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あの日の春風は今も  作者: リンダ


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キリンとソフトクリームと

 


 秋の祝勝会と、ふたりの休日

 決勝戦の激闘を制し、悲願の優勝を果たした仙台ジュニアFCのメンバーたち。


 翌日、監督と岩出コーチの粋な計らいで、仙台市内の焼肉食べ放題の店で祝勝会が開かれた。

 秋のやわらかな陽ざしが差し込む朝、再び荒浜小学校に集合したイレブンは、チームバスに乗って元気に出発する。


 あれだけの激戦を戦ったとは思えないくらい、みんなの顔は晴れやかで、声にも弾みがあった。


「ユリ〜、今日は絶対、牛タン食うべよ!」


「んだんだ、牛タン最高〜。秋はやっぱ、食欲の秋だっちゃ!」


「つか道也、昨日のおめのセービング、マジで神がかってだっちゃ!」


「んでも、みんなが身体張って守ってくれだっからな。オレひとりじゃ、ああはいがねっちゃ」


「雅と柚月の突破もさ、ホントすげがったよな〜。男子並みにガンガン行ってたっちゃ! あのカウンター、男子でもなかなかできねぞ」


 二人は揃って、どや顔で笑った。


「うちら、走り込みだけは負けねっから!」


「真斗のマークも、ほんと効いてだよな。相手、パスコース全然ねくなってたもんな」


「んだんだ。あれで向こう、リズム完全に崩してたべ」


 バスの中は、笑い声と称賛の声でいっぱいだった。

 誰かが褒められるたびに、別の誰かがそれに応える。仲間たちとの信頼と喜びが、焼肉屋へ向かう道中の空気を、いっそう温かくしていた。


 やがて、チームバスは焼肉店の駐車場に到着した。


 ドアが開いた瞬間、ふわ〜っと香ばしい焼肉の匂いが漂ってきて、みんな「うわ〜!」と歓声をあげる。


 原町監督が受付に歩み寄って、きっぱりと声をかけた。


「今日予約してた、仙台ジュニアFCのもんですけど」


「いらっしゃいませ。それではお席にご案内いたします」


 案内されたのは、団体用の広い座席。テーブルにはすでにトングや皿が並び、空調の音にまじって、どこか特別な時間の始まりを告げるような、そんな空気が流れていた。


 席につくと、おしぼりが一人ひとりに配られ、みんなが「ふぅ〜」とひと息ついたそのとき――


 監督が席を立ち、落ち着いた声で話し始めた。


「みんな、本当に昨日はお疲れさん。あんだけの厳しい試合を、最後まで気持ち切らさずによく戦った。オレは、みんなのことを誇りに思ってる」


「今日は、みんなへのごほうびだ。たくさん食え。遠慮すんなよ」


 一斉に「ありがとございまーす!」と声が上がり、拍手も起こった。


「ほんでだ、乾杯の音頭は岩出コーチにお願いすっから」


 岩出コーチが立ち上がって、にっと笑う。


「おう、んじゃ、みんなの優勝に――かんぱーい!」


「かんぱーい!!」


 全員がグラスを高く掲げる。もちろん乾杯の中身はジュースばかり。

 運転手の原町監督は、お冷のグラスを軽く掲げて、みんなと目を合わせた。


「おらは運転あるがらな、今日は水で乾杯だっちゃ」


「監督、安全運転頼んます〜!」


「んだんだ、帰りまでが遠足っちゃ〜!」


 わいわいと賑やかに笑い声が飛び交い、焼肉スタート。


 みんなが思い思いに肉や野菜を取りに立ち始める中、徹がふとユリに声をかけた。


「なぁ、ユリさ……明日、おめ行きてぇって言ってだ、秋の動物園……行ってみっか?」


 ユリは一瞬ぽかんとしたあと、ちょっと頬を赤らめてうなずく。


「……うん。でも、なんか……ちょっと恥ずかしいね」


「……オレも。けど、ユリとふたりで行ぐの、楽しみだっちゃ」



 秋の動物園デート 〜 心がふれあう午後

 その翌日、仙台市動物園にて


 秋晴れの空の下、ユリと徹はバスに揺られていた。

 窓の外には、少し色づき始めた街路樹や、どこか澄んだ空気が流れていて、夏とは違う落ち着いた景色が広がっていた。


 並んで座るふたりは、まだ少し距離を測るように、言葉少なに揺られている。


(……なんでこんなにドキドキしてんだろ)

