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決勝トーナメント

試合後のスタジアムは歓声と拍手でまだざわついていた。カメラが徹に向けられ、マイクが差し出される。


「徹選手、おめでとうございます。胸ポケットに何か入っていますが…?」


徹は一瞬視線を落とし、胸に手を当てる。そこには小さな写真が収められていた。


「…これは、俺の幼馴染で、サッカー仲間だったユリの写真です。東日本大震災の津波で、ユリは亡くなったんです。でも、あんたの分まで、俺はここに立って戦うっちゃ、って思って持ってきました。」


記者たちは一瞬言葉を失った。胸の中で徹がどれほどの痛みと葛藤を抱えて、この試合に臨んだか、その一言で伝わったからだ。


徹は写真に視線を向け、そっと指先でなぞる。


「ユリ、見とけよ。俺、あんたとの約束、絶対果たすから。」


その言葉に、観客席もテレビの前の視聴者も、しんと静まり返る。小さな胸ポケットの中の写真が、徹の全力の原動力であることが、画面越しに伝わった。


森保一監督も横で微笑み、静かにうなずく。


「選手たちは、それぞれの思いを胸に戦っています。今日の勝利は、ただの点数ではなく、選手たちの心の戦いでもあったんです。」


徹の胸ポケットの小さな写真は、戦いの背後にある物語を雄弁に語り、視聴者に深い感動をもたらした。




予選を全勝で勝ち抜き、勝点は9。数字だけ見れば順風満帆のように思えるが、徹の胸には焦燥と覚悟が渦巻いていた。ここからは負ければ終わりの一騎打ち。決勝戦までの道のりは、まだまだ遠く険しい。


控室で静かにボールを見つめる徹の目には、曇りひとつなかった。疲労や緊張、恐怖さえも飲み込み、ただ一心に、次の戦いに向けた集中が宿る。


「必ず、最後に笑うのは俺たちだ。」


小さくつぶやいたその言葉には、幼い日の仲間たちの声も、失ったユリの面影も、そして今目の前にいる仲間たちへの信頼もすべて込められていた。


ピッチでの熱狂、汗、痛み、歓声。すべてを乗り越えて掴む勝利だけを信じて、徹の足は静かに、しかし確かに前へ踏み出した。


予選全勝の喜びも束の間。ここからが本当の勝負だ。世界への切符を手にするため、徹の戦いは、これから始まる。





決勝トーナメント初戦、日本の相手はメキシコ。強烈なフィジカルとスピードを誇るチームだ。森保一監督の指示がロッカールームに響く。


「今日は負けたら終わり。全員が全力で戦え。君たちの力を信じている。」


徹は胸ポケットにしまったユリの写真に手を触れ、深呼吸する。ユリの声が背中を押す。「行ってこい。徹、あんたならできるべ。」


キックオフの笛が鳴る。序盤からメキシコの両サイド攻撃が激しい。左サイドを突破してくるメキシコのカルロス・ベラスに、三笘薫と久保建英が必死に戻って守る。徹は中盤でボールを受け、すぐさま前線の鎌田大地にパスを通す。


鎌田は左サイドを駆け上がり、敵ディフェンスをかわして中央に折り返す。ボールを受けたのは堂安律。徹は敵のチェックをかいくぐりながら、堂安の動きを追う。堂安のシュートは惜しくもGKオスカル・ペレスに弾かれるが、徹はすかさずリバウンドを狙い、左足で押し込むチャンスを探る。


前半15分、日本がリズムを掴み始める。右サイドから三笘薫がドリブルで突破、左サイドの久保建英にスルーパス。久保はタイミングを見計らい、中央の大迫勇也に浮き球パスを通す。大迫は体を寄せられながらもボールをキープ。ディフェンスラインを突破し、ゴール前でワンタッチシュートを放つ。


GOOOAL!


日本、先制!


歓声がスタジアムを震わせる。徹は喜びをかみしめつつも、ユリの面影を胸に刻む。勝利への責任感が、瞬間瞬間で身体に力を与える。


しかしメキシコも黙っていない。ベラスとラファエル・マルティネスがサイドを突破し、クロスボールがゴール前へ。大迫が体を張ってクリアするが、こぼれ球をメキシコのホセ・ガルシアが押し込み、同点にされる。


徹は息を整え、冷静に状況を分析する。「まだ、勝機はある。」中盤でボールを受けるたびに、ユリとの約束を思い出す。彼女がいたら、絶対に諦めなかっただろう。


前半終了間際、堂安律が右サイドでボールを受け、敵ディフェンスを交わして中央にクロス。ゴール前に走り込んだのは鎌田大地。強烈なヘディングシュートがゴールネットを揺らす。


GOOOAL!


