静かなる前夜 ― 交差する意志と読み
全国大会、いよいよはじまっちゃ!
冬の風が、厳しくなってきた12月初めの放課後。
グラウンドの片隅に、選手たちが一列に並び、監督とコーチの前に立っていた。
原町監督が、手に持ったプリントを掲げる。
「さっき、全国大会のトーナメント表、公式に発表されたぞ」
どよめくメンバーたち。
「オレたちの初戦の相手は……福島代表、郡山SCだっちゃ!」
一瞬、ピリッとした空気が流れる。
「郡山……けっこう強えって噂だっちゃね」
「福島県大会、無失点で優勝だってよ……」
「ひゃ〜、しょっぱなから当たり引いたっちゃ〜」
隣で聞いていた一ノ関瑠唯が、すっと前に出て口を開く。
「……強ぇ相手だがらって、びびっても始まんねぇべ」
その一言に、ユリがにっと笑って応える。
「んだっちゃね。強え相手だがらこそ、勝ったらデカい!」
「“無失点優勝”って聞ぐとびびるげんど、こっちには迅も瑠唯ちゃんもおっぺす壁あるっちゃ!」
「おっぺすって何さ……」
と苦笑する瑠唯に、真斗が笑って肩を叩く。
「通訳:突破するってことだっちゃ」
「へば、オレたぢでおっぺしてやっぺ!」
すると、迅がぽつりと口を開いた。
「……郡山SC、攻撃はサイド中心。右の11番、若松隼人。スピード速ぇ。左はカットイン狙い……たぶん、こっちのユリちゃんと、ウチの両方試されっぺ」
徹が驚いた顔で、迅を見た。
「迅、情報調べできたのかよ!? おめ、隠れ戦術オタクだべ!」
「……ん。おらほのとこ、準備は基本だがら」
「“おらほのとこ”って……やっぱ岩手の人だな〜〜」
笑いが広がる中、原町監督が腕を組みながら一歩前に出る。
「郡山SCは、確かに強ぇ。けどな、オレたちにはこの夏、**宮城県を制した“自信”**がある。いよいよ、“全国”だ。鹿児島での舞台が、すぐそこまで来てる。怖がるな。いい準備して、最高の試合をしよう。いいな?」
「はいっ!!」
岩出コーチがボードを取り出し、チームの作戦ミーティングが始まる。
『戦術ミーティング』
「まず郡山の右ウイング若松隼人対策。迅、おめが寄せで時間かけて、真斗が中を消す。瑠唯、ユリ、ここのスライド忘れんなよ」
「ユリ、左サイドのカウンター、逆にチャンスにできっちゃ。守りながら、突くどご突いてけ」
「了解だっちゃ!」
「ウチ、遅らせるのは得意だがら、ギリまで引っ張って……ユリちゃん、出れるように位置、見でるよ」
「助かっちゃ〜! ほんと頼りになんね」
ユリと瑠唯が目を合わせ、うなずき合う。
徹が、ボードを見ながらつぶやく。
「……相手が強えほど、オレたちの連携が試されんだよな」
「そだな。でも、オレたち、夏よりもっと“いいチーム”になってっから」
真斗のその一言に、皆が静かにうなずいた。
再会と助言 ― 多賀城からの声
全国大会、初戦の相手は福島代表・郡山SC。
その右ウイング、背番号11番――若松隼人。
俊足とスタミナを武器に、相手の守備陣を切り裂く、郡山の攻撃の起点だ。
「……光に似てんな、あいつ」
動画を見ながら、徹はポツリとつぶやいた。
宮城県大会の決勝戦。優勝をかけて戦った相手は、多賀城。
そのエースストライカー・苦竹光一は、抜群のスピードと個人技で仙台ジュニアFCを最後まで苦しめた。
――決勝が終わったあと、互いに声をかけ合い、自然と連絡先を交換していた。
「また、戦いてぇな」
あの瞬間に芽生えた感情が、今も徹の中に熱く残っている。
徹はスマホを開き、LINEでメッセージを送った。
「よぉ、ひさしぶり。元気してっか?」
すぐに着信が鳴り、スマホ越しに懐かしい声が響く。
「おう、徹か。元気だよ。……つか、オレは次、おめらに勝つために練習してっからな」
「はは、もう次の戦い始まってんだな〜」
「まぁな。……で? どした? なんかあっぺ」
「全国の初戦、郡山SCと当たるんだ」
「おぉ〜、いきなり手強いとこだな」
「んでな。郡山に、おめに似てるタイプのFWいてさ。若松ってやつなんだけど。動画送っから、見でくんね?」
