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2026ワールドカップアジア最終予選

やがて時は流れて、2025年。徹は、仙台の自宅から空港へと向かおうとしていた。背中には、長年の努力と汗が刻まれたベガルタ仙台のユニフォームと、フル代表のジャージが重く感じられる。高校を卒業した後、地元のベガルタ仙台に入団してからの道のりは、決して平坦ではなかった。けれども、数多くの実績を積み重ね、国内リーグでの活躍、そして東京オリンピック、パリオリンピックでの経験も、彼の自信と誇りになっていた。


「ついに、ここまで来たんだな…」


徹は小さく呟く。胸に込み上げるのは、喜びだけではない。震災で失ったユリのこと、仲間たちの顔、幼い頃の練習風景や決勝戦での悔し涙…。すべてが鮮明に蘇る。心の奥底に、かすかな痛みと、同時に燃え上がる闘志が混ざり合う。


「ユリ…見とってくれっちゃ。俺、ここまで来たぞ…」


徹の瞳に、かつて鹿児島で挑んだ小学生最後の大会、あの決勝戦の記憶がフラッシュバックする。あの時も、仲間と共に全力で戦い、あと一歩で優勝を逃した。しかし、その悔しさが今の徹を強くしている。全ての経験が、世界の舞台で戦う自分の礎となっていた。


空港に着くと、目の前には錚々たるメンバーたちの姿が見える。フル代表として招集された仲間たち。国際経験豊富なベテラン選手、国内で頭角を現した若手、そして、世界を見据えた情熱に満ちた顔。徹の心は、期待と緊張、責任感で高鳴る。


「俺、やっとここに来たんだな…」


飛行機に乗り込み、シートに腰を下ろす。窓の外には、仙台の街並みが小さくなっていくのが見える。家族や友人、そして幼い頃の仲間たち、ユリの姿も心に浮かぶ。彼らの思いが、自分をここまで押し上げてくれた。今度は、自分が日本を、そしてサッカー日本代表を引っ張る番だ。


フライト中、徹は目を閉じ、心の中で誓う。


「俺は世界で戦う。ユリと約束した夢も、俺が叶えてみせる。どんな相手だって、どんな試合だって、後ろは振り返らねぇ」


初戦はオーストラリア。アジア予選の開幕戦だ。相手は力強く、組織的で、簡単には勝たせてくれない。しかし、徹の胸の中には、幼少期から積み重ねてきた練習と試合の記憶、そして世界での経験が詰まっている。緊張感と期待、ワクワクするような高揚感が全身を駆け巡る。


「いくぞ…俺たちの力、見せてやるっちゃ」


隣に座るチームメイトたちの視線も、各々の覚悟と情熱に満ちている。代表ユニフォームの肩に刻まれた国旗を見つめ、徹は静かに拳を握る。これから挑む戦いは、勝敗だけでは測れない。希望を背負い、夢を追い、応援してくれるすべての人たちの想いを胸に刻む、戦いなのだ。


飛行機が滑走路を離れ、空の上へと昇る。遠くに見える仙台の街が小さくなる中、徹の心は未来へと向かって走り出していた。少年時代の思い出と、ユリとの約束を胸に、彼は世界を目指すサッカー小僧として、再びその第一歩を踏み出すのだった





飛行機が目的地に近づく頃、徹の胸の中にはすでに試合への高揚感が渦巻いていた。アジア予選は、すでに破竹の勢いで勝ち進んでいた。チームメイトたちとの息も合い、練習で積み重ねた戦術が、ひとつひとつ試合の中で機能していく。


初戦オーストラリア戦から、チームは圧倒的な連携で相手を封じ、力強い攻撃でゴールを重ねていった。徹自身も、地元ベガルタで培った技術とフィジカルを最大限に発揮し、パスや突破で何度もチャンスを作る。ピッチ上では全身に熱がみなぎり、目の前のプレーに全神経を集中させる。


「おら、抜くぞ!後ろ、頼むっちゃ!」


仙台弁が自然と口をついて出る。周囲の若手選手たちも同じ思いで走り、徹の声に応える。仲間たちと一心同体になった感覚――小学生の頃、鹿児島での決勝戦で味わったあの高揚感が、ふいに蘇る。


