激闘の果てに
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《第一部:後半戦の攻防〜PK突入》
仙台ジュニアFCイレブンは、前半をスコアレスドローで終えた。
後半は選手の入れ替えも含めた戦術をとる。そして、いよいよホイッスルが鳴り、後半戦が再開される。真斗は、再び苦竹のマークについた。
苦竹は息を荒くしながらも、胸の奥に熱いものを感じていた。
(ここで負けられねぇ――)
チームの期待、そして自分自身の誇りが燃え上がる。
「お互い負げらんねぇな。おらにも意地あんだし、チームのために頑張ろうぜ」
真斗に語りかける苦竹の声には、覚悟と挑戦の気持ちがにじんでいた。
「おめぇさ、俺がどれだけこの試合にかけてるかわがってんのか? ここで負げだら、全部が終わるんだ。最後の一滴まで絞り出してやるべ」
真斗もまた、負けられない闘志を燃やしていた。
敵としてマークしているが、そこには同じ覚悟を持つ者への敬意がある。
「あぁ、おらも譲れねぇもんあんだ。試合終わるまでは敵だべな」
「ガチンコでマッチアップしようぜ」
そう言い合いながら、互いに激しいマークが始まる。
真斗は苦竹の一挙手一投足を見逃さず、絶対に自由を与えまいと決めていた。
一方の苦竹も、そのマークを振り払うべく必死に動く。
「真斗、おらを止めてみろよ! どこまでやれるか、思い知れ!」
相手のエースが徹底的にマークされていることで、苦竹のチームはパスが回らず、攻撃のリズムを崩していた。
仙台ジュニアは白石を中心に細かくボールをつなぎ、隙を探る。
そして、相手ディフェンダーがパスを出そうとした瞬間、修斗が鋭くボールを奪い、前線へロングパス。反応したのは、後半から交代で入った真紀だった。
ユリは真紀を呼びながら、心臓が高鳴っていた。試合の緊迫感と、仲間への信頼が交錯する。
「真紀~、こっち〜!」
真紀に正確なパスが通る。そこへ徹が左サイドから猛然と駆け上がった。
ユリからのパスを受けた徹は、背後から苦竹が全力で追ってくるのを感じていた。
(……あれだけ走っていて、まだこんなに速ぇのか)
驚きと焦り。それでも――
(今までの練習、全部この一瞬のためにやってきた)
徹は軸足に力を込め、渾身のシュートを放つ!
だが――ボールは相手GKに弾かれた。
一瞬、時が止まったような静けさ。
それでも、まだ終わっていない。
「絶対に、ここで終わらせねぇ。まだまだやれる……負けらんねぇ!」
そう心に誓い、徹は再び走り出す。
試合時間は刻々と過ぎ、後半アディショナルタイム。表示は「+2分」。
もうワンチャンスあるかどうかという時間帯だった。
互いに一歩も譲らない攻防が続く。
仙台ジュニアが右サイドで仕掛けるが――
ピィーーーーーーッ!
後半終了のホイッスルが鳴った。
第二部:延長戦とPK戦、運命の勝負》
監督が選手たちを迎え、声をかける。
「みんな、よう動けてた! ええぞ。延長も、サッカーを目いっぱい楽しんでこい!」
「はい!」
岩出コーチも素早く指示を出す。
「タッチラインを割ったら、ロングスローで崩すんだ。相手の守備を揺さぶれ! チャンスはある!」
そして、延長に向けて選手を2人交代。前線に厚みを持たせ、攻撃の手数を増やす。
延長戦、残された時間はわずか10分。
前後半合わせてたった10分──けれど、勝敗を決するには十分だった。
ピッチでは互いの意地が真っ向からぶつかり合う。
攻めれば跳ね返され、奪えば奪い返される。
気温はもう、夏のような暑さではない。
秋特有のひんやりとした空気のなか、選手たちは必死に走る。
そのとき、右サイドの競り合いで相手に当たったボールが、タッチラインを割った。
副審が旗を上げる。
「チャンスだっちゃ!」
ベンチから岩出コーチの声が飛ぶ。
「ロングスローだ! 崩せるぞ、焦んねで繋げ!」
ユリがすぐに駆け寄り、ボールを真紀に託す。
真紀は深く息を吸い、助走をつけてロングスローを投げ込んだ。
ボールは鋭い放物線を描いてゴール前へ。
混戦──こぼれ球に、徹が反応!
