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激闘の果てに

PK戦:極限心理の超長尺版


延長戦で互いに2-2の同点となり、勝敗はPK戦に委ねられた。ピッチに残る選手たちの足取りは重く、息は荒い。だが、視線はゴールとボールに一点集中している。観客席の歓声は遠く、全神経が蹴る瞬間に鋭く研ぎ澄まされていく。


原町監督が葵に声をかける。「葵、絶対止められっちゃぞ。どんなシュートも逃すな!」

葵は深く息を吸い込み、肩で息を整える。手に汗を握り、ゴール前に立つ自分の姿を頭の中で反復する。心臓が高鳴り、鼓動が耳鳴りのように響く。



1本目:徹(仙台ジュニアFC)


徹はボールに向かって歩を進める。足元の芝の感触、ボールの冷たさ、スタンドからの声援と緊張が一体となり、体に電流のように走る。

「ここで決めんと、チームを落とす…いや、絶対決めるっちゃ」


彼の視線はゴールキーパー葵の動きを観察する。葵の右足の角度、肩の向き、目の動き。細部に神経を集中させ、過去の練習のPKの感覚を頭の中で再生する。


徹は軽く助走を取り、右足でボールを低く速く蹴り出す。葵は瞬間的に右に反応するも、シュートは左下隅に低く滑り込み、ゴール。仙台ジュニアFCが先制。



2本目:桜島FC・宮崎


宮崎はボールの位置を確認し、息を吸い込む。頭の中で「絶対に外すわけにはいかない」という言葉が反復される。

「右利きキーパーなら左下…いや、右上に力を込めるのが一番迷わせられるか…」


彼の身体は緊張で硬直しながらも、助走に入る。目の前の葵の目線、微妙に傾いた肩のラインを観察し、蹴る瞬間に全力で右上隅へシュート。葵は飛びつくが寸前で触れることもできず、ゴール。スコアは1-1の同点。



3本目:ユリ(仙台ジュニアFC)


ユリはボールに足をかけ、膝の微妙な震えを感じる。汗が目に入り、視界がわずかに霞む。

「みんなの期待を背負って…でも、焦るな、自分の蹴りを信じろ」


葵の動きは微細な読み取りを必要とする。葵はユリの腰の向き、足首の角度、体重のかけ方を一瞬で判断し、反応の準備を整える。


ユリは助走を始め、心の中で「右足…左下…」と暗示をかける。蹴り出されたボールは低く速く、葵の手をかすめながらゴールを襲う。ゴール。仙台ジュニアFCが2-1とリード。



4本目:桜島FC・小林


小林はプレッシャーで呼吸が乱れ、助走前に一度立ち止まる。手に汗をかき、ボールの感触がいつもより冷たく感じる。

「絶対に負けらんねぇ…自分の力を信じるしかねぇ」


葵の立ち位置、重心、視線の動きを全て観察し、心の中でシュートコースを複数イメージする。左上を狙う。助走から踏み込み、右足を振りぬく。ボールはゴールに吸い込まれる。2-2。



5本目:雅(仙台ジュニアFC)


雅はこれまでの蹴りの映像を頭の中で再生する。心臓は高鳴り、手のひらは汗で濡れている。

「絶対に決めて、チームを勝利に導くっちゃ」


葵は雅の一歩目、視線、肩の向きに微細に反応する。雅は蹴り足の角度を微調整し、ゴールの右下に狙いを定める。瞬間、足がボールに触れ、低く鋭い弾道がゴールネットを揺らした。3-2。



6本目:桜島FC・吉村


吉村はPKの重圧で脳内が白くなる。心臓は鼓動を通り越して痛みのように響き、足が震える。

「外すわけにはいかねぇ…みんなのために…」


葵は微動だにせず、心の中で「右に反応…いや、左上を狙うかもしれん」と読みを巡らせる。吉村はわずかに左を狙う意識を持ち、蹴り出す。葵は反応して手を伸ばすが、ボールはネットに突き刺さり、3-3。



7本目:徹(仙台ジュニアFC)