(昨日まで、あんなにふつうに話してたのに)

(でも、きのうの「ふたりで行こう」って……なんか、ちょっと特別だった)


(横にいるだけで、こんなに緊張すんの初めてだっちゃ……)

(オレ、変かな。でも、ユリの横、なんか落ち着く)

(牛タンのときより、心臓バクバクしてるの、なんでだべ)


「……天気、よがったな」


「んだね。ちょっと空気ひんやりしてるけど……動物たちにはちょうどいいのかも」


 何気ない会話。だけど、ふたりの間に流れる空気は、昨日までの「チームメイト」とは、少し違っていた。


 バスを降りて、動物園のゲートをくぐる。


 入り口の近くに置かれた、ふかふかのパンダのぬいぐるみにユリが小さく声をあげた。


「わぁ……かわいい……!」


(ユリ、目ぇキラキラしてんな……こういうの、なんかいいな)

(試合中の顔とは、ぜんぜん違う)


「ユリ、写真撮ってやっか?」


「えっ、うん……お願い!」


 照れくさそうに微笑んだユリを、徹がスマホでパシャリ。


「……へへ。いい顔してんな」


(徹、今……わたしのこと、ちゃんと見てくれてる)

(うれしいな……なんか)


 ゾウ、キリン、ライオン――秋の柔らかい日差しの中、ふたりは自然と並んで歩くようになっていた。


 ユリがキリンの長い首を見上げながら、ぽつりとつぶやく。


「キリンってさ、のんびりしてて、なんか……見てるだけで落ち着くね」


「んだな。……オレも、ユリ見てっと、ちょっと似てるなって思った」


「えっ?」


「いや、その……おっとりしてるようで、芯がしっかりしてるっていうか……。オレ、試合中ずっと思ってたっちゃ。ユリって、見た目より、ずっと強ぇなって」


(……なんでだろ。胸の奥が、じわって、あったかくなった)

(徹のそういうとこ、ずるいな)


「……ありがと。徹も……すごく頼りになるって思ってた。ゴール前に立ってる姿、安心できたっていうか……」


(今、すっげぇうれしい。ゴール守るのって、こんな気持ちにもなれんだな)


 昼になり、ふたりは売店でソフトクリームを買って、落ち葉の舞うベンチへ。


「……なんか、夢みたいだね。試合終わって、焼肉行って、今日ふたりで動物園って……」


「んだな。オレも……まさか、こんな時間がくるなんて思わながった」


 ソフトクリームが、ぽたっと垂れそうになって、ユリが慌ててペロリと舐める。

 徹がそれを見て、思わず吹き出す。


「な、なに……?」


「いや、可愛いなって。食い方が」


「……もうっ」


(照れるけど、なんかうれしい)

(この時間、終わってほしくないな……)


 夕方。帰りのバスの中。


 日が落ちるのが早くなった秋の空。バスの窓には、オレンジ色の夕焼けがやわらかく映っていた。


 ふたりのあいだのぎこちなさは、すっかりほどけていた。


 ユリが、小さな声でぽつりとつぶやく。


「……また、どっか行けたらいいね」


 徹は、少しだけ間を置いて、まっすぐユリを見る。


「んだな。また、行こう。今度は……映画とかも、いいかもな」


 ユリは、恥ずかしそうに笑いながら、コクンとうなずいた。


(徹と一緒なら、どこでも、楽しい気がする)


(ユリと過ごした今日が、ずっと忘れられない日になりそうだっちゃ)


 バスは、夕暮れの街を静かに走っていく。

 車窓の外の秋の風景が、二人の気持ちをやさしく包んでいた。




 秋の夜の静けさ 〜 ユリの湯船の中

 その夜、ユリは秋の少しひんやりとした空気の中、家の中の暖かさに包まれていた。


「ふぅ〜……」


 湯船に肩までゆっくり浸かりながら、長く息を吐いた。


 足先までぽかぽかと温まり、まるで今日一日の楽しい思い出がじんわり身体に染み込んでいくようだった。


(……楽しかったなぁ)


