面のハーフスペースに時間差の点滞を作る。
原町はタッチラインで指を二本立てる――
「二次波まで」。
ベンチKPIは「被CK≦2」「PA内被F=0」を維持したまま、数字の呼吸は落ち着いている。
65′(後半20分)――“通す誠実”、三回目で刺す
左タッチ際・日本のスローイン。再開1.5秒。
柚月が背中受け、視線だけ斜めでフレミングを半歩内へ釣る。
ローレンスは外を消しに出る――これで内が空く。
美里(合図)「内っ、遅い縦!」
柚月、遅い縦をPA角へ通す。
受けた渡瀬は、前半の先制と同じ“見せ”から、今度は一拍溜めてマイナス。
ボールはペナルティアークの“面”に転がる。
日比谷、走り込みの二次波。
足を振らない――置く。
GKシェリダンが左へ体重移動を始めた直後、
右足インサイドで逆へ置く。
GOAL! 日本 2–0 カナダ(65′ 日比谷)
ネットの下段が跳ね、スタンドが一拍の無音を経て炸裂する。
原町は拳を低く握る。岩出がベンチで小さく親指を立てる。
美里は胸のJAPANを叩き、柚月と目を合わせる。
柚月(心の声)「預けた。通した。三回目で、刺した」
風の奥で、ユリが笑う気配。
「んだんだ――“通す”は、信じで預けるごどだっちゃ」
直後の管理(66′–70′)
カナダはジルをさらに前へ。クロス連打の構え。
日本は原則を崩さない――外で完結、タッチへ逃がす。
葵は二歩→ゼロで「出ない」を明示し、クロスの初弾をゾーンで弾ませる。
被CK=1(初)に抑制。PA内の被ファウルも0継続。
美里「受け流す、数える」
柚月「時間は“面”。焦がない」
スコアは2–0。
“速さ”ではなく“理解の速さ”で切り裂いた追加点。
カウンターの副作用――戻りの遅れと背面の空洞を、意図して待ち、意図して通した一撃だった。
後半45分―90+3分:嵐と、最後の三分
90分。
カナダが前線へ人をかけ、縦→縦を連続投入。
右でレオン、中央でフレミング、左でローレンス。三本の矢が一気に刺さる。
日本の戻りが一瞬噛み合わない。
左から速い折り返し――ニアで逸らされ、ゴール前でワンタッチ。
GOAL(90’) 日本 2–1 カナダ。
スタンドがどよめく。掲示板に**+3**。
原町は手のひらを下に向け、**「落ち着け」**の合図。
90+1’~90+3’。
日本はブロックを下げて5レーンを閉じる。
美里が「内>外」をコール、國武と西野がクロスの初弾を前で弾く。
葵は二歩→ゼロで「出ない」を明示し、こぼれは柚月が拾って保持で終わる。
サイドで渡瀬、相沢、日比谷が三角の保持。倒れない、奪われない、急がない。
時計の針だけが大きく聞こえる。
主審が腕時計を見た。
長い笛――試合終了。
日本 2–1 カナダ。
握手、肩を叩き合い、一礼。
風がいったん止まり、夜のスタジアムに拍手が降る。
試合後インタビュー
原町監督
――2-1で連勝。終盤の失点からのクロージング、どう評価しますか。
「最後の三分、**“撃って終わる”より“保持で終わる”**を全員が選べました。
カナダの“走らせる”狙いに対して、カウンターの副作用(戻りの遅れと空洞)を待ち、三回目で通す。それが二点目。
テーマの“通す誠実”は、攻撃だけでなく守備の意思統一にも効いたと思います。」
――カード管理、被CKも少なく抑えました。
「“不要に奪われない”“カードをもらわない”――ハーフタイムの約束を守ってくれた。
数字は小さいけれど、大きな勇気でした。」
主将・森岡美里(MF)
――ゲームコントロールが光りました。
「観客の時間に乗らないことを全員でやり切りました。
終盤は“前進しない勇気”ですね。保持で終わる、これが今日の合図でした。」
――守備で意識した点は。
「内>外。内の言語を止める。外は遅らせて、タッチで完結。
最後の三分は、“声”で守りました。」
大船(相馬)柚月(MF)
――二点目の起点、“遅い縦”の判断は?
