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  作者: 土河原朱美
3/14

始まり 3

1.

 「ドォォンッ!!」

爆音で目が覚めた。辺りはまだ暗い,早朝だ。

爆発はこの近くで起こったようだ。

いつでも逃げられるように服は普段着のまま寝ていたので,オレはそのまま外の様子を見に行こうとした。

「何かあったんですか?」

振り返ると壁づたいに部屋を出てきたミチルという少女が不安げに立っていた。

「あぁ,大丈夫だよ。よくあることだ。でも一応あの音がどの辺りで発生したのか確認してこようと思ってね。」

なるべく明るい口調で言うよう努めながら彼女に説明した。

「そうですか・・。」

何故敬語なのだろうか?彼女が不安になるのも分かる。オレが今から家を出ることを知って余計不安になったのかもしれない・・・。

「オレが戻るまでサリーのところに居るか・・・?」


2.

 サーガが外の様子を見に行っている間,サリーの家に置いてもらうことになった。

「大丈夫かい?」

心配そうにサリーが聞いてきた。どうやらコップを持つ手が震えていたらしい。

自分でも気付かなかった・・・。

「こんなにも絶えず身の危険を感じているのは・・・初めてなんで・・・。」

何を言っているのだろう,自分で自分が分からない。

「そうだろうねぇ,あの国は平和だ。政府が腐ってるのがたまにキズだがね。」

ぎくっとした。私の父親はその政府関係者なのだ。だがそんなことサリーが知っているわけない。

「確かに・・・この国と比べたらずっと平和だわ。」

そう言ってふと思った。

「サリーは何故ザビウ国に帰らないの?」

それを聞いてサリーは少し驚いたような気がした。

「そうだね,向こうに帰れば確かに命の保証はされる。でもね,私はここに嫁いでこの国の人間になったんだ。旦那と子どもはこの地で死んだ。私も,死ぬ時はこの地で・・・。そう思ってるんだ。家族を・・・ここでの思い出を捨ててザビウに戻るなんてこと私にできるわけがない。」

サリーは悲しみを帯びた声で言った。

それがなんだか切なくて・・・私はまた,涙が溢れ出たのを感じた。


3.

 爆発が起こった場所は意外と近かった。

この辺りはまだ敵の手は届いていなかったはずだが・・・?

全く人気がないことを確認しながら慎重に爆発によって崩れた建物の方へ近づいて行った。

建物の中に人はいなかったらしい。人の焼ける独特の臭いはない。

「!?」

遠くに足音が聞こえる,誰かが近づいてくるようだ。とっさに瓦礫の影に身を隠した。

「サーガ?どこ?」

ミチルの声!?何故ここに!!?オレは急いで影から出た。

すると,ミチルと一緒にサリーの姿も目に入った。

「何故ここに来た!?危険だろう!!」

「それは分かってるけど・・・。」

「あんたが心配だったって言ってやりなよ,ミチル。」

ニヤニヤしながらサリーが口をはさんだ。

自分が心配されるとは全く思いつかなかったので一瞬固まってしまった。

また遠くから足音が聞こえてきた。こちらに近づいてくる。

「2人ともこっちへ!隠れろ!!」

できる限り声を小さくして言った。

軍服を着た人物が数人見えた。周りが暗いのでよく分からないがアーベス兵らしい。

何か話しているが声のトーンが低いというだけでどのような話をしているか全く分からない。アーベス国の言葉を知らないためだ。

(そういえば・・・。)

“ミチル,あいつらが何言っているか分かるか・・・?”

歩いている兵士たちに気づかれないよう小声で聞いた。

“えぇ,ある程度は・・・。”

そう言ってミチルは少し自信無さ気に訳し始めた。

『フォース大将がこっちの指揮官になって明日にでもこの国に着くってさ。』

『さっきの爆発は?』

『指揮官の指示だよ。大佐のトコに連絡入ったんだって。』

『すげぇやる気だな。こりゃ明日から本格的な戦争に入りそうだ。』

ミチルが聞き取れたのはそこまでだった。

「・・・ありがとう,ミチル。」

隣にいるサリーが少し蒼い顔になっているように感じた。

「早くみんなに知らせないと・・・!“明日”というのは今日,夜が明けてからのことだろう?」

サリーが震える声で聞いてきた。

「あぁ,おそらくそうだろう。」

オレは平静を装って言った。

この地区にナハト国の兵士なんかいない。民間人を狙ったとしか考えられなかった。

ナハト国を降伏させるためには手段を選ばなくなったというのか,それとも威嚇のために爆発を起こさせただけなのだろうか・・・?

しかし何故急に大将とやらが派遣されるのだろう?何故今・・・。

とにかく今はいち早くみんなにこのことを伝えなくてはならない。

「2人とも,家へ戻ろう。」

サリーは大きく頷き,ミチルは不安気に先ほどアーベス兵の行った方向に顔を向けているだけだった。


4.