試合後のロッカールーム。勝利の歓声と汗の匂いの中で、徹は静かに座り、仲間たちの笑顔を眺めた。だが、その笑顔の奥にあるものを見逃すことはない。全員が、自分たちの力だけでなく、支えてくれる人たちの思いを背負い、勝利を重ねているのだと感じる。


「まだ、ここからだ。もっと、上を目指すっちゃ」


アジア予選の試合が続くたび、徹はその思いを胸に秘めた。対戦相手はどれも強敵で、簡単には勝たせてくれない。しかし、チームの一体感と自分たちの力を信じる気持ちが、次第に相手のプレッシャーを凌駕していく。


そして、決定的な瞬間が訪れた。ワールドカップ出場権を世界最速で決める試合――アジア予選最後のグループステージでの一戦。徹はピッチに立ち、仲間たちの視線とともにゴールを目指す。前半から果敢な攻撃を続け、相手のゴールを何度も脅かす。


「おら、右空いどる!行ぐぞ!」


徹の声に応えるように、仲間が走り込み、絶妙なパス交換からシュートが生まれる。ゴールネットが揺れた瞬間、スタジアム全体が歓喜に包まれた。監督の指示、仲間の声援、観客席からの拍手――すべてが一体となり、徹の心を震わせる。


試合終了のホイッスルが鳴る。スコアボードには勝利の数字が刻まれ、チームは世界最速でワールドカップ出場権を獲得したことが知らされる。ピッチ上で抱き合う仲間たちの中、徹は小さく目を閉じ、心の中でユリの笑顔を思い浮かべた。


「ユリ…これが、俺たちの力だっちゃ。見とってくれっちゃ」


喜びと達成感、そして少しの切なさ。すべてが混ざり合った感情を抱えながら、徹は深呼吸する。長く険しかった道のり、失ったものの大きさ、仲間と共に積み重ねた努力――すべてがこの瞬間に報われたのだと感じる。


ロッカールームで笑顔を交わす仲間たちに、徹は仙台弁で声をかける。


「おら、みんな、ここまできたっちゃ!まだ終わりじゃねぇけど、世界への切符、掴んだんだぞ!」


仲間たちも口々に笑い、拳を突き上げる。汗まみれの顔に、喜びと誇りがにじむ。徹の心は、かつて失った夢を取り戻し、再び未来を見据える強さで満たされていた。


ワールドカップ出場権を手にしたチームは、次なる世界の舞台へ向け、さらなる成長と挑戦を誓う。徹もまた、ユリとの約束を胸に、世界で戦う覚悟を新たにするのだった。





アジア予選が終わり、徹は一息つく間もなく、心の奥にずっと抱えてきた思いと向き合っていた。鹿児島で戦ったあの日、そして東日本大震災の悲劇、ユリとの約束――その全てが、今の自分を支えてくれている。


「柚月、これからユリの墓参りに行こうか」


徹の声に、隣に立つ柚月は小さく頷く。二人はかつて仙台ジュニアFCで一緒に汗を流し、喜びも悔しさも分かち合った戦友だった。ユリを失った悲しみは深く胸に残っているが、それでも前に進もうとする強さを互いに感じ取ることができた。


「うん…一緒に行こう。ユリちゃん、きっと見守ってくれてるもんね」


柚月の声には、少し震えが混じる。しかしその目は強く、決意に満ちていた。二人は車に乗り、静かに仙台郊外の墓地へ向かう。


墓地に着き、ユリの墓前に立つと、徹は深く息を吸い込んだ。


「ユリ…俺たち、サッカー日本代表として、世界最速でワールドカップ出場権を獲ったっちゃ。あんたが夢見とった舞台、俺たちが進む道、見守ってくれっちゃな」


柚月もそっと手を合わせ、言葉を続ける。


「ユリちゃん、私も…ナデシコJAPANの代表を目指して戦うよ。2027年のワールドカップ、そして2028年のロサンゼルスオリンピックに向けて、頑張るからね。ずっと、見守っていてね」


