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第二話*孤高の花

 花館芽里は、やはりというか必然というか、入学早々に学校中の話題を集めていた。


 その後ろ姿に違わず……というのもおかしな表現なのだが、彼女は正面から見ても、当然のように美しかった。

 陶器のような白い肌に、影ができるほど長く憂いがちな睫毛、見事なアーモンド型を描く黒めがちな大きな瞳。血色の良い桜色の頬も唇も、まさに満開の桜の如く可憐でどこか儚い。


 そんな彼女と、葉は同じクラスになった。入学初日、教室に彼女を見つけた時は心躍り、絶対に仲良くなるのだと意気込んだ。



 が、入学してから早ニ週間。

 葉は彼女と友達になるどころか、いまだに殆ど言葉を交わせずにいる。



「いやまあ、そもそも葉が女子高生として、だいぶ変わってるからなぁ」

 4月も半ばを過ぎた昼休み、机を向かい合わせて弁当を突きながら、幼馴染の白永翠〈シロナガスイ〉がそう評した。丸眼鏡の奥に潜む切長の瞳は、無遠慮とも言えるほどにまっすぐ葉を捉えている。


「私?嘘。どこらへんが」

 葉は卵サンドを咥えつつ、一心不乱に動かしていた右手を止める。彼女の向き合うスケッチブックには、まだ名もない花々が荒いタッチで描かれていた。

「普通の女子高生は、次に作る予定のコサージュのスケッチを、昼休みに描いたりしないと思う」

「いやでも翠、私今すごい良いアイディアが浮かんでて!ここ、この前一緒に浅草で買った蓮染めの布があったじゃない?薄茶色の。それにオーロラカラーのファイアポリッシュチェコビーズを散らしたら、ぐっと可愛くなると思うんだよね。一見ちぐはぐに見えて、実は和洋折衷というか。ビーズ部分は少し色を散らしてもいいかも……」

「あー、私はお前の性格は分かってるけど。ほら、周りを見ろ」


 促されて周りを見ると、クラスメイトの女子達が、色とりどりの弁当を開きながら、それに負けないくらい華やかな話題に花を咲かせていた。おすすめのコスメ、最近オープンしたカフェ、話題の動画……。時に箸をとる手を止め、スマホをちらつかせながら、笑い声があちこちから聞こえてくる。

 皆、自分の〈楽しい〉を共有しあっているのだ。


「お前は自分の世界に入り込みすぎだ」

「……すみません」

 アイディアがわくと、所構わず没頭してしまうのは、昔からの葉の悪い癖だった。

 だから葉は、友達がいない訳ではないのだが、深い付き合いがあるのは翠くらいのものだった。皆、葉の熱量を前にすると、うっすらと一線を引いてしまうのだ。


「まぁ私は、葉の奇行を見るのは嫌いじゃないけど。いまさらだし」

「奇行って……」

 スケッチブックを閉じ、鞄に仕舞う。

「それに〈あの〉花館さんに近づこうとするなら、むしろ葉の変人ぷりを打ち出していった方がいいのかもしれないしな。変わり者同士、うまくいくかも」

「変人て…変わり者って……」

 翠だって大概だ、といいかけた言葉を飲み込む。翠は翠なりに純粋に、葉を心配して策を講じてくれているのだ。


 教室を見回すが、花館芽里の姿はない。

 彼女はいつも、昼休みには姿を消してしまうのだ。


 彼女、花館芽里は、確かに変わっていた。というか、浮いていた。

 一言でいえば、〈近寄り難い〉のだ。少し病的なほどに。



 〈立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花〉を体現したかのような彼女は、中身もハイスペックだった。

 入学式で新入生挨拶を任される、すなわち入試トップの頭脳(高宮高校は県内上位の進学校だ)、体力テストでも軒並み高得点をマークする運動能力。言葉遣いも丁寧で、性格は常に微笑みを絶やさないほどの穏やかさ。制服も校則通りに着こなし、誰もやりたがらない昼休みの図書室当番ボランティアも率先してこなすのだから、〈正に理想の女子高生〉と教師からの評判も高い。


 360度、どこからみても完璧な彼女。

 しかし彼女の心には、明確に何らかの壁があった。穏やかに接してはいるが、必ず一線を引いているのだ。決して踏み込んだ発言をせず、自分のことも多く語らない。だから会話は表面的なものに終始し、彼女との距離を縮められずに終わる。

 そうしたことがこの二週間で無数に繰り返された結果、彼女に近づこうとした者たちは、少し遠巻きに接するようになっていった。


 かくいう葉も何度か会話を試みたが、ものすごくから回って終わっていた。葉的には悲しいほどの駄々滑りだったので、ここでは会話内容は割愛するが。


 よって入学してから二週間、彼女には親しい友人もおらず、どうやら本人がそれを望んでいるようだった。にも関わらず彼女の穏やかな微笑みは、いつもどこか陰をはらんでいるように見えるのが、葉には不思議だった。



 孤高の花。


 そんな言葉が似合う彼女と、やはり葉は友達になりたかった。


 正攻法が敗れた今、翠の助言通り、アプローチを変えてみるべきかもしれない。



 ……そう、確かに葉は思っていた。


 だがその放課後、思いもかけないイレギュラーな方法で、彼女との距離が強制的に縮まることになろうとは、このときの葉は微塵も考えていなかった。

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