再び徹の順番が回ってくる。緊張感は極限に達し、思考が一瞬止まる。視界には葵のゴール前の微動が鮮明に映る。

「ここで決めなきゃ…負ける…でも大丈夫、自分を信じろ」


葵は徹の腰の向きと助走の角度を読み、左下に反応を準備する。徹は心を落ち着かせ、低く速くボールを蹴り、ゴールに突き刺す。4-3。



8本目:桜島FC・宮崎


宮崎は次の蹴りが最後の勝敗を左右する可能性を感じ、足が震える。心臓が胸を打つように鳴り、頭の中は「決めなければ」という思いだけが反復される。


葵は宮崎の身体の重心、助走の角度を瞬間的に計算し、左下に反応する構えを取る。宮崎はシュートコースを微妙に右上に変え、蹴り込む。葵は指先で触れるが、ゴールネットが揺れる。4-4。



9本目:ユリ(仙台ジュニアFC)


ユリの心は悲鳴に近い緊張感に満ちる。勝敗はここで決まる可能性が高い。足が震え、呼吸は速くなる。


「絶対に決めるっちゃ…みんなのために」


ボールに足をかけ、葵の重心を読みながら蹴り出す。しかし、キーパーに阻まれ得点できず。4-4。



10本目:桜島FC・小林


小林は勝利への責任を全身で感じながら助走を取る。緊張で頭の中が白くなるが、蹴り出す瞬間だけは無心になる。


葵は重心と肩の向き、目線で右下に反応する準備を整える。小林は右上にシュートを打ち込み、ネットを揺らす。5-4となり、仙台ジュニアFCは惜しくもPK戦で敗北が決まった。




桜島FCの選手たちは、PK戦の最後の瞬間、歓喜と安堵が入り混じった表情を浮かべていた。宮崎が蹴ったボールがゴールネットに突き刺さった瞬間、選手たちは抱き合い、飛び跳ね、声を上げた。監督の吉村も大きく拳を突き上げ、目に涙を浮かべながらベンチに駆け寄る。


「おおおお!やったぞ、みんな!この瞬間のために俺たちはここまでやってきたんだ!」


キャプテンの小林は汗で濡れた髪をかき上げながら、声を振り絞る。「やった…やっと…ここまで来たんだ…」と、喜びを噛みしめるように言った。周囲の選手たちも、肩を組み、涙を流し、互いの目を見ては微笑む。


吉村監督は息を整えながら、報道陣に向かって話す。「九州代表として、このチームで全国優勝できたことを誇りに思う。選手たちが最後まで諦めず、互いに信頼し合って戦った結果です。本当に感謝しています。」


記者からの質問が飛ぶ。「PK戦の最後、選手たちの心理をどのようにコントロールしましたか?」

吉村監督は一瞬考え、柔らかく笑みを浮かべて答える。「PKは技術だけでなく、精神力がものを言う。最後の瞬間まで落ち着いて、集中力を切らさないことを伝えました。選手たちがその通りにやり抜いてくれたことが勝因です。」


小林もインタビューを受ける。「正直、最後のキッカーの時は心臓が飛び出るかと思った。でも、仲間を信じて、自分を信じて蹴った。ゴールした瞬間は言葉にならない喜びだった。」


一方、仙台ジュニアFCのベンチでは、原町監督が深く息をつき、選手たちと顔を合わせる。PK戦でわずかに敗れた悔しさが全身に残っているが、同時に誇りもある。岩出コーチが肩を叩きながら声をかける。「よくやったぞ、みんな。最後まで集中して戦った。負けたけど、今日の経験は絶対に今後に生きる。」


葵はユニフォームを脱ぎ、汗で濡れた髪を手で押さえながら座り込む。「くっ…あと一歩だった…でも、みんなよくやった…俺も精一杯やった…」と、自分を慰めるように小さくつぶやく。隣に座る徹が手を握り、声をかける。「葵、悔しいけど、俺たち、最後まで諦めなかった。次は絶対勝とう。」