徹は柚月の肩に手を置き、静かに頷いた。二人の間に、言葉にはしきれない思いと絆が交差する。


「ユリ…俺たち、これからも共に歩むっちゃ。あんたの分まで、精一杯、サッカーに打ち込むっちゃ」


柔らかい春の風が墓前を撫でる。桜の花びらがひらひらと舞い、二人の心に静かに降り積もる。悲しみは消えないが、希望と誇りが、その上に確かに積もっていく。


二人はしばらく黙って手を合わせ、ユリへの感謝と報告を胸に刻んだ。そして、墓前を後にすると、二人は再び歩き出す。


「さあ、次の舞台に向けて、頑張るっちゃ」


「うん、絶対に負けられないっちゃね」


風に乗せて、二人の決意は仙台の空へと届く。ユリの笑顔を胸に抱き、二人は未来へと歩み出した。





二人が墓前を後にして歩き出したその瞬間、柔らかな風に混じって、どこからか優しく、しかし確かな声が聞こえたような気がした。


「徹…柚月…あんたら、そんげ頑張っとるの見て、ユリ、すっごく嬉しいっちゃ」


徹は立ち止まり、思わず耳を澄ます。


「ユリ…?…まさか、あんた…」


柚月も振り返り、目を閉じる。風に乗って届くその声は、確かにユリの声で、あの日の笑顔と同じ温かさを持っていた。


「そうっちゃ。あんたら、ユリが夢見とった舞台に向かって、まっすぐ進んでくれて、ありがとうっちゃ。怖がらんで、前を向いて、思いっきり走るんだよ」


徹は目に涙を浮かべ、胸がいっぱいになった。


「ユリ…俺たち、あんたの分まで…絶対に諦めねぇ」


ユリの声は、さらに優しく、しかし力強く響いた。


「うん、徹…柚月…ずっと見守っとるから。つらい時もあるけど、迷った時もあるけど、あんたらなら大丈夫っちゃ。笑顔を忘れんで、サッカーを楽しむんだよ。あんたらが笑っとるの見たいっちゃ」


柚月はそっと手を握りしめ、涙をこらえながら答える。


「うん、ユリちゃん…私たち、ちゃんと見守ってもらいながら、前に進むっちゃ」


風が二人の頬を撫で、桜の花びらがひらひらと舞う。その一瞬、徹と柚月の心には、ユリがそばにいてくれる確かなぬくもりがあった。


「徹…柚月…あんたらの笑顔が、ユリの誇りっちゃ。だから、どんどん大きな夢、叶えてくるっちゃよ」


二人は涙を流しながらも、力強く頷いた。ユリの声は、もう風の中に溶けて消えていく。しかし、心の中にはっきりと刻まれた。


「さあ、前を向ぐっちゃ。ユリちゃん、ずっと見ててくれるっちゃからな」


「うん、見守っとってくれっちゃな」


二人は手を取り合い、再び未来へと歩き出した。ユリの笑顔が心の奥に輝き続ける限り、彼らはどんな困難も乗り越えられる――そう、確信しながら。





2026年。徹は、ついにサッカーワールドカップ北中米大会への出場が決まり、地元ベガルタ仙台でのクラブ生活を一時的に離れることになった。


出発前日、チームメイトやクラブスタッフ、そしてファンに見送られながら、徹は静かに荷物を整えていた。心の中には、あの鹿児島での決勝戦、そしてユリとの思い出が、鮮明に浮かんでいた。


「ユリちゃん…見守っとってくれっちゃな。俺、世界で戦ってくるっちゃ」


小さくつぶやき、荷物を肩にかける。スタジアムを後にするその背中には、少年時代からのサッカーへの情熱と、失った仲間たちへの想いが混ざり合って、強い光を放っていた。


チームメイトの真剣な眼差し、監督やコーチの励ましの言葉、ファンの拍手と歓声――それらすべてが、徹の背中を押す力になった。


「徹、世界でも思いっきり暴れてこいよ!」


「ユリちゃんの分まで、絶対に諦めんなよ!」


そう声をかける仲間たちに、徹は力強く頷く。


「任せとけっちゃな。絶対に後悔させねぇっちゃ」


そして飛行機に乗り込み、仙台の街並みを上空から見下ろす。瓦礫の山も、まだ完全には片付いていない町も、徹にとってはすべてが思い出だ。あの悲しみも、あの悔しさも、今の自分を強くしてくれた原動力である。