日本、2-1でリードして前半終了。


ハーフタイム、森保監督は言う。「後半も気を抜くな。相手は絶対に攻めてくる。守備と攻撃の切り替えを意識して、冷静に戦え。」


後半開始。メキシコは攻勢を強める。カルロス・ベラスとラファエル・マルティネスが縦に速い突破を仕掛け、何度も日本ゴールを脅かす。徹は中盤でパスカットに走り、三笘薫や久保建英と連携してスペースを作る。


後半20分、日本はカウンター。堂安律が右サイドからドリブルで持ち上がり、三笘薫にパス。三笘が切り返して左足でゴール前にクロス、鎌田大地が再びヘディングで狙う。しかしメキシコGKペレスに止められる。徹はその瞬間、ボールがこぼれたところに飛び込み、押し込もうとするが、ディフェンスに阻まれる。


試合は互角のまま進み、残り10分。メキシコが左サイドを突破、クロスを上げる。大迫が必死にブロックするが、ホセ・ガルシアがまたも押し込み、2-2の同点に。


残り時間5分。徹は前線に上がる。日本の勝利は、この一戦で決まる。堂安律がボールを受け、右サイドを突破してクロスを送る。大迫勇也がヘディングシュートを放つも、GKペレスが弾く。徹はゴール前に詰め、反転して左足でシュート。


GOOOAL!


日本、3-2!


スタジアムに歓喜の叫びが響く。徹は息を切らしながらも、心の中でユリに話しかける。「ユリ、見てくれたか?俺たち、まだまだこれからだ。」


試合終了のホイッスル。日本、辛くも勝利。決勝トーナメント初戦をものにした。


森保監督は選手たちをねぎらいながら、「よく戦った。次も全力で。」と声をかける。徹は胸ポケットのユリの写真に触れ、決意を新たにする。





試合会場に向かうバスの中、徹は静かに考えていた。


「ベスト16…。ここで止まるわけにはいかない。ユリと交わした約束も、あの鹿児島の決勝で見たあの景色も、全部俺の背中を押してくれてる。」


日本男子サッカーは、長らくワールドカップでベスト16の壁を破れずにいた。歴史的にも、世界との差はまだ明確だった。だが、今回は違う。東日本大震災を経て、苦しみを乗り越えた自分たちの力がある。心の底にある諦めなかった気持ちが、身体中に力をみなぎらせる。


スタジアムに到着。対戦相手はクロアチアだ。世界的に知られる技術とフィジカルを持つ選手たち。モドリッチ、ペリシッチ、ブロゾビッチといった名だたるメンバーが揃う。前回大会で日本を苦しめた相手でもある。


森保監督は選手たちを集める。

「今日の試合は歴史を変える一戦だ。これまでの壁を超えるチャンスは、今しかない。全員で戦え。」


徹はベンチで静かにユリの写真を握りしめる。胸ポケットには、東日本大震災で失った幼馴染・ユリのユニフォームと試合球。


「ユリ、見てくれ。今日は絶対に勝つ。」


キックオフ。


序盤からクロアチアの強烈な攻撃に押されるが、三笘薫と久保建英が中盤でカット、堂安律がサイドで突破を試みる。徹はボランチで体を張りつつ、パスを散らしてチャンスを作る。


前半20分、徹が受けたボールは敵ディフェンスに囲まれるが、冷静に右サイドの三笘薫へスルーパス。三笘が突破し、左足でクロスを上げる。大迫勇也が走り込み、ヘディングシュート。惜しくもクロアチアGKリバコビッチに弾かれるが、こぼれ球に反応した堂安律が押し込み、日本が先制!


歓声がスタジアムを揺るがす。


しかしクロアチアも簡単には引かない。モドリッチの巧みなパスワーク、ペリシッチの縦への突破で、日本ゴールを何度も脅かす。前半終了間際、リバウンドを押し込まれ、同点にされる。


ハーフタイム、森保監督は選手たちを鼓舞する。

「この試合で諦めるな!ベスト16の壁は、君たちの手で壊せる。」


徹はユリの声を心に思い浮かべる。「行ってこい、徹。あんたならできるべ。」


後半開始。クロアチアはさらに攻めてくるが、日本も一歩も引かず、互角の展開。徹は中盤でボールをキープし、的確なパスで攻撃を組み立てる。


後半30分、三笘薫が左サイドからカットイン、相手ディフェンスをかわして右足でグラウンダーのクロス。大迫勇也がゴール前で合わせ、GOOOAL!


