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全国大会初戦後半

「一瞬の風穴 かざあな」


ピィィィ――


後半のホイッスルが鳴る。


仙台ジュニアFCはハーフタイムのミーティングで確認した“あのポイント”を胸に、ピッチへと戻っていた。


郡山SCのエース・若松隼人。足の速さとスタミナは脅威だが、


「ハイボールの処理がやや遅れる」


「ドリブル時、ボールが足元から少し離れる瞬間がある」


――そのわずかな“間”を、徹底的に狙っていく。


そして、試合再開から数分。


まさにその瞬間が訪れた。


奏美から受けた高めのパスを、隼人がワンバウンドで収めようとした刹那――


そのボールがほんの一歩、前に出た。


「……今だっちゃ!」


鋭い読みと瞬発力で、真斗がスライドして間合いを詰め、


**ガツン!**とボールをカット!


「ナイス、真斗っ!」


こぼれたボールを拾ったユリは、素早く前を見た。


瑠唯が左サイドに走り出し、奏美を振り切ろうとしている。


「ルイ、行ぐよ!」


「んだ!任せてけらいん!」


ユリは逆サイドに展開しながら、奏美の視線を逸らす。


その間に、中央を迅がタイミングよく駆け上がる。


真斗も追いかけるように攻撃に加わってきた。


まるで、ピッチ全体を揺るがすような攻撃の波。


ユリは一瞬ボールを持ち、前を向いた。


(……今!)


スッと放たれたグラウンダーのパスが、一直線に迅の足元へ――


受けた迅は、タッチ数を最小限に抑え、


ペナルティエリアへと斜めに切り込みながら、


相手DFの寄せの一瞬の緩みに、


**「ここしかねぇ」**とばかりに足を振り抜いた。


低く、鋭く、伸びるシュート――


高柴陽翔が反応するが、


届かない!


ズドン!


ゴール左下隅に、ボールが突き刺さった。


「よっしゃぁぁぁ!!」


「決めだっちゃ!迅ぃ!!」


「っしゃああああ!!!」


「ルイ!ユリ!真斗!ナイス連携!!」


ベンチから、スタンドから、歓声がどっと沸き起こる。


後半20分、残り時間わずか。


ついに、仙台ジュニアFCが、


硬く閉ざされていた郡山SCの守備陣に風穴を開けた。


ゴールを決めた迅は、


天を指差し、両手を広げながら、仲間たちのもとへ駆け寄る。


その顔には、初めてピッチに立った新戦力としての不安も、


もうどこにもなかった。


最後の1分、そして祈りのホイッスル


後半終了のホイッスルまで、残りはアディショナルタイム――1分。


その一分が、永遠にも感じられる。


先制された郡山SCは、最後の力を振り絞って猛攻を仕掛けてきた。


エース・若松隼人が右サイドを駆け上がる。


スピードは、まだ落ちていない。


パスを受けた奏美も、必死にボールを追う。


「戻れっ!全員、守備っちゃ!」


道也の大声が、守備陣を鼓舞する。


ユリと瑠唯は、ボランチの位置に張り付きながら、


奏美の出しどころをことごとく消す。


真斗が身体を投げ出すようにパスコースに入り、


石越迅が最後の気力を振り絞ってプレスをかける。


「あとちょっとだ……耐えろっちゃ!」


郡山SCの11番・隼人がボールを受け、


ワンフェイントでユリをかわし、中央へ。


すかさず、真斗がタックル。


一瞬、ボールがこぼれる。


(やばい!)


だが、その瞬間、道也がペナルティエリアを飛び出し、


ギリギリでスライディングキャッチ!


ガシッ――!


土埃が舞い上がり、会場がどよめいた。


ピィーーーーーーーーッ!


