『走り出す二学期 〜新たな風とともに〜』
『新たな季節のはじまり ― 十月の風に吹かれて』
秋も深まり始めた十月半ば。
仙台の街には、澄んだ空気と金木犀の香りが静かに漂っていた。
朝の風は少し冷たくなり、制服の上に羽織るパーカーが、ちょうど心地よい。
二学期も中盤。
だが、仙台ジュニアFCにとっては、むしろ“ここから”が勝負だった。
目指すは――十二月に行われる全国大会。
そんな朝。……にもかかわらず。
「……まだ寝でんの? ほんとがよ……」
ユリは、うんざりした顔で徹の家の玄関チャイムを連打していた。
すでに、朝の七時四十分を回っている。
普通なら、もう家を出ていなければいけない時間だ。
中から出てきたのは、徹の母。
やや困り顔で、でもどこか申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんねぇユリちゃん……何回も起こしたんだけんと、ぜーんぜん起ぎねぐて。母さんも、もーまいったぁ〜」
「……んじゃ、うぢが行ぐしかねぇっちゃ!!」
ブーツを脱ぎ捨て、ユリは遠慮なく家の中へ飛び込んでいく。
そして、寝室のドアを勢いよく開け――
「おめ、起ぎれぇぇっ!! 徹ーーーっ!!」
バンッ!!
「うぉっ!? な、なに!? 地震!? 火事!? 親父の小言!?」
「ち・が・うっ!! 七時五十分っ!! 始業式じゃねくて、全国大会前の“授業”だっちゃ!!」
「うえええええぇぇっ!? マジ!? マジで!?!?」
バタバタとベッドから転げ落ちた徹は、靴下を片手に部屋の中を右往左往。
Tシャツが裏返し、髪も爆発しているのに、気にする暇なんてない。
「シャツ裏返しっ!! 靴下、それ昨日のやづだべ!!」
「いいのっ! 今は清潔感とかよりスピードだっ!!」
「はやぐせぇっ!! 走んだがんなっ!!」
──
『全力ダッシュの登校』
パンをくわえたまま、通学路を爆走するふたり。
木々の葉が色づき、落ち葉が足元でカサカサと音を立てる。
季節の移り変わりも、周囲の視線も、今はどうでもいい。
「昨日、なんで寝坊したんだっちゃ!? 夜ふかしだべ!?」
「動画……見てたら……サッカーのハイライト集……寝落ち……」
「ばっかでねぇの!! 全国大会だっちゃ!? 勝ち残るために、今、何が大事か、わがってんの!?」
「ごめんっ!! 今から! いや、今日から!! 本気で気ぃつけるっ!!」
校門が見えてきた。
先生の姿。チャイムまで、あと十秒。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
「ラストスパートぉぉっ!!」
──
『“夫婦漫才”と呼ばれて』
がらんっ!!
「……っはぁっ……ぜぇっ……」
「……セーフ……っだよな……?」
教室の中の空気が、ひと瞬、静止した。
そして――
「はい来た〜! 新学期じゃねぇ、“中間一発目”の“夫婦漫才”!」
「徹、もはや伝統芸だな〜」
「ユリちゃん、ほんっとお疲れ様です!」
「なんでみんな、“生温かく”見守ってんのよ!!」
先生が小さくため息をつきながら、でも笑いながら声をかける。
「ほらー、座れ座れ。遅刻じゃないけど、もう少しでアウトだったぞ〜」
徹は息も絶え絶えに椅子に崩れ落ち、ユリはため息混じりに隣に座った。
「……まったく、初日からこれだっちゃ……」
「……ほんと、助かった……ありがど……」
「感謝よりも、早寝早起き!! 反省しなさいっちゃ!!」
──
『全国大会へ ― 新たな仲間とともに』
放課後。グラウンドに秋風が吹き渡る。
夕陽が赤く傾きはじめた頃、原町監督の声がグラウンドに響いた。
「今日はみんなに報告があっぺ。新しい仲間がふたり、加わることになった」
ざわっ、と軽いどよめき。
「DF、石越迅。MF、一ノ関瑠唯。これがら全国大会目指して一緒に戦う仲間だ。しっかり頼むぞ」
前に出た迅は、無口そうな少年。
でも、そのまっすぐな姿勢に、何か強い芯を感じさせる。
「石越迅……センターバックです。しゃべんの得意じゃねぇけど、守るのは、そこそこ得意だと思ってます」
「……おめと真逆だっちゃな……」
「ぐぅっ……否定できねぇっ……」
続いて瑠唯が、一歩前へ出る。
「一ノ関瑠唯。ボランチやってます。……ユリちゃんとポジションかぶってるけど、負けねぇつもりだっちゃ」
ユリは一瞬驚いたあと、にっこりと笑った。
「うちも簡単には譲らねっちゃ。でも、一緒に、強い中盤、つくっぺな」
瑠唯の目に、ふっと笑みが浮かぶ。
「……よろしくな」
──
『夜 ― サッカーノートに灯る想い』
その夜。
自分の部屋で、ユリは机に向かっていた。
窓の外では、秋の虫の声が静かに響き、柔らかいデスクライトの下、ページがめくられていく。
一ページ、一ページ。
そのすべてが、彼女のサッカーと、チームへの想いで埋まっていた。
──【10月15日 新しい仲間】──