日本、2-1。ベスト16の壁を破るゴールだ。


試合終了のホイッスル。日本が、ついに歴史を変えた瞬間だった。徹はユリの写真に手を触れ、涙があふれる。


「ユリ…見てくれ。俺たち、壁を越えた。」


チームメイトも抱き合い、歓喜に沸く。世界との差を実感しながらも、日本男子サッカーの新たな歴史がここに刻まれたのだった。




こうして新たな道の領域へと踏み入れる。かつて、メキシコオリンピックで銅メダルに輝いた釜本氏が生前に語った言葉――「俺たちの順位を早く超えてくれ」――その思いも、まさにこの瞬間に叶ったのだ。オリンピックとワールドカップでは出場国の数や競技条件も異なるため単純な比較はできない。しかし、長年にわたって積み重ねられた日本サッカーの悲願――ベスト8突破、そして世界に通用すること――が現実となった瞬間だった。


ピッチ上の徹の胸には、幼馴染であり、かつてのチームメイトだったユリのユニフォームと公式試合球がしっかりと握られていた。歓喜の声がスタジアムに響き渡る中、徹はその感情の波に身を任せながらも、心の奥底では静かに誓った――「この喜びを、ユリにも届けるんだ」と。


スタンドのファンたちが掲げる日の丸の波に目をやる。涙を浮かべ、手を振る家族や仲間たちの姿。徹はその光景に、これまでの苦難や挫折、避けられない別れ、そしてサッカーへの情熱が一つに溶け込むのを感じた。長い年月を経て辿り着いた舞台で、ついに日本は世界にその名を刻んだ。


ベンチでは森保一監督が微笑み、選手たちを一人ひとり抱きしめる。三笘薫、久保建英、鎌田大地、冨安健洋――それぞれが互いの存在を認め合い、そして世界の強豪を相手に最後まで走り抜いた達成感に浸っていた。徹もまた、自らの胸に宿るユリとの約束を心に刻み、これから先も世界を目指す決意を新たにするのだった。


歓声の余韻がまだ耳に残るスタジアムの中で、徹はそっとつぶやく。「ユリ、俺たち、やっとここまで来たぞ。これからも一緒に戦おうな……」その声は誰にも届かないけれど、徹には確かにユリの温かい笑顔と、背中を押すような力強い声が聞こえた気がした。




スタジアムの歓声の中、徹の目の前に、震災で命を落とした真希と迅の家族の姿があった。互いに肩を寄せ合いながらも、強く立つその背中に、かつてのチームメイトたちと過ごした日々が一瞬で蘇る。


「徹くん、よくここまで来たね…」真希の母親が、震えながらも力強く声をかける。

「本当に、あなたのプレーを見られてよかった…」迅の父親も、目に涙を浮かべながら握手を求めた。


その声に応えるように、徹は深く頭を下げ、胸に熱いものを感じる。「ありがとうございます…真希さん、迅くん…」言葉は震え、涙が頬を伝ったが、その胸にはユリをはじめ、共に戦った仲間たちへの想いがあふれていた。


柚月は徹の隣に立ち、微笑みながら手を握る。「お疲れさま、徹。あんた、やっとここまで来たね…」

ユリの両親の雄二と梓、兄の大志も駆けつけ、声を震わせながらも徹を抱きしめる。「ユリの分まで、見事だったね…」

徹の両親も、息子の成長を目の当たりにして、言葉少なに背中を押すように肩に手を置いた。


スタジアムに広がる歓声やフラッシュの光、世界の強豪たちとの死闘の記憶、その全てが一瞬にして凝縮される。徹は、あの日の東日本大震災で失ったユリ、真希、迅の面影を胸に、静かに言葉を紡ぐ。


「みんな…見てくれたな。俺たち、やっとここまで来たぞ…」


涙をこらえながらも、徹の目には確かな決意が光っていた。その瞳は、過去の痛みを乗り越え、未来への希望に向かって力強く燃えていた。


みんなの声が、徹の背中を押す。世界の舞台で、夢を叶えた瞬間に、家族や仲間、そして失った友人たちの存在を改めて感じることができたのだった。




試合会場は熱気に包まれ、観客席からは両チームの応援の声が飛び交う。準々決勝、日本対ナイジェリア。予選を全勝で駆け抜けてきた日本は、これまで見せた連携と速攻の鋭さでアフリカの強豪に挑む。


キックオフの笛が鳴ると、ナイジェリアが力強いプレスで日本を圧迫する。開始数分でボールを奪われ、右サイドを突破される場面もあったが、吉田麻也の冷静な守備と冨安健洋のカバーリングでピンチをしのぐ。


