2010年3月
柔らかな春風が吹く頃。
名取百合子、小学五年生。徹や親や兄からはユリと呼ばれている。
いつものグラウンドで、幼なじみの大船徹とボールを追いかけていた。二人とも汗をかきながら、夢中になってサッカーをしている。
「徹!もっと早ぐ走れっちゃ〜!今日はぜってぇ負けねっからな!」
百合子が笑いながら叫ぶと――
「おぉよ!ユリさなんか、負げっかよ!」
徹も負けじと応える。
その様子を、父・雄二がグラウンドの端っこから見守りながら声をかける。
「ユリ、足元、ちゃんと見でけろ〜!」
兄の大志もにこにこしながら手を振る。
「ユリ、ナイスシュートだっちゃ〜!」
徹の家族も、そばで見守っている。
父・満、母・愛子、兄のとおる、妹の翼。
翼が嬉しそうに手を振って、元気に叫ぶ。
「お兄ちゃん!がんばれ〜!」
母の愛子がやさしく微笑む。
「徹、力入れすぎだっちゃ〜。もーっと、楽にいぎな〜」
少し休憩になった時、百合子が目を輝かせて話し出す。
ユリがナデシコJAPANに憧れを抱くようになったか。
それは遡ることおよそ1年半前、北京オリンピックでの、女子サッカー日本代表ナデシコJAPANの目覚ましい活躍があったから。
「ねぇねぇ、みんな!こないだテレビで見だんだ、2008年の北京オリンピックの、なでしこジャパンの試合!ほんとにすんげがったよね!うち、絶対ああなりてぇの。なでしこジャパン入るの、夢なんだ!」
父の雄二が、やさしく頷く。
「夢持づのは、いっぺいいごどだ。毎日コツコツやってっちゃ、きっと叶うがらな」
兄の大志も、頼もしく声をかける。
「ユリの夢、俺も応援すっからな!」
徹の父・満が、徹の肩をぽんと叩く。
「徹、おめぇも負げでらんねっちゃな。ユリと一緒に、夢追っかけでみろ」
徹は百合子を見て、力強ぐ頷ぐ。
「ユリ、俺、ぜってぇ負げねぇっちゃ!一緒にがんばっぺな!」
春の日差しが、二人の未来をやさしく包み込んでいた。
*
サッカーしてっ時が、いっちゃん楽しい。
ボール追いかけながら笑って、転んで、また笑って。
男子も女子も関係ねぇ。ただ夢中で走ってる――それだけで幸せだった。
ドリブルで駆け上がると、徹が前に立ちふさがる。
「ほれ、また抜ぎ〜!」
「うわっ、くっそー抜がれだ〜!ユリ、待ってけろよ〜!」
「待だねぇよ〜!はやぐ追いついでみろ〜!」
百合子が勢いよぐシュートを放つ。
ボールはゴールネットを揺らし、百合子は満面の笑みでピース。
「あ〜あ、決められだ〜。それにしてもユリ、足ほんと速ぇな〜。ぜんぜん追いつけねぇ」
「いやいや、徹だってスタミナあるし、ボールキープもうめぇし。うぢなんか、まだまだだっちゃ」
「……すんげぇな、ユリは。ほんと、がむしゃらでかっけぇ。俺も見習わねどな」
二人の笑い声が、春風に乗って空へ舞い上がっていった。
2人は近所に住む幼馴染。サッカー大好きで、ベガルタ仙台のファン。時々親に連れて行ってもらいながら、懸命に応援している。試合観戦に行けない時は、テレビの画面にかぶりつきながら、プレーに一喜一憂している。ユリの父親が球団の事務職員として働いていて、時々観戦チケットを買ってきてくれるのであった。
「徹〜。今度の日曜な、お父さんが観戦チケット買ってきてけだんだっちゃ。一緒に観に行ぐべ?」
「マジで!? 行ぎてぇ〜!」
「んだら、12時に迎えに行ぐがらよ〜。それまでに宿題終わらせとけな〜」
「へーい……」
「やってねぇど連れてがねがらな〜」
念押しされて、徹も渋々返事をする。
ユリは勉強もよくできて、スポーツも得意。一方の徹は、どちらかというと、勉強はやや苦手であった。
「午前中は2人でしっかり宿題やっぺな」
徹としては、ユリと一緒に過ごせるのは嬉しいけど、宿題かぁ〜って感じであった。
「まぁ、昼からユリと一緒にサッカー観に行げっから、まぁいっか」と言い聞かせつつ、それぞれ自宅に帰ったのであった。
そして迎えた日曜日。
「徹、そこはな、こうして解ぐんだっちゃ。ほれ、答え出だべ」
「ほ〜。ありがと。そうやって解ぐんだな〜。ユリさ、将来は、教える仕事向いでんじゃね?」
「うちは将来な、ナデシコJAPANのコーチとか、どっかのチームのコーチとか、やってみたぐてさ〜」
昼食を早めに済ませて、スタジアムに向かう。
「徹、早ぐ行ぐよ。お父さんも行ぐよ〜」
「ユリ、ちょっと待ってけろ。もうちゃきちゃきしすぎで、も〜ちょいゆっくり行ってもいいんでね?」
「だめ〜。早ぐ行って、いい席取りてんだもん」
「わがった。それじゃ、徹くん、行ぐべ」
「うん、お願いすっぺ。それじゃあ、お父さんお母さん、行ってくっから」
「はい、気ぃつけで行ぐんだよ〜」
そうして、仙台スタジアムに向かった。ベガルタ仙台のサポーターが多く出入りしていて、試合開始時間が近づくと、観客がに多く入場してくる。
「いけ〜っ!そご!カウンター攻撃いけ〜っ!」
「コーナーキックだ〜。こごで決めだら勝ちだべした〜!」
そして得点を決めると、ユリはもう最高にノリノリで、応援にも熱が入る。
「ユリ、も〜ちょい落ぢ着いで試合見っぺし〜」
「なに言ってんの。こごは応援もノリノリで行がねど。そ〜れ、そご、あ〜、シュート〜……あ〜、真正面やったが〜」
「今のは惜しがったよな〜。正面突破で、いいシュートだったよな〜」
サポーターの歓声やため息に包まれながら、ユリと徹は、それぞれのペースでサッカー観戦を楽しんでいた――。
そして、春休みが終わって、6年生へと進級。少年サッカークラブでも、最上級生となるわけで、徹もユリも練習に熱が入っていった。