2回戦後半
『ハーフタイム――交差する戦術と想い』
鹿児島の空に、前半終了の笛が鳴る。
1-0――仙台ジュニアFC、強豪・泉州ゴールドスターズを相手にリードで折り返す。
ピッチを後にし、仙台ベンチ横に設けられた簡易テントに戻った選手たちは、汗を拭いながらも、どこか自信に満ちた表情だった。
そんな中、原町監督がホワイトボードを立て、全員の前に立つ。
「……いいか、お前ら。たぶん、後半は向こう、全力で仕掛けてくる。攻め急いでくる可能性が高い。つまり――カウンターを狙ってくるはずだ」
監督は泉州の前線3枚の動きを図で示しながら続けた。
「だからこそ、パスコースを**“消す”**。ただ追うんじゃねぇ、読んで動く。
相手に『どこにも出しようがない』って思わせろ」
選手たちが、真剣な眼差しで頷く。
「それから、こっちが奪ったら――一気に展開しろ。外へ、大きく。
サイドで走らせて、泉州の守備を切り裂いていけ」
監督の声に、道也もユリも、静かにうなずいている。
「泉州の監督も、こっちの狙いはわかってるはずだ。
……だがな、わかってても止められねぇってのが、本物の攻撃だ。
お前らならできる。あとは――この試合を、楽しむくらいの気持ちで行け!」
「はいっ!!」
選手たちが声を揃えると、横から岩出コーチが笑みを浮かべて口を開く。
「ほら、徹。体力、残ってんだろ? 後半、ちょっとギア上げてみろよ」
「……わがったっちゃ。おら、やる」
「真斗も、もっと自分で仕掛けてええぞ。ボール持ったら迷うな」
「おっけっす!」
「ユリ、ルイ、柚月。中盤のライン維持、引き続き任せるな」
「おう、任せてけらいん!」
一人一人の顔を見て、戦術と信頼が噛み合っていく。
仙台ジュニアFC、後半に向けて気持ちはひとつにまとまりつつあった。
―――
一方その頃、泉州ゴールドスターズのベンチ。
日差しの中に置かれた日除けテントの下、選手たちは静かに水を飲みながら、どこか張り詰めた空気を漂わせていた。
「……まさか、先にやられるとはな……」
DFの多田結衣が、つぶやくように言った。
MFの綾瀬一馬も険しい顔でボトルの水を飲み干しながら、
「ちょっと舐めてたかもな。あの8番と10番、想像以上にやっかいだわ」
前半で何度か突破を許したCBの関本遼真は、唇を噛みしめている。
そんな選手たちに、監督・南雲和志が声を上げる。
「お前ら、落ち着け。こっちが押してる時間もあった。
だけど、決めきれないうちに、やられるのがサッカーや。切り替えろ」
選手たちの目が一斉に向けられる。
「後半は、あのキーパーの読みを逆手に取っていけ。
センターから入れたフリして、裏、使う。テンポをもっと速くして、
走り勝て。――それが、お前らの武器やろ?」
「はい!」
南雲監督は、少し語気を強める。
「あと20分で、試合をひっくり返せる力は、お前ら全員にある。
ここまで来たんや、悔い残すな!」
選手たちの顔が引き締まる。
焦りはある、だがそこに、もう一度闘志が灯り始めていた。
―――
決戦の後半が、すぐそこに迫っていた。
『後半戦――魂の追加点』
ピィィ――
後半のホイッスルが、冬の澄んだ空気を震わせて鳴った。
朝9時の太陽は、まだ低く、ピッチに長い影を落としている。
その影を蹴散らすように――泉州ゴールドスターズが、一気にギアを上げてきた。
「行けっ、前線っ!」
南雲監督の檄が飛ぶ中、FWの高岡隼人が中央を切り裂く。
MFの綾瀬一馬がテンポよく縦に通し、右からは八代心春が追い抜く動き――
まさに、原町監督の予見した「カウンター攻撃」だった。
が――
「読めてらぁっちゃ!」
DFユリが声を上げ、道也が瞬時にラインの指示を出す。
「右っ!柚月、寄れ! 徹、戻れ!」
仙台の選手たちは、前半の反省から、すでに相手の動きに対応していた。
冷静にパスコースを読み、中央への侵入をことごとく遮断する。
奪っては、展開。
奪っては、外へ散らし――
仙台ジュニアFCが「守りながら攻める」形で、徐々にペースを掴んでいく。
後半12分。
中盤で奪った真希が、左サイドへ大きく展開。
そこには――柚月がいた。
「柚月、行けっ!」
真斗の声を背中に受けながら、柚月は一気にギアを上げて、左サイドを駆け抜けた。
相手DFの背後を突いて、ラインを抜け出す。
「っしゃあ! いっぺ、いぐっちゃ!」
ゴールラインぎりぎりで足元に収めると、冷静に中を確認――
折り返しのクロス。
中央へ走り込んできたのは、背番号4――ユリだった。
「ユリ、前っ!」
「見えてらぁ!」
胸でトラップ――そのままターンしながら、逆足でシュートを放つ!