「……っ、これだっ!」
左足で渾身のシュート!
しかし、わずかに相手DFに当たり、コースが逸れる。
「惜しいっちゃ!」
観客席からどよめきと拍手が起こる。
「今の形だ……ロングスロー、効いでる!」
岩出コーチの声がベンチを鼓舞する。
希望が、再びチームに灯る。
再び、右サイドから展開。
今度もタッチラインを割った。
真紀がすかさずボールを拾い、もう一度ロングスロー。
放たれたボールは相手ゴールの正面に落ちる!
「徹、来いっ!」
ユリが叫ぶ。
徹が全力で身体を投げ出す──が、相手DFの足が一瞬早く、ボールを大きくクリアした。
ボールはセンターサークルを越え、空高く跳ね上がる。
ピィーーーーーーーーー!
延長終了のホイッスルが響いた。
あと一歩、あと少し──
それでも、決着はつかなかった。
ユリはその場に膝をつき、拳をぎゅっと握る。
徹は無言で彼女の前に立ち、手を差し出した。
「ユリ、まだ終わってねぇ。次はPKだ」
──そして、ゴール前では道也が黙って手袋を締め直していた。
チームの命運は、彼の手に託される。
岩出コーチがつぶやく。
「ロングスローは、よう効いだ……でも、次は“心の勝負”だな」
──秋の大会、決勝戦。
小さな選手たちの、運命の最終局面が始まろうとしていた。
最終章:勝利と、はじまりの予感》
試合は、ついにPK戦へ突入した。
張り詰めた空気の中、仙台ジュニアFCの円陣の中心に立ったのは──キャプテン・ユリ。
「PKも、みんなで勝ち取るよ。大丈夫。信じて、蹴ろう」
声は小さかったが、言葉には不思議な力があった。
仲間の肩に自然と力が宿り、皆がうなずいた。
ユリは、自ら最初のキッカーとして前へ出た。
(キャプテンの私が、まず決める──)
秋の乾いた風がユニフォームを揺らす。
深く呼吸し、助走。相手GKが動いた一瞬を見逃さず、迷いなく蹴る!
──ボールは、ゴール左下へ吸い込まれていった!
拍手がスタンドを包み、ベンチも歓声に沸く。
それでもユリは静かに小さくうなずいただけだった。
「よし、まず一本──」
PK戦は一進一退の攻防となり、相手も譲らず得点を重ねていく。
3人目まで終わってスコアは3対3。
4人目も互いに決め、5人目──
仙台ジュニア最後のキッカーは、徹。
重たい空気の中、ベンチからも応援席からも視線が注がれる。
だが徹の心には、あの言葉がよみがえっていた。
(ユリが最初に決めた。なら……オレも!)
肩の力がふっと抜けた。
ゴールをまっすぐに見て、助走──右足を振り抜く!
──ボールはキーパーの指先をかすめ、ゴール右隅へ突き刺さった!
「よっしゃぁぁ!」
歓声がベンチに響く。
だが、相手チームも5人目を決め、PK戦はサドンデスへ。
6人目、7人目、8人目……
秋空の下、緊張の時間が長く伸びていく。
──そして、10人目。
仙台ジュニアのラストキッカーは、秋田圭介。
唇をきゅっとかみしめる圭介。
ベンチからの声援が、背中を押す。
「圭介、大丈夫だ! おめ、練習でずっと決めできたべ!」
その声に静かにうなずいた圭介は、ボールを丁寧にセットし、踏み込んだ。
シュート──
ゴールネットが、大きく揺れる!
決まった──!!
「うおおおおおっ!」
歓声がグラウンドを包み、ベンチの仲間たちが雪崩れ込むように圭介へ駆け寄った。
圭介が泣きながら両手を突き上げる。
抱きしめる仲間たち、そして、笑顔と涙が入り混じる光景。
──仙台ジュニアFC、秋の大会、優勝!