「よし、行ぐぞ…ユリちゃん、柚月、そして俺たちを信じてくれたすべての人たちのために」


新幹線に乗り込む。仙台駅のホームを離れると、徹の胸に新しい希望の風が吹き込む。世界の舞台で、自分の力を試す戦いが、今、始まろうとしていた。




徹は羽田空港の到着ロビーに足を踏み入れた。そこにはすでに、サッカー日本代表のメンバーが揃っていた。世界を相手に戦う誇りと緊張が混ざり合った空気が漂っている。


「おお、徹!待ってたぞ!」


岡崎慎司が笑顔で手を差し伸べる。三笘薫は軽く頭を下げ、柴崎岳は静かに頷いた。守護神・権田修一が、少し緊張した面持ちで荷物を整理している。


「徹、世界の舞台でも全力で行くぞ!」と吉田麻也が肩を叩く。酒井宏樹や長友佑都も、自然な笑顔で「頼むぞ!」と声をかけてきた。


監督は森保一。目には強い意志が宿り、選手たちに対して一言一言に重みがあった。

「皆、ここからが本番だ。俺たちは一つのチームだ。日本のために戦う」


キャプテンの吉田麻也は静かに頷き、チーム全員の顔を見渡す。

「一戦一戦、全力で行こう。お互いに信じ合って、勝利を掴むぞ」


徹は深く息を吸い込み、荷物を肩にかけた。心の中でユリの声が聞こえるような気がした。

「徹、世界でもサッカー小僧っちゃ。あんたならできる」


全員が揃ったところで、空港のゲートを抜け、飛行機に乗り込む。機内は静かだが、選手たちの胸の内には、アジア予選を突破して得た自信と、世界の強豪たちに挑む覚悟が渦巻いていた。


機体が滑走路を走り出す。やがて夜の空へ舞い上がり、眼下に東京の街灯が小さく見える。徹は窓の外を見つめながら、静かに誓った。


「ユリちゃん、柚月、そして日本のみんなのために、全力で戦う。絶対に後悔はしねぇっちゃ」


飛行機は太平洋を横断し、次第にロサンゼルスの夜景が視界に入ってくる。世界の舞台で、日本のサッカーを背負う戦いが、今まさに始まろうとしていた。





徹がユニフォームを握りしめ、深く息を吸い込む。

「ユリ、いよいよ始まるぞ。お前との約束、叶えるからな。必ず優勝するからな」


ふと耳を澄ますと、心の奥から懐かしい声が届いた。



ユリの言葉(天国からの声)


