出会い 1
この世に幸せなんてないと思っていた。不幸が当たり前なのだと…。
しかし奇跡とは本当にあるということなのだろうか,あたしは『ココ』を出られる。
先刻来たこの店の客たちのボスがココにいるあたしらを元の国へ返してくれるというのだ。
あたしはやっと自由になれる。
幸せになれるかは知らないけれど,少なくともココからは出られる。
少なくともココに来る奴等の夜の相手をしなくてすむ。
あたしみたいに長くココに居すぎた者はアーベスへ連れていって面倒を見てくれる。
これは本当に現実なのだろうか?夢ではないのか?
その不安だけが胸にしこりのように残る。
あの男はフォースと名乗っていた。
会ったばかりの者を信じるなんてどうかしてると思う。
でも信じてみたいのだ。
人の目をしっかり見て話すようなあの男はきっと誠実な者なのだと信じたい―――――。
1.
「すみません。」
人気のない村でやっと人を見かけた。
この村はオレの居た村より大きい村のようだがオレの村と比べて荒廃が進んでいる。
「・・・。」
声をかけられた女は振り向いてオレたちのことを一瞬見たが逃げるようにその場を去ろうとした。
「待ってください!オレはこの国の者です!別の村から来ました。」
少しでも警戒を緩めてもらわないと話が出来ない。
とりあえず敵ではないことを告げてみた。
オレの顔立ちは少なくともアーベス人のものではない。
「別の村から・・・?」
反応してくれた・・・!
「はい,色々と事情があって…出来れば今日一晩この村に置いていただきたいのですが…。」
「・・・私では分からないので村長を呼んできます。少し待っていてください。」
女はそれだけ言い残してその場を足早に去って行った。
「あの人,なんて…?」
ミチルが聞いてきた。さっきよりは声のトーンが明るい。
「少し待ってろってさ。村長を呼んでくるらしい。」
「そう・・・。」
そう言って,ミチルは少しホッとしたような表情をした。
問題はこれからなのだが・・・。
しばらく経って先程の女が見た目中年くらいの男を2人連れてきた。
1人は中肉中背で姿勢の正しい自信のありそうな帽子をかぶった男。
もう1人は少々屈強そうな腰に粗末な剣を持っている男だった。
前者が村長で後者が護衛の者と言ったところだろうか。
「こちらの方です。」
女はオレたちの前にくるとその2人の男に言った。
「そなたらか。何故突然この村に来たのだ?一晩泊めてほしいとは?」
…すごく上からものを言う男だった。オレの村の村長とは全く違う。
オレはとりあえず一から説明することにした。
「話が長くなるのですがいいですか?」
「…ではわしの家で話してもらうか。案内しよう。」
「あ…はい。」
即答で言われて拍子抜けしてしまった。全てを警戒しているわけではないらしい。
「村長の家でオレたちの話を聞いてくれるらしい。」
ミチルにそう伝えると聞き慣れぬ言葉が耳に届いたのか村長はこちらを振り返った。
「今の言葉もここへ来たことに関係あるのか?」
「えぇ,そこから話すつもりです。」
「そうか,では行こう。」
さすが村長だからか周囲の民家とは異なり,家はどこも壊れていなかった。
いや,破壊されてもすぐ修復をしていったのだろうが・・・。
オレたちは一番奥の部屋へ案内された。
きっとすぐに逃げられないようにするための配慮だろう。
「さぁ,その辺に適当に座りなさい。」
そう言って村長は上座に腰を下ろした。
客とはいえ,信用できないからか・・・。そう思い,自嘲気味に笑った。
「失礼します。」
ミチルを誘導し,座らせてからその隣に村長と対面する形でオレも座った。
それと同時に奥のほうから侍女らしき者が真ん中にあるテーブルに運んできたお茶を人数分置いて行った。
「では早速,この村へ来た経緯を一から話してもらおうか。」
村長はそう言ってお茶を啜った。
どこから話そうか迷ったが,オレはミチルと出会ったことから話すことにした。