選手たちは静かに息を整えながら、フィールドを見つめる。目の前には全国優勝の栄冠を掴んだ桜島FCの選手たちの姿がある。悔しさと尊敬が入り混じる目で、彼らの戦いぶりを目に焼き付ける。原町監督は、選手たちの肩に手を置き、低い声で語りかける。「負けたけど、この戦いで学んだことを忘れるな。悔しい気持ちを次に生かすんだ。」


桜島FCの選手たちは、トロフィーを掲げて笑顔を見せる。その瞬間、会場全体に歓声が響き渡り、選手たちの努力と絆が報われた瞬間となった。仙台ジュニアFCの選手たちは、悔しさの中にも次への決意を胸に抱き、静かにフィールドを後にする。


延々と続いた緊張とプレッシャー、PK戦での一瞬の心理戦、試合中の全力のぶつかり合い——そのすべてが、選手たちの心に深く刻まれ、彼らの成長の糧となったのだった。




試合の熱が冷めやらぬスタジアムには、まだ歓声とざわめきが渦巻いていた。桜島FCの選手たちは優勝の喜びで弾けるような笑顔を見せ、抱き合い、互いの頬をたたき合いながら歓喜に浸る。一方で、仙台ジュニアFCの選手たちは、その場に立ち尽くし、胸の奥で悔しさを噛み締めていた。


ユリは膝を抱え、息を整えながら静かに涙を拭う。手のひらはまだ汗で濡れている。悔しさが、体中の血液のすべてを駆け巡るようだった。「あと一歩だったのに…ほんとに…」小さくつぶやき、目の前の桜島FCの歓喜を見つめる。雅も同じく、ゴール前であと一歩で決められなかった瞬間を思い返しては、悔しさを胸に抱く。


徹は肩を落とし、頭をかきながらフィールドを見渡す。手の中で握りしめた試合用のリストバンドが、まるで今日の全ての努力を映し出すかのように重く感じられる。「俺たち、最後まで戦ったんだ…でも、やっぱり勝ちたかったな…」真人も同じく、膝をついて息を整える。小学生最後の試合で、優勝旗を掲げる夢はほんの少し届かなかった。


原町監督は深く息をつき、選手たちをひとりひとり見渡す。「みんな、本当にありがとう。勝てなかったけど、君たち全員が今日の試合で精一杯やり切った。誇りに思うぞ。」岩出コーチも、選手の肩に手を置きながら声をかける。「悔しいけど、この経験は必ず次につながる。小学生最後の試合、悔いはないはずだ。」


やがて閉会式が始まる。スタジアムの中央に壇が設けられ、司会者が静かにアナウンスする。「それでは全国小学生サッカー大会、閉会式を始めます。」


桜島FCの選手たちは、優勝旗を掲げ、笑顔を輝かせる。トロフィーを両手で持ち上げ、歓声に応える。メダルが首にかけられる瞬間、選手たちは互いに目を合わせ、喜びの涙を流す。


仙台ジュニアFCの選手たちは、準優勝盾を受け取り、メダルを首にかける。悔しさはあるが、誇らしさも胸にある。ユリは盾を握りしめ、「負けたけど…今日までみんなで戦えてよかった」と小声でつぶやく。雅も「次は絶対、優勝する」と静かに決意を固める。


壇上で、両チームの選手たちは互いに向き合う。桜島FCのキャプテン小林が仙台ジュニアFCの選手たちに歩み寄り、笑顔で手を差し伸べる。「今日は本当にありがとう。君たちがいなければ、最高の試合にはならなかった。」


ユリはその手をしっかり握り返し、「ありがとう…次は絶対負けん」と小さく言う。徹も小林の手を握り、「今日は互いに死力を尽くしたな」と笑う。互いに短い言葉だが、その目には深い敬意と友情が映っていた。


監督たちも互いに目を合わせ、わずかに会釈を交わす。吉村監督は笑みを浮かべながら、「君たちの健闘を讃える。良い試合だった」と言い、原町監督も深く頷く。「ありがとう。次は必ず勝つ。」


