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鳥が風を編むのか

作者: オズマン三世

「風が鳥を編むのか、鳥が風を編むのか。」

山猫は、既に冷めてしまって酸化し色も悪くなったヤマモモを指で転がしながら呟いた。山猫は僕の友人だが、時折このように妙な事を言う奴だった。だが、決して性格の悪い奴ではないので、貂である自分とも仲良くやっていけるのだ。

「また、君はおかしな事を言うじゃないか、山猫。いいかい?風というのは、太陽の熱で空気が膨らんだり縮んだりして、さらに地球が回るから起きるんだよ。それに鳥には何かを編めるような器用な手が無いじゃないか。」

僕がつい小言を言ってしまうと、山猫は呆れたように少し機嫌を損ねた。

「貂、君こそそういった考え方は良くないと言っているじゃないか。第一、地球か回っているかどうか君はその目で見てみたのかい?見ていないならそれは実際分からないんだよ。雪の元も、虹の麓も、誰も見つけていないだけさ。貂よ、我々はロマンが無ければ何も見えないのだぞ。」

山猫はさっき少し拗ねてしまったのが嘘だったように、最終的には自身が政治家か考古学者であるかの如く饒舌になった。実際問題、山猫の話を完全に否定できないので僕は困った。例えば「カマボコや、惣菜に入るようなハムの優しい桃色は、臙脂虫と呼ばれる昆虫から取れる着色料を使っている」なんて話は、明らかに知らない方が幸せな事実だ。他にも憧れを抱いていた英雄が、実は女たらしだったり。身近な話では、友達の腹の内なんて最も知りたくない事実だろう。あれこれ思考を転々とする内、僕は思わずぽつりと呟いた。

「確かに、君の腹の内なんて知りたくないな。」

それを聞いて山猫はまたも呆れたようだった。

「はあ、一体何の話だ貂。君、またあれこれ考えた末に結論だけを話したろう。自分が山猫じゃなければ呆れて口をあんぐりと開けただろうよ。」

自分で言うのもなんだが、僕は真面目な貂だと思っている。だけど、真面目すぎるが故につい考えすぎてしまって、論点がズレ込んでしまうのは悪い癖だった。もっとも、そんな僕を馬鹿にしている山猫はそもそも論点というものをあまり理解していない様なものだ。


6月初めの硯山は、幾許か過ごしやすい。それこそヤマモモも食べ頃だし、雨が多いので民家の軒先に貯まった水なんかを眺めて何かを思慮するのには絶好だった。茂り出した木々の合間を吹き抜ける風なんかは、僕には丁度いい。山猫も、感情の起伏が激しい他の季節に比べると、6月は落ち着いている方だった。そんな中ぼうっと空を眺めている日が続くものだから、確かに、髭を揺らす風や空から我々を見下ろす鳥々の事は目立つかもしれない。

「まあ、風というのはきっとそもそも存在するだろう。だって魚達も、水が無ければ泳げないだろう。だからきっと、鳥々よりも先に風が存在するんじゃあないか。その風に鳥が乗っかっているんだろう。」

「ううん、そんなものかなあ。でも肝心なのは、編んでいるかどうかなんだよ。」

「編んでいるって?」

「つまりさ、風があるから鳥が飛ぶ。鳥が飛ぶから風が吹く。そうして繋がった先、どちらの方が偉いかどうかさ。さっきの貂の考えは正解なのだろうけど、そうしたら年功序列で風の方が偉いだろう?けれど、空を飛ぶ鳥々を見ていると決して風に振り回されてなんかいないのさ。そうなったら、風が先にこの世界に居たとしても、それを編んでいるのは鳥になる。」

「なんだ、正解出てるじゃないか。」

「いや、そうも単純じゃあないんだよ。確かに鳥が風を編んだとして、編んで編んでそれが大判になった時に嵐が起こるだろう?流石に嵐には鳥も逆らえないだろうから、結果的には風が鳥を編む事になる。」

「ややこしいな。」

「何を今更、そんな事ばかりじゃないか。」

けれど確かに、雨水がひたひた立てる音を聞きながら考えるには丁度良い議題だった。最終地点が正解なのだとしたら、風が鳥を編む事になるが、その最終地点に行き着く為の嵐はそもそも鳥が風を編まなければ起こらないのだ。ついさっき学んだとおり、結論ばかり気にしていては間違っている事もある。

「あ、では最初に戻るのはどうだろう。」

「最初?」

「うん、だから風がそもそも星々に編まれているんだよ。言ったろ、太陽や地球が風を産むって。あ、でもそれだと編むというより、紡ぐかな。」

「なんだか惜しいな、でも正解には近付いてるんだろうな。」

我々をよそに、風は山の木々を編み込んで通った。


「鳥がどうこう、言ってたかい?」

すっかりぼうっとしていたので、我々は上からの声に少し驚いた。見上げると、ヤマモモの木の枝に鳶が止まっていた。

「ああ、噂していたようでごめん。風が鳥を編むのか、鳥が風を編むのか、悩んでいたんだよ。」

「山猫、いきなりそんな事聞いては、鳶さんも困るだろう。」

「ああいや、気にせんでよ。それになんだ、お宅らそんな簡単な事で悩んでたのかい。そうならちょいと口笛でも吹いてくれりゃあ、はいよはいよと答えに来たのにさ。」

山猫にも僕にも、口笛を吹けるような唇は無い。だが、この鳶があまりにも快活で人当たりが良かったのでそれをわざわざ指摘する気は起きなかった。

「それで鳶さん、結局鳥は風を編むんですか。」

「いんや、おれら風に編まれているのさ。確かに自由に飛んでる様に見えるかもしんないが、空を飛ぶ基礎は風を読む事。風を読めば自然と網目がわかるから、おれらその間に潜り込んでるんさ。」

「ふうん、鳥には鳥にしか分からない感覚があるものだなあ。」

「そうさ。ああ、あと貂さんよ。たしかにおれらに手は無いが、案外羽先は器用だぜ。」

「ああ、申し訳ない、そんな所から聞いてたんですか。」

「まあね、風が噂するもんでさ。んで、おれら皆に気付かれないだけで、羽を自由に使えるんさ。だって、じゃなきゃ鶴だって機織りできないだろう。」

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