「昨日の夕方頃,オレは自分の村近くを歩いていました。」
「何故?」
そこからか・・・。気持ちため息をつきながら答えた。
「見回りみたいなものです。何か変化があった場合すぐ対応できるように。」
「ほぅ・・・。」
何故感心されたのかは分からないが,そのまま話を続けた。
「それで歩いていると突然声が聞こえたんです。この国の言葉ではなかったのですが,つい反応して声がした方に行ってみました。」
横目でミチルを見ると下を向いたままで少し震えているように見えた。
言葉が分からない上,突然ここへ連れてこられたんだ。状況判断が追いつかないのだろう。
「そうしたら彼女がいたんです。男2人に抵抗しているところでした。とりあえず彼女を無視して通り過ぎるわけにも行かなかったんで,彼女の手をとって逃げました。」
「その男たちはこの国の者だったのかね?」
「おそらくアーベス兵でしょう。彼女によるとアーベスの言葉を使っていたそうです。」
よく分からないというように村長は顔をしかめた。が,かまわず話を進める。
「話を聞くと,彼女はザビウ国から人身売買目的で誘拐されたようでした。幸いオレはザビウ国の言葉が分かったので…。他国から来たというのでそのままにしておくことも出来ず,彼女をオレの村へ連れて行きました。そこで彼女を国に帰す方法を考えようと思ったんです。」
「人身売買目的の誘拐!?アーベスの奴らはそんなことをしていたのか!!」
「はい。きっと日常的に行われているんだと思います。」
「日常的に…そんな余裕がある奴らとこの国は未だに戦っているというのか?」
「アーベス兵の方が『遊んでいる』せいでこの国は降伏しなくて『すんでいる』のだと思います。」
村長は何も言わなかった。
この国がかつての日本ならその言葉に怒りを抱く人も多かっただろう。
「しかし,奴らは動き出しました。」
「動き出した?」
村長は言葉を反復させて問う。
「オレの居た村の近くで爆発が起きたんです。その状況を見に行ったとき,彼女が通りがかったアーベス兵たちの会話を聞いていました。『指揮官が代わった』と・・・。爆発はその新しい指揮官の指示によるものだったんです。」
「そなたの村がやられたのか・・・?」
「いえ,何故か分かりませんが近くで爆発を起こさせるだけなんです。威嚇目的なのか村人を逃がそうとしているのか…いや,後者は有り得ない。しかし爆発を起こした場所はとても人が居るとは思えないところばかりで…。」
「村内部には何の被害もないと?」
「少なくともオレたちが村を出たときはそうでした。今は分かりません。」
「それで村を離れたのか…。」
「はい,オレ以外の村の者は敵が来ても村を離れるつもりがなく村とともに・・・っ」
そこから先は言葉にならなかった。
自然と下を向いて涙をこらえるように力いっぱい眼を閉じた。
「そうか…その気持ち,分からんでもない。それでそなたは何故村を出た。」
「村がなくなったとしても生きてさえいればいつでも村を再建することは可能…それがオレの考え方です。それに,彼女を国に帰さなければなりません。」
「あてはあるのかね?」
「…ありません。しかし,国境を出れば少しは安全だろうと。」
「なるほど,それでこの国境近い村に辿り着いたというわけか。」
「はい。」
「しかし,この国境はザビウ国とは正反対だぞ?」
「ザビウ国国境へ行くにはアーベス軍駐屯地を通らねばなりません。こちらから行く方がより危険を回避できると思ったのです。」
「なるほど賢いな,ボウズ。」
村長は全くの無表情だったその顔に微かな笑みを宿した。
「…坊主ではありません。」
「ふ・・・っ,そうか。私はこの村の長を務めているアネックス・ローという。そなたたちは?」
「オレは,サーガといいます。彼女はミチル。」
「この村へ留まることを許可しよう。今日に限らずとも良い。」
「ありがとうございます。」
そう言ってオレは村長に頭を下げた。
2.