前半10分、日本のカウンターが炸裂。三笘薫が左サイドから巧みにドリブルで仕掛け、ナイジェリアのディフェンダーをかわす。パスを受けた久保建英は中央でボールを受け、左足の精密なシュートを放つ。ゴールキーパーは反応するも、ボールはネットを揺らし、先制点を奪う。


「やった…先制だ!」徹はロッカールームで抱いたユリのユニフォームを胸に、深く息を吐いた。


ナイジェリアも反撃を諦めず、縦へのロングパスでゴール前を何度も脅かす。しかし、冨安、吉田、酒井宏樹ら守備陣の集中力は切れず、GK権田修一も幾度ものファインセーブでゴールを守り抜く。


後半、ナイジェリアのスピードとフィジカルが増し、徐々に日本陣内での時間が長くなる。だが、ボールを失っても日本は素早いカウンターを狙い、三笘薫の鋭いドリブル、久保建英の正確なパスで再びチャンスを作る。後半25分、久保からのパスを受けた南野拓実がペナルティエリア手前でターンし、左足で豪快にシュート。ゴールネットを揺らし、日本が追加点を奪う。


ナイジェリアも諦めず、後半35分、右サイドから突破してクロスを上げ、ヘディングで1点を返す。スコアは2‐1、日本リードのまま残り時間が少なくなる。


最後の10分、日本はボールを回しつつ時間をコントロール。ナイジェリアの猛攻を耐え切り、試合終了のホイッスルが鳴る。日本は準決勝進出を決めた。


ロッカールームで、監督の森保一は選手たちに語りかける。「よく耐えた。準決勝も同じだ。集中を切らすな。」

徹は静かにユリのユニフォームと試合球に目をやり、「次も頑張るぞ」と心に誓った。





準決勝、アメリカ戦を前に、監督の森保一はメンバーを一部変更する決断を下した。これまでフル出場してきた徹は、今回の試合では控えに回ることになった。GKも同様に、権田修一に代えて新たな控えキーパーがベンチ入りする。これにより、決勝に向けて体力を温存させ、全員がベストの状態で臨めるよう調整する狙いだ。


先発メンバーは以下の通り:

•GK:鈴木彩艶

•DF:冨安健洋、吉田麻也、酒井宏樹、長友佑都

•MF:三笘薫、遠藤航、柴崎岳、久保建英

•FW:南野拓実、堂安律


控えには、徹、権田修一、原口元気、古橋亨梧らが並ぶ。





会場の照明が落ち、スタジアムに重厚な緊張感が漂う。両チームがピッチに整列し、観客席からは国旗が翻る。日本とアメリカ、世界を代表する両チームが、この舞台で激突する。


日本の先発は、南野拓実、堂安律、久保建英、三笘薫、遠藤航、長友佑都、吉田麻也、冨安健洋、伊藤洋輝、原口元気、そして守護神・鈴木彩艶。徹は今回は控えに回り、ベンチからチームを見守ることとなった。権田修一は控え席に座る。


「ユリ、見ててくれ…」徹はポケットに忍ばせたユリの写真を握りしめ、心の中でつぶやく。「あの時の約束、絶対に忘れてない。」


試合開始のホイッスルが鳴る。アメリカはパワフルな攻撃で日本ゴールを何度も脅かすが、DF陣と鈴木彩艶が体を張って防ぐ。三笘がボールを受け、ドリブルで相手ディフェンスをかわし、左サイドから中央に切れ込む。久保がその動きを見逃さず、絶妙なタイミングでパスを受ける。パスを細かく繋ぎ、敵陣の深くまで侵入した南野が、右足を振り抜く。


ゴールネットが揺れる。日本、先制点!


歓声がスタジアムを包み、ベンチの徹も思わず拳を握る。「ユリ…見てるか?」心の中で叫ぶ。ユリなら、きっと笑って喜んでくれるだろう。


アメリカもすぐに反撃に出る。力強いサイドアタックからシュートを放たれるが、鈴木彩艶が冷静にセーブ。前半は互いに譲らず、緊張感の中で時間が進む。


後半、アメリカの反撃で同点に追いつかれる。しかし日本も引かず、堂安律が巧みなドリブルからシュートを決めて再びリード。両チームの気迫がぶつかる中、延長戦へ突入する。


延長後半、アメリカに勝ち越され、日本は必死に攻める。残りわずかの時間、三笘が中央突破を試み、絶妙なパスを堂安に通す。堂安のシュートがゴール右隅に吸い込まれ、再び同点に追いつく。試合はPK戦へ。


