出会い 4
「本当は分かっていたのであろう…?貴様の中に真の憎しみはない。ほんに子供みたいな奴じゃ。」
男は淡々と笑顔で告げる。
「…何のことだ?」
そんな私の問いなど全く聞こえていないかのごとく話を続ける。
「気に入った。私の次は貴様にこの場所を与えてやろうぞ。」
わずかに瞠目したが相手に気づかれぬよう視線を下へ逸らした。
「今度は一体どうした気まぐれだ。」
ため息交じりの言葉を聞きながらも男は私へ向けた表情を変えようとはしない。
「ナハト国は即刻手に入れるつもりだったのだがのぅ,先延ばしにしておくわ。貴様の好きにするがよい。」
当時,まだ王の座に就いていなかったエノルトは先王にそう言われたのだった。
何故…今更そんなことを思い出す・・・?
・・・しい。
寂しい・・・。
寂しい・・・寂しい寂しい寂しい。
(煩い・・・煩い!)
“寂しい”
何度その言葉を心の中に押し込めたか知れない。
それを誰にも気づかれないように振舞った。そのような素振りは一切他人に見せることもなかった。・・・気付かれてなるものか。
両親を探そうとしたこともあった。しかし,手がかりは一切なくアーベス国の夫婦と養子縁組をしたとき,諦めた。
(・・・煩…い。)
気持ちが沈んでいくのが分かる…。
何故,今更・・・。
エノルトは椅子に腰かけたまま,額を手で支え俯いた。
1.
「ジェミニ」
その声に驚いて顔を上げる。
目の前にはフォースが立っていた。連れが2人いる。
一人は少女で,目を閉じてはいるが顔立ちは整っていて,かなりの上玉だ。肩甲骨辺りまで伸びたストレートヘア,少しやつれている感じはあるがそれは恐怖によるものだろう。此処へ来た者たちは皆,最初はこんな感じだったなと思い出させる。
もう一人は青年で私より年は下だろう。伸びるに任せたまま髪は切っていないのだろう。頭の後ろの方で一つに結び,切れ長の目で整った顔もあるせいかキツイ印象を与えるが,フォースに慣れたせいかそれほど怖くは感じない。だが,警戒心を込めた眼でこちらを見ている。
「フォースさん?どうかしたのかい?」
「悪いが,この娘を此処に置いてやってくれ。」
「別にいいが・・・,この2人は何者だい?」
「この少女は此処へ売られかけたらしい。この青年はそれを助けたと。」
「へぇ…?」
ということはこの男は少女を守っていたのか。道理で警戒心を感じるわけだ。
「では頼む。駐屯地だとこの娘は落ち着かないだろうからな。」
「…その青年はどうするんだい?」
「あぁ,駐屯地へ連れて行くさ。男はいない方がいいだろう?」
確かに,男はいないほうが此処にいる女たちにとっては助かる…が,ここの見張りに立っているのは当たり前だがアーベス兵の奴らばかりだ。この店に来たことのない奴が見張りを担当していると知っていても今までこの少女を守っていたという青年の方がはるかに信頼できる。
「そいつはナハト人だろう?アーベス兵よりは信頼できるから兵よりそいつを置いてってほしいね。」
フォースは少し考えるそぶりをしていたが,納得したように顔をあげた。
「そうか,分かった。では頼む,また明日来る。」
「あぁ,任せときな。」
背を向け,戸口へ向かったフォースに笑顔で言った。
2.
「待ってくれ!」
その声を聞いて立ち止まる。
「・・・どういうことだ?」
オレが店を出て少し間を置いて追いかけてきたのだろう。少し息が切れていた。
「今日はこの店で休んでもらう,と言っても護衛をしてもらうから休んではいられないだろうが・・・。」
「何故そんなことになっている・・・!?」
「店の主人の頼みだ。置いてもらう代わりに見張りをするだけだ。店の周りは常にアーベス兵がいる。安心しろ,もし賊が入ってもお前が死ぬ可能性は低い。」
「そういう問題ではないだろう!」
相手は明らかに動揺している。オレの行動が理解できないのだろう。
確かに普通の軍人ではこんなことを許すはずがない。
「正直,まだお前を信用しきれない。しかし,もし兵に手出しをする可能性はあっても女たちに手出しする可能性は低いと思っている。」
「・・・本当に甘い人間だな・・・!」
その言葉には先程の呆れとは違い,静かな怒りが込められていた。
「あの娘を見たら分かるさ。少なくともお前はあの娘に手出しはしていない。」
「なっ・・・!!」
少し顔を赤らめて言葉を詰まらせた。予期していなかった言葉だったらしい。
青年…いや,サーガの反応を見て自然と笑みが漏れる。
「兵たちにはお前に危害を加えないよう言っておくから安心しろ。」
「…“いちいちオレと行動を共にでもするか?”と言ってオレが応じた約束はどうなる…?」
「…そうだったな…しかし,私はまだ仕事がたくさん残っている。それに,この店の中には女しか居ない。他の約束を違えることは何もないと思うが?」
「その1つの約束を破ることによって信用性は少し減るな。まぁ,約束であって契約ではないから確かにあんたの言うとおりだとは思うが。」
本当に賢いヤツだ。確かに信用という面においては少なからず失われる。
そしてそれは一応は敵であるこの青年とオレの間では一番重要なものだ。
「…分かった。今日は私もここで休むということで譲歩してくれないか・・・?」
サーガは納得したように少し口角を上げて頷いた。
「そうだな。オレはその(・・)間,此処で“見張り”をしておけばいいんだな?」
「あぁ,・・・頼む。」
そう言ってそのまま踵を返し,歩を進めた。
(コイツ,ついでに此処の“護衛”まで押し付けたか。)
3.