その瞬間、フィールド全体に静かな感動が広がる。勝者と敗者の間に垣根はなく、ただサッカーを愛し、全力で戦った者たちだけが分かち合える尊い時間が流れていた。


選手たちはゆっくりと、互いに肩をたたき合いながらフィールドを後にする。観客席からは、温かい拍手が送られ、応援していた家族や友人たちの笑顔が彼らを迎える。


小学生最後の試合は、結果として仙台ジュニアFCにとって悔しさの残るものとなった。しかし、互いに死力を尽くして戦った相手の健闘を讃え、次への決意を胸に抱くことで、彼らの成長と絆はさらに深まったのだった。





宿舎に戻ると、男子チームの徹、真人、迅、道也は荷物を置き、ベッドに腰を下ろす。試合の余韻と悔しさがまだ体にまとわりつく。


「くそ…あと一歩で優勝だったな…」徹が肩を落とす。

「でも、今日の戦いは無駄じゃねぇ。みんな全力だったべ」真人がうなずく。

「うん…次は絶対勝つっちゃ」道也も悔しさを噛みしめつつ、声を落ち着ける。

「仙台帰ったら、練習地獄だな、こりゃ」迅が苦笑する。


夕食になると、疲れた身体も少しほぐれ、笑い声が戻る。男子四人は鹿児島滞在最後の夜を締めくくるため、大浴場へ向かう。


湯に浸かると、体の疲れがじわじわほどけていく。徹は目を閉じ、静かに語る。

「悔しいけど…今日の全力は忘れねぇべ。俺たち、やりきったんだ」

真人も湯の中で手を動かしながら、「次は絶対勝つべな」

道也は沈みがちな口調で、「でも、みんなで戦えたことは誇りだな」

迅は湯に手を浸しながら笑顔で、「ま、今日の試合の話は、一生ネタになるな」


一方、女子チームのユリ、雅、葵、真希は別の大浴場に向かう。湯に浸かりながら、鹿児島滞在最後の夜を楽しむ。


「女子も最後の夜くらい楽しむべ!」ユリが笑顔で声を上げ、葵や雅、真希も元気にうなずく。

湯気に包まれ、無言になる時間もある。悔しさや達成感、仲間との絆…小学生最後の大会のすべてが胸に刻まれる瞬間だった。




翌朝、選手たちは少し名残惜しそうに、宿舎代わりとなった旅館の大広間で荷物をまとめていた。鹿児島の朝は澄み渡る青空。障子の隙間から差し込む光が、選手たちの横顔を優しく照らしていた。


