始まり 5
「村の近くに威嚇としての爆発を?」
「そのようです。まず,村を1つ制圧しようということらしいです。」
相変わらず落ち着いた口調でセランは淡々と述べた。
「ふ・・・っ,相も変わらず“優しい”な。」
そうひとりごちた。
(もう少し“容赦なく”行動すればいいものを。)
そう思っているとセランが容赦なく言ってきた。
「それでもフォースはきちんと仕事をこなしています。あなたも早くこの山のような書類を片付けてください。他にも仕事はたくさんあるんですから!」
・・・何故アイツはこの膨大な量の仕事を毎日片付けて定刻で帰れていたのだろうか?
出来上がった書類をセランに渡し,窓からナハト国の方角を見た。
1.
いくつか村を抜けるうちに,今現在ナハト国軍はきちんと機能していないということが分かった。つまり,兵がもういないのだ。
各村に敵が襲撃をかけた場合,村人たちが自分達で対応するしかないようだ。
ここまでになっておきながらよくナハト国が持続していたな。と逆に感心したが,少し考えてみればすぐに分かることだ。アーベス国の兵が攻めてくることなく“遊んでいた”ために『降伏』をする必要がなかっただけなのだ。
しかし,これからどうすればいいのか全く思いつかない・・・。
どうすればあの村を救えるのか,どうすればミチルを国に返してやれるのか・・・。
オレはとりあえず国境を目指すことにした。
2.
「ガン・・・ガンッ!!」
建てつけがとても悪い扉を蹴破って室内に入ってすぐに人が目に入った。
(・・・女?) 其処には,長い髪を垂らして少しの飾りをつけ,肩まで出したドレスのような衣装を身に纏った顔立ちの整った女が切り株のようなものに座っていた。明らかにこの国らしからぬ者だ。
「・・・いらっしゃい。」
どこか悲しげな表情をした20代前半と思われる女性が見上げてきた。
「今“客”はどの位入っている?」
「さぁ・・・?でも満室だよ。」
客ではないと分かったのか女は視線をそらしながらぶっきらぼうに答えた。
「満室か。」
後を追ってきていたエヌスという男がやっと追い付いてきた。
「女,お前は此処の者か?」
女に訊ねた。
「いぃや,アタシは連れて来られた者さ。もう10年になるかな・・・。」
その時のことを思い出すかのように遠い眼をして言った。
「お前が年長者か?」
「あぁ,アタシより上は2人ほど居たんだがね,2人とも気に入らないって理由で殺されちまったよ。」
「アーベス兵か?」
「えぇ,もちろん。」
女は無表情でオレの目をまっすぐ見て答えた。
「あんたは?見ない顔だねぇ。」
「あぁ,今日この国に着いたばかりだからな。」
「お偉いさんかい・・・?」
「・・・一応この国に居る兵の中では最高位にいるな。」
「お偉いさんが何でこんなところに?遊びに来たのかい?」
笑みを見せながら聞いてきた。
「ここにいる野郎どもを仕事に戻すために来た。」
オレが無表情のままそう答えると女は暫し目を見開いて沈黙した。
「・・・それじゃあアタシたちの仕事が無くなってしまうじゃないか。」
「今さらだが此処にいる女たち全員を国に帰そう。」
「ふざけんじゃないよ・・・!!」
女は出来る限り凄んで見せた。
「勝手だというのは分かっているが・・・すまない。」
「アタシは10年も此処にいるんだ!今さら国に帰されたって生きていけないのは目に見えているじゃないか!!」
「しかし,帰りたがっている者もいるのではないか?」
「大半はそうだね!でもそんなのはここに来てそんなに経ってない奴だけさ。」
「・・・エヌス,此処にいる兵たちを皆連れ出して各々の持ち場へ戻るよう指示しろ!!」
「は・・・はっ!!」
エヌスはいきなり指示されたためか慌てて返事した。
「ちょっと!話はまだ終わってないよ!!」
「すまない。話が長くなりそうだったので先に指示を出させてもらった。」
真摯な態度をとったと思われたのだろうか女は黙った。
「では・・・,帰りたくない者はアーベス国で保護しよう。それでどうだ?」
「保護・・・?」