「相手の戻りに一拍のズレが出た瞬間でした。
“見せて外して、三回目で通す”って決めてたので、あとは信じて預けるだけ。
ユリに、“今、通したよ”って心の中で言いました。」
――終盤のボール保持が見事でした。
「“速さ”より“理解の速さ”。倒れず、奪われず、預け合う。それだけです。」
伊達葵(GK)
――前半の神セーブ、そして終盤のクロージング。
「今日は“出る二歩、戻る半歩”をずっと守りました。
CKやクロスで出ないと決めた場面も多かったです。
最後はみんなの声が道になって、私は**✓**(チェック)を一つ増やしただけです。」
――“未来貯金”は?
「今日の分は払い戻しました(笑)。また次、貯めます。」
日比谷みちる(MF・1G)
――追加点、狙い通りの“置き”。
「はい。置く前の一拍でキーパーの重心が動くのを待ちました。
練習どおり“マイナス→置き→二次波”。みんなで通したゴールです。」
――手応えは。
「“外す勇気”から“通す誠実”へ。ピッチの言語が一つになってきました。
でも、浮かない。次へ行きます。」
渡瀬ひかり(FW・1G1A)
――先制、そして二点目のアシスト。
「“走る=合図”です。私が外を走れば、内が誠実に開く。
柚月さんと美里さんの“間”を信じて、三回目で刺すだけでした。」
フラッシュ一問一答(共通)
――最後に、次戦へ。
原町:「浮かない。でも、胸は張る。」
美里:「笑って我慢。それがうちらの強さ。」
柚月:「間を作る勇気で、また通します。」
葵:「声で守る、✓を増やす。」
日比谷:「置く、そして運ぶ。」
渡瀬:「走る=合図、変わらないです。」
スタンドからまた拍手。
彼女たちは一礼して、トンネルへ。
風が背中を押す。
その風の中で、確かに聞こえた気がした――
「いがったなぁ。まだ、通せ。――ユリ」
ロッカールーム。汗の塩気がまだ残る空気の中で、原町監督が一歩前に出た。腕を組んだまま、全員の顔をゆっくり見渡す。
原町
「まず――よくやった。前半の“通す誠実”、後半の“保って終わる”。どれも見事だった。
でも、ここは通過点だ。優勝に向けて、心構えをもう一段、上げる。」
小さく息を吸って、言葉を置く。
「車いすテニスの国枝慎吾さん。世界の強豪と戦い続け、結果を積み上げた王者だ。
彼は常にプレッシャーに勝つために、自分に言い聞かせてた。“俺は最強だ”って。
結果が出たから最強になるんじゃない。最強の心でピッチに立つから、結果が追いついてくる。」
視線が一人ひとりに触れる。葵の✓、美里のテープ、柚月の手帳。
「いいか。ここにいるお前たちは、世界最強の女子サッカーチームだ。
“浮かない”で、でも胸は張れ。
外す勇気、通す誠実、間を作る勇気。これが最強の心だ。
相手が誰でも関係ない。お前たちが負けるわけがない。」
拳をゆっくり握る。
「世界一になってやろうぜ。
このまま“理解の速さ”で世界をねじ伏せる。
声を合わせろ――」
監督が低くコールする。
原町「俺たちは?」
全員「最強だ!」
原町「何を取りに行く?」
全員「世界一!」
原町「どうやって?」
全員「外す勇気、通す誠実!」
静かな笑いがこぼれ、すぐに真顔へ戻る。
最後に監督が短く、いつもの合図。
「浮かないで行くぞ。」
スパイクが立ち上がる音が揃い、扉へ向かう足取りがひとつのリズムになる。
“最強の心”で、次の戦いへ。
夜の静かなホテルの一室。
試合を終えた柚月は、まだ脈の残る指先でスマホを開き、徹にLINEを送った。
柚月 → 徹
今日、勝ったよ。
スウェーデン、カナダ、どっちも強かったけど、全員で最後まで“通して”勝ち切った。
次も絶対に勝つ。世界一、取りに行く。
数分後、既読がつき、すぐに返信が届いた。
徹 → 柚月
よっしゃ、見たぞ。
ほんと、すげぇ試合だったな。
俺のリーグも今は中断中だから、明日そっちに行くよ。
次は韓国戦だったっけ?
絶対に勝とうぜ。
ユリの遺影も持って、スタンドで応援するからな。
画面を見つめながら、柚月の目が少し潤む。
スタンドの風、照明の匂い、ユリの笑顔。
全部が、今も一緒に戦っている気がした。
柚月(返信)
「ありがとう、徹。ユリも、きっと見てる。
風、感じたもん。
あした、待ってるね。」
スマホを伏せ、窓の外を見上げる。
ブラジルの夜空の向こうに、確かに――
“通す誠実”の光が、まだ瞬いていた。