6年生の徹は、大きな荷物を抱えながら、深く旅館の畳に一礼する。

「お世話になりました…」その声は、どこか震えていた。


玄関先では、女将さんと従業員たちがずらりと並び、選手たちを見送る準備をしていた。女将さんは柔らかな笑顔を浮かべながらも、目元には光るものがあった。

「皆さん、本当にお疲れさまでした。最後まで立派でしたよ」


料理長さんも、白い調理服のまま姿を現した。普段は厨房にこもっている彼が、選手たちの見送りに出てきたのだ。

「優勝は惜しかったが、君たちの試合ぶりは立派だった。料理を食べてくれてありがとう。皆の笑顔が、何よりの恩返しだったよ」


その言葉に、ユリが代表して前に出る。

「優勝して恩返ししたかったけど…うちら、できることは全部やりました。本当に、美味しいご飯、ありがとうございました!」


雅や真希、葵も並んで頭を下げ、男子の徹、真人、迅、道也も、胸を張るように深く一礼した。選手たちの目には、悔しさと感謝が入り混じり、熱いものが込み上げていた。


バスに乗り込む前、女将さんが手を振りながら言った。

「またいつか鹿児島に来てね。君たちのこと、忘れませんよ!」


バスがゆっくりと旅館を離れる。車窓に流れる鹿児島の風景。桜島の姿が、まだ遠くに見えていた。誰もが窓の外に目をやりながら、心の中で別れを告げていた。


鹿児島空港に到着すると、選手たちは一斉にスマートフォンを取り出し、家族に連絡を入れる。

「今から帰るよ」

「もうすぐ仙台だ」

「試合、惜しかったけど全力出したよ」


それぞれの声が少しずつ明るさを取り戻していた。画面越しに母や父の顔が浮かぶようで、胸がじんわりと温かくなる。


搭乗口へ向かう途中、原町監督が選手たちに声をかけた。

「よく戦った。胸を張って仙台に帰ろう。みんなが誇りに思っているぞ」


選手たちは一斉にうなずいた。もう悔し涙ではなく、仲間とともに過ごした時間の誇りが胸に満ちていた。


飛行機に乗り込み、エンジンの唸りが響き始める。離陸の瞬間、仙台ジュニアFCの子どもたちは、もう一度窓の外を見た。青空の下、鹿児島の大地が遠ざかっていく。


「ただいま、仙台」

「家族に会えるな…」


フライトの中、言葉少なに座席に身を預けながら、それぞれが家族の顔を思い浮かべていた。空の旅は、悔しさと誇り、そして再会への期待を運んでいく。





飛行機はやがて羽田空港に着陸した。機体が地上に降り立った瞬間、ふわりと揺れ、座席のベルトが軽く鳴る。その音に選手たちの胸は高鳴った。鹿児島での熱戦から一夜。仙台への帰還が、いよいよ目前に迫っていた。


大きな荷物を抱えながらターミナルに降り立つと、広い羽田空港の人波が彼らを包み込んだ。東北へ向かう者、出張から戻る者、旅行帰りの家族――それぞれの物語が交差する空港の中で、仙台ジュニアFCの選手たちは小さな島のようにまとまり、仲間同士で声を掛け合った。


「これから新幹線だね」

「仙台まで、あとちょっとだ」


原町監督が先頭に立ち、岩出コーチが後ろを支える。選手たちは一列になって、羽田から東京駅行きのリムジンバスに乗り込んだ。窓の外には首都高速の高架が続き、遠くには高層ビル群がそびえている。鹿児島の青空とは全く違う景色に、子どもたちは少し目を細めた。


東京駅に着くと、その巨大な赤レンガの駅舎に、選手たちは思わず足を止めた。

「おっきいなぁ…」

「なんか迷子になりそう」


それでも誰一人取り残されることなく、やまびこ号のホームへと進む。ホームに滑り込んできた新幹線の白と緑の車体は、彼らを故郷へと一気に運んでくれる鉄の翼だった。


座席に腰を下ろすと、緊張が解けたのか、誰かが「やっと帰れるな」と呟いた。ユリは窓側の席で頬杖をつきながら外を眺めていた。雅は隣でリュックを抱きしめ、ウトウトと舟を漕ぎ始める。徹や真人、迅たちは通路側で、試合のことをまだ熱く語り合っていた。

「オレ、あの時もっと前に出てれば…」

「いや、お前の守備で何回助かったと思ってんだよ」


そんなやり取りに笑いがこぼれ、重かった空気は次第に和らいでいった。


車内アナウンスが流れる。

「まもなく仙台、仙台に到着します。どなた様もお忘れ物のないよう、ご注意ください。東北本線、仙石線、仙山線、仙台市営地下鉄線はお乗り換えです」


アナウンスを聞いた瞬間、選手たちの表情が引き締まる。仙台の文字を耳にしたとたん、胸の奥がじんわりと熱くなる。長い旅の終着点、そして彼らのホームグラウンドがそこにあった。


窓の外に見慣れた街並みが広がっていく。広瀬川、ビル群、杜の都を象徴する緑の並木道。車体がゆっくりと減速し、やがて仙台駅のホームに滑り込んだ。


ドアが開くと、涼しい風が吹き込む。その瞬間、ホームに並ぶ人影が一斉に手を振った。選手たちの家族だった。母が、父が、弟や妹が、待ちきれずに駆け寄ってくる。


「おかえり!」

「頑張ったな!」

「テレビで見てたよ!惜しかったなぁ!」


声にならない声で抱きしめられ、選手たちは胸の奥にたまっていたものを一気に吐き出した。悔し涙と安堵の笑顔が入り混じる。母の胸に飛び込むユリ。父と固く握手を交わす徹。妹に「すごかった!」と抱きつかれ、照れくさそうに笑う真人。