「徹…。あんたはもう、立派なサッカー小僧になったな。

 あの震災の日から、どんだけ泣いて、どんだけ苦しんできたか、わたしは全部見てきたよ。


 でも、あんたは立ち上がった。

 仲間と一緒にボールを追いかけて、ここまで来た。

 それだけで、もう約束は果たされとるんだべさ。


 けどな、徹。

 “必ず優勝するからな”って気持ちは大事だげど、忘れんなよ。

 あんたがピッチで笑って、全力でボールを追いかける姿こそ、みんなに夢を見せるんだ。


 勝っても負けても、徹がサッカーを愛して走り抜ける姿が、わたしの一番の誇りだよ。

 だから、自分を信じて行け。

 わたしはずっと、スタンドの一番高いとこから、あんたの背番号を見てるから」



ユリの声は、温かく、でも少し涙を含んだ響きで徹の胸を満たす。

徹は目を閉じ、頬を伝う汗とも涙ともつかない一筋をぬぐい、静かに頷いた。





ロッカールームの片隅。

徹はひとり、膝に置いたユリのユニフォームと試合球をじっと見つめていた。


「ユリ…いよいよ始まるぞ。必ず優勝してみせるからな。お前との約束、ここで叶える」


心の奥底からこぼれた言葉。

その瞬間、ふっと肩越しにあの懐かしい声が届いた気がした。


――「徹。そんな顔すんな。笑って行け。うちはここで見守ってっから」


徹ははっとして顔を上げる。

誰も気づかない。仲間たちは試合の準備に集中している。

だが確かに聞こえた。ユリの声。


――「行ってこい。徹。あんたならできるっちゃ」


その言葉は、温かい手で背中を押されるように、徹の胸に響いた。

緊張で硬くなっていた体が、不思議と軽くなる。


徹はユニフォームを胸に抱きしめ、ゆっくりと立ち上がった。


「ありがとう、ユリ。俺、行ってくる」


ロッカールームの扉が開く。

仲間たちと共に、徹は光の差すピッチへと歩み出した。

背中には、確かにユリの手の温もりを感じながら――。





スタジアムを包む熱気と歓声は、地鳴りのように響いていた。

世界が注目するワールドカップの舞台。北中米大会、アジア予選を世界最速で突破して臨む、日本代表の初戦。


選手たちが整列し、国歌斉唱が終わると、会場の緊張は最高潮に達する。

主審がセンターサークルへ歩み寄り、笛を口にくわえた。


――ピィーーッ!


試合開始の笛が高らかに鳴り響く。


徹はボールの前に立ち、ふーっと深く息を吐き出す。

(ユリ、始まるぞ。見ててくれよ)


足元にあるボールを見据え、ぐっと力を込める。

スタジアムの喧騒が一瞬遠のき、目の前にはただ緑のピッチだけが広がった。


右足を振り抜く。

――キックオフ。


仲間に託されたボールが動き出し、世界をかけた戦いの幕が切って落とされた。





笛が鳴って間もなく、日本は慎重にディフェンスラインでボールを回す。

だが徹は、わずかな隙を見逃さなかった。


左サイドにスッと抜け出すと、センターバックからのロングパスが足元へ吸い込まれるように届いた。

徹のトラップは完璧だった。観客席から「おぉっ!」とどよめきが起こる。


そこから一気にギアを上げる。

相手ディフェンダーが慌てて距離を詰めてきたが、徹はスピードを緩めず縦へ突破する構えを見せ――すぐさまインサイドでボールを右へ流した。


走り込んでいたボランチの選手が中央で受け、細かいワンタッチパスを繋ぐ。

テンポを変えたボール回しに、オーストラリアの守備陣は振り回される。


「いけっ!」とベンチからも声が飛ぶ。


ボールは再び前線に出て、ペナルティエリア手前。

間髪入れず、味方が右足を振り抜いた。


――ズドンッ!


オープニングシュート。

ゴールへ一直線に伸びたボールは、惜しくもGKの正面だったが、日本の攻撃意欲を鮮烈に示す一撃となった。


スタジアム全体が息を呑み、すぐに歓声が沸き上がる。

徹は汗をぬぐいながら、心の中で呟いた。

(ユリ、最初の一発、見たか? ここからだぞ)





オープニングシュートで流れを掴んだかに見えた日本。だが、ワールドカップ常連のオーストラリアは甘くなかった。


GKがキャッチすると、すぐに鋭いロングスローを繰り出す。

「戻れッ!」と日本ベンチから声が飛んだ。


俊足のウィンガーがタッチライン沿いを駆け上がる。徹も全力で戻るが、相手は体格で勝り、スピードも落ちない。

中央へ送られたクロスボールに、長身FWが頭で合わせる――!


「やばい!」徹は振り返りざまに叫んだ。


しかし、GKの神セーブ。伸ばした片手で弾き出した瞬間、スタジアムがどよめきに包まれた。

(助かった…!)徹は胸をなで下ろしつつも、心に火がつく。


すぐに日本のカウンターが始まる。

こぼれ球を拾ったボランチが、間髪入れずに縦へ鋭いパスを送る。


徹だ。


敵陣中央で受けると、相手DFを背負いながら巧みにターン。視界の端に、サイドを駆け上がる仲間の姿が映った。

「行けッ!」徹はワンタッチで右サイドへ大きく展開。


走り込んだ仲間がダイレクトでクロスを上げる。

エリア中央、徹は猛然とスプリントし、ゴール前へ飛び込んだ。


――ヘディングシュート!


