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第六話*猫の所在

「ウッソだろお前ら、その流れで猫飼えないのかよ」


 夕食時間もとうに過ぎた22時頃、白永家の玄関先で、翠は心底呆れてそう言った。目の前には、猫を抱えた葉と芽里〈メイク済み〉が何とも気まずそうに顔を伏せている。

 猫は、葉の腕の中で満足そうに眠っている。数時間前まで川に浮かんでいたとは思えない寛ぎ方だった。


「そんなドラマチックな救出劇の後で飼えないって、お前らマジかよ」

「ごめん。私の家は、お母さんが造花作りしてて、そこらじゅうに布やらビーズやらが置いてあるから難しくて……花館さんは今単身用のマンションに住んでて、ペットNGだって」


 葉と芽里の二人はあの後、猫を病院に連れて行き健康であることを確認した上で、瑞木家で猫の所在について話し合った。

 結果、二人とも飼うことが難しいという結論に達した。そして、葉のご近所である翠の家へ相談に向かったのだった。


「へぇ、花館さん一人暮らしなんだ」

「ええ。……実家が、結構不便なところにあって」

 葉は壁にもたれて腕を組みながら、少し驚いたように芽里に顔を向けた。しかし芽里の声音から何かを察し、それ以上の言及はしなかった。ちょうど先程、葉がそうしたように。


「まぁ既に元野良猫二匹飼ってるし、大丈夫だと思うけど……一応親に聞いてみるからちょっと待ってろ」

「私もおじさん達に説明するよ。あがっていい?」

「頼む。あ、そうだ、この猫の名前って何?」

「まだ付けてないよ。首輪とかもしてないし……どうしよっか、花館さん」


「えっ。飼ってもらえるなら、白永さんにお任せした方が良いんじゃ」

 面食らった芽里が、靴を脱ぎかけていた手を止めて顔をあげる。


「いやいやいや、翠の名付けは危険だよ、花館さん。今いる翠んちの猫、〈田中〉と〈三号〉だよ。意味わかんないでしょ」

「いや意味はあるぞ、失礼な。〈田中〉は、拾ったのが田中町だったからだし、〈三号〉は当時ハマってた戦隊ヒーローの推しだ」

 

 葉の腕の中で、猫が不機嫌そうにブルルと鳴いた。寝言のようだが、先程までが嘘のように妙に顔が険しくて、葉と芽里は顔を見合わせて笑ってしまう。


「ね、危険でしょ。なんかこの子も嫌がってるし」

「失礼なやつらだな、放り出すぞ」

「ごめんごめん。じゃ、花館さん、何て名前がいい?」

「私?」

「だって先にこの子にたどり着いたの、花館さんだし」


「じゃあ……螢〈ホタル〉はどうかな。螢川で拾ったので」

 今度は葉と翠が顔を見合わせる。これは中々、翠とどっこいなセンスでは……と言いかけたが、猫がミャアンと甘い声をあげたので、言葉を飲み込んだ。

 この白い毛玉は、ちっとも螢らしくない見た目だが、なんだかそれでも嬉しそうだった。


「ok、君は螢ね。よろしくね〜螢。

 翠、おじさん達リビングにいる?入っていい?」

「いいよ。田中と三号は2階にいるはずだから、螢ごと入って大丈夫」


 葉が螢と共にリビングに消え、芽里と翠が玄関に残された形となった。

 瞬間、沈黙が流れる。


「白永さん、急に頼ってしまってごめんなさい。難しければ、保護施設も当たってみるので……」

「いいよ。葉に振り回されるのは慣れてる。うちの親も猫共も猫好きだし、まぁ大丈夫だろ」


 沈黙を破ったのは芽里だった。そのことに翠は少なからず驚いていた。

 いや、そもそも葉と二人で自宅を訪ねてこられた時点で、翠はかなり驚いていた。しかも一緒に春の川に飛び込んだという。

 

 どんな距離の詰め方だよこいつら。体当たり過ぎるだろ。


 しかし翠は、少し不思議な気分だった。


 二人が近づくのはそこまで不思議でもない。葉ならやると思っていた。

 不思議だったのは、芽里の雰囲気が少し柔らかくなった気がしたからだ。先程の沈黙も、これまでの〈花館芽里〉であれば、ただ微笑んで流していた気がする。


 今日の昼休みには〈話しかけられない〜〉と管巻いていたやつが、お目当てのお相手とお近づきになるどころか、雰囲気まで柔らかく変えてしまうとは。やるじゃん、葉。


「よろしくね、花館さん」

 リビングへ続く扉に手をかけて、翠はつぶやく。芽里は翠の目を真っ直ぐと見つめてくる。なるほど、どきりとするほど美しい。


「葉を、よろしくね」


 そして頑張れ、葉。





 その後、猫は無事に白永のご両親から居住の了承を得た。


 保健所や警察に届出をしたが、該当の迷い猫はいなかったようで、無事に猫は〈螢〉として白永家の一員となった。

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