「いいぞ、送ってけれ」
徹はプレークリップを送信する。
しばらくの沈黙のあと、光一の真剣な声が返ってきた。
「……なるほどな。確かに速ぇ。んでもな、ちょっと雑だな、あいつ」
「雑?」
「高ぇボール来たときな、処理が甘ぇんだ。胸より上で受けたあと、タッチに時間かかってら」
「ほぉ〜……」
「それと、足は速ぇけど、キープ力が追いついてねぇ感じすっぺな。スピードで抜いだあと、ボールが身体から離れがちだ。そこのセカンドボール、狙い目だっちゃ」
「なるほどな〜! マジ助がっちゃ、ありがと、光一!」
「んだんだ、おめらの集中した守備と、真斗のマンマーク力あれば、いけっぺ。全国で勝ってこい。多賀城の夢も、おめらに預けっからな」
「……あぁ。オレら、全国で勝つ。鹿児島で、勝ち上がってみせっから!」
「おう、期待してっからよ。じゃあな、徹!」
通話が切れたあと、徹はスマホをぎゅっと握りしめ、空を見上げた。
多賀城と仙台。
違うユニフォーム、違う場所――
けれど、全国の空の下で、同じ夢を追っている仲間が、確かにそこにいる。
「……若松、止めてやっぺな。オレらの力で」
徹はグラウンドへ向けて、力強く歩き出した。
静かなる闘志 ― 岩城奏美の決意
全国大会の組み合わせが発表された日。
郡山SCのボランチ、**岩城奏美**の目は、対戦表に貼りついていた。
「……仙台ジュニアFC、か」
その中盤には、今もっとも注目されている選手がいた。
ユリ。
宮城県大会を制したチームの屋台骨。プレー動画では、見事なパスさばきと無駄のない守備の切り替えを見せていた。
そして、もう一人――
大会後に新加入したという、瑠唯。
「夏休み明けに入ったんだっぺ? んでも、すでにあのレベル……はんぱねぇな」
奏美は、練習試合の映像を何度も巻き戻しては再生し、真剣なまなざしで二人の動きを追った。
「ユリは落ち着きあっし、視野もひろい。んで瑠唯は、前がかりでバチっと行ぐタイプ……全然ちがうけんじょ、どっちも手強ぇ」
プレーを見れば見るほど、警戒心は強まった。
「二人とも、ボールテクもスタミナもあるしな。どやってボール取っか、考えねと。
下手に前出だら、パスぽーんって通されっちまう。……ん〜、とにかく、パスコース切っぺしかねぇな」
手帳に、気づいたことを走り書きする。
ユリと瑠唯がFWの徹や真斗と見せる速い連携プレーにも、強い危機感を抱いていた。
「FWとのワンツーも早ぇし、んでも、ボランチのどっちかにボール入らねぇば始まんねぇ。
ほだなパス、させねぇようにすんべ。ボール取りに行ぐより、道ふさぐのが先だな」
立ち上がって、ストレッチを始めながら、ひとりごとのように呟く。
「……監督さ、相談してみっかな。うちのディフェンスラインとも、連携の練習しねとダメだべ」
それは、静かな闘志の現れだった。
「おんなじ6年で、おんなじポジションで……。負けっこねぇ。ユリにも、瑠唯にも。
オレが、真ん中支えてやっぺ」
夕暮れの光の中で、奏美の眼差しは、強く、熱く燃えていた。
読みと誇り ― 郡山SC作戦会議
放課後、グラウンドの照明が灯るころ。
岩城奏美は、荷物を置いたままベンチ横に向かって走っていた。
そこには、郡山SCの監督・佐伯が、タブレット片手に座っていた。
「せんせ、ちょっといいですかい?」
「おぉ、奏美。どした、なんかあったか?」
奏美は深呼吸してから、真剣な表情で口を開いた。
「仙台ジュニアのボランチ……ユリと、もう一人、瑠唯って子。見させてもらったけんじょ、あの二人、すげえ手強いです。特にユリ、試合の流れ読むのが上手ぇし、瑠唯は縦パス通すの、ピカいちっす」
「うんうん。オレも見だ。県大会のユリはすごかったし、瑠唯も新戦力としてなじむの早ぇ」
奏美は、小さくうなずき、メモ帳を差し出した。
「……これ、オレなりに考えたんす。パスコースを先に潰して、ユリたちに前向かせねぇようにして、FWとの連携を断ち切る作戦。
FWの徹と真斗にボール入ったら、正直、止めんのはキツいです」
監督はメモに目を落とし、しばらく沈黙した。