ズドン――!
低い弾道のボールは、キーパーの右を突くも、反応され、弾かれる。
だが――
「まだ、終わってねぇっちゃ!」
こぼれ球に誰よりも早く詰めたユリが、左足を振り抜いた!
ゴォォォォォ――ル!!
ネットが、大きくうねる。後半18分。
ユリの気迫と執念が、泉州のゴールをこじ開けた。
2-0。
ベンチの原町監督が、拳を強く握る。
岩出コーチも、呟くように言う。
「……この点は、大きいぞ。ユリ、よく詰めたな……」
ピッチの中央で、ユリが柚月と力強くハイタッチを交わす。
「柚月、ナイスっちゃ! 最高のボールだったぁ!」
「ユリこそ、あの詰め、えらいど!」
徹や迅、真希たちも駆け寄り、抱き合いながら、得点の喜びを全身で表現した。
――残りは、あと2分とアディショナルタイム。
絶対に、守り切る。
その気持ちは、仙台ジュニアFCの選手全員に、確かに刻まれていた。
⸻
『止まるな、最後の一秒まで』
後半18分、ユリのゴールでスコアは2-0。
しかし、泉州ゴールドスターズの闘志は、むしろそこから一層、激しさを増していた。
「全員、前っ!」
南雲監督の怒号が響く。
最後の賭け。
全選手が高いラインを保ち、GKさえセンターラインに迫る勢いで、圧力をかけてくる。
右サイドから八代心春がクロス。中央で待ち構えるのは、キャプテンFW・高岡隼人。
その一歩後ろに、左サイドの篠原ひなたがダイアゴナルに飛び込む。
「来るっちゃ!」
道也が叫ぶと同時に、空中戦。
真斗と迅が身体を投げ出して跳ね返すが、セカンドボールはことごとく泉州側へ。
ロングボールが再び、前線へ。
「やばい、抜けたっ!」
ユリの背中を、冷たい汗が伝った。
ボールは一直線に、高岡隼人へ――
「……道也っ!」
一対一。
高岡がシュートモーションに入る。
だが――
「まだじゃねぇっちゃ!」
飛び出した道也が、身体を投げ出す!
一瞬の判断、右足を大きく伸ばして――
バシィィィッ!!
鋭いシュートが、道也の右足に弾かれて、大きくラインの外へ!
「道也ーーー!!」
「すっげぇ!!!」
観客席からどよめきと歓声が巻き起こる。
ユリは思わずその場に膝をつきそうになりながらも、歯を食いしばって立ち直った。
(……守るんだ。この点差、守り切るんだっちゃ……!)