 胸の奥に、ほんわかとした温かさが広がっていく。


(ゾウさん、近くで見るとやっぱり大きかった……)


(徹、キリンに似てるって言ってくれたの、ちょっと変だったけど……うれしかった)


(写真、うまく撮れてたかな……)


 今日の笑顔、動物たちのしぐさ、ソフトクリームの甘さ、そして――


 徹と並んで歩いた、少し照れくさい帰り道。


 ユリは湯の中でぼんやり天井を見上げた。


(……また、行けるといいな。次は……水族館、とか)


 身体がぽかぽかして、手足は少し重たく感じる。


 そして、まぶたも静かに、ふわりと下りてくる。


(あ……眠くなってきた)


 思考がだんだんぼんやりと遠くなり、気づけば湯船に揺られたまま、うとうとと眠ってしまっていた。


「……あれ、ユリ? 寝ちゃってるの?」


 母のやさしい声で気づき、湯船から上がったあとは、ほてった身体をタオルで包まれながら、まだ少し夢うつつのままパジャマを着せてもらう。


「ったく、まだまだ子どもなんだから……」


 目を細めながら呟く母の声は、どこかあたたかく響いた。


 そのままユリは、抱っこされてベッドに運ばれる。


 毛布をふわりとかけられると、すぐにすぅーっと穏やかな寝息を立てはじめた。


 ユリの頬には、今日一日の幸せの名残のような、ほんのり笑みが浮かんでいた。


 秋の夜の静けさ 〜 徹の帰宅と眠り

 同じ頃、徹の家。


 玄関をくぐると、秋の夜の静けさが部屋を包んでいた。


「……あ〜、足パンパンだっちゃ……」


 靴を脱ぎながら思わず漏らした声。


 ボールを追いかけていたときの疲労とは違う、じんわりと全身に残る疲れが心地よく感じられた。


 ソファにぽふっと倒れ込み、うつぶせになって天井を見上げる。


(……楽しかったな、ほんと)


 キリン、ライオン、ソフトクリーム――


 でも一番は、隣で笑っていたユリの横顔の記憶だった。


(あいつ、いつもは試合のとききりっとしてっけど、動物見てるときは……なんか、かわいかったな)


 自分で思いながら、ちょっと照れくさい気持ちになる。


(……映画も、ほんとに誘ってみっかな)


 そう思って伸びをした瞬間、まぶたが重くなる。


 身体が思っていた以上に疲れていることに気づいた。


「ちょっとだけ……横になっかな……」


 ベッドに行く気力もなく、そのままソファで丸くなる。


 母の「先にお風呂入っちゃいなさいよー」という声も、どこか遠くで聞こえるようだった。


 気づけば、部屋の明かりもつけっぱなしのまま、徹は深く、深く眠っていた。


 秋の深夜 〜 徹の目覚め

 目を覚ましたのは、外がすっかり静まりかえった深夜だった。


「……うわっ、まじか。今、何時だっちゃ……」


 時計の針は午前1時を少し過ぎたところを指していた。


 制服のまま、ぐちゃっとなったクッションの上で寝てしまったことに気づき、徹は頭をぽりぽりとかいた。


(やべぇ……でも……すげぇ、気持ちよく寝てた)


 身体の奥に残る心地よい疲れと、ほんのりした余韻。


 それが胸のあたりにまだくすぶっている。


(ユリ、もう寝てるかな)


 ふとそんなことを思って、顔がにやけた。


「……また、会いてぇな。次は……映画、ちゃんと誘ってみっか」


 誰にも聞かれないような小さな声でそっとつぶやいてから、ようやく立ち上がる。


 夜の冷たい水で顔を洗い、歯を磨いて、明かりを消してベッドへ。


 布団にくるまると、再びすぐに眠りについた。


 夢の中でまたユリに会える気がして、ほんの少し笑いながら。



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