渾身の一撃はバーをかすめて外れた。


「あぁぁぁ〜〜!」観客席から悲鳴とため息が同時に上がる。


徹は頭を抱えながらも、顔を上げると、笑みを浮かべた。

(まだ始まったばっかりだ。次は必ず決める。ユリ、見ててくれよ)


スタジアムの空気は、完全に熱を帯びていた。





パスコースを確認しながら中央へ切れ込む。そこに走り込んでいたのは 久保建英。

ワンタッチでボールを受け、相手ディフェンスをかわしてゴール前へ。


ゴール前にスペースを見つけた 徹 が走り込む。三笘の正確なパスが右足に渡る。

――ゴール!!


スタジアムは大歓声に包まれる。

徹は胸の内ポケットから ユリのユニフォームと試合球を握りしめ、心の中でつぶやく。


「見てるか、ユリ…。お前との約束、叶えるぞ…!」


後方では久保と三笘がハイタッチ。

「徹、ナイスゴール!」

「これで勢い乗るぞ!」


徹は涙をこらえながら笑顔で仲間に駆け寄る。




ゴールネットが揺れ、日本側ベンチも一気に湧き上がる。スタジアムの歓声は耳をつんざくようで、徹は胸の内ポケットで握りしめたユリのユニフォームと試合球を強く抱きしめた。

「ユリ、見てるか…。俺、やるぞ…」


左サイドを突破した三笘薫は、まだ興奮を抑えきれず息を整えながらも、「この勢い、止めさせねぇ!」と次のプレーに備える。久保建英もゴール前で軽くジャンプして腕を振り、徹と目を合わせて笑みを交わす。「よし、この流れでどんどん攻めるぞ!」


しかし相手チームは簡単には諦めない。センターライン付近でボールを奪い返すと、速攻に転じて一気に日本ゴール前へ。徹はその動きを見逃さず、背後から声をかける。

「おい、左!カバーしろ!」

ディフェンスの 冨安健洋 はすぐに前方のスペースに寄せ、相手フォワードの動きを牽制する。体を張りながらも、心の中では焦りと緊張が渦巻く。

(ここでミスしたら、せっかくの先制点が…)


ゴール前では 吉田麻也 が冷静にポジションを調整しながら、相手のパスコースを読み取る。

「ここを切れば、シュート打たせない…!」

必死に身体を張り、相手フォワードの突破を阻止する。だが、相手は巧みにボールを回し、左右に揺さぶりをかけてくる。


徹は自分もゴール前に戻り、危険なゾーンに立つ。汗で髪が額に張り付く。息を整え、心の中でユリの声を思い出す。

(大丈夫、徹。お前ならできるっちゃ…行ってこい)

その声に背中を押されるように、徹は体を前に投げ出し、パスカットに成功する。


相手の反撃をしのぎながら、日本は再びボールを保持。三笘は右サイドへ駆け上がり、スピードを活かしてドリブル突破。中央でフリーになった久保にボールをパスする。

「行け、久保!」

久保は軽くトラップして反転、相手ディフェンスをかわし、ゴール前に浮き球のパスを出す。徹が走り込み、正確なタイミングでボレーシュート。ゴールネットが再び揺れ、日本がリードを広げるチャンスを迎える。


守備陣もこの瞬間、心臓が高鳴る。冨安は相手の動きを読み切り、体を張ってシュートブロックに成功する。吉田は冷静にコースを塞ぎ、相手のミスを誘う。

(まだまだ油断できねぇ…)

心の中で必死に自分を奮い立たせる。


一方、相手チームは焦燥感を募らせ、攻撃のリズムを取り戻そうと必死になる。速いパス回しとサイドチェンジで日本の守備を揺さぶるが、日本の守備陣は統率が取れている。声を掛け合い、ポジションを修正しながら対応する。

「右、カバー!」「中に絞れ!」


スタジアムの歓声と相手の叫び声が交錯する中、徹は胸の奥で小さな決意を固める。

(この試合も、ユリとの約束を胸に…絶対に最後まで諦めねぇ)