そして、ピッチサイドの第4審判がボードを掲げる。
+1分
――アディショナルタイムは1分。
だが、その1分が、ユリには永遠に思えた。
攻め続ける泉州。
心春、ひなた、一馬、そしてサブから出場したFW嶋田煌までもが前線に詰めてくる。
仙台ジュニアFCは、もはや全員が守備に回り、ゴール前に立ち塞がる。
「跳ね返せっちゃ! 最後まで行ぐぞ!」
「止めっぞ!全員、集中っちゃ!」
柚月の声も震えていた。
でも、その震えは恐怖じゃない――全身の神経を研ぎ澄ました者だけが放てる叫びだった。
クロス、クリア、こぼれ球、またクロス――
ピッチはまるで、ひとつの呼吸をする巨大な生命体のようにうねり、揺れていた。
(まだ終わらねぇ。もう、いつ笛が鳴ってもいいべ……)
ユリはそう思いながら、前傾姿勢で膝を少し曲げて構え続ける。
そして――
ピィィィ―――――――ッ!!
空が裂けるような、笛の音。
主審がセンターサークルを指差し、試合終了を告げた。
2-0。
仙台ジュニアFC、激闘を制して3回戦進出。
ピッチのあちこちで、選手たちがその場に崩れ落ちた。
歓声と、涙と、声にならない叫びが交錯する。
ユリは、その場で空を見上げた。
白い雲が、ゆっくりと流れていた。
「……終わった、っちゃ……」
その言葉が、吐息のように空に消えていく。
でも確かに、彼女の心の中には今、ひとつの誇りが灯っていた。
「守り抜いた。全員で、勝ち取ったんだ――」
『仲間になる瞬間』
試合終了の笛が鳴ったあとも、ピッチには熱気が残っていた。
仙台ジュニアFCの面々は汗を拭いながら、互いに肩を叩き合う。
そんな中、泉州ゴールドスターズのキャプテン・高岡隼人が歩み寄る。
高岡「……めっちゃ強かったな、あんたら。せやけど、負けたんはウチの力不足や。……優勝、してこいよ?」
ユリ「……ん、まかせでけらいん!あんたらと戦えで、うちら、ほんと強ぐなれだっちゃ。」
高岡「なんや、ええ訛りやなぁ。……ほな、がんばりや!」
二人は、笑顔で固く握手を交わした。
その横では、泉州の女子DF・篠原ひなたが、真希ににこっと笑いかける。
ひなた「めっちゃええクロス蹴るやんか、びびったわ。うち、あんなん大好物やねん。」
真希「えへ……ほんと?ありがどな。ひなたちゃん、めっちゃ足速くて……抜げねがったんだよ〜。」
ひなた「ふふ、またどっかで当たろな。そんときは負けへんで〜!」
そのやりとりを見ていた仙台の柚月と泉州のMF・三宅遥が顔を見合わせて、つい笑い合う。
遥「ええ試合やったな。ウチら、よう頑張ったと思うわ。」
柚月「うん。……でも勝ってごめんね。」
遥「なに言うてんねん、勝負は勝負や。そんかわり、絶対優勝してや!」
柚月「んだ、全力で、最後まで走っから!」
やがて両チームが整列し、主審の合図で声をそろえる。
「ありがとうございました!!」
深々と、グラウンドに一礼。
その一礼には、リスペクトと友情が宿っていた。
控えへ戻る途中――泉州のFW成瀬楓太が、徹に向かって。
成瀬「おまえ、まじですごかったわ。何回走っても止まらへんねんもん。……またどっかで勝負しよな!」
徹「ああ、んだ……次やっどきゃ、負げねぇぞ!」
両者、拳を軽く突き合わせ、笑顔を交わす。
その背中を見ながら、原町監督がつぶやく。
「ライバルが仲間になる瞬間って、やっぱいいもんだな。」
岩出コーチもにっこり笑ってうなずく。
「……せやな。こういう試合、ほんまにええな。」
試合の勝利以上に、子どもたちの心に残るものがあった。
その日の空は、12月の澄んだ青だった。
①【勝利監督インタビュー】
試合終了後のインタビューブースにて。
記者がマイクを向けると、原町監督は汗を拭いながら、落ち着いた表情で答えた。
記者「見事な勝利でした。全国有数の強豪、泉州ゴールドスターズを破っての3回戦進出。今のお気持ちは?」
原町監督「……んだな、ほんとに選手たちが、よぐがんばってけだ。相手のスピードとテクニックには正直、手ごわさ感じてだげど、冷静に対応できたっちゃ。」
記者「相手のカウンター対策もバッチリでしたね。」