主審のホイッスルが、空を裂く。


試合終了。


1-0――


仙台ジュニアFC、劇的な勝利。


その瞬間、ピッチにいた両チームの選手たちが、


バタバタと膝をついた。


勝った仙台の選手も、


負けた郡山の選手も、


息を荒げ、汗と涙に濡れた顔で、


空を見上げていた。


奏美は、座り込んだまま、しばらく動けなかった。


隼人は、悔しさを隠すように顔を手で覆った。


その傍らで、ユリと瑠唯は息を整えながら顔を見合わせ、


ゆっくりと手を重ねた。


「……やったね」


「んだ……勝ったっちゃ」


ベンチに戻った徹は、立ち上がれないほど疲れていた迅の背中を支えながら、


そっと耳元でつぶやいた。


「ナイスゴールだったよ、迅……お前の一発で、勝てたんだ」


陽が傾きはじめたスタジアム。


観客席からは、大きな拍手が鳴り響く。


サッカーが、すべてだったこの世代の少年少女たちにとって、


この試合は、決して忘れられない時間になった。


言葉で結ぶ、試合のあとに


試合終了のホイッスルから数分後。


選手たちはようやく立ち上がり、互いに整列する。


審判の「礼っ!」の合図とともに、


深々と頭を下げた22人の選手たち。


――ありがとう、を込めて。


列が崩れ、自然と互いに歩み寄る。


まず、ユリと瑠唯が、郡山SCのボランチ・奏美に近づいた。


奏美は、膝に手をつきながらも、顔を上げる。


ユリが、息を切らせながらも、まっすぐ目を見て言った。


「奏美ちゃん……すげがったよ。


 パス、ほとんど読めなかったっちゃ。マジでてこずった」


瑠唯も隣でうなずく。


「んだ。…ユリとふたりでも、止めんのやっとだったっちゃ。


 あんた、すごいボランチだべ」


奏美は少し驚いた顔で、でも照れくさそうに笑った。


「ん……ありがどね。あんだらのスプリント、早すぎて、


 わだし、追いつげねがった……すげぇ、な。


 ……ほんと、負げだくなかったよ」


ユリが一歩、手を差し出す。


「また、どっかでやっぺし。今度は、もっと強くなって」


奏美も力強く頷き、ユリの手をぎゅっと握った。


少し離れた場所では、隼人がスパイクの紐を結び直していた。


そこへ、真斗が一歩、歩み寄ってきた。


「……あんとき、抜かれた時、マジで終わったかと思ったべ」


隼人は顔を上げて、小さく笑った。


「おらも。あれ、決められでだら、おしまいだったな」


そのあとに続いて、徹も駆け寄ってきた。


「……やっぱ、はえぇな、隼人。


 またどっかで勝負しようぜ。


 次は負げねぇように、もっと練習するっちゃ」


隼人はちょっとだけ悔しそうな顔をしながら、でも目は真っ直ぐだった。


「おらも、もっと早ぐなっからよ。


 今度は、ゴール決めでやっからな」


固く握手するふたり。その手は、敵ではなく、仲間を認め合うものだった。


ベンチのそばでは、原町監督と岩出コーチが、選手たちを見守っていた。


岩出コーチが目を細めてつぶやく。


「……いいもんだな、こういうのは」


原町監督がうなずき、選手たちに向かって声を張る。


「お前ら、よくやった。点取った迅も、守りきった道也も、


 それ以外の全員も、最後まで全力だった。


 でもな――それだけじゃねぇ」


みんなが静かに、監督の言葉に耳を傾ける。


「お前らが今、こうして敵と笑い合って、


 “またやろう”って言えてることが、


 いちばん大事なんだ」


「サッカーは、勝ち負けだけじゃねぇ。


 心で戦って、心でつながるスポーツだ。


 ……お前ら、胸張れ。立派な試合だった」


目頭をぬぐう者もいた。


でも、その目にはもう、涙よりも、確かな誇りが宿っていた。


仲間と築いた絆。


ライバルとのリスペクト。


そして、サッカーが与えてくれた、


かけがえのない「言葉にならない時間」。


それは、未来のどんな困難にも、


きっと立ち向かえる心の支えになるはずだ。


よくやったな――郡山SCベンチにて


試合が終わり、選手たちがそれぞれ相手と健闘を称え合っている頃――


郡山SCのベンチ前では、岩城奏美や若松隼人をはじめ、


何人もの選手たちがゆっくりと腰を下ろしていた。


全力を尽くした――けれど、届かなかった。


その悔しさが、言葉にならずに、


ただ汗と涙とともに地面へ落ちていく。


そんな彼らの前に、ゆっくりと歩いてきたのは、郡山SCの監督・千葉克哉。


柔らかな笑みを浮かべながら、


一人ひとりの顔を、丁寧に見渡した。


「……みんな、よう頑張ったなぁ」


その声は、



「……みんな、よう頑張ったなぁ」


その声は、驚くほど優しく、そして力強かった。


「悔しいべ……おらだって悔しいよ。


 ……でもな、おめらの試合、すっげぇ立派だった。


 最後の最後まで、諦めねぇで走って、ぶつかって、


 ほんとの全力、見せてくれた」


隼人が顔を伏せたまま、ぼそっとつぶやく。


「……でも、点、取れなかったっす……。


 おらが決められでだら……」


監督は、隼人の頭にぽん、と手を置いた。