葵も、待っていた家族の前で思わず顔をくしゃりと歪めた。

「勝てなかった…でも、守ったよ」

その言葉に母は涙ぐみながら頷き、父は肩を叩いた。

「十分だ。よくやった」


仙台駅のホームは、小さな選手たちと家族の笑顔で溢れていた。勝利は掴めなかった。だが、この瞬間、彼らは確かに大きなものを手にしていた。仲間と過ごした日々、全力で戦った記憶、そして支えてくれる家族の温もり。


それこそが、彼らの宝物だった。





仙台駅のホームに列車が止まり、ドアが開くと、まずひんやりとした杜の都の風が車内に流れ込んだ。鹿児島の温かな空気から一転、東北の初秋の風は少しだけ冷たく、けれど心を落ち着かせる優しい感触があった。


荷物を手にした選手たちが次々とホームに降り立つ。その先には、待ちわびた家族たちの姿。横断幕こそないが、笑顔と涙が入り混じった表情が、何よりも大きな歓迎だった。


――その中で、ひときわ大きく手を振っていたのが、ユリの家族だった。

父・雄二、母・梓、そして高校生の兄・大志。三人そろって改札口の前に立ち、ユリの姿を見つけるやいなや駆け寄ってきた。


「ユリ!」

梓が声を張り上げ、真っ先に娘を抱きしめる。ユリの肩に母の温かさがのしかかり、張り詰めていたものが一気にほどけた。

「ごめん…勝てなかった…」

ユリの声は涙に濡れていた。


梓は首を横に振る。

「謝ることなんて、なんにもないよ。最後まで頑張ったんでしょ?それで十分だよ」


雄二もゆっくりと歩み寄り、手を置く。

「お前のプレー、誇りに思うぞ。テレビ越しでも伝わってきた。ほんと、よくやった」


そして、少し照れくさそうに兄の大志が頭をポンと叩いた。

「かっこよかったぞ。妹があんな大舞台で戦ってんの、正直うらやましいくらいだ」


ユリは、泣き笑いの顔でうつむいた。悔しさも、達成感も、全部ひとつに溶け合って胸を締めつける。


――そのすぐ近くでは、徹の家族が待っていた。

父・満、母・愛子、そして小学3年生の妹・翼。徹が人混みの中から姿を現すと、翼が弾けるように駆け出した。


「お兄ちゃーん!」

勢いよく抱きつく妹を、徹は慌てながらも抱きとめた。

「お、おい翼!転ぶぞ!」

けれど、その声には確かな喜びがにじんでいた。


愛子が駆け寄り、息子の顔をじっと見つめた。

「顔つきが変わったね。強くなった顔してる。悔しい思いもしたんだろうけど…その全部が宝物になるんだよ」


徹は、少し唇をかみしめながら頷く。

「うん…勝ちたかった。でも…仲間と最後まで戦えて、本当に良かった」


満が背中を力強く叩いた。

「いい試合だったぞ。お前がキャプテンでよかった。胸張って帰ってこい」


徹の胸に、こみ上げる熱いものがあった。涙は見せまいと必死にこらえたが、妹の小さな手がぎゅっと自分の手を握った瞬間、その決意は揺らぎそうになった。


――仙台駅のホームは、再会の喜びと涙であふれていた。

ユリも徹も、それぞれの家族に迎えられ、仲間とともに歩んだ最後の大会を胸に刻む。優勝には届かなかった。だが、その悔しさが、きっと次への力になる。


大きな人混みの中、小さな絆がひとつ、またひとつ結ばれていく。仙台の空は、どこまでも高く澄み渡っていた。





そして、改札を抜けて原町監督と岩出コーチが声をかける。


原町監督

「みんな、おがえりなさい。ほんとによう頑張ったなぁ。結果以上に得だもん、いっぱいあったべ。」


岩出コーチ

「おめぇらの必死な姿、胸さ刺さったっちゃ。誇りだぞ。」


そしてチーム内で卒団式が行われ、卒団生のメンバーから、一言ずつ言葉を発する。


ユリ

「みんなと一緒に戦えで、本当に幸せだったっちゃ。中学さ行ってもサッカー続けっから、応援してけろな。」