試合はこの後も、互いに一歩も譲らない攻防が続き、観客は息を呑む緊張の連続となる。日本は先制点の勢いを保ちつつ、守備陣の連携で相手の反撃をしのぎ、カウンターで追加点のチャンスをうかがう。徹はゴール前でボールを受けるたび、ユリの声を思い浮かべ、全力で走り続ける。





後半に入ると、相手のプレッシャーは一層増す。速いパス回し、サイドチェンジ、何度もゴール前まで迫られる。徹は中盤に下がり、味方との連携で相手の攻撃を食い止める。吉田、冨安、長友佑都、酒井宏樹と声を掛け合い、必死に守る。


後半終盤、相手は最後の力を振り絞り攻め立てる。徹は息を整えながらも、体を投げ出してボールをカット。三笘がそのボールを受け、反転してドリブル突破。久保がゴール前でフリーとなり、クロスを合わせる。徹が再びシュートを放ち、GKをかわす。スタジアムが歓喜に包まれ、日本は試合終了間際に追加点を奪う。


ホイッスルが鳴り、試合終了。日本は2-0で勝利を収めた。徹は胸の中でユリの名前を呼ぶ。

「ユリ、見ててくれたか…。俺、やったぞ…」

ユリのユニフォームと試合球を抱きしめ、涙をこらえながら、仲間たちと喜びを分かち合った。三笘も久保も笑顔でハイタッチし、冨安や吉田、長友、酒井も互いに肩を抱き合う。


試合後、徹は心の中で誓う。

(この勝利は、ユリとの約束の第一歩だ。これからも世界で戦い続ける…絶対に諦めねぇ)





試合終了後、スタジアムの熱気はまだ冷めやらぬ中、テレビ中継のカメラが次々と選手に向けられた。スタジアムの歓声や解説者の興奮した声が、会場を包む。大スクリーンには、日本の勝利の瞬間が何度もリピートされ、観客も選手も歓喜の余韻に浸る。


「初戦を勝てて、本当にホッとしてます…」

マイクが徹に向けられる。徹は少し汗ばんだ額を拭いながら、深呼吸を一つ。


「…ああ、ほんとに嬉しいんだ。ユリが見ててくれたんじゃねえかって、ずっと思いながらプレーしたっちゃ。」

その言葉に、周囲の記者たちは一瞬息をのむ。誰も知らないはずの幼馴染の存在、そしてその思いが彼を支えていたことが、静かに伝わった。


カメラは佐々木則夫監督に向き直る。


「選手たちは東北の被災地で苦しんだ人たちのため、全力を尽くして戦ってくれました。特に初戦の勝利は、チーム全員が一丸となった成果です。私たちはこれからも、一試合一試合全力で戦います。」


インタビュアーがさらに問いかける。


「徹選手、次戦に向けての意気込みは?」

徹は視線を一瞬天井に向け、心の中でユリの顔を思い浮かべる。


「…次も絶対勝つっちゃ。ユリ、見とけよ、俺たちまだまだ行ぐぞ。あんたとの約束、絶対果たすから。」

その声に、スタジアムの歓声が重なり、画面越しの視聴者にもその決意が伝わる。


解説者も興奮気味にコメントする。


「いやー、見てください、この若さでこの落ち着き。徹選手、まさに勝負強さが光ってますね。」

「チーム全体の統率も素晴らしい。初戦を勝利で飾ったことで、心理的優位も得たことでしょう。」


ニュース映像では、ゴールを決めた瞬間の徹や三笘薫、久保建英の喜びの表情、ベンチで歓喜する選手たちの姿が繰り返し映される。徹の笑顔は、どこかユリに見せるための笑顔にも見え、視聴者の胸を打った。


記者がマイクを差し出すと、徹は短く一礼し、言葉を添える。


「俺たちはまだ序盤っちゃ。これからも全力で戦う。応援、よろしく頼む。」


その言葉に、カメラマンたちはシャッターを切り続け、テレビ画面は日本中にこの初戦勝利の興奮を届けた。徹の胸には、ユリのユニフォームと試合球が握られ、心の中で静かに誓う。


(これからも、あんたのために、俺は戦うっちゃ…。絶対に諦めねぇ)








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