03 王子がわたしを召喚
人間界と悪魔の園は深い霧を通してつながっている。
わたしはそこを通って人間界へと出かけた。
悪魔の背中には大きな黒い翼があるので、空を飛んで目的の場所まで向かった。
そこで悪魔召喚が行われているはずだ。
見られたら困るので、透明になって気配は消している。
隠し小屋につくと、そっと入り口の扉を開けて中に入った。
足音を立てずに近づく。
中には男性が一人いる。
わたしはわくわくしながら男のそばへといった。
すぐそばで頬杖をつきながら見守った。もちろん気配は消して透明なままだ。
魔法陣を書き終えた男はしばらく隠し小屋の天井を見つめていたが、やがて意を決したかのように魔法陣に向かって呪文を唱えた。
「我は滅亡したイグザット王国のターレント王子。失われた祖国の再興を願う。いざ、偉大なる悪魔よ来たれ!」
やったよ、初召喚だよ。
笑いがこぼれてくるのを何とか抑えながら、わたしはその召喚に応じることにした。
まず、机の上の魔法陣のところまで移動する。ターレント王子からは見えない。
机の上に何とか這い上がろうとしたんだけど。
建付けが悪いのかグラグラする。
転ばないように気を付けて乗った。よいしょっと。
机の上でなんとか立ち上がった。机が少し揺れる。
そして小道具で煙を焚きながら姿を現す。もちろん黒い翼を大きく広げながらね。
ほら、魔法陣で召喚された悪魔の出現だよ!
「ゲホッ、ゲホッ」
煙を焚きすぎたのか咳が出る。
「わたしの名はリリア。悪魔と知って召喚したのはそなたか。汝の魂と引き換えにどのような願い事でもかなえよう」
かっこよく登場できたよ。
ちなみに、こういったセリフや登場方法はすべて悪魔学校で練習している。
そうでなかったらこんなにスラスラと出てこないよね。
ターレント王子は口を半開きにして私を見ていたが、みるみる顔が赤くなった。
「なんでも叶うのか?」
「悪魔の名にかけて、魂と引き換えにどのような願いもかなえよう」
ちょっと偉そうに言ってみた。
さらに、余裕そうに笑みも浮かべてみた。
王子はしばらく迷っていたようだが、意を決したように告げた。
顔も耳も首も全部真っ赤になってる。
「では、俺と結婚してほしい。君は理想の女性だ。ひとめ見て好きになった」
「その方の願い、聞き届けたぞよ。結婚させよ……へ? ちょっと待って。そんな無茶な願いはだめだよ」
想定外の願いがでてきて、素の自分が出てしまう。
いきなり結婚なんて言われて、耳が熱くなった。
王子は真っ赤だけど真剣な顔でじっとこちらを見ている。
美形男子は見つめるだけで罪だってわかってるのかな。
契約が結ばれたことを示す光がわたしと王子の間で光って消えた。
とりあえず翼をしまって、煙も止めた。机の上で立ったままだとグラグラするから床に降りた。
よいしょっと。
降りるのに時間がかかる。
「どんな願いでも叶えるって約束してくれたはずだけど?」
「ちょっと待ってよ。確かにそういったけど、いったけど……」
私は結婚どころか男の子と付き合ったことも無い、恋愛耐性ゼロの悪魔なのだ。
もちろん手をつないだりとか、デートしたりもない。
いきなり結婚とかありえない。
うろたえてしまってうまく頭がまわらない。
顔まで熱くなってきた。
「こういった願いは人間界のことに限られるの!」
「でもそう言って無かったよね?その条件は無しでの契約だ」
しまった。言うのを忘れてた。
“汝の属する人間世界の諸々を、魂と引き換えに悪魔の名にかけて、どのような願いもかなえよう”
これが正確なセリフだ。せっかく悪魔学校で習ったのに、緊張してるからか忘れた。
悪魔が人間と結婚できないし、してはいけないということは悪魔学校で去年習った。
人間は悪魔の園に来ることはできないから、結婚するとなると悪魔は人間界に住むことになる。
しかし、悪魔が人間界になじむことは難しくて、最後は魔女とか魔王と呼ばれて討伐の対象になるらしい。
勇者という輩が魔女とか、魔王とか、悪魔というだけで戦いを挑んでくるというのだから厄介なのだ。
「契約は契約だからな」
ターレント王子がぐいぐい来る。顔は真っ赤だけど。
私はちょっと涙目になってしまった。
目の前の王子はイケメンだし正直タイプだけど、悪魔と人間で結婚なんてあり得ない。
悪魔にとって、人間は魂を奪う対象、ただそれだけの存在なのだ。
そもそも男の子とどう接していいかなんてわかんないし。
いきなり全力で来られても困ってしまう。
「いや、ほんと困るんです。だいたい、わたしなんてちんちくりんだからやめておいたほうがいいですよ? 」
なんか自分で言ってて悲しくなってきた。
でも、悪魔学校ではこの通りだから仕方ないかな……。
「俺はそなたのことを気に入ったのだ。いままで会ったことがある中で最高の女性なんだ。自分の生涯をかける相手に巡り合えた心地がする」
いや、あなたの目は曇ってますよ?
急に相手の気持ちが醒めるのが怖くて、言葉通りに受け取れない。
「それと、王国再興はどうするんですか?」
「王国再興は自分で何とかする。他国に助けを求めても良いかもしれぬ」
いやいやいや、王国再興の扱いが軽すぎる!
悪魔に魂を渡すくらいだから、必死だったはずなのに。
もうどうしたらいいかわからない。
涙目、というかわたしは泣き始めてしまった。
ぽろぽろ涙が出てくる。とんでもない落とし穴にはまって身動きが取れない。
学校からは人間との契約は禁止されていたけど、こんな落とし穴があったとは。
禁止するはずだ。この人間は私よりも悪魔的だ。
「困らせるつもりはなかったんだけどな……」
その言葉をわたしは聞き逃さなかった。
泣き顔なのにすこし笑顔になって明るくなった。
「じゃあ、一旦保留ということにしませんか?最初の目的はイグザット王国再興のはずです。これから悪魔式王国再興プランを体験してみてください。途中でそっちに契約を変更したくなるはずですよ」
「まあ、それでもいいよ。なんかこっちが悪いことしてる気になってきた」
わたしは悪魔なのだ。
国の一つや二つ、作ったり消し去ったりするのはわけはない。
王子お好みの女性を準備して夢中にさせることも容易いことだ。
何とか窮地を脱して一安心だ。
心の中でにやりと笑った。