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あの日の春風は今も  作者: リンダ


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35/39

女子サッカーワールドカップブラジル大会初戦

日本 vs スウェーデン(A組・第1戦 再構成版)


テーマ:外す勇気――“斜め”は見せて外すから効く


プロローグ(試合前夜/ブラジル)


夜のホテルのベランダ。潮の匂いを含んだ風が、頬を沈めて撫でる。

柚月は空に向かって、そっと声を置く。


「ユリ、見てる? あんたの夢だった“なでしこジャパン”。

私もその一員になって、ここまで来たよ。

ここから優勝をかけた長い戦いが始まる。

怖いより、ワクワクしてる。

“間を作る勇気”、あんたに教わったから、私はもう沈黙を怖がらない。

一緒に最高の景色を見に行こう。場所は違っても、風は同じ方向に吹いてるから。」


手帳の最後の行に目を落とす。


“世界基準の斜め――外す勇気、通す誠実、間を作る。”


柚月は小さく敬礼して部屋へ戻る。夜空は、ユリの笑顔みたいに静かだった。



キックオフ−20分:観客の時間に乗らない


ロッカールーム。背面ボードには三語カンペ――「浮かない・合図・世界」。

原町は腕時計を外し、テーブルに置く。


原町「立ち上がり二十。観客の時間に乗らない。被CKは三以下。

斜めは見せるだけ。通すのは後半の自分たちだ。」


葵は手の甲に✓を加える。「二歩で触れる高さだけ出る」

美里は手首テープに**“時間は面”**。

柚月は胸の“JAPAN”を二度なでる。(外す勇気は、信頼の内側)


ホイッスル。

10分、右リッティング・カネリュードの縦。日本は外で完結、被CK=1。

ニア=國武(人)/6yd=葵ゾーン/ファー=西野(人)。初波は設計内。


15分、日本のショートCK。美里→柚月→相沢で角度を作り直し、PA角へ遅い縦。

日比谷の**“置き”**はポストを叩く。

美里(小声)「合図は通った。点は次でいい」


給水。原町「被CK=1/斜めは見せた。次の二十は外して面を作る」



21分−45+1分:見せて、外す


23分、右スローイン1.7秒再開。柚月は直線を背中受けで止め、視線だけ斜め。

釣られたIHが半歩外へ――美里の触らないスルー→相沢が逆サイド。

“見せて外す”が面に広がる。


28分、スウェーデンCK。イレステドの型を國武が半歩前で空転させ、

葵は“出ない”を選び、こぼれを柚月がセカンド固定で外へ。被CK=2。


45+1分、ロルフォ→ブラックステニウスのニア。

西野が型通りの入りを体で外へ誘導、葵は二歩未満=出ないでキャッチ。

胸の上で✓を撫でる。


HT-KPI:被CK=2/PA内被F=0/二次波=2。

岩出「後半15分で点の匂いを出す。見せ直し→外す→通すだ」



46分−62分:時間は面、最短時間で圧迫


再開後、日本は再開の権利を握る。スロー・FKを一拍ずつ削り、相手の思考を薄くする。

52分、ショートCKは敢えてやらない。センターへ戻し、ロルフォ背後へ遅い縦。

渡瀬→マイナス→日比谷の枠内はムショヴィッチが弾き、二次波はわずかに遅れる。

58分、相手の給水ジェスチャーに重ねて1.5秒スロー。呼吸の半歩先を奪う。

――ここも外す勇気で溜める。



63分:合図が点になる


右スロー。ボールがラインを跨ぐ前に柚月が動く。一拍遅らせて空白を作る。

投げ入れ→背中受け→視線だけ斜め→

渡瀬のヒール・フリック(合宿で磨いた合図)→

美里のワンタッチ・マイナス→

PA角、日比谷。足を振らずに置く。

GOAL 63′ 日本 1–0 SWE(ムショヴィッチの重心移動直後)


美里「外す勇気の点!」

柚月は浮かない笑顔で胸のJAPANを一度撫でる。



64分−82分:高さの波、数字の呼吸


68分、カネリュードのアーリー。ブラックステニウスのニアに國武が前で触る。被CK=3(上限到達)。

70分CK:ニア=國武(人)/中央=ゾーン(葵コマンド)/ファー=西野(人)。

葵が拳で外、こぼれを柚月が拾う。

75分、日本は打ち切らず保持で終わるを選択。

岩出がKPIボード「被CK=3/PA内被F=0」を掲げる。



83分−90+4分:最後の外し、最後の手


相手はCBを前線化しパワー。原町サイン「逃げ切り80′簡易版」。

森岡を一列落として擬似3枚、柚月は遅い縦の出口専任。

90+1分、右CK。ニア厚め。

國武が半歩前で踏み込みを遅らせ、葵は二歩→一歩→ゼロと微調整して**“出ない”**を選択。

弾道はファー気味。

右手一本――指先で方向を変え、クロスバー直撃。跳ね返りを美里がクリア。


ホイッスル。1–0。

スコアボードは止まる。心の中の拍は、まだ面で呼吸している。



フラッシュ・ゾーン(要旨)