「あの人,なんて…?」
「少し待ってろってさ。村長を呼んでくるらしい。」
「そう・・・。」
サーガに連れられてもう1日が経ってしまったのだろうか,一晩置いてもらうよう頼むため,この村へ来た。
全てサーガがやってくれている。
信頼しているが,会話しているときの言葉が分からないため,やはり不安を感じずにはいられない。
しばらく待って人の気配が複数近づいてきた。今のところ,好意は感じられない。
(どうしよう…なんだか怖い。)
向こうの方から話しかけてきた。男の人の…低い声だ。
サーガがそれに答えて少し会話をした後,急に途切れた。
男の人たちが去っていくようだ。
「村長の家でオレたちの話を聞いてくれるらしい。」
サーガが説明してくれた。
これからその村長の家に行くということだろうか。
私は,相変わらず手を引いて誘導してくれるサーガに素直について行った。
村長の家…なのだろうか,建物の中に入って大分歩いている。奥の部屋に案内されているのだろう。
しばらく歩いてやっと少し開放感のあるところへ辿り着いた。
サーガの誘導でゆっくりと床に腰をつけた。
すぐにサーガが隣に座ってくれた。
少し…不安が和らぐ。
前のテーブルだろうか,そこにコップらしき物を置く音がした。
3,4。ここに居るのは4人らしい。
早々と会話が始まった。いや,再開したのだろう・・・。
きっとサーガは昨日今日のことを話しているのだろう。
私と出会ったところから。
しばらく聞いていて,アーベスやザビウの言葉だけは聞き取れたのでそう思った。
昨日のことが思い出される。
今更ながらすごく怖い体験をしたのだ。
もし,サーガが通りかからなかったら…と思い,今日何度目かというように再び体が震えを感じた。この国に連れてこられてからずっとこうだ。自分で自分がイヤになる。
突然,村長と思われる人が声を荒げた。驚いているようだ。
村の近くで起きたという爆発の話をしているのだろうか…?
しかし,戦争中のこの国ではそれは当たり前のことだと思ったのだが?
全く言葉が分からないので,推測するしかない。
それに,何でもいいから頭を働かせていないとすぐに震えて泣き出してしまいそうだったので一生懸命推測ともいえない推測に思考を費やした。
そうしているうちに会話の中の緊張感が薄らいで,サーガが村長といった人が笑ったように感じた。
サーガはそれに少し動作を加えて答えた。
今日はこの村に置いてもらえるということなのだろうか?
サーガがお辞儀をしたように感じたので私も少し頭を前に傾けた。
「先刻・・・オレが会話している内容が分かったのか?」
サーガが少し不思議そうに聞いてきた。
サーガの話によると,村に置いてもらえるだけでなくこの村長の家に泊めてくれるというのだ。どうしてここまで親切なのだろう・・・?
早速今日泊めてもらえることになった部屋に案内してもらったところだ。
狭い家なので部屋は1つしか用意できなかったという。
そちらの方が私にとっては少し安心だ。
何も分からない場所で1人には少し広すぎるような部屋で1人で過ごすというのはとても怖いと感じずにはいられない…。
向かい側の…おそらくベッドに腰掛けているであろうサーガに先ほど会話していた内容を聞いているところだった。
「いいえ,言葉は全く分からなかったけれど声のトーンとかサーガがお辞儀した感じがしたから私も一緒にしたほうがいいかなと思って…。」
「すごいね。周りの空気に敏感なんだ?」
サーガが明るい口調で言ってきた。
きっと笑ったのだろう…サーガが笑ったのを初めて感じた気がした。
(見てみたいな…。)なんとなくそう思った。
3.
「初めて笑った・・・。」
とても嬉しそうな笑顔でオレに言った。
ミチルのその様な顔を見たのも初めてなのだが・・・。
オレはミチルに気を許したのだろうか?だから無意識に笑ったのかもしれない。
そんな事を考えているとミチルが再び不安げな表情をしている。
「サーガ・・・?」
「いや・・・ミチルがそんな笑顔を見せたのも初めてじゃないかなと思っていたんだ。」
瞬間,ミチルは驚いた表情をし,顔を赤らめた。
「そ…っ,そうかな?」
「?うん。」
もしかして照れているのだろうか?
「ずっと怖い思いばかりしてきたから無理もないんだろうけど・・・。」
「そうだけど・・・サーガが居てくれたから少なくとも今は怖くないの。」
「そうか,それなら・・・好かった。」
確かに昨日からずっと気を張ってないといけない状況だった。
少しでも不安のない状況に置くことが出来て好かった。
心からそう思った。
4.
