新学期
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6年生に上がった、ユリと透。ふたり並んで、いつもの道を一緒に学校へ向かって歩いていた。
「4月さなったけど、まだちょっと寒ぃね〜」
ユリがそう言いながら、上着の袖を引っぱった。
「んだなぁ。でもほれ、早ぐ行ぐべ!遅れっちまうべした」
透がちょっとせかすように笑いかける。
「へへっ、また透と同じクラスだったっちゃ〜。サッカーも勉強もがんばっぺな〜」
「お、おぅ……がんばっぺよ」
やがて、ふたりは仙台市立若林小学校の正門にたどり着く。
「透、ごめん、先に教室さ行っててけらいん」
「ん?どうしたんだ?」
「んもぉ……トイレ、行ぎたくなっちゃったの」
ユリが少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「おぉ、わがった。おれ先さ行ってっから。……漏らすなよ〜?」
透がからかうように言うと、
「んもぉ、バガ透っ!」
ユリは顔をぷくっとふくらませて、くるっと踵を返し、足早にトイレへ向かった。
透はくすくす笑いながら、教室へと向かう。
教室に入ると、5年生のときと同じクラスだった子たちが、もう元気にしゃべっていた。
クラス替えがなかったので、見慣れた顔ばかりだ。
「おーっす、おはよ〜!今日も寒ぃなや〜」
仲のいい青葉光一が、ランドセルをおろしながら声をかけてくる。
「光一、おはよ〜。なぁ、この前のベガルタ、マジでいい試合だったっちゃ〜!あのまま連勝してけっちゃいいんだけどな〜」
「んだんだ!今、調子いっからな〜。DFも安定してっし。……ん?ユリちゃんは?」
「あぁ、あいつ、いまトイレ行ってんだわ」
すると、ちょうどそのとき。
「……待たせだ〜」
ユリが息を弾ませながら教室に入ってきた。
「あー、ユリちゃーん!おはよーっ!」
後ろの席の石田真希が手を振ってくる。
「おはよ、真希〜。今日も髪、かわいいっちゃ〜」
「えーほんと〜?ユリちゃんのリボンも、めっちゃ似合ってるっちゃ!」
そこへ白石美里や白河美乃梨、山元春海たちが加わって、。わちゃわちゃ話をしている。
「……んも〜、朝からうるせ〜なぁ、女子は」
透がぼそっと言うと、すかさずユリが、
「なんとー!?バガ透に言われたくなーい!」
「んだんだ、透もけっこうしゃべってっぺよ〜」
光一が笑いながら言った。
笑い声が、朝の教室にぱっと広がった。
新しい学年、新しい一日が、いつもと同じように、でもちょっとだけ新鮮に始まっていた。
やがて先生が入ってきた。担任は相馬美月先生。
「はーい。席について。えぇ、今日から新しい学年に進級して、卒業までの一年間、5年生の時と同じくみんなと一緒に過ごすことになりました。最上級生として、責任ある行動をしてください。またね、いろいろやってみたいことや、楽しみなことがたくさんあると思うけど、怪我とか病気には気をつけて、一年間楽しく過ごしましょう。それじゃあ、日直さん号令かけて」
「起立。礼。着席」
こうして、6年生最初の日は始まった。
ユリは新しいノートを開きながら、ちらりと窓の外に目をやる。春の光が差し込んで、どこか遠くへ走り出したくなるような気持ちになる。六年生。最後の小学校生活。まだ見ぬ未来に、少し不安で、それ以上にわくわくしていた。
その隣で、徹はこっそりユリの横顔を見ていた。
(……やっぱ、ユリって、なんかちがうんだよな)
ふとした瞬間に真剣な目をするところ。大事な場面で誰よりも速く走るところ。勝ちたいって気持ちを、全部プレーにぶつけるところ。そういう全部が、ただの幼なじみって呼ぶには、もう足りなかった。
(声、かけてみっかな……いや、変に思われっかな)
自分でもよくわからない気持ちが胸の中に渦巻いて、結局、また何も言えずにチャイムが鳴った。
放課後、ユリと徹は家に帰った後、昼食を済ませて再び学校に向かい、少年サッカーチームの練習に加わる。今日から新たに4年生の男女が加わり、総勢30人ほどとなって、新チーム・仙台ジュニアFCがスタートした。
まずはウォーミングアップで2人1組のストレッチ。
ユリは迷いなく徹の方へ歩いていき、自然にペアになる。
「ほら徹、もーちょっと腰沈めでー。んで、息ちゃんと吐いて」
「ん、んだな……ユリ、今日ちょっと怖いくらい気合い入ってらな」
「当たり前だっちゃ。6年生だべ? 先輩として、ビシッとせねど!」
言いながらも、ユリの声はどこかうれしそうだった。いつもどおり、徹と並んでサッカーができる。それだけで、肩の力が抜ける気がした。
徹も、そんなユリの笑顔を見て、つい口元がゆるんでしまう。
(……なんでこんな、ドキッとすんだべ)
そのあと、ボール回しへと移る。
「雅〜。ほら、ボール蹴るよ〜」
「いいよ〜」
彼女は相馬雅。担任の相馬先生の娘で、学校は違うがサッカーを通して仲良くなったレディースの仲間。フォワードでは、ユリと息の合った連携を見せる。
雅の元へパスを送りながらも、ユリはすぐに周囲を見て動く。
その姿に、徹はまた目を奪われていた。
(かっけぇな……ユリって)
「こらぁ徹、ユリのことが気になるのはわかるけど、ボールから目を離すな〜!」
原町監督のひと声に、周囲が「おー!」と笑いに包まれる。
「ヤバッ。はーい。すいません! 真斗、ボール行くぞ〜!」
徹は慌てて右サイドにボールを出す。そのパスを受けたのが伊達真斗。
「ほーい。じゃあここからドリブル突破〜!」
「真斗ー、1対1仕掛けろ!」
「雅、フォロー行くぞ!」
「ユリ、左空いでっぞ!」
「了解! 徹、後ろ見てて!」
「お、おうっ!」
ボールが速くなる。声も飛び交う。ユリの背中が、ゴールへ向かって走るたびに、小さくなる。
(ずっと、こうして一緒にいられっかな……)
徹は走りながら、心のどこかでそんなことを思っていた。