知らない単語でも出てきたかのように訪ねてきた。
「あぁ,君たちの生活の世話というか・・・きちんと暮らせるように手配しよう。」
「・・・アンタがそんなこと勝手に決めていいのかい?」
「王はオレの言葉だったら少なくとも他の者よりは意見を聞いてくれる。もし意見が通らなくても私個人で出来る限りのことをしよう。」
「・・・。」
女は明らかに戸惑っている表情をしながらこちらを見上げた。
「今の生活よりは過ごしやすくなるよう努力するが・・・それでも此処を離れる気はないか・・・?」
「何でそこまで・・・。」
「嫌な思い,怖い思いをたくさんさせたと思っている。アイツらが勝手に攫ってきたのだろう?その償いをさせてくれ。それだけでは償いきれないだろうが・・・。」
「・・・アンタ,相当損してるね。」
女は再びその顔に笑みを宿した。
「今に始まったことではない。」
オレは思わず苦笑していた。
「では,承知して頂けたと受けっとっていいのかな?」
「あぁ,皆にはアタシから話つけとくよ。」
「早速手続きを踏んで支度をしよう。また迎えに来るのでそれまでに此処を出る準備をしておいてほしい。」
「分かった。」
返事を聞いて建物を出て行こうとしたとき小さく「ありがとう」と聞こえた気がした。
外へ出てみると,エヌスが兵士たちを整列させて指示を出しているところだった。
「エヌス,御苦労。」
その言葉に気づいてエヌスは急いで敬礼をした。
「はっ!」
「もう指示は全員に行き渡ったか?」
「はい,後は解散させるだけです。」
意外と手際がいいな・・・と感じながら整列している兵士たちの方を向いて怒鳴った。
「これより,各々警備及び戦闘の準備を行ってもらう。」
整列している兵のほとんどが姿勢を正しくした。
「ひとつ言っておく!民間人及び非武装の者を見かけた場合,絶対に銃を撃つな!刃物を振るうな!もしそんなことをした場合・・・私がそいつを殺す!!」
周りの空気が一気に凍った。
3.
黄昏時となったのだろうか周囲が見づらい。
とりあえず今日はここまでにしようと思い,目に止まった村へと急いだ。
「ミチル,疲れただろう?あともう少しで村に着くからその村に泊めてもらおう。」
既に疲れが顔に表われていたミチルに声をかけた。
「泊めて…くれるのかな?」
不安そうに聞いてくる。
確かにどの村も戦争中でけっして過ごしやすいとは言えない生活を強いられているのだ。
見ず知らずの者を泊める余裕などないだろう。
しかし,周りに人がいる状況のほうが少しは安全だ。
「泊めてくれなくても村においてもらうだけでもしないと危険すぎて一時も休めない。」
4.
私の中で不安ばかりが支配していく。
それは時間が経つにつれて大きくなっていてどうしようもない。
まだ恐怖が少ないからいいのだけれど…きっとサーガが手を引いて導いてくれなかったらこの不安には耐えられていないのだと思う。
「ミチル,疲れただろう?あともう少しで村に着くからその村に泊めてもらおう。」
突然サーガが沈黙を破った。
戦争中のこの国で『親切』なんてものがあるのだろうか?
新たな不安が生じた。
「泊めて…くれるのかな?」
「泊めてくれなくても村においてもらうだけでもしないと危険すぎて一時も休めない。」
サーガは少し間をおいてそう答えた。
「危険すぎて」・・・今度は恐怖が生じ,自然と手が震えだした。
「…大丈夫か?」
サーガが心配そうに聞いてきた。
大丈夫ではない。
今まで生きてきた中で命の危険など感じたことはなかったのだ。
この感情に耐えきれるわけがない。
「大丈夫だよ。」
私は思いと反する答えを出来る限りの笑顔で発した。
5.
「…大丈夫か?」
再びミチルの手が震えていた。
何に反応したのか分からないが,すごく不安なのだろうということは察した。
「大丈夫だよ。」
…痛々しいほどの笑顔だった。
しかし,どうしてやることもできない。
オレには一刻も早くこの国から出してやることしか思いつかない…。
ミチルを引く手を握りしめ,日が吸い込まれるように落ちていく村へと急いだ。