「このチームで学んだこと、一生忘れねぇっちゃ。みんな、ありがとさまだ。」


真人

「俺、サッカーやめっかなって迷った時期もあったんだげど、この仲間と一緒だったがら続けられだんだ。ほんと感謝してっちゃ。」


「負けて悔しい思いもしたげど、その分強ぐなれだと思うっちゃ。これからも頑張っからな!」


道也

「サッカーだけでなくて、人として大事なことも学ばせでもらった。ありがとうな!」


「女子でも一緒にやれて、すげぇうれしかったっちゃ。これからもみんなのこと、ずっと応援してっからね。」






家に帰り、それぞれの家族に囲まれた時間が始まる。

鹿児島での悔しさと誇らしさを胸に抱えながらも、久しぶりの我が家はやはり温かかった。


やがて街はイルミネーションで彩られ、クリスマスがやってくる。

家族とケーキを囲み、プレゼントを交換し合う。

「サッカー頑張ったな」「また中学でも応援するからな」——そんな言葉に、胸が熱くなる。


そして年が明け、正月。

初詣に出かけたり、親戚に顔を見せたり、お年玉をもらったりと、にぎやかで笑いの絶えない日々。

それぞれが新しい年の決意を胸に抱き、卒団と新たなステージへの一歩を刻んでいくのだった。





久しぶりに家族と過ごす冬休み。クリスマスやお正月を迎え、しばらくはサッカーの試合や合宿からも離れて、徹たちは穏やかな日々を取り戻していた。雪の舞う仙台の街で、のんびりと家族の時間を楽しむことができた。


やがて時は流れ、2011年3月を迎える。

春の足音が近づいてきたある日、東京の親戚から電話が入る。


「八王子のおじいちゃんの体調が良くなくて、もういつ亡くなってもおかしくない状態なんだ」


徹の父・満と母・愛子は深刻な面持ちで話を聞いていた。徹も、妹の翼も、その言葉にただ黙って耳を傾けるしかなかった。


そして、3月8日。悲しい知らせが届いた。

「おじいちゃんが亡くなった」


徹たち家族は深い悲しみに包まれた。徹にとっても、小さい頃から会うたびに優しい笑顔で迎えてくれた祖父だった。まだ実感は湧かなかったが、もう会えないのだと思うと胸が締め付けられる。


通夜と葬儀に参列するため、家族は東京へ向かう準備を整えた。

3月9日の朝、徹たちは仙台駅から新幹線に乗り込む。まだ冷たい朝の空気の中、ホームには同じように東京へ向かう人々の姿があった。


車窓に広がる景色を眺めながら、徹は黙っていた。妹の翼も隣で静かに座っている。母の愛子はハンカチを手にして目を赤くし、父の満は何度も携帯で親戚と連絡を取り合っていた。


東京駅に到着すると、在来線に乗り換えて八王子へと向かう。祖父の家へ向かう道すがら、徹は「おじいちゃんの笑顔」を思い浮かべては、涙をこらえていた。





新幹線に乗り込む前、徹はポケットから携帯を取り出し、仙台に残るユリに連絡を入れた。


「ユリ、オレだ。……今から東京さ行ぐんだ」


『え、どうしたの? 試合じゃねぇべ?』


「じいちゃん、八王子で亡ぐなったんだ。これから最後のお別れしてくる」


電話口の向こうで、ユリはしばし言葉を失ったようだった。やがて、しんみりとした声で返す。


『……そっか。徹のじいちゃん、いつもやさしい顔してっからなぁ。ちゃんと見送ってこいよ』


「うん。ありがと。オレもしっかり見送ってくる。……仙台戻ったら、また話すな」


『ああ、待ってっから。気ぃつけて行ってこいよ』


短いやり取りだったが、徹の胸にあたたかいものが残った。ユリの言葉に少し背中を押された気がした。


携帯を閉じ、徹は大きく息をつく。まだ悲しみで心は重かったが、「最後までしっかり見送ろう」という覚悟が固まっていった。











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