全国大会初戦前半
決戦の朝 ― 君たちは、もうチームだ
冬の空気が張りつめる朝――
12月の鹿児島。けれど、東北育ちの子どもたちにとっては、どこかほっとするような暖かさがあった。
午前8時、宿舎前に仙台ジュニアFCの選手たちが、ひとり、またひとりと集まってくる。
「おはよーっ!」
「ユニ忘れてねぇよな?」
「緊張して腹減ってねぇし……いや、やっぱ腹減ったわ」
真斗の軽口に、徹や瑠唯、ユリたちが笑いながら返す。
だが、その笑顔の奥には、どこかピリッとした緊張感が漂っていた。
全国大会・初戦。
それが、今日のこの試合だ。
やがて、原町監督と岩出コーチが現れ、選手たちをバスへと促した。
「おう、乗れー。今朝の顔、いいじゃねぇか。ちょうどいい緊張とワクワクってとこだな。
……でもな、それでいい。今日までやってきたこと、全部出してこい」
バスの中では自然と、今日の相手・郡山SCについて話が始まる。
「奏美さん、分析力すげぇらしいから、逆ついてけよ」
「隼人って選手、スピードあるって。要注意だな」
「ユリ、今日も頼むぞ!」
「んだんだ、ユリのパスで、オレ決めっからな!」
会話の熱気に包まれるバス。
車窓の外には、冬でも青々とした鹿児島の山々が流れていく。
やがて――
七北田スタジアムならぬ、「白波スタジアム」へと到着した。
【開会式】
日本各地から集まった代表チームが、整然と並ぶ。
ユニフォームの上にジャージを羽織る選手たちの顔には、遠征の疲れと、全国大会への高揚感がにじむ。
「選手宣誓! 福島代表・郡山SC、キャプテン、若松隼人!」
「……僕たちは、サッカーを愛する者として、最後まであきらめず、全力でプレーすることを誓います!」
冬晴れの空に、少年の声がまっすぐに響いた。
その声に、ユリも瑠唯も、じっと耳を澄ませていた。
(……いよいよ、はじまる)
【試合直前・仙台ジュニアFC】
ロッカールームでは、全員がユニフォームに着替え終わり、最後のミーティングが始まる。
原町監督は壁にもたれながら、いつもの落ち着いた声で語り出す。
「ここまで来るのに、いろんな想いがあったな。
負けて泣いた日もあった。練習がしんどくて、逃げたくなった時もあった。
それでも、お前らはやめなかった。
……オレは、いまのお前らが一番かっこいいと思ってる」
しんとした空気の中で、誰かが小さく息をのみ、次第に全員が顔を上げる。
「今日の相手は強い。でもな、臆することはねぇ。
信じろ。自分を、仲間を。
走って、声出して、つながって――それだけでいい」
「はいっ!」
声がそろって響く。
原町は笑って、頷いた。
「行くぞ。お前らが、“東北代表”だ。自信持って、ピッチに立て」
【試合直前・郡山SC】
白波スタジアムのピッチ裏。
郡山SCの岩城奏美は、黙々とスパイクの紐を締め直していた。
(ユリ、瑠唯……鹿児島でも、こっちは簡単にやらせねぇ)
監督の声が飛ぶ。
「奏美、落ち着いて配球しろ。お前が軸だ。焦るなよ」
「……わがってます」
隣の隼人が軽く肩をたたいて、笑った。
「今日、頼むぞ? おれ、奏美のスルーパス、マジで好きなんだわ」
「はん……外すなよ、11番」
控え選手たちの声が上がり、ベンチの雰囲気にも熱がこもってくる。
【そして、キックオフ直前】
両チームの選手が、ピッチ脇に整列する。
12月とは思えない陽光が、芝の上にやさしく降り注ぐ。
仙台ジュニアFCの円陣――
「ぜってぇ負けねぇぞ!」
「ユリ、頼んだぞ!」
「任せとけっちゃ!」
その向こう、郡山SCも気合を入れる。
「今日も一球、一球、集中していくべ!」
「オレたちのサッカー、見せっぺ!」
主審のホイッスルが鳴った。
交錯する意思 ― 全国大会・初戦、前半開始
主審の笛が高く鳴り響いた。
ピッチに張りつめた空気が、一気に動き出す。
仙台ジュニアFC vs 郡山SC。
12月の全国大会、初戦のキックオフ。
センターサークルから動き出すボール。
開始直後から、中盤では熾烈な攻防が繰り広げられる。
「ユリ、上がれっちゃ!」
「任せろっちゃ!」
ユリが縦へと抜け、瑠唯がパスの選択肢を探しながらキープ。
しかし、郡山SCの守備陣はコースを読み切っていた。岩城奏美が鋭くカバーに入る。
(……このテンポじゃ通らねぇ)
瑠唯は判断を切り替え、ボールをいったん後ろへ戻す。
仙台ジュニアFCはリズムを作り直し、前線の徹や修斗がスペースを狙って動き出す。
その一瞬のスキをついて、郡山SCもカウンターへ。
「いけっ、隼人!」
奏美が前線へロングパスを放つ――
だが、
「――行かせねぇっちゃ!」
ユリがパスコースを読んでインターセプト!
