関西の強豪
そして迎えた、泉州ゴールドスターズとの2回戦。
朝の冷たい空気のなか、陽はまだ低く、ピッチの端に長く影を落としていた。
ピィィ――。
試合開始のホイッスルが、澄んだ空に鋭く響いた。
仙台ジュニアFCのキックオフで、3回戦進出をかけた戦いが幕を開けた。
開始直後から、泉州ゴールドスターズは怒涛のプレスをかけてくる。
さすがは関西屈指の名門。個のスピード、パスワーク、ボールの持ち方、どれも今まで対戦してきたチームとはレベルが違う。
(……速い!)
ユリの脚力をもってしても、泉州のMF・九条あすかと川原里緒のスプリントに振り回され、ボールの出どころを潰すのに精一杯だった。
「ひゃ〜……なんだべ、この速さ」
「スピードもテクニックもすごい。……どうしたらいいんだろう」
ユリがボールを追いながら、思わず漏らした。
DFラインでは、真希と柚月が声を掛け合い、細かくポジションを修正していたが、それでも泉州FWの前園怜士や南條拓也が仕掛けてくる一瞬のドリブルに、足がついていかない。
そして前半12分、泉州の10番・早乙女レイナがゴール前に抜け出し、左足で放ったシュートが、ゴールポストを叩いて外れた。
「うおっ、あぶねっ!!」
「ポストさ、助げられだべ……」
徹が叫び、道也が倒れ込みながらボールを抱え込む。
ピッチの空気が、一瞬凍ったように静まる。
「気ぃ引き締めっぞ!!今の一歩、詰めろ!」
真斗が声を張る。
仙台は何とか耐えている。だが、キープもままならず、カウンターを仕掛ける隙すらない。
ユリは走りながら、必死に頭を巡らせた。
(あのレイナちゃん、タッチ数、ちょっこし多い……)
(川原ちゃんの縦パス、タイミング読めるかもしれねぇ)
焦る気持ちを抑えながら、ユリは瑠唯とアイコンタクトを取り、ポジションを少しずつ修正していく。
「瑠唯、もうちょい右寄れ! 川原の縦、切っぺし!」
「わがったっちゃ!」
少しずつ、泉州の攻撃のリズムを崩し始める。
ピッチの上では、攻防の熱が少しずつ拮抗していく。
けれど、1点取られたら、一気に崩れるかもしれない。そんな張り詰めた空気の中、仙台ジュニアFCの誰もが、互いの目を見ながら、全力で走っていた。
(負げられねぇ……)
徹の胸の奥には、ユリと交わした約束が、静かに燃えていた。
試合時間が15分を過ぎたあたり。
仙台ジュニアFCは、いまだ攻撃の糸口をつかめず、泉州ゴールドスターズに押され気味の展開が続いていた。
「くっそ、また右っ側がやられだ……!」
真斗が叫ぶ。まさにその通りだった。
泉州の攻撃は、MF川原里緒とFW南條拓也の連携で、中央から右サイドにかけて波状攻撃を仕掛けてくる。
しかもボール回しが速い。下手に飛び込めば、あっという間にかわされてしまう。
しかし、ゴールマウスを守る道也だけは、違う視点で戦況を見ていた。
(……あいつら、右ばっか狙ってっけど……)
目を細めて、相手の動きに目を凝らす。
(左サイド、ほとんど使ってねぇな。……たぶん、レイナの利き足と関係あっか?)
すぐに、道也の中でひとつの仮説が組み立てられた。
(センターから右寄りにボール集中してっから、逆に左サイドがガラ空きだ。……今なら、あそこ突けっかもしんねぇ)
彼は素早く判断し、左ボランチの柚月に視線を送りながら、顎をすっと左に動かす。
(左さ、つけ。おめなら気づぐべ)
柚月が、一瞬こちらを見て――小さく頷いた。
次にユリとも目が合う。
道也は目で「左だ、左へ流せ」と伝える。
(ユリ、徹、迅……頼んだぞ)
ユリは柚月の意図を察して、少しずつポジションを左寄りに調整しながら、ボールが回ってくる瞬間を狙い始める。
「柚月、オラ左寄るっちゃ!」
「わがったっちゃ!迅にも伝えっから!」
柚月はワンタッチで自分の足元に入ったボールを、半歩遅れて詰めてきた泉州のプレスをかわして、
素早くユリに預ける。
ユリは、内側に入り込むようにボールをトラップして、すぐに前を走る迅を見つける。
「迅、左ぃ!」
「受げっぞぉ!」
パスはややスピンがかかりながらも、迅の足元に綺麗におさまった。
泉州の選手たちは、一瞬、視線を右に寄せすぎていた。
その“わずかな遅れ”が、空間を生んだ。
徹がすかさず外側をオーバーラップする。
「徹、そっちさ回れっちゃ!ルイは逆サイド張っとげ!」
「了解だっちゃ!」
ボールは迅から徹へ。左サイドのラインぎりぎりを縫うように、綺麗なワンツー。
「いける!このスペース、使うっちゃ!」
徹の脳裏に、道也のアイコンタクトがよみがえる。
(あの目、見逃さねぇ)