「隼人、あの一対一、道也ってキーパーがすげぇだけだった。


 おめの走りも、抜け出しも、完璧だったべ。


 あんなプレー、そう簡単に出きねぇ。誇っていい」


そして、奏美の方を向く。


「奏美。おめのパス、どれもえがったな。


 わがってたか?相手の10番も8番も、おめの動きに手ぇ焼いてだ。


 しっかり見でる人は見でっからな。自信持っていいべ」


奏美は唇を噛みながら、小さくうなずいた。


「……でも、走り負けだのは、悔しいです。


 ユリちゃんとルイちゃん、ほんと、すごかった……」


「んだな。でもな、そっから先があるんだべ。


 今日の悔しさ、大事にせぇ。次、またユリたちと当たったとき、


 その時こそ、胸張って勝負すっぺ」


全員の目に、再び火が灯る。


「今日の敗けはな、終わりじゃねぇ。始まりだ。


 おめらとなら、また強くなれる。――オラ、そう思ってっからな」


その言葉に、誰もが無言でうなずき、立ち上がっていった。


疲れ切った身体の中に、まだ燃える何かがある。


この場所から、またスタートを切る。


そしてこの悔しさはきっと、


次に出会うその日まで、


彼らの胸に、ずっと残り続ける。


また、どっかで――


ピッチ脇に並んだベンチの裏、


汗の乾いたユニフォームと、試合の余韻がまだ色濃く残る午後の陽射しの中で――


ユリと瑠唯は、静かに歩いてくるひとりの背中を見つめていた。


「……奏美ちゃん、行ぐっちゃ」


ユリが声をかけると、振り向いた奏美は、


少し照れたような笑顔でふたりに歩み寄ってきた。


「あの、さ……ユリちゃんもルイちゃんも……今日は、ありがどね」


「こっちこそ。すっげぇ刺激もらったっちゃ」


「んだんだ。おら、奏美ちゃんとまたやりてぇって思った」


しばしの沈黙。


でも、その間に流れる空気は、もう「敵」ではなく、「仲間」のそれだった。


奏美が、おずおずとスマホを取り出して言った。


「……あのさ。もし、迷惑じゃなければなんだけんちょ、


 メルアド、交換してもいいかな?」


その言葉に、ユリと瑠唯は顔を見合わせて――笑った。


「迷惑なわけねぇっちゃ!おらも言おう思ってた〜」


「ルイも!」


スマホを取り出し、Bluetoothで素早く連絡先を送り合う。


「おぉ〜届いだ!」


「ユリって、絵文字多っ(笑)」


「うるさいっちゃ!」


3人は、試合中とは打って変わって、


無邪気な笑顔でケラケラと笑い合った。


ふと、奏美が真剣な表情で、ふたりのほうを見る。


「……おら、また絶対、強ぐなって戻ってくっから。


 そのとぎは、もっといい勝負、させでけらいん」


ユリもうなずきながら手を差し出す。


「んだ。そのとぎは、おらだって、もっと上手くなってるべ」


瑠唯もふたりの手に、自分の手を重ねた。


「またピッチで会うとき、遠慮しねぇがんな?」


「望むところだべ!」


三人の手が重なるその瞬間、


まるでまたどこか、未来の試合の笛が鳴ったような、


そんな気がした――


「なでしこ、行ぐんだべか?」


3人の手が重なったあと、


ふっと風が吹き抜けるような静けさが訪れた。


その中で――奏美が、少し遠くの空を見上げて、


ぽつりと、つぶやいた。


「……なあ、ユリちゃんもルイちゃんも――


 ほんとに、なでしこJAPAN、目指してんのが?」


その声は、憧れと、ちょっとした羨ましさと、


そしてほんの少しの不安が混ざっていた。


ユリは驚いたように奏美の方を見たあと、


けれどすぐに、にかっと笑ってうなずいた。


「んだっちゃ。おら、小さいころからずっと夢だっちゃ」


「いつか、ユニフォーム着て、世界の舞台、走ってみてぇって思ってる」


瑠唯も、真っすぐ奏美を見て、言った。


「ルイも。だから、ここで負けらんねぇって思ってる。


 まだまだ、課題だらけだけど……諦めたくねぇ」


奏美は、一瞬だけ目を伏せて、


それから、ぽつりと笑った。


「……かっけぇな。


 おら……実は、そこまで考えだこと、なかったんだ。


 “今をがんばる”のでいっぱいいっぱいでよ……


 けど、なんか今日、おめらとやってみで、


 初めて思ったの。――おらも、夢、見でみてぇなって」


ユリが、小さく息を飲んで、


でもすぐに優しい声で言った。


「見てもいいっちゃ。


 むしろ、見ねぇともったいねぇよ、奏美ちゃんなら」


「んだんだ。ルイも、今、夢に向かって走ってんだべ。


 一緒に、どこまで行けっか、試してみようや」


奏美はその言葉に、少しうるんだ目でうなずいた。


「……ありがどな。おらも、いつか、あのピッチ立ってやっから」


3人は、また手を合わせる。


今度はもう、ライバルでも敵でもない。


**「夢を追う仲間」**として。


空には、ほんの少しだけ、冬の気配が混じりはじめていた――


未来の空の色を、少しだけ映しているように。



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