「私だ,王へ繋いでくれ。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
プッ,プッ,プッという電子音が3回聞えた後,聞き慣れた声が聞えてきた。
「フォースか,どうした?」
「少し・・・のって欲しい“相談”があるのだがいいか?」
「珍しいな,お前から相談なんて。」
向こう口で笑っていると想像できる口調でエノルトは言った。
「この国でうちの兵たちは人身売買・買春を同時に行っていた。」
「あぁ,それがどうかしたのか?」
「その被害者の女たちを帰してやりたい。」
「別に構わないが?そんなことわざわざ私の許可などなくても・・・」
「帰っても居場所のない者はアーベスで面倒を見てやりたいんだ。」
「・・・は?」
「だから,アーベスで生活の保障を「何を言っている。」」
「何故そんなことをせねばならない!?」
「部下の犯したことだ。責任を取るのは当然だろう?」
「しかし,そこまですることもないんじゃないのか?」
「それじゃあ被害者にしてみればアーベス兵に振り回されただけになってしまう。各々の国に帰した後,そのような悪い面ばかり言い触らされることになるんだぞ?」
「・・・何ヶ国ぐらいの者が居るのだ?」
「きちんと調べていないから分からないが,人数的には軽く10人は越していたな・・・。」
「・・・仕方ないな。」
エノルトは,至極面倒そうに溜息を吐きつつ言った。
「では帰る場所のないものは…。」
「あぁ許可しよう。但し,数人に抑えてくれよ?」
「なるべくな。ありがとう,助かるよ。」
「そんなこと言われちゃあ,な。反論も出来やしない。」
5.
「では,お世話になりました。」
「いや,こちらもたいしたもてなしが出来なくてすまなかったな。」
「そんな…置いてもらえただけで十分助かりました。」
「・・・気をつけて行くんだぞ。」
村長は笑顔で,しかし真剣な眼をして言った。
「はい,ありがとうございました。」
オレは,ミチルとともにお辞儀してその村を後にした。
「ミチル。」
ミチルは声に反応してこちらに顔を向ける。
「たぶん,今日中には国境に辿り着けると思う。」
「うん。」
「もしかしたら捕まるかもしれない。そうなっても…きっと国に帰すから。」
「……うん。」
ミチルは真剣な表情で前を見つめながら聞いていた。
6.
ガタ,ガタンッ!
再び建てつけの悪い扉を開けた。
先程話をした女が驚いてこちらを向いた。
「…早かったね,お偉いさん。」
入ってきたのがオレだと知って安心したのか,女は微笑した。
「その呼び方はやめてくれ。」
「じゃあ何と呼べば?兵隊さん?」
くすくすと笑いながら楽しそうに言った。
「・・・せめて名前で。」
「では,フォース殿。」
絶対ふざけている・・・。そう思いながら黙っていると
「はいはい,遊んで悪かったよ。怒らないで?ね,フォースさん。」
笑顔で「観念した」と言うように両手を少し上げた。
「そんなことより,ここの女たちのことを調べさせてくれ。どのくらいの者が帰れないのかを見たい。」
「ってぇことは…上の人の許可が下りたと?」
「そういうことだ。しかし,出来れば数人程度に抑えてほしいと。」
「十分だ。私みたいなやつは少ないよ。」
「あと…ここへ来たことで死んでしまったものはどこへ埋葬されたのだ?」
「そんなこと聞いてどうするんだよ?」
「いや,きちんと埋葬してもらえたのか…と。」
また,予想外の言葉だったのか暫し考え込んでためらいがちに言った。
「あたしがきちんとしたよ。店の裏に埋めただけだけど・・・。」
「そうか。」
つまり,兵士たちは何もしてくれなかったということか…。
そう思っていると,女はこの話題を早く終わらせたいとでも言うように口を開いた。
「ほら,店の子たちに聞いて回るんだろ?案内するよ。」
「あぁ,頼む。…そういえば,名前を聞いてなかったな。」
「ジェミニ。みんなはあたしをそう呼ぶ。」