ピッチ中央で両チームが向き合い、静かに深く一礼。
苦竹と真斗も、最後は歩み寄って握手を交わした。
「……マジで、強かったな」
「おめーらだって……最後まで諦めなかったの、しびれたっちゃ」
「悔しいけど、これは……紙一重の勝負だったな」
「んだ。……でも、ぜってぇ次は勝つべ」
交わした手には、戦い抜いた者だけの誇りが宿っていた。
原町監督は一人ひとりを抱きしめるように迎える。
「おめーら、最後までよくやった。ほんとに、最高のチームだ」
岩出コーチも、圭介の肩をそっと叩いた。
「よう決めたな……あれが本物のシュートだ」
そのとき、ユリはふと、試合前のやり取りを思い出していた。
(……優勝したら、徹とデート……)
頬が一気に熱くなる。
「な、なんで今、思い出すのよ……!」
ちょっと離れたところにいた徹も、頭をかきながらそっと呟いていた。
「……やべ。ほんとに行くことになるとはな……」
それでも、その背中にはどこか照れくさくて、あたたかい喜びがにじんでいた。
──夕暮れ迫る10月の空の下、選手たちは記念撮影をしながら、最高の秋の一日を心に刻んだ。
秋の夜、あたたかな絆と小さな決意》
夕暮れがすっかり深まり、選手たちを乗せたバスは帰路についた。
車内は優勝の興奮が冷めやらず、お祭り騒ぎのようだった。
「優勝!」
「圭介、神だったべ!」
「オレのPKも見たか? ビシッと決めでだぞ」
「はぁ? 道也のスーパーセーブがなかったら、ここまで来れてねぇっちゃ!」
制服のまま席を立ってはしゃぐ者、
天井のリボンを引っ張って遊ぶ者、
コーチに「座れ〜!」と怒られてあわてて戻る者──
笑い声が絶えない、にぎやかなバスの中。
一方、徹は窓際に座り、静かに外を眺めていた。
目の前を流れる秋の夜景──紅葉が色づき始めた街並みに、オレンジの街灯がぽつぽつと灯る。
(……ほんとに、デート、するんだ)
試合前にユリと交わした、あの軽いようで真剣な約束。
現実味を帯びてきた今、徹の心臓は試合中よりも早く鼓動を打っていた。
反対側の席では、ユリもまた窓の外を眺めていた。
頬にほんのり赤みを残しながら──
(……徹、あのこと、覚えてるかな)
からかうつもりだった。けれど、嘘じゃなかった。
この人となら、きっと楽しい時間が過ごせる──
そんな風に、自然と思えたからこその一言だった。
その時──
「ユリ〜、飴ちゃんあげる〜!」
「ありがと、真紀」
飴玉を受け取って、微笑むユリ。
ふと、ちらりと視線を動かすと、そこにはまっすぐ前を見つめる徹の横顔があった。
(……やっぱり、言ってみようかな)
でも、言えない。
秋の夜の静けさと騒がしさが入り混じるバスの中、
気持ちだけがそっと揺れていた。
──そのとき、徹が立ち上がった。
ざわめきがふっと遠のいたような気がして、ユリは顔を上げた。
「……あのさ、ユリ」
「……うん?」
目が合った瞬間、バスの振動すら感じなくなる。
「……今日、帰ったら……ちょっと、電話してもいい?」
ユリは小さくうなずいた。
「うん。いいよ」
それだけで、ふたりの間に静かで、でも確かな何かが芽生えたように思えた。
隣でニヤニヤしていた真紀が小声で囁く。
「ふふ〜ん、青春っ♪」
「も〜、からかわないでよっ!」
──徹は苦笑いしながら席へ戻った。
その背中には、今日一番の頼もしさがにじんでいた。
夕闇の中をバスは進み、やがて街に戻ってきた。
選手たちはユニフォーム姿のまま家族の元へ。
迎えの父母たちの拍手と声援が、夜風に包まれて響いた。
「ユリ、おかえり! 優勝おめでとう!」
「徹も最高だったぞ!」