そのままサイド展開を試みるが、郡山のサイドハーフが滑り込み、スローインに逃れる。
両チーム、一歩も譲らぬ攻防が続く。
緊迫の瞬間 ― 守護神、立ちはだかる
前半15分を過ぎ、選手たちの呼吸は荒くなっていた。
鹿児島の冬とはいえ、全力で走る体には汗が滲む。
「ユリ、戻れっちゃ!」
「わがってら!」
ユリと瑠唯がボールの流れを必死に追う。
そんな中、真斗がわずかに遅れた一瞬――隼人が背後を突く。
「今だべ、隼人!」
奏美が見逃さなかった。浮かせるようなスルーパス。
走り込んだ隼人、完璧なトラップからシュート体勢へ!
一対一――
立ちはだかるは、仙台の守護神・道也。
(焦るな、落ち着け。隼人は右利き、目が甘くなった……フェイントで左? いや――)
隼人が振り抜いたシュート!
瞬間、道也が右足を伸ばした――!
「っしゃああっ!!」
ゴォンッ!
弾かれたボールはポストをかすめてラインの外へ!
こぼれ球にも郡山の選手が詰めるが、DFがスライディングでクリア!
「ナイスセーブ、道也!」
「助かったっちゃ……!」
原町監督も、小さく頷いてつぶやく。
「よく止めたな……全国で、あれは通用するセーブだ」
道也はすぐに立ち上がり、声を張った。
「次止めんぞー! みんな、落ち着けぇーっ!!」
ピッチに、チームの士気が戻ってくる。
つながる意志、届かぬゴール ― 止まらぬ攻防
郡山SCのビッグチャンスをしのいだ仙台ジュニアFC。
だが、試合の均衡は崩れない。
ボールは中盤で奪い合われ、試合はまるで将棋の中盤戦のように、鋭く緻密な読み合いへ。
「……このままじゃ、攻めきれねぇっちゃ」
そんな焦りが見えた、その瞬間――
スパァンッ!
柚月がセンターライン付近でパスをカット!
「ナイス、柚月っ!」
ボールはすぐ左サイドの雅へ。
雅がスルーパスを前線へ。
「瑠唯、行けっ!」
瑠唯が加速し、奏美と競りながらキープ。
絶妙なタイミングで中央のユリへ!
ユリはワンタッチで右の修斗へ。
「ナイスっちゃ、修斗!」
修斗が低いクロスをゴール前へ――!
走り込むは徹!
「オレに、よこせっちゃ!!」
ダンッ!
鋭いシュート――だが!
「うおぉぉっ!!」
郡山SCのGK・高柴陽翔が反応し、ファインセーブ!
「……っち!」
こぼれ球にもDFが詰め、ゴールならず。
「惜しかったな……」
「入ったと思ったのに……」
だが、確かに“決定機”は生まれ始めている。
仙台ジュニアFCの攻撃に、リズムが出始めていた。
あと一歩の軌道 ― 熱戦、前半の終わりに
前半も残りわずか。
主審が時計を確認し、ピッチにはラストプレーの緊張が走る。
「上がれっちゃ、雅!」
ユリの声に反応し、左サイドの雅がスピードを上げる。
切り返してDFをかわし、右足を振り抜いた――!
ズドンッ!
ゴール右隅を突いた強烈なシュート!
だが――
高柴が指先でかろうじて弾き出す!
「ナイスセーブだっぺ、はるとー!」
「っち! 惜しかったっちゃな!」
仙台ジュニアFCにコーナーキックが与えられる。
キッカーは瑠唯。
ユリ、真斗、修斗、徹がゴール前に詰め、道也が叫ぶ。
「ユリ、おとり入れっちゃ! 真斗、後ろ! 徹、セカンド狙えっちゃ!」
(……この一本、決めっぺっちゃ)
瑠唯のキックが鋭く飛ぶ。
ユリが囮となって飛び込む――
その背後から真斗が右足を合わせた!
ドンッ!!
クロスバーのわずか上!
「うわああぁっ!!」
惜しむ声がスタンドに広がる。
「入りそうだったっちゃな……」
主審が笛を吹く――前半終了。
0-0。
激しい攻防の応酬は、まだ均衡を崩していない。
熱を継ぐ背中、想いを蹴り出す
選手たちはゆっくりとベンチに戻る。
顔をぬぐい、水をひと口含む。
誰もが、心と身体の熱を冷ましながら後半に備える。
左サイドを任されていた雅の呼吸が、やや乱れていた。
「……ん〜、ちょっと脚が重ぐなってきたかもな」
原町監督が問いかける。
「どうする、雅。交代すっか?」
「うん……ちょっと、もたねえかもしんね」
代わってピッチに呼ばれたのは――
夏の終わりに合流し、着実に成長してきた石越迅。
「迅、行けるか?」
「はい、行ぎます!」
雅が肩をポンと叩いた。
「頼んだっちゃな」
「任せでけらいんしょ。絶対、点取っから!」
二人の間で、静かにバトンが渡された。
センターサークルで構えるユリが深く息を吸う。
視線の先には、奏美。
(……全国は甘くねぇ。でも、オレらも負けねぇ)
拳を軽く握りしめる。
そして――
ピィィィッ!!
後半戦が始まる。