•美里:「“出せ!”の空気より、チームの呼吸。今日はそれを守った日」

•柚月:「外す勇気は、信頼の内側。三回目で通すって決めてた」

•葵:「二歩基準を破らないのが私の誠実。今日は右手の✓を一つ」



マッチサマリー(KPI)

•スコア:日本 1–0 スウェーデン(63′ 日比谷/渡瀬-美里-柚月の合図連鎖)

•被CK:3(目標≦3)/PA内被F:0/二次波シュート:4/“二歩基準”逸脱:0



エピローグ(通路にて)


ピッチを後にする通路の風が、ベランダの夜風と重なる。

柚月は空を見ずに、前を見たまま心で呟く。

(ユリ、見えだべ? 沈黙は怖くなかった。次は“通す誠実”。)

ボードには、もう次戦の三語が貼られている――「通す・誠実・二次波」。

時間は、面のまま。





試合後インタビュー:日本 1−0 スウェーデン



実況アナウンサー(NHK国際中継)

「ブラジル大会A組初戦、日本が北欧の強豪スウェーデンを1対0で下しました。

まずは原町監督、そして決勝ゴールを決めた日比谷選手にお話を伺います。」



原町監督インタビュー


――まずは勝利おめでとうございます。初戦、見事なスタートになりました。


原町監督:

ありがとうございます。

内容としては“勝つべくして勝った”というより、“我慢して呼吸した”試合でした。

今日は「外す勇気」というテーマを掲げて臨みました。

相手がボールを持つ時間が多くても、焦らずに観客の時間に乗らない。

チーム全員が自分たちのテンポを信じてくれたのが、この1点につながったと思います。



――日比谷選手のゴール場面、練習どおりの連携でしたか?


原町監督:

まさに“合図の連鎖”です。

柚月が一拍ためて、渡瀬がヒールで繋ぎ、美里がマイナス。

あれは「見せて外して三回目で通す」と決めていた形。

練習では何度もポストを叩いていましたけど(笑)、今日はネットが揺れた。

それだけの積み重ねを全員でしてきたということですね。



――守備面でも完璧でした。


原町監督:

はい。GKの葵が“二歩基準”を守り切りました。

高さに負けず、出る/出ないの判断がすべて正確。

DFラインも6ydゾーンの秩序を維持できた。

スウェーデンは本当に強いチームですが、

数字の呼吸――データの裏付けある我慢が勝ちを呼びました。


日比谷選手インタビュー


――決勝点、おめでとうございます!


日比谷:

ありがとうございます。

正直、打つ瞬間は“蹴る”というより“置く”でした。

柚月さんが少し遅らせてくれたことで、ゴール前に一枚の面ができたんです。

あとは、そこにボールを“置く勇気”を持てた。

ずっとチームで練習してきた形だったので、迷いはありませんでした。



――スウェーデンの守備は固かったと思いますが?


日比谷:

はい、最初の20分は本当に壁みたいで…。

でも監督から「観客の時間に乗らなくていい」って言われていて、

焦らずに“外す勇気”を信じました。

ポストに当たった1本目も、「次で入る」って、みんなが笑ってくれたんです。

それが心強かった。



――初戦を終えて、次の試合に向けては?


日比谷:

まだ何も終わっていません。

次は「通す誠実」がテーマになると思います。

ボールを通すだけじゃなく、仲間との信頼を通す。

その積み重ねで、優勝まで行きたいです。



実況アナウンサー:

「“外す勇気”が実を結んだ初戦――日本、堂々の白星スタートです。

次はカナダとの第2戦、“通す誠実”がどんなサッカーを見せるのか、期待しましょう!」



試合後の余韻ナレーション

ブラジルの夜空に、ユリの星がまた一つ瞬いた。

柚月は空を見上げ、静かに呟く。

「ユリ、今日も“間を作る勇気”は、ちゃんとピッチにあったよ。」





日本代表/戦術ミーティング ― カナダ戦前夜


テーマ:通す誠実(Trust the Pass)


会議室 ― 午前9時。


テーブルにずらりとノートPCとタブレット。壁面スクリーンには「CAN vs AUS(前大会ハイライト)」の映像が流れている。

選手たちはコーヒー片手に席につき、分析班の岩出がリモコンを握った。



原町監督


「さて。スウェーデンに勝っても浮かないこと。それが“合図のチーム”の条件だ。

今日からのキーワードは“通す誠実”。焦らず、でも嘘のない縦を通す。」


ホワイトボードには三行のメモ:


① カナダ=スピードと高さの両立

② ローレンスの内封鎖(最優先)

③ フレミングの前向きを0回に



分析班ブリーフィング


岩出アナリスト:


「映像いきます。カナダのベースは4-3-3可変4-2-3-1。

後方からビルドするより、**2本目で縦を狙う“反応型”**です。

特に左SBのアシュリー・ローレンス――

スピードも判断も一級品。彼女の縦一閃がスイッチになります。」


(映像:ローレンスがタッチ際から長いストレートパス。前線へ一気に加速)


岩出:「これを封じるには、“幅”よりも“内の遅延”です。

外を消すより、内レーンに遅い縦を置く意識。

いずれにしても、最初の15分で彼女の助走距離を削りたい。」



原町監督:


「フレミング(#17)も注意だ。

彼女は『一歩で前向き』を狙う選手。

背中からボールを奪いに行くな、半身遮断で止めろ。」


美里がうなずき、ノートに“内>外”と大きく書く。



GK葵:


「前回より“高さ”が多い相手っすね。ジル(#14)がセット時に上がる分、セカンドの滞留率が高い。

私はライン上じゃなく半歩前で反応します。

**“出る二歩”→“戻る半歩”**で対応。」


原町:「いい。未来貯金を減らすな。」



セットプレー対策


岩出:「CK、FKともにファー詰めが多い。

ジル、フレミング、プリンスの三人が交互にニアとファーを入れ替える。

“人/ゾーン/人/セカンド”の順は変えない。

ただしファーの柚月は一歩内側にポジショニング。

理由:ジルがわざとファー前で止まるから。

彼女を見ないと、裏のセカンドが空く。」


柚月:「了解。**“見る位置より聞く位置”**意識します。葵の声で合わせる。」



カウンター時の注意


原町:「カナダの守備は“退くより戻る”タイプ。

つまり、前がかりで取れなければラインが乱れる。

そこを突くのが通す誠実。

“見せかけの裏”じゃなく、本当に通す裏。」


日比谷:「じゃあ、“置く”より“差す”意識ですね?」

原町:「そう。置くのは遅い縦、差すのは通す誠実。

ただし“差す”ときは一人で勝負しない。受け手と信頼で通す。」



攻撃パターン共有


美里:「前線は“逆三角形”で。

相沢→渡瀬→日比谷の位置関係を崩さない。

渡瀬が外を走ってローレンスを釣れば、中の縦が開く。」


渡瀬:「了解。私が走る=柚月が通す、の合図で。」


原町:「そうだ。もう“合図”はサインじゃない、呼吸だ。

外を走った瞬間、内が誠実に開く。」



メンタル共有


分析が終わると、照明が少し落とされる。

スクリーンにスウェーデン戦の最後のシーン――葵の右手がボールを弾く瞬間が流れる。


原町:「あの時、スタンド全体が息を止めた。

あの“沈黙”が、今日につながる。

次は通す番だ。誠実に、真っすぐ。

結果がどうであれ、ピッチに嘘は置かない。」


柚月は小さくつぶやく。「ユリ、次は通すよ。」



最終確認(KPI共有)




項目

目標値

備考

被CK

≦2

初戦より1減

フレミング前向き

≦3回

内遮断重視

ローレンス助走距離

15m未満

データ測定あり

二次波到達タイム

≦2.8秒

“通す誠実”成功条件

PA内被ファウル


クリーンシート継続





会議終了後


原町:「今日も“浮かない”でいこう。

勝っても、笑いは明日でいい。

通す誠実――それが次の合図だ。」


選手たちは無言で立ち上がる。

廊下を歩くスパイクの音が、まるでリズム練習のように一定。


ドアの外の風が、海の匂いを連れて入ってくる。

その風の中で、柚月の心にユリの声がまた響いた。


「通すんだよ、ゆづき。信じるって、まっすぐに通すこと。」




ブラジル・レシフェの夜 ― チームラウンジにて


夜10時を過ぎた頃。

ホテルのラウンジには、ほの暗いランプの灯りと波の音。

柚月、葵、美里の3人がそれぞれマグを手に、窓際のソファに腰を下ろしていた。

静かに流れる空調の音の向こうに、ふと――

どこか懐かしい声が、耳の奥で揺れた気がした。



ユリの声(風のように)


「高さもスピードも相手が上でも、

 おめだぢには、どんな逆境でも乗り越えられる強さ、ちゃんとあるべ。

 今までやってきたこと、信じで戦えば大丈夫だっちゃ。」



柚月がマグを見つめながら、ぽつりと笑った。


柚月「……いま、聞こえだ気すんな。ユリの声。」


葵「え、聞こえだ? おれも……なんが“だいじょぶだっちゃ”って、風がしゃべったみてぇで。」


美里「んだべ? わたしも。

さっき外歩いでたら、風の匂いが“ユリんとこのグラウンド”みでだった。」


3人の笑い声が少しだけ漏れる。

ラウンジの奥では、スタッフが静かにカップを片づけていた。



柚月「もしさ、ユリが今ここさ居たら、なんて言うべな?」


葵「ん〜……きっと、

“おめだぢ、緊張すんな。サッカーは楽しいんだべ?”

