第五話*貴女は綺麗。
その後、葉と芽里は、葉の母親にしこたま怒られた。
二人は裏手に周り、住居側の玄関(式場や事務所の裏手にある、お客様が来ない方の入口だ)からこっそり家に入った二人だったが、運悪く自宅作業中だった母親に見つかったのだ。
瞬時に事情を察した葉の母は、とりあえず二人を風呂に放り込んだ。二人は気恥ずかしく思う間もなく、慌ただしくそして仲良く風呂に浸かり、しっかりと温まった。芽里は諦めたのか目まぐるし過ぎて脳の処理が追いつかないのか、手で顔を覆うことをやめていた。
何から何まで状況が特殊過ぎたせいかほぼ言葉を交わすことなく二人が風呂からあがると、その隙に母から丹念に体を拭かれた猫が、細かく裂かれた蒸しささみらしきものを元気に食べていた。
そして二人がしっかり温かまったことを確認したのち、母からのお説教タイムが始まったわけだ。
「いくら猫を助けたかったからって、制服で川に飛び込む女子高生がいますか!しかもこんな時期に!!棒を使うとか人を呼ぶとか、いくらでも手はあるでしょう!!」
「ごめんなさい……」
「すみません……」
返す言葉もなく、二人で項垂れる。反論はできない。いくら〈とにかく身体が動いたのだ〉などといっても、母の正論を前にそれはあまりにも無力な言葉だった。
たっぷり小一時間お叱りを受けたのち、漸く落ち着いた母が芽里に問う。
「ところで貴女、うちの娘と同じ制服だけれど、葉のお友達?」
「あ、申し遅れました。私、葉さんと同じクラスの、花館芽里と申します」
ーー葉さん!
その言葉に、葉は自我を取り戻す。
あの花館さんが、私の下の名前を呼んでくれたのだ。ああ、というか私さっき、花館さんと仲良くお風呂に入ったんだよなぁ。なんだか脳がキャパオーバーになっていたけれど、冷静に考えればもっと色々話せばよかった。しかしとにかく抜群のプロポーションだった……。
「私こそ申し遅れてごめんなさい。葉の母で、瑞木若子〈ミズキワカコ〉です。
この通り破天荒な子だけど、娘をよろしくね。まぁ貴女もあまりかなり破天荒なようだけれど」
「返す言葉もございません……」
「でも葉、やるじゃない、こんな綺麗な子と友達になるなんて」
「でしょ!さすがお母さん、見る目ある!」
「とんでもないで……」
恐らく謙遜の言葉を口にしかけたであろう芽里は、しかし途中で口を噤んでしまった。
芽里の顔からは、はっきりと血の気が引いていた。
「綺麗だなんて、そんなことあるわけないじゃないですか。今、私、ノーメイクですし……」
咄嗟に顔を伏せ、手で覆う。
ああ、と、葉は気づく。
彼女はそれがコンプレックスなのだ。
だけれど、それは。
「花館さんは綺麗だよ!」
絶対に違う。だって、
「私が最初に綺麗だなって思ったの、花館さんの後ろ姿だもん!」
「……はっ?」
意表をつかれたのであろう、普段の彼女では決してあげない素っ頓狂な声が飛び出す。思わず顔から手を離し、真横に座る葉をじっと見つめている。
その目は小さく、だけれど、とても、綺麗だ。
「それに花館さんは立ち姿とか所作とかが本当に綺麗だし……」
いや、それだけじゃないのだ。
もどかしい。どうやったら伝わるのだろう。
わからないから、せめて葉はじっと芽里を見つめ返す。伝われ、伝われ。
「花館さんのそのメイク、花館さんにすっごく似合ってると思う!!とっても綺麗」
瞬間。確かに何かが〈届いた〉。
彼女の纏う空気が変わった、……気が、したのだ。
その時、お腹いっぱいで眠っていた子猫が、ニャアンと鳴いた。
葉にはそれがまるで、肯定の合図かのように思えた。
視界の隅で母は、もう一度小さく、「やるじゃん」とつぶやいた。