迅くんは寡黙だけど、守備の読みがすごい。うちがボール奪われても、後ろで支えてくれる安心感。
瑠唯ちゃんとは……たぶん、似てる。ポジションも考え方も。でも、だからこそ、負けたくないし、一緒に成長したい。
徹は……いつもどおり。でも、頼れるとこもある。
どこかで、ちゃんとみんなが“繋がってる”感じ。
言葉じゃなくても、プレーで伝わるものがあるんだって、少し思えた。
ユリはペンを置き、ふぅ、とひとつ息をついた。
そして、最後にそっと書き加える。
あと二ヶ月。
うちらは、もっともっと強くなれる。
“心”を繋いで、全国で勝つんだっちゃ。
──
夜風が、すうっと部屋のカーテンを揺らした。
その中で、ユリのノートに記された文字たちは、灯りの中で静かに輝いていた。
新しい季節と、新しい仲間と、そして、自分自身の決意とともに――
ユリの全国への道は、静かに、しかし確かに、動き出していた。
『全国へ ― 絆を深める練習』
十月の風は、少しずつ冷たさを帯び始めていた。
グラウンドに立つ子どもたちの吐く息は、ほんのり白く、そのひとつひとつに、目には見えない緊張と覚悟が滲んでいた。
全国大会まで、残り二か月を切った。
仙台ジュニアFCの練習は、明らかに“質”が変わってきていた。
──
「ユリ、中、絞って!」
「瑠唯、逆サイド、見えてっか!」
「迅、ライン上げろっ!」
「徹、ワンツー仕掛けっぞ!」
コーチの声にかぶさるように、子どもたちの声が飛び交う。
そのひとつひとつが、かつてより力強く、確かになっていた。
パス、ポジションチェンジ、切り替え。
“ただ走るだけ”の練習はもう終わっている。
「次、攻守切り替えの3対3! ユリ、迅、徹、入れ!」
ボールが動く。
一瞬の判断、視線、体の向き――全てが連動しなければ勝てない。
ユリは、足元のボールを囮にしながら、ちらりと後方を見る。
(瑠唯ちゃんが上がってきてる……今、時間つくらなきゃ)
スッとターンし、斜め後ろにボールを落とす。
受け取った瑠唯がワンタッチで逆サイドへ展開。
そこに徹が、絶妙なタイミングで走り込んでいた。
「ナイスボールっ!」
「決めろ、徹ーっ!」
「任せろぉぉぉっ!」
シュート。ネットが大きく揺れる。
次の瞬間、味方の声と拍手が響いた。
──
『ズレの修正 ― 信じる力』
だが、すべてがうまくいくわけではない。
練習の合間、瑠唯がボトルの水を口に含みながら、ユリに話しかけた。
「ユリちゃん、さっきのボール……戻すと思ってた」
「ごめん。前、空いでたがら……でも、声、かけっかればよがったね」
「んだ。けど、迷いがねぇプレーって、やっぱ信じられっちゃ」
「うちも……瑠唯ちゃんの動き、もっと信じでみる」
ふたりは自然と顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。
傍らでは、徹が地面に倒れ込みながら叫ぶ。
「も、もうダメだ〜!! オレ、もう膝が言うこと聞がねぇ〜!!」
「……情けねぇっちゃ。水飲んで早ぐ戻ってこい!」
「はいはいはいっ! 鬼キャプテン、了解です〜!」
笑い声が生まれる。その一瞬だけ、グラウンドの空気が和らいだ。
──
『紅葉と熱気』
十一月に差し掛かる頃、グラウンドの周囲の木々は赤や黄色に染まり始めていた。
その美しさとは対照的に、練習の内容はより実践的で、厳しいものへと進化していた。
ハーフコートでの8対8のゲーム形式。
全国で勝ち抜くためには、個の力だけでは足りない。
「ユリ、サイド、オーバーラップっ!!」
「迅、そっちカバー頼む!」
「真斗、前、絞ってけろっ!」
子どもたちの声は、もう子どものものではなかった。
責任と自覚が、その背中に宿っていた。
──
『夜 ― ノートに刻む感覚』
その夜、ユリはまたノートを開いた。
机の上には温かいハーブティー。外は冷え込んでいたが、部屋の中は静かで穏やかだった。
──【11月3日】──
徹は前で頑張ってくれてる。声も出すし、ユーモアも忘れない。
瑠唯ちゃんとは、言葉を越えて通じ合う瞬間が増えた。
迅くんは、守備の最後の砦。言葉は少ないけど、すごく頼もしい。
そして、うち自身。
もっと、もっと強くなりたい。
誰よりも声を出して、誰よりも味方を信じて。
全国の舞台で、仲間とプレーする。そのために、毎日を、丁寧に刻みたい。
ノートを閉じ、窓の外を見る。
夜空に浮かぶ星は、澄んだ空気の中で、ひとつひとつがしっかりと輝いていた。
ユリはそっとつぶやいた。
「……いける。きっと、いけるっちゃ」
その言葉は、自分への誓い。
そして、仲間への信頼の証だった。
全国大会まで、あと一か月半。
仙台ジュニアFCの物語は、今、確かに深まり、進んでいる――。
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