名取家の両親が駆け寄り、兄の大志もそっと笑みを向ける。
大船家からは、元気いっぱいの妹・翼が笑顔で手を振っていた。
「お兄ちゃん! おかえり! PK、すっごかったね!」
徹は照れくさそうに笑い、妹の頭を軽く撫でる。
「ありがとな、翼。見てくれてたか?」
「うん! ユリお姉ちゃんもかっこよかったよ!」
──その夜。
名取家と大船家は、ささやかな祝勝会を開いた。
テーブルには秋の味覚が並び、唐揚げ、南瓜の煮物、きのこの炊き込みご飯、栗入りのデザートまで。
「さぁさぁ、いっぱい食べんさいね〜」
「翼も、ちゃんとお野菜食べてね」
和やかな笑い声がリビングを包み、
試合の話で盛り上がる子どもたち。
大人たちも、子どもの成長を喜びながら、互いの家庭を労い合っていた。
──楽しく、温かい夜だった。
やがて祝勝会もお開きとなり、秋の夜風に見送られながら、それぞれの家族が家路につく。
《秋の夜、通話の向こうに揺れる灯》
名取家の夜は、穏やかで、あたたかだった。
祝勝会を終えて帰宅したユリは、リュックを部屋の隅に置くと、そのままお風呂へ。
お湯に肩まで浸かり、目を閉じると──
──パスが通った瞬間。徹の声。仲間の笑顔。
そして、ゴールネットが揺れた感触が、脳裏に鮮やかによみがえった。
「……ほんと、夢みたいだった」
けれど、夢ではなかった。
みんなでつかんだ、あの優勝は、確かに現実だった。
風呂上がり。まだ髪が少し濡れたままのユリは、自室に戻るとベッドに腰を下ろし、スマホを手に取った。
──通知ランプがひとつ、点滅している。
開くと、徹からのメッセージ。
「今、ちょっと話せる?」
ユリの心臓が、ドクンと鳴った。
深呼吸ひとつ。
「うん、大丈夫だよ」
すぐに着信が鳴った。
「……もしもし」
「……ユリ?」
低く、けれどどこか緊張を含んだ声。
画面の向こうにいる徹が、手のひらで汗をぬぐっている姿が、なぜか想像できた。
「うん。……徹、ありがとね。今日、一緒に戦ってくれて」
「……おれこそ、ありがとな。ユリがいてくれたから、最後までやれた」
電話の向こう、窓を少し開けたらしい。
虫の声と、かすかな風の音が混じって聞こえてくる。
「……でさ、覚えてる? 試合前に、ユリが言ったこと」
「え? なに、だっけ……?」
ユリはとぼけてみせた。けれど、内心ではわかっていた。
あの、ちょっと照れくさい約束。
「ほら……優勝したら、デート、って……」
「……ああ、それ……」
沈黙。
だけど、嫌な沈黙じゃない。
胸の奥が、じんわりと温かくなるような──
「オレ、行きたいと思ってる。ユリと、ふたりで。ちゃんとした場所。ちゃんとした、時間」
ユリの顔が、ほんのり赤くなる。
「……ふふ、ちゃんとした、ね」
「ダメだったら、言って。無理は、してほしくねぇから」
「ダメじゃないよ」
ユリは、ゆっくりと、ことばを選びながら言った。
「……私も、行きたい。徹と、ちゃんと……」
秋の夜風が、窓の外で少し強く吹いた。
それが、ふたりの心にたまっていた緊張を、さらりとさらってくれるようだった。
「そっか。……よかった」
徹が、ほっと笑ったような声を漏らす。
「じゃあ、今度の土曜……ちょっと遠出してみねぇか? 動物園見に行こうよ」
「うん。楽しみにしてる」
画面越しのふたりは、もうひとことも言葉を交わさず、
ただ静かに、繋がったままの時間を味わった。
秋の大会の、静かな夜。
新しい何かが始まる、そんな予感だけを胸に──
ふたりは、おやすみを言い合い、通話を切った。
──その夜、ユリは深く、静かに眠った。
夢の中で見たのは、誰かの手を握り、並んで歩く夢だった。