店に戻るとミチルとフォースにジェミニと呼ばれていた女が会話していた。
オレの分からない言葉だからアーベス語だろう。
「サーガ」
オレに気づいた女がミチルに教えたらしい。
ミチルがこちらへ来ようとする。
「さっき話していた言葉はアーベス語か?」
ミチルのところへ足早に行き,ミチルの足を止めさせた。
「うん,ジェミニさんザビウ語は分からないけどアーベス語なら分かるって。」
ミチルは,ある程度緊張感が解けたのか笑顔で話してきた。
「そうか…じゃあまたミチルに通訳してもらわないとな。」
「ナハト語も話せるよ。」
オレの言葉が分かったはずないのにジェミニがナハト語で口を挟んだ。
「ナハト人がザビウ語を話せるほうが珍しいね。どうして話せるんだい?」
ミチルより少し長い黒髪に白単色の小さな飾りがよく映えている。この国ではまず有り得ない露出度の高い服を身に纏っているが何故か嫌みに見えない。美人と言われるであろう顔に化粧は薄く施してあるのみだ。
「…アンタには関係ないと思うが?」
「別にいいじゃないか他愛ない話さ。」
女は猶も笑顔で話し続ける。
しかも返事を待っている。まるでこの店では自分が法律だと言わんばかりだ。
オレが答えるまで問い続けるつもりか・・・?
「別に…親が教えただけだ。何故かは分からないが。」
「そうかい,いい親御さんじゃないか。よかったね。」
(・・・?)
何故ザビウ語を教えた親がいい親と言うのか理解できなかったがあえて追及はしなかった。
「さて,アンタらはお客人だ。今から部屋を用意するから。」
「ひとつ,頼みがあるんだが・・・。」
「何だい?」
「オレとミチルの部屋は隣同士にしてくれ。それも出来るだけ間の壁の厚さが薄い部屋で。」
「…?わかった。それだけでいいのかい?」
「あぁ,頼む。」
「じゃあここで少しの間待ってておくれ。」
そう言ってジェミニは奥の方へ姿を消した。
「ジェミニさん,どうしたの?」
「オレたちを泊める部屋の支度をしてくるからここで少し待っててくれってさ。」
「さっき話してたのはナハト国の言葉?」
「あぁ。この店の主って言ってたから話せて当然だろうな。」
少し考えればすぐに分かることだった。此処は店だ。
店主ならば経営する以上ナハト語を話せないと不便な部分がある。
ジェミニがナハト語を話せるのは当たり前と言えば当たり前なことだった。
「ここは…ミチルにとっては安全な場所だから今日はゆっくり休むといい。この国に来てからきちんと休息をとれたことなんてなかったろう・・・?」
「でも…サーガは・・・?」
ミチルは心配そうに聞いてきた。
「オレはこの店の護衛として置かれたらしい。まぁ,きちんと夜は休めるようにしたから大丈夫だ。」
しばらくしてジェミニが戻ってきた。
「ちょうどいい部屋があったよ。狭くてあまり綺麗ではないがそこは我慢してくれ。正直,綺麗な部屋なんてないし。」
「置いてもらえるだけで十分だ,ありがとう。・・・言い忘れていたが,フォースが仕事を終えたら此処へ戻ってきて今日は此処で休むと言っていた。」
「え・・・?何故だい?」
ジェミニは,驚いたように聞いてきた。
「ちょっとあって,オレが交渉した。それに,この店にとってもアーベス国軍の大将殿が居た方が兵士が何かやらかす心配が減っていいのでは?」
「……確かに。アンタ頭いいねぇ。」
ジェミニは少し考えて納得したように言った。
「じゃあフォースさんの部屋も用意しなけりゃならないね。」
状況を面白がるような笑顔で呟いた。
4.
「言い忘れていたが,フォースが仕事を終えたら此処へ戻ってきて今日は此処で休むと言っていた。」
それを聞いて,嬉しくなった。
アタシはあの男のことを相当気に入ったようだ。
まだ会って2日くらいだから恋愛感情にまでは至ってないだろうが。
(こんな状況の中でもいいことはあるんだねぇ・・・。)
心の中で呟いていた。
それにしても…。
ミチルの言葉には驚いた。まだ16というのに他国の言葉をほぼ完璧に使いこなしている。雰囲気からしてもきっといいトコのお嬢様に違いない。
しかし,所謂“お嬢様”が何故こんな所へ誘拐されてきたのだろう・・・。
女を売りに来る奴らは正直まだ素人の域を脱していない。
そんな奴らがこの娘を誘拐できたということは裏で手を引いた奴がいたんじゃないのか?
どうも引っかかる。