控え席の徹は、手にしたユリのユニフォームをぎゅっと握り、「ユリ、俺たちここまで来たぞ…」と心の中で声をかける。胸に込み上げるのは、あの年末、鹿児島で戦った思い出と、ユリの笑顔。


PK戦が始まる。日本は三笘薫、久保建英、南野拓実、堂安律、遠藤航が順に蹴る。アメリカもGKシュミットを中心に立ちはだかる。1本目から5本目まで、互いに外さず、緊張はピークに達する。


6本目、古橋亨梧が蹴るが、シュミットが読み切ってセーブ。アメリカも外す。7本目、三笘が冷静に蹴り決め、8本目アメリカも決める。9本目、日本は決め、アメリカも決める。


運命の10本目、日本のキッカーは堂安律。徹は息を呑む。堂安は静かに助走をとり、シュミットの逆を突いてゴール右隅にボールを沈める。


「やった…!」歓喜の声が選手たちを包み、ベンチの徹も涙をこらえられない。ユリの姿はもうないが、心の中で「行ってこい」と背中を押してくれる。あの約束を胸に、決勝の舞台が待っている。





決勝戦の舞台。相手は技術、突破力、フィジカルともに世界屈指のブラジル。序盤からボールを保持され、日本はジリジリと押される時間が続いた。激しい攻防が繰り広げられ、スタジアムの熱気が最高潮に達する。


日本も組織的な守備で幾度もピンチを凌ぐが、前半40分、ブラジルの強烈な突破に対応しきれず、ペナルティエリア内で相手選手を倒してしまう。主審は迷わずPKの笛を吹いた。


ゴール前、緊張が張り詰める中、キーパー鈴木彩艶は相手キッカーを凝視する。呼吸を整え、体の感覚を研ぎ澄ます。「右上…いや、これだ。」直感が働き、瞬時に判断する。


キッカーの足がボールを振り抜く。軌道を見極め、彩艶は体を反応させる。跳躍――ボールは予想通りの右上へ。手のひらが触れ、鋭い弾道ははじき返される。スーパーセーブ。スタジアムからは歓声とどよめきが巻き起こった。


「いける…!」ベンチやスタンドから声が上がる。徹は目を見開き、胸の奥でユリの声を感じる。「行ってこい、徹。最後まで諦めちゃだめだべさ。」


日本はこの瞬間、試合の流れをつかみ、最後まで希望を持って戦う勇気を得た。




後半も終了間際、延長戦かと思われた瞬間、右サイドからのボールが巧みにサイドチェンジされ、左サイドの徹の足元に渡った。ラインぎわは広く空いていた。ここだ――。


徹は一気にボールをドリブルで持ち上がり、ターンオーバー。ブラジルの守備が整う前に、堂安律と長友佑都が詰め寄る。長友が相手守備陣を引き寄せ、シュートコースを確保し、堂安が鋭く低い弾道のシュートを放つ。ゴールネットが揺れる。見事な先制点。


残り時間はアディショナルタイム3分。ブラジルは怒涛の攻撃を仕掛ける。1秒1秒が異様に長く感じられる。残り1分を切り、ラストチャンスと判断したブラジルは、ゴール前にロングボールを放つ。


鈴木彩艶はボールの軌道から目を離さず、シュートコースを読む。放たれたシュートに反応し、身体を張ってがっしりセーブ。その瞬間、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。


日本が歴史的な勝利を手にした瞬間だった。選手たちは抱き合い、歓喜の声を上げる。徹は胸に手を当て、耳元でユリの声を感じた。「やったべ、徹…諦めずにやったな。」




歓喜の渦の中、徹はトロフィーを手にしながらも、胸に込み上げる思いを抑えきれず、静かに涙を流した。歓声も拍手も、今は心の奥で鳴るユリへの感謝の声にかき消される。


「ユリ…お前との夢、やっと叶ったぜ。ありがとう。俺を支えてくれて…」


涙を拭いながら、徹は空を見上げる。そう、天国にいるユリに話しかけるように。胸の奥で、かすかに、穏やかな語りかける声が聞こえてくるような気がした。


「徹…行ってきてくれたんだね。あんたならできるって、ずっと信じてた…」


その声は、優しく、しかし確かな力で、徹の心を包み込む。彼はもう一度、深く息を吸い込み、胸の奥で強く誓った。


「これからも、俺はサッカーを諦めねぇ。ユリ、お前と交わした約束、絶対に忘れねぇからな…」


歓声と光の渦の中、徹は天国のユリに向かって微笑み、涙を拭った。その目には、失った悲しみだけでなく、支えてくれた全ての人への感謝と、未来への希望が輝いていた。






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