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17/32

関西の強豪

そして迎えた、泉州ゴールドスターズとの2回戦。


朝の冷たい空気のなか、陽はまだ低く、ピッチの端に長く影を落としていた。


ピィィ――。


試合開始のホイッスルが、澄んだ空に鋭く響いた。


仙台ジュニアFCのキックオフで、3回戦進出をかけた戦いが幕を開けた。


開始直後から、泉州ゴールドスターズは怒涛のプレスをかけてくる。

さすがは関西屈指の名門。個のスピード、パスワーク、ボールの持ち方、どれも今まで対戦してきたチームとはレベルが違う。


(……速い!)


ユリの脚力をもってしても、泉州のMF・九条あすかと川原里緒のスプリントに振り回され、ボールの出どころを潰すのに精一杯だった。


「ひゃ〜……なんだべ、この速さ」

「スピードもテクニックもすごい。……どうしたらいいんだろう」


ユリがボールを追いながら、思わず漏らした。


DFラインでは、真希と柚月が声を掛け合い、細かくポジションを修正していたが、それでも泉州FWの前園怜士や南條拓也が仕掛けてくる一瞬のドリブルに、足がついていかない。


そして前半12分、泉州の10番・早乙女レイナがゴール前に抜け出し、左足で放ったシュートが、ゴールポストを叩いて外れた。


「うおっ、あぶねっ!!」

「ポストさ、助げられだべ……」


徹が叫び、道也が倒れ込みながらボールを抱え込む。


ピッチの空気が、一瞬凍ったように静まる。


「気ぃ引き締めっぞ!!今の一歩、詰めろ!」

真斗が声を張る。


仙台は何とか耐えている。だが、キープもままならず、カウンターを仕掛ける隙すらない。


ユリは走りながら、必死に頭を巡らせた。


(あのレイナちゃん、タッチ数、ちょっこし多い……)

(川原ちゃんの縦パス、タイミング読めるかもしれねぇ)


焦る気持ちを抑えながら、ユリは瑠唯とアイコンタクトを取り、ポジションを少しずつ修正していく。


「瑠唯、もうちょい右寄れ! 川原の縦、切っぺし!」

「わがったっちゃ!」


少しずつ、泉州の攻撃のリズムを崩し始める。


ピッチの上では、攻防の熱が少しずつ拮抗していく。


けれど、1点取られたら、一気に崩れるかもしれない。そんな張り詰めた空気の中、仙台ジュニアFCの誰もが、互いの目を見ながら、全力で走っていた。


(負げられねぇ……)


徹の胸の奥には、ユリと交わした約束が、静かに燃えていた。


試合時間が15分を過ぎたあたり。


仙台ジュニアFCは、いまだ攻撃の糸口をつかめず、泉州ゴールドスターズに押され気味の展開が続いていた。


「くっそ、また右っ側がやられだ……!」


真斗が叫ぶ。まさにその通りだった。


泉州の攻撃は、MF川原里緒とFW南條拓也の連携で、中央から右サイドにかけて波状攻撃を仕掛けてくる。

しかもボール回しが速い。下手に飛び込めば、あっという間にかわされてしまう。


しかし、ゴールマウスを守る道也だけは、違う視点で戦況を見ていた。


(……あいつら、右ばっか狙ってっけど……)


目を細めて、相手の動きに目を凝らす。


(左サイド、ほとんど使ってねぇな。……たぶん、レイナの利き足と関係あっか?)


すぐに、道也の中でひとつの仮説が組み立てられた。


(センターから右寄りにボール集中してっから、逆に左サイドがガラ空きだ。……今なら、あそこ突けっかもしんねぇ)


彼は素早く判断し、左ボランチの柚月に視線を送りながら、顎をすっと左に動かす。


(左さ、つけ。おめなら気づぐべ)


柚月が、一瞬こちらを見て――小さく頷いた。


次にユリとも目が合う。


道也は目で「左だ、左へ流せ」と伝える。


(ユリ、徹、迅……頼んだぞ)


ユリは柚月の意図を察して、少しずつポジションを左寄りに調整しながら、ボールが回ってくる瞬間を狙い始める。


「柚月、オラ左寄るっちゃ!」

「わがったっちゃ!迅にも伝えっから!」


柚月はワンタッチで自分の足元に入ったボールを、半歩遅れて詰めてきた泉州のプレスをかわして、

素早くユリに預ける。


ユリは、内側に入り込むようにボールをトラップして、すぐに前を走る迅を見つける。


「迅、左ぃ!」


「受げっぞぉ!」


パスはややスピンがかかりながらも、迅の足元に綺麗におさまった。


泉州の選手たちは、一瞬、視線を右に寄せすぎていた。

その“わずかな遅れ”が、空間を生んだ。


徹がすかさず外側をオーバーラップする。


「徹、そっちさ回れっちゃ!ルイは逆サイド張っとげ!」


「了解だっちゃ!」


ボールは迅から徹へ。左サイドのラインぎりぎりを縫うように、綺麗なワンツー。


「いける!このスペース、使うっちゃ!」


徹の脳裏に、道也のアイコンタクトがよみがえる。


(あの目、見逃さねぇ)