泉州の右SB、篠原啓司が必死に戻るも、徹の加速に完全に後れを取っていた。
「中さおくっちゃ!ユリ、上がってきてっ!」
中では、ユリがDFラインの隙間を見て、迷わずスプリントを開始。
中央には真斗も飛び込む。迅が後ろからサポートに入る。
――一気に、仙台の攻撃が、今までにない勢いで押し寄せた。
ベンチで原町監督が声を上げる。
「そっただ!それでいい!スペース見逃すなっちゃ!」
スタンドも、今までとは違う仙台の勢いにざわつき始める。
「風向き、変わるかもしんねぇ――」
流れは、少しずつ、仙台へと傾き始めていた。
徹がライン際を駆け上がりながら、ピッチ中央を鋭く見渡す。
「中っ!迅、来いっちゃ!!」
グラウンダーのクロスが、相手DFの股下をすり抜けてペナルティエリア内へ滑り込む。
そのボールに――
「おらがいぐっちゃ!!」
後方からスプリントしてきた迅が、タイミングを見計らって一気に踏み込んだ。
キーパーとDFの間に一瞬できた“風穴”に、全身をねじ込むようにして――
**バシィッ!**とインサイドでボールを捉えた!
低く、強く、確実に枠内へ――!
スタンドがざわつく。
「入れっ……!」
だが――
「うおぉぉぉっ!!」
泉州ゴールドスターズのGK・黒瀬航太が、
俊敏な反応で体を伸ばし、倒れ込みながらキャッチ!
ズシッ――と重たい音を立てて芝に転がる。
「くっそ……止められだっちゃ……!」
迅は膝に手をつき、息を整えながらも顔を上げた。
そこには、しっかりとボールを抱え込んだ黒瀬が、鋭い目でこちらを見返していた。
けれど、その目には、確かにこう書いてあった――
「今のは、危なかった」
仙台ベンチでは、原町監督が立ち上がって手を叩く。
「よがったぞ!枠内っちゃ!あれで流れ変わるかもしんねぇ!」
ユリが、迅のもとへ駆け寄って、肩を叩く。
「ナイスだ、迅!今の、あともう一歩で決まっだべ!」
「……んだ。絶対、次は決めっからな」
徹もボールの戻りざま、拳をギュッと握って呟く。
「揺れだ……泉州の守り、確実に揺れ始めだっちゃ」
――こうして、仙台ジュニアFCの反撃の火蓋は、確かに切って落とされた。
試合の“空気”が、明らかに変わり始めていた――。
『風を変えろ』
前半30分を過ぎ、スタジアムの空気が確かに仙台ジュニアFCへと傾き始めていた。
ベンチの原町監督が声を張り上げる。
「行ぐぞ!風はうぢらさ吹いでっちゃ!畳みかけっぺ!」
ピッチの中で、それを聞いた真希と柚月がアイコンタクト。
左サイドを軸に、再び攻撃のスイッチが入る。
柚月が相手MFと1対1になるが、身体を巧みに使いながらボールをキープ。
「真希っ、サイド、頼んだっちゃ!」
「任せれっ!」
真希が受け取ると、瞬時に足元でボールを転がし、相手DFのタイミングをずらしてカットイン。
「真斗、中、空いでっちゃ!」
「見えでらっ!」
真斗が縦に抜け出し、相手CBの注意を引きつけた瞬間――
中央にスペースが生まれた。
すかさず、柚月がそのギャップに走り込む迅へとスルーパス!
「迅っ、決めっぞ!!」
迅はワンタッチで受けると、
「ここだっちゃ!!」
と叫びながら、左足を振り抜いた――
ズドンッ!!
ネットが、大きく揺れた。
「っしゃぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
「入っだっちゃ!!!!!」
「迅ぃぃぃっ!!!!!」
ベンチが爆発するような歓声に包まれ、原町監督がガッツポーズで叫ぶ。
「よっしゃ!前半、よう決めだ!これで流れ、完全にこっちだべ!!」
ユリがピッチの中央で、両手を突き上げながら仲間たちと抱き合う。
「やったべ、やったぁ……!!」
「ナイスパス、柚月っ!」
「真希も、ナイスカットインだっちゃ!」
「真斗の動きが効いだな!」
前半終了間際、仙台ジュニアFCが放った執念の一撃。
泉州ゴールドスターズの鉄壁を、ついにこじ開けた。
相手GK・黒瀬航太は、歯を食いしばりながら、ピッチに拳を打ちつけた。
(……今のは、完全にやられた)
直後、主審のホイッスルが鳴り、前半終了。
1-0。
仙台ジュニアFC、リードで前半を折り返す。
仲間たちは一様に汗だくになりながらも、目は鋭く前を見ていた。
ユリがつぶやく。
「……ここがゴールじゃねぇ。次も、仕掛けっぞ」
そう、まだ戦いは半分しか終わっていない――
でも、この一点は確かに、仙台の誇りが生んだ一撃だった。