原町監督「道也がよぐ見でだんだ。攻撃パターンを読み切って、ユリや柚月、みんなで連動して対応できだ。今日の勝ちは、全員で勝ち取ったもんだべな。」
記者「次戦への意気込みをお願いします。」
原町監督「次もまた、簡単な試合にはならねっちゃ。でも、いづでも“楽すぃぐプレーすっこど”を忘れねぇで、楽しみながら戦わせでけらいん。」
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②【ゴールを決めた二人のインタビュー:ユリと迅】
■ユリのインタビュー(後半18分に決勝ゴール)
記者「見事な決勝点でした! 胸トラップからのシュート、相手キーパーのこぼれ球を自ら押し込む集中力も見事でした。」
ユリ「えへへ……ありがどなっす。相手のDF、ほんとに手ごわくて……でも柚月がいいタイミングで折り返してくれだんで、絶対決めでやっ思ってたんです。」
記者「プレッシャーのかかる場面で、冷静でしたね。」
ユリ「……ユリ、練習で何百本も、ああいうシーン想像して打ってきたから。ここで決められねば、チームに申し訳ねぇなって……」
記者「素晴らしい一撃でした。次戦も期待してます!」
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■迅のインタビュー(試合の流れを変えたファーストシュート)
記者「前半、チーム初のシュートを打ったシーン、あれが攻勢の流れを生みましたね。」
迅「ほんまっすか? めっちゃ嬉しいっす!」
記者「ゴールにはならなかったですが、相手にプレッシャーを与えた意味では大きな一撃でした。」
迅「あの時、徹がパスくれて、“絶対枠に飛ばす”ってだけ思ってたんですけど……キーパー、やっぱスゴかったです。でも、うちらのペースになったんで、やってよかったっす!」
記者「チームに勢いを与えたプレーでした。次も期待してます。」
迅「はいっ! 走り倒します!」
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③【宿舎に戻ってお風呂タイム&わちゃわちゃ反省会】
夕暮れ、試合会場から戻った選手たちは、それぞれの荷物を宿舎の部屋に置き、疲れた身体を引きずるようにお風呂場へ。
■女子風呂にて
ユリ「ふぇぇ〜〜〜、今日めっちゃ走ったぁ〜〜〜。」
真希「ユリ、3人くらい抜いてなかった? もう脚パンパンなんだけど〜!」
柚月「でも、折り返しのパス、ほんとにきれいだったよ真希〜。あれ、ユリが押し込まなかったら私泣いてた!」
真斗「……あたし、何回相手に抜かれたか数えきれねーし……はぁ〜〜〜、反省風呂だ〜〜。」
一同「ははははは!!」
湯船につかりながら、自然と今日のプレーの反省会が始まる。
ユリ「……でも、ほんとに、全員で守って、全員で攻めて、って感じだったね。……すっごく、楽しかった。」
柚月「うん、ね。こんなに走ったの、久しぶり。」
真希「……あの子、ひなたちゃんって子、試合後に“あんた足速すぎやで〜”って言ってくれた〜!」
ユリ「え、まじで〜!? めっちゃええ子やん!」
わちゃわちゃと賑やかな風呂場。
身体の疲れも、心の高ぶりも、ゆっくりとお湯に溶けていく。
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■男子風呂にて
徹「うぅ〜〜〜……今日、マジでバテた。息切れ止まらん。」
道也「でも、キーパーと一対一止めた時、めっちゃかっこよかったぞ。」
迅「徹が前でキープしてくれるから、後ろが助かってんねん。」
徹「いやいや、迅のドリブルもヤバかったって!」
真斗「でもさ、あの相手の10番……高岡くん? マジ速すぎじゃね?」
道也「うん、あのスピードで崩されてたら……正直危なかった。」
徹「でもさ、勝ったんだ。俺ら、勝ったんだぜ!」
風呂場の湯気の中に、笑い声が響いた。
今日の勝利は、ただの一勝じゃない。
――それぞれが、仲間の力を信じ、支え合って戦った、最高の一勝だった。