って笑いながら言う気すっぺな。」


美里「んだんだ。

それで最後に“負けでも勝ちでも、おめだぢのサッカーで笑顔作れ”って言うっちゃ。」


柚月「あー、それ絶対言う。

“泣ぐより走れ”ってな。ユリ、口癖だったもんね。」



葵がマグをテーブルに置き、少しだけ空を見た。

窓の向こうの星は、南半球の空で逆さまに並んでいる。


葵「ユリ、見でっか? おれら、明日もちゃんと“浮がねぇ顔”で行ぐぞ。」


美里「ユリの“外す勇気”も、“通す誠実”も、ちゃんと引ぎ継いでっからな。」


柚月「……んだ。

ユリの分まで、ピッチで呼吸すっぺ。

風が吹いだら、それ合図だな。ユリが“いぐべ”って言ってる証拠だ。」



三人はしばらく黙って、夜の海を見つめた。

波の音の間に、確かに聞こえた気がした。


「んだんだ、いぐべ――なでしこ。」


柚月が笑ってうなずく。

葵が右手の甲の✓をなぞり、美里が胸のJAPANを軽く叩く。


その瞬間、ラウンジの窓の外で、ひときわ大きな風が吹いた。

まるでユリが「いがったなぁ」と笑っているように。



カナダ戦の朝 ― ブラジル・レシフェ、海辺のホテルにて


朝5時。

まだ陽が水平線から顔を出す前、空はうす紫と金のあいだをゆっくり行き来していた。

潮風に混じって、遠くでカモメの声。

街はまだ眠っている。

でも、なでしこの宿舎だけは静かな熱を帯びていた。



柚月の部屋


目覚ましが鳴るより早く、柚月は目を開けた。

寝返りを打つと、枕元の手帳が光を受けてかすかに反射する。

昨日の夜、ユリのことを話して笑い合ったあの時間が、

まだ胸の奥に温かく残っていた。


ページを開く。

そこにはユリの書いた、かすれた文字がある。


「風が止まったときこそ、自分のリズムで。」


柚月は小さく笑って、手帳を閉じた。

「んだっちゃ、ユリ。今日も風、感じでくっからな。」



ロビー階 ― チームラウンジ


朝食を終えた選手たちが、それぞれ小さく声を掛け合う。

「おはようございます」

「おにぎり、もう一個いける?」

笑い声が交じる中、葵が水筒を片手に柚月の隣に立った。


葵「今日も風、きてるっしょ。」

柚月「んだね。南から。ユリの“いぐべ風”だべ。」

葵「じゃ、右手のチェック、今日も増やす日だな。」

柚月「そいで“未来貯金”全部使い切る日だっちゃ。」


ふたりが拳を軽く合わせる。

金属みたいに、静かに響く音。



チームミーティングルーム


監督の声が、朝の光に溶けるように響いた。


原町監督:

「おはよう。

今日のテーマは“通す誠実”。

相手は高さもスピードもある。でも、サッカーは速さの競争じゃない。

“理解の速さ”で勝つ。

誰がどこにいても、風と合図を感じられたら、うちは負けない。」


美里が小さくうなずきながら、ノートを開く。

ページの端に、昨日の夜書いた言葉が見えた。


「ユリも一緒に戦う。」



ウォームアップへ


チームバスがホテルを出るころ、空はもう明るい黄金色に染まっていた。

沿道の人々が小さな日の丸を振り、

「がんばっぺ、ニッポン!」とポルトガル語混じりで声をかけてくれる。


柚月は窓の外を見ながら、胸の中でつぶやいた。

「ユリ、今日もちゃんと見でてな。

通すから――まっすぐ、風の向こうまで。」


葵が前の座席から振り返って、軽く親指を立てる。

美里は笑いながら、チーム全員を見渡して言った。


美里「さぁ、行ぐべ――“斜め”の次は、“通す”番だ。」



バスがスタジアムのゲートを抜ける。

看板には「FIFA WOMEN’S WORLD CUP BRAZIL 2027」

ピッチの芝が朝日にきらめき、風が一筋、彼女たちの髪を揺らす。


まるでユリが、「ここからだっちゃ」と囁いたように。







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