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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

傷つけど、人恋し

作者: 山居中次

  シュボッ。


 最後のシガレットはさっき吸い尽くした。


 甘い匂いがまだ、ほんの少しだけ部屋に浮遊している。


 オジサンたちが吸っている俗に言うタバコとは違い少女の吸うそれは、キャンディーの様に甘く、彼女の喉と、この部屋と優しく彩っていた。


 そんな最後の一本を吸い尽くした部屋の中で、それでも彼女はライターの火を灯す。


 そして、揺らめく焔を覗き込む。その姿は、さながら、焔の中に幸せの面影を探すマッチ売りの少女だ。


 少女、愛も、その事を自身で思っている。物語の様に、幸せな思い出と言うか幻想が見えないだろうか?と焔を静かに眺めていた。


「料金は僕が払っておくから、愛ちゃんはゆっくりしていきなよ」


 愛を買った男は優しくそう言うと、素早く背広を羽織り、彼女を残して部屋を後にした。


 裸の彼女は、性交渉の疲れから、ベッドの中で毛布に包まり、睡魔と戯れながら、「うん、ありがとう」と虚ろな声で男にそう答えた。


 愛を買った男は小学校の先生だと言った。


「悪いことだってわかってる。でも、どうしても寂しくて」


 苦しい言い訳を男は言った。


「うん、大丈夫。私も一緒だから」


 辛い本音を愛は言った。


 理由は無かった。


 いつの頃からか、彼女は孤独だった。


 地元でも、都会でも、彼女はとにかく笑顔だった。いつも、誰かと、誰か達と一緒の時は笑顔を絶やさず、話を合わせ、時に同調して、その他大勢の一人として集団にまみれる事に必死だった。必死になり過ぎて、いつしか疲れた時に、ふと、このラブホテル街に足を踏み入れて、そのまま彷徨う様になっていた。


「かわいいね」「きれいだね」


 愛を買った男は彼女の体を優しくなでながら、耳元で、優雅にそう呟いていた。


 今日の人は優しい。


 愛はそう思っていた。


 いつも、適当に男に買われ、少しばかり乱暴に、貪るようにして弄ばれる。それでも、人の温もりを感じるだけで、満たされていた。


 そして、その後に小さな自己嫌悪に陥り、手首に刃を向けてしまう


 だが、今日は優しくされて、気持ちも穏やかだ。


「この傷痛くない?」


 手首の傷を見て、男はそう聞いた。


「うん、大丈夫。今は痛くない」


「よかった」


 男が、手首の傷にキスをする。


 くすぐったさが、手首を這いまわり、愛は思わす笑ってしまった。


 笑うと同時に、心がほぐれた。


「笑顔がかわいいよね。彼氏とかいないの?」


「いない。友達も」


「そっか。でも、愛ちゃんに好かれたら、嫌な顔するやつはいないと思うけどな」


「そうかな?」


「そうだよ、自身持っていいよ」


 男はそう言うと、それ以上は何も言わなかった。


 男が先に帰った後、愛は、シャワーを浴び、着てきた洋服に着替えて、ソファーに座り、最後のシガレットを吸い、そして、またライターに火を灯して、揺らめく焔を眺めている。


 さっきまでの男との情事を回想し、小さくため息をついた。


「さて、私も帰るか」


 誰に聞かせるでもなく、彼女はそう口にして、ソファーから立ち上がると、荷物を手に部屋を出た。


 朝のホテル街。


 まだ、喧騒の始まる前のその街は、緩やかな朝日を浴びて、ゆっくり寝ぼけ眼をこすっている所だった。


 人気のないビルの谷間を彼女は歩く。


 新聞配達の少年が、ガードレールに腰かけて、缶コーヒーを飲んでいる。


「おはよう」


 少年が愛に声を掛けた。


「おはよう」


 愛も彼に答える。


「こんな早くからいつも仕事?」


 ふと、何気なく愛は彼に聞いていた。


「あっ、うん。新聞配達だからね。遅れると大変だし」


「そう」


「そっちだって、今まで仕事?」


 少年はそう言いつつ、なんか気まずい顔をした。場所が場所なだけに、その仕事の意味を察しているはずなのに、思わぬ失言をしてしまったと言うのが顔に出ていた。


「そうだよ」


 少年の顔を見ながら、愛は、可愛いなと思いながらそう答えた。


「そっか。大変?」


 少年が聞く。


「まあ、慣れた。そっちは?」


 今度は愛が少年に聞く。


「まあ、慣れた」


 少年が愛を真似てそう返した。


「そっか」


 愛も、少年を真似て、そう言った。


「じゃあ、私行くね」


 愛は、そう彼との会話を終わらせると、その場を後にして歩き出した。


「あ、あの」


 少年が愛を呼びとめる。


「実は、前から気になってたんだ。これ、読んでほしい」


 今時珍しいラブレターを愛に渡すと、少年は、「迷惑なら、忘れていいから」とだけ言い残し、自転車にまたがると、朝の街に駆け出して行った。


「そっか。でも、愛ちゃんに好かれたら、嫌な顔するやつはいないと思うけどな」


 さっきの男の言葉がよみがえる。


 思わず笑みがこぼれる。


 受け取ったラブレターを手にした彼女を包むように朝日が更に街に降り注ぐ。


 朝が始まる。



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