やがて、ふっと口元が緩んだ。
「奏美……やるな。よくここまで読み込んできたな。ユリたちのプレー、よく見でる。感心したぞ」
「へへ……やっぱ、負けたぐねぇんす。オレも、こっから上に行ぎてぇ」
「よし、奏美の読み、活かすべ。明日からの守備練習、ちょっと組みなおす。DFラインとの連携、あとボランチ同士のカバーリング、重点的にやっぺな」
「マジすか! ありがとうございます!」
「お前みてぇな選手がチームの心臓になると、チーム全体が引き締まっからな。頼むぞ、奏美」
「はいっ。絶対、勝ちますけ」
ふたたびボールの音が鳴り響くグラウンドを見つめながら、奏美の背筋はピンと伸びていた。
彼女の胸には、戦術だけじゃない――仲間の想い、そして誇りがしっかりと根を下ろしていた。
情報と読み合い ― 原町監督の助言
放課後の戦術ミーティング。
仙台ジュニアFCのメンバーが集まる教室には、グラウンドとは違う緊張感が漂っていた。
プロジェクターに映し出されているのは、郡山SCの試合映像。
そして、中央でプレーしている背番号8番の選手――岩城奏美。
「これが郡山のボランチ、岩城奏美だ」
原町監督が静かに口を開いた。
「情報の集め方と、試合中の分析力に定評がある。実際、試合を読みながら、相手の動きを止めるのが得意だ。
それに……」
映像では、岩城が素早く相手のパスコースを読み取り、スッと身体を寄せてボールを奪う様子が映っていた。
「……隼人たちへのパスの精度も高い。攻守の切り替えが早く、判断も的確。地味に見えるが、郡山の心臓は彼女と言っていい」
選手たちが頷く中、原町監督はユリと瑠唯の方へ視線を向けた。
「ただしな」
そこで、一度リモコンのボタンを押し、映像を静止する。
「スプリント力は、ユリや瑠唯にゃ敵わねぇ。短距離での初速も、連続ダッシュも、お前たちのほうが上だ。
だからこそ、重要なのは“どう動くか”だ」
二人が姿勢を正し、真剣な目で監督の言葉を待つ。
「ユリ、お前が引いて受けて、瑠唯が斜めに裏抜け。あるいはその逆。奏美が対応しようとしても、二人を両方追うのは無理だ。
前線との距離が一瞬でも空けば、徹や真斗にスルーパスを出せるチャンスが生まれる」
原町監督は、ホワイトボードに簡単な図を描く。
「――つまり、奏美を“置き去り”にする。
ユリ、瑠唯、お前たちがパスを出す直前に、スピードの変化を使え。奏美は頭がいい分、読みで勝負してくる。
けど、読みを超える“加速”には対応できねぇ」
二人は顔を見合わせ、うなずいた。
「うちらのスピードで、奏美さんを引き離せば、チャンスは広がるってことだっちゃな」
「んだ。読みじゃ止められねぇ動き、見せっぺ」
原町監督が笑みを浮かべた。
「いいか? 頭も使え。速さは武器だけど、頭を使わねぇとすぐ潰される。
二人なら、それができる。あとは――信じて走れ」
その瞬間、ミーティングルームの空気が少しだけ熱を帯びた。
読み合いと、スピードのぶつかり合い。
全国大会、初戦から“中盤の主導権争い”が火花を散らすことになるのだった。
静かな前夜 ― 仙台と郡山、それぞれの備え
【仙台ジュニアFC】
夕暮れのグラウンド。
赤く染まり始めた空の下で、仙台ジュニアFCのメンバーたちは黙々と最後の確認を続けていた。
「ユリ、そこ、ワンテンポ前だっちゃ!」
「瑠唯、スピードの緩急、もっと意識してけろ!」
原町監督の声が響く。
真斗がラインの外からボールを受け、素早く中へ折り返す。
徹がタイミングを合わせて走り込み、ユリと瑠唯がワンタッチでパス交換。
「んだな。これが決まれば、郡山の守備崩せっからな!」
「明日は絶対勝つべ!」
仲間同士で拳を突き合わせ、心を一つにする。
【郡山SC】
一方、郡山SCのロッカールーム。
奏美はヘッドフォンを外し、静かに目を閉じた。
「明日は全力で。仙台の速さを封じる」
心の中でつぶやき、深呼吸する。
「この試合で、全国の舞台に名を刻む。負けられねぇ」
他のメンバーもそれぞれに集中し、明日の決戦へ備えていた。