泉州の右SB、篠原啓司が必死に戻るも、徹の加速に完全に後れを取っていた。


「中さおくっちゃ!ユリ、上がってきてっ!」


中では、ユリがDFラインの隙間を見て、迷わずスプリントを開始。

中央には真斗も飛び込む。迅が後ろからサポートに入る。


――一気に、仙台の攻撃が、今までにない勢いで押し寄せた。


ベンチで原町監督が声を上げる。


「そっただ!それでいい!スペース見逃すなっちゃ!」


スタンドも、今までとは違う仙台の勢いにざわつき始める。


「風向き、変わるかもしんねぇ――」


流れは、少しずつ、仙台へと傾き始めていた。


徹がライン際を駆け上がりながら、ピッチ中央を鋭く見渡す。


「中っ!迅、来いっちゃ!!」


グラウンダーのクロスが、相手DFの股下をすり抜けてペナルティエリア内へ滑り込む。

そのボールに――


「おらがいぐっちゃ!!」


後方からスプリントしてきた迅が、タイミングを見計らって一気に踏み込んだ。


キーパーとDFの間に一瞬できた“風穴”に、全身をねじ込むようにして――

**バシィッ!**とインサイドでボールを捉えた!


低く、強く、確実に枠内へ――!


スタンドがざわつく。


「入れっ……!」


だが――


「うおぉぉぉっ!!」


泉州ゴールドスターズのGK・黒瀬航太が、

俊敏な反応で体を伸ばし、倒れ込みながらキャッチ!


ズシッ――と重たい音を立てて芝に転がる。


「くっそ……止められだっちゃ……!」


迅は膝に手をつき、息を整えながらも顔を上げた。


そこには、しっかりとボールを抱え込んだ黒瀬が、鋭い目でこちらを見返していた。


けれど、その目には、確かにこう書いてあった――

「今のは、危なかった」


仙台ベンチでは、原町監督が立ち上がって手を叩く。


「よがったぞ!枠内っちゃ!あれで流れ変わるかもしんねぇ!」


ユリが、迅のもとへ駆け寄って、肩を叩く。


「ナイスだ、迅!今の、あともう一歩で決まっだべ!」


「……んだ。絶対、次は決めっからな」


徹もボールの戻りざま、拳をギュッと握って呟く。


「揺れだ……泉州の守り、確実に揺れ始めだっちゃ」


――こうして、仙台ジュニアFCの反撃の火蓋は、確かに切って落とされた。


試合の“空気”が、明らかに変わり始めていた――。


『風を変えろ』


前半30分を過ぎ、スタジアムの空気が確かに仙台ジュニアFCへと傾き始めていた。


ベンチの原町監督が声を張り上げる。


「行ぐぞ!風はうぢらさ吹いでっちゃ!畳みかけっぺ!」


ピッチの中で、それを聞いた真希と柚月がアイコンタクト。

左サイドを軸に、再び攻撃のスイッチが入る。


柚月が相手MFと1対1になるが、身体を巧みに使いながらボールをキープ。

「真希っ、サイド、頼んだっちゃ!」

「任せれっ!」


真希が受け取ると、瞬時に足元でボールを転がし、相手DFのタイミングをずらしてカットイン。

「真斗、中、空いでっちゃ!」

「見えでらっ!」


真斗が縦に抜け出し、相手CBの注意を引きつけた瞬間――

中央にスペースが生まれた。


すかさず、柚月がそのギャップに走り込む迅へとスルーパス!


「迅っ、決めっぞ!!」


迅はワンタッチで受けると、

「ここだっちゃ!!」

と叫びながら、左足を振り抜いた――


ズドンッ!!


ネットが、大きく揺れた。


「っしゃぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」


「入っだっちゃ!!!!!」


「迅ぃぃぃっ!!!!!」


ベンチが爆発するような歓声に包まれ、原町監督がガッツポーズで叫ぶ。


「よっしゃ!前半、よう決めだ!これで流れ、完全にこっちだべ!!」


ユリがピッチの中央で、両手を突き上げながら仲間たちと抱き合う。


「やったべ、やったぁ……!!」


「ナイスパス、柚月っ!」

「真希も、ナイスカットインだっちゃ!」

「真斗の動きが効いだな!」


前半終了間際、仙台ジュニアFCが放った執念の一撃。

泉州ゴールドスターズの鉄壁を、ついにこじ開けた。


相手GK・黒瀬航太は、歯を食いしばりながら、ピッチに拳を打ちつけた。


(……今のは、完全にやられた)


直後、主審のホイッスルが鳴り、前半終了。


1-0。


仙台ジュニアFC、リードで前半を折り返す。


仲間たちは一様に汗だくになりながらも、目は鋭く前を見ていた。


ユリがつぶやく。


「……ここがゴールじゃねぇ。次も、仕掛けっぞ」


そう、まだ戦いは半分しか終わっていない――

でも、この一点は確かに、仙台の誇りが生んだ一撃だった。




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