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タイトル未定2025/08/23 16:33

笛が鳴り、後半の試合が始まった。横浜FCはハーフタイムに指示された縦へのロングパスを多用し、仙台ジュニアFCゴールに迫る。


斉藤が中盤でボールを受けると、一気に前線へロングパスを送る。だが仙台の最終ラインは5枚に増やされ、エリアへの侵入は容易ではない。葵はゴール前で冷静に構え、どんなに速いボールでも反応できる位置に体を置く。


「右サイド、押さえろ!」

「了解!」

ディフェンス陣は声を掛け合い、縦パスに対応して飛び出す。斉藤がボールを受けても、仙台の守備網はすぐに覆いかぶさり、自由に動かせない。


一方、仙台ジュニアFCは前半のリードを守るだけでなく、カウンターのチャンスをうかがう。佐々木が味方にパスをつなぎ、縦への速い展開で一気に横浜ゴールへ迫る。


観客席からは「いけー!」「守れー!」の声援が交錯し、ピッチ上の緊張感を一層高める。後半は、横浜の攻撃力と仙台の鉄壁の守備との静かな攻防で始まった。



縦へのロングパスが増えたことで、仙台ジュニアの選手たちはこれまで以上にピッチを走り回らなければならなくなった。横浜FCは何が何でも点を奪い、反撃の口火を切りたい。対する仙台ジュニアFCは、少しでも得点を許さず、試合を有利に進めるために最終ラインを5枚に増やし、ペナルティエリアへの侵入を防ぐ策を取っている。意地と意地のぶつかり合い。ボールが行き交うたび、選手たちの息は荒く、足取りは重い。しかし、集中力は一瞬たりとも途切れない。


その激しい攻防の最中、仙台ジュニアFCの美咲がペナルティエリアの外側、ゴール正面に近い位置で相手に倒され、ファールを取られてしまった。横浜FCにとっては絶好のフリーキックのチャンスだ。ゴールまでの距離はわずか。直接狙えば一発で試合を振り出しに戻せるかもしれない。しかし、仙台ジュニアの守備壁も厚く、単純に蹴れば跳ね返される可能性も高い。


キッカーの少年がボールの前に立つ。仲間たちは短く会話を交わす。「直接狙う?」「いや、ワンタッチを入れた方が精度は高い」瞬間的に判断を迫られる。緊張の空気がスタジアムを包む。


ゴール前に立つ葵は、じっとその様子を見つめていた。汗が額を伝い落ちる。彼女の目には、敵の動きだけでなく、自分の守備ラインの配置や仲間の動きまで、すべてが映っている。彼女は頭の中でシミュレーションを始める。「今の子の守備体系なら、左に蹴りだして…そこから右隅を狙ってくるだろう」手のひらを軽く握りしめ、体の芯を緊張させる。


相手のキッカーが一歩踏み出す。ボールに向かうその瞬間、葵の心臓も鼓動を速める。壁の配置、飛び出すタイミング、どの角度から飛んでくるか、すべてを予測しなければならない。彼女の視線はゴールラインに固定され、わずかな動きも見逃さない。


ボールが蹴られた――風を切る音とともに、力強い弾道がゴールに向かって飛ぶ。仙台ジュニアの守備壁が跳ね返そうとジャンプするが、角度次第ではゴール右上隅に届くかもしれない。葵は体を低く構え、反射神経を研ぎ澄ます。



の予想は的中した。キッカーは左サイドへボールを送り、そこに待っていた横浜FCの選手――背番号7、名前は松岡翔太――の足元にピタリと収まった。松岡は一瞬迷わず右隅を狙う体勢に入り、シュートの角度を作る。スタジアムの空気が一瞬、張り詰めたように静まる。


葵は目を見開き、左手一本で反応する。体を思い切り伸ばし、手のひらを精いっぱい差し出す。ボールは指先に触れた瞬間、ゴールの軌道をわずかに逸れ、クロスバー下をかすめて外側に弾かれた。思わず息を吐く葵。しかし、事態はまだ終わらない。弾かれたボールはそのままコーナーに流れ、横浜FCに再びチャンスを与えてしまう。


「コーナーだ…気を抜くな!」葵は即座に声を張り上げ、味方選手たちに指示を出す。「もう少し右に寄れ! 壁の間に隙間を作らせるな! ショートコーナーも警戒しろ!」


彼女の声は落ち着きと緊張感が入り混じっており、聞く者には迷いがないことが伝わる。仙台ジュニアの選手たちは葵の的確な指示に従い、すぐに陣形を修正する。最終ラインが右に少し傾き、ペナルティエリア内のマークも瞬時に再配置される。


松岡は短くボールをトラップすると、仲間の動きを確認する。葵は左手をさらに突き出し、クロスに合わせる準備を整える。彼女の目は、ボールの軌道、横浜FCの選手の動き、味方の位置すべてを同時に追いかけている。まるで計算されたかのように、身体が自然に反応している。


「よし、行くぞ…!」葵の心臓は高鳴る。ペナルティエリアの中での攻防は、一瞬の判断が勝敗を決する。緊張の時間が、スタジアム全体を支配した。


横浜FCは迷わずショートコーナーを選んだ。松岡が短くパスを出し、味方の背番号10、加藤悠斗へと渡る。仙台ジュニアの守備陣形は、先ほどのクロス対応でわずかに横方向に広がってしまっていた。そのわずかな隙間を加藤は冷静に見つけ、狙いを定める。


「ここだ…!」加藤はペナルティエリアの外側、絶妙な角度からシュートを放った。ボールは低く鋭い弾道を描き、ゴールへと飛んでいく。


葵は咄嗟に反応し、左手を伸ばして触れようとする。しかし、わずかに指先が届かず、ボールはゴールネットを揺らす。仙台ジュニアFCはついに失点、スコアは2‐1。後半10分、試合は横浜FCにとって追い風が吹き始めた瞬間だった。


葵は肩を落とす間もなく、すぐに味方を鼓舞する。「落ち着け、まだ時間はある! 絶対に取り返すぞ!」最終ラインの選手たちも素早く反応し、陣形を整え直す。


スタジアムには、緊張と期待が入り混じった空気が再び漂い始める。攻守が入れ替わるたび、選手たちの意地と意地のぶつかり合いが、激しい試合のリズムを刻んでいった。



美咲は自分がファールを取られ、失点につながった瞬間を思い出したのか、思わず肩を落とし、口元を引き結んだ。「しまった……」という顔が、はっきりと浮かんでいる。


葵はその表情を見逃さず、すぐに美咲を呼び止めた。「美咲、こっちを見ろ。まだこっちがリードしてる。大丈夫だ!」


美咲はうつむき加減で小さくうなずく。葵はさらに続ける。「気落ちしたら、あっという間にやられるぞ。今こそ集中して、守備を固めろ!」


その言葉に、美咲の瞳に再び光が戻る。深呼吸をひとつして、すっと体を伸ばすと、守備位置に戻っていった。


仙台ジュニアFCの選手たちも、葵の指示に合わせて陣形を整え直す。試合はまだまだ長い。前半のリードを守るため、そして失点を取り返すため、意地と集中力を最大限に研ぎ澄ます時間が、今まさに始まろうとしていた。


試合は3‐1で仙台ジュニアFCがリードしており、誰もがこのまま試合が終わると思った残り一分。だが、横浜FCは最後の意地を見せるように、怒涛の攻撃を仕掛けてきた。縦へのロングパスが放たれ、守備のわずかな隙間を突かれる。


ボールは仙台の最終ラインをかすめ、シュートが放たれた。葵は反応し、飛びついてキャッチする。だが、運命の皮肉は続く。こぼれ球を拾った横浜の選手が迷わずシュートを放ち、ゴールネットが揺れる。スコアは3‐2。スタジアム全体に緊張が走る。


アディショナルタイムは2分と表示された。残りわずかな時間、仙台の勝利はまだ確定していない。原町監督は葵の体力と集中力を考え、ここでゴールキーパーを交替させ、道也を投入することも頭に浮かんだ。だが、監督は岩出コーチに目配せをする。


「葵、交替させるべきか…」


岩出コーチは迷わず首を振る。

「いや、監督。葵の目を見てください。これ以上点はやらない、そういう鋭い目をしています。彼女は道也が正ゴールキーパーで、なかなか出番がない中でも、地道に、きつい練習にも耐えてきました。その思いを信じましょう。」


原町監督は葵の顔を見た。汗で濡れた髪の隙間から、瞳が燃えるように輝いている。焦りも恐れもなく、ただ試合を守り切る決意が込められていた。その視線に、監督の胸の中に静かな確信が生まれる。


「…よし、葵。任せたぞ。」


葵は頷き、手袋を握りしめる。残り時間はわずか二分。スタンドの声援も、横浜FCの怒涛の攻撃も、すべてがこの瞬間に凝縮される。彼女の心は冷静そのもので、ボールの一つ一つの動きを予測し、最善の反応を準備する。


仙台ジュニアFCの勝利は、まだ完全には決していない。だが、葵の目には迷いはない。このゴール前の瞬間、彼女はチームを背負い、すべてを守り切る覚悟を固めていた。



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