 「サリー,サーガのところに行けないかしら・・・?」

「・・・どうしてだい?」

サリーが不思議そうに尋ねてきた。

「心配だから。」

そうとしか言えなかった。何故か嫌な予感がしたと言ってはいけない気がして・・・。

「分かった。連れてってあげるよ。」

サリーは何故か嬉しそうに言った。


「サーガ?どこ?」

舗装されていない道らしく(爆発があったせいもあるのかもしれないが)ひどく歩きにくい。

「何故ここに来た!?危険だろう!!」

急に声が聞こえたため,驚いて何も言えなくなってしまった。

「それは分かってるけど・・・。」

何とか言葉を発した。

「あんたが心配だったって言ってやりなよ,ミチル。」

サリーがフォローしてくれた。(・・・フォローなのかしら?)

今度はサーガが黙ってしまった。

すると,遠くの方から足音が近づいてきた。

「2人ともこっちへ!隠れろ!!」

サーガが言った。戸惑っていたらサリーが腕を引いて誘導してくれた。

足音が近づくにつれて会話する声が聞こえてきた。

『人事が代わるらしいぞ。』

・・・どうやらアーベス国の人らしい。

“ミチル,あいつらが何言っているか分かるか・・・?”

と,サーガが小声で聞いてきた。

“えぇ,ある程度は・・・。”

その場で訳すのは初めてだったが,できる限り頭を働かせてアーベス語をザビウ語に変換させた。

『フォース大将がこっちの指揮官になって明日にでもこの国に着くってさ。』

『さっきの爆発は?』

『指揮官の指示だよ。大佐のトコに連絡入ったんだって。』

『すげぇやる気だな。こりゃ明日から本格的な戦争に入りそうだ。』

(・・・。) そこで思考が止まってしまった。

明日から本格的な戦争が始まる・・・?

サリーとサーガが何か話し合っているが耳に届かなかった。

私もこの戦争に巻き込まれることになってしまった・・・。

目の見えない私はこんな状況では特に足手まといだ。

いつ見捨てられても文句は言えないのにこんなに善くしてくれている。

私のせいで2人が死にそうになったなら迷わず死を選ぼう・・・。そう決意した。



5.

「だから,今日からアーベスの奴らが本格的に攻撃始めるんだって!!」

「何故そう言えるんだ。その情報はどこから得た?」

ぶかぶかの少し汚れた白い服装とともに独特の帽子を身につけ,口のまわりにたっぷりとヒゲを生やした中年の男は明らかにこの話を信じていない様子だった。

「アーベス兵の奴らが話しているのを聞いた。この子が訳してくれたんだ。」

そう言ってオレはミチルの手を引きオレの隣に立たせてその男に示した。

「・・・その嬢ちゃんが嘘をついてることはないのか?」

「んなわけねぇだろ!!」

ついカッとなって声を荒げてしまった。

「それにさっきの爆音聞かなかったのか?この近くで起こった爆発だったんだ!」

「確かに音が近かったな。」

遠い方を見ながら思い出すように男は言った。

「しかし,もう夜は明けている。相手が来る気配すらないぞ?」

「相手が来てから逃げるんじゃ遅いだろう・・・?」

オレは心底呆れながら言った。どれだけ危機感がないんだこの親父は。

「逃げてどうする,ここで戦うに決まっているだろう。」

当たり前のように男は言った。

「だがオレたちは丸腰も同然だ。どうやって戦うんだ?自ら死にに行くようなものじゃないか。」

「それでも戦うさ,ここはオレたちの村だ。オレたちが守らないで誰が守る?」

男はそう言って笑顔を作った。

この村の人たちは自分たちの村をとても愛している。もちろんオレもこの村を何とも思ってないということはない。しかし,オレは自分の命を懸けてまで村を守ろうとは思ったことがなかった。サリーもきっと残りたいと言うだろうとは思ったが,オレはその考えが理解できなかった。

「村がなくなってもオレたちが生き残ってさえいれば何度だって復興させることができるだろう?オレたちが生き残ることを一番に考えるべきじゃないのか・・・?」

正直に問いかけた。

「オレたちは村とともに生き,村とともに死ぬ。」

男はきっぱりと言った。

「・・・オレには理解できないな。」

ため息をついた。

「とにかくオレはこの子を守らなければならないからここに残るわけにはいかない。この子をきちんと国に返さなければならないんだ。」

男はサリーからある程度事情を聞いていたのかさほど驚いた様子もなく言った。

「あぁ,お前はそうしろ。いや,そうしなきゃなんねぇな。だがオレたちはここに残る。もしその子を国に返すことが出来たらあとは好きにするがいい。」

意外な言葉だった。

「・・・村に戻らなくてもいいのか?」

「もちろんだ。お前にまで強制させる気はない。お前はまだ若い,若い奴は生き残るべきだ。」

当然のように言ってのけた男にオレは少し感心した。この男は物事をきちんと考えているのだ。自分の考えを他人に押しつける気もないらしい。

「わかった。オレは好きなようにする。」

無表情で言った。


6.

サーガの家の方へ戻ってサーガはその村の長らしき男の人と言い合っていた。が,ナハト語で会話しているので何を言い合っているのかまったく分からなかった。

不意にサーガに引っ張られて一瞬こけそうになった。どうやら私のことを言ったらしい。

その返答にサーガが怒鳴った。私はサーガにクールな印象を抱いていたので内心驚いた。言い合いは続いて相変わらず何を話しているのかまったく分からず,私はどうすればいいかとただその場に立ち尽くしていた。

ふと気づくともう『言い合い』は終わったようだ。サーガが私の手を引いて歩き出した。

「もう・・・話し合いは終わったの?」

「あぁ,今から家へ戻って支度する。」

サーガは早口で答えた。

「この村を出るってこと?」

「そう,一刻も早くね。」

それを聞いてサリーの気配がないことに気づいた。

「サリーは?どこに行ったの?」

「村のみんなと一緒だ。オレたち以外はみんなここに残る。」

「どうして?この村はもう危険なんじゃないの!?」

サーガが急に立ち止まった。そんなこと予測していなかった私はそのままサーガの背中に突進してしまった。

「“ここはオレたちの村だ。オレたちが守らないで誰が守る?”だってさ。“オレたちは村とともに生き,村とともに死ぬ。”とも言ってた。」

サーガの声は少し震えていた。

「みんな・・・死ぬつもりでここに残るの?」

「そういうことだ。」

信じられなかった。死ぬと分かっていて戦うなんて・・・。

「オレはみんなを死なせる気はない。」

「え・・・?」

「ナハト軍に知らせれば何とかなるかもしれない。」

サーガは自分に言い聞かせるようにそう言った。


7.

ザッ

約1日かけてやっとナハトの地に降り立った。

「長旅ご苦労様です。お待ちしておりました,フォース大将。」

「イプロス大佐」

振り向くと中肉中背の傍から見たら到底軍人とは思えない体格をした三十前後の男が敬礼して立っていた。

「わざわざ出迎えご苦労。昨日連絡した件は?」

「はいっ,大将に言われた通り無人と確認したうえで空き家を爆破しました。」

少し緊張気味にイプロスという男は答えた。

「それで,近隣の村の反応は?」

「それが・・・まったくありません。気づいてないのかも知れないのですが,爆発の様子を見に来るような者もいませんでした。」

戸惑いがちにイプロスは答えた。

「そうか・・・。ではもう少し村に近い位置に爆発を起こさせよう。」

暫し思案して言った。

「はっ,また空き家ですか?」

「いや・・・路上駐車している車か,適当なところで油をまいてそこで爆発させる方法がいいだろう。」

「了解しました。すぐに部下を向かわせます!」

イプロスは再び敬礼し,そう言って駆けて行った。

ふと周りを見てみると,兵士がほとんど見当たらないことに気づいた。

他の兵士たちは出払っているのだろうか・・・?

「君,えーっと・・・。」

すぐ近くに立っていた男に事情を聞こうと声をかけた。

「はっ!私ですか?エヌスです!!」

「今ここにいる兵士は何人だ?」

エヌスは考える素振りをしながら答えた。

「・・・20人程度・・・でしょうか。」

「20人!?他の者は?」

「周囲の見回りに行っております!」

思い切り敬礼をしながらエヌスと名乗った男は言った。

セランから王にオレのことを推薦した理由を聞いていたが,まさかこの時間帯でも「遊んでいる」というのか・・・!?とても信じられない。

「兵士たちのよく行く場所を教えてくれ。」

少し睨みつけながらその兵士へ言った。

「は・・・,しかし大変入り組んだ場所ばかりでして・・・。」

とても歯切れの悪い口調にイライラしながら怒鳴った。

「ならお前が案内すればいい!兵士らが一番多く集まる場所だ!!」

「はっ!!」

男は少し声を震わせながら答えた。びくつかせる気はなかったのだが・・・。少し後悔しながら歩き出した。


8.

「ドォォォン!!」

また爆発が起こったみたいだ。先ほどの爆発よりは村に近い位置であったらしい。音が少し近くに聞こえた。村の先の空からかすかに砂埃が俟っているのが見えた。

(村まで届いていないのはわざとか・・・?)

疑問に思いながらミチルの手を引いて歩いているとミチルの手が震えているのに気づいた。

「あの爆発は村まで影響はないよ。もちろんこの場所にも影響はない。」

やさしい口調を努めながら言った。

「サリーたちは・・・大丈夫よね?」

「もちろん。」

根拠はないと分かっているだろうが,少しでもミチルの不安を和らげるために即答した。

とにかく一刻も早くナハト軍と合流しなくては・・・!



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