始まり 2
『この世に夢や希望などはない。』そう・・・,だから私はそんな目に見えないものを求めたりはしない。私がほしいのは『自分が快適に過ごせるもの』だ。そして退屈しない生活!!
・・・そのために早くあの国を手に入れなくては・・・。
1.
男は自室のバルコニーへと足を運ぶ。目の前には自宅庭園の豊かな緑・・・その先には世界一の最先端都市がある。自動車が空を飛ぶとまではいかないが,普通自動車道路,高速道路に加えリニアモーターカー専用道路まで出来,リニアモーターカーはもちろん燃料電池自動車が主流となっている。全体的に丸みを帯びた方向転換自在な自動車,水陸両用自動車など様々な自動車がせわしなく行き来している。それを眺めながら男は今日の仕事予定を聞いていた。金髪の少しパーマがかった下からのぞくエメラルド瞳,がっしりとした体つきで長身のこの男はここアーベス国の若き国王である。若いといっても裕に30は超えているのだが・・・。当然この男が暮らしている家は宮殿ということであるが,外観はまるで以前の先進国・アメリカ合衆国のホワイトハウスのような家であった。
「そろそろナハト国の方と決着がついてもいい頃ではないのか?」
男が聞く。
「あの人員・人材ではまだ当分終わりそうにありません。」
仕事予定を読み上げていた秘書はため息まじりに即答した。
長い髪を後ろ下の方でひとつにまとめ,トレーナーにスーツスカートという少し変な格好をし,眼鏡をかけているこの女性はもう5年ほどこの男に仕えている。
男は不機嫌そうにコーヒーを口にした。
「あの人員・人材・・・?」
「えぇ,裏で人身売買なんてして性欲に逆らうことなくそちらにうつつを抜かしてばかり・・・。上層部も加担しているようですし,あまり期待できません。もう少しマシな人材を送れば話は別ですが・・・。」
至極真面目な顔をしてそう言った秘書に男は耳を傾け,思案した。
「あと1年以内に終わらせるには誰が適役か・・・?」
「そうですね・・・,大将のフォース辺りはいかがかと。ただし,彼が抜けた穴をあなたが埋めるなら,ですが。」
「あいつか・・・。確かに適任だろう。向こうの奴らの士気は上げられるだろうな。」
そう納得し,一瞬笑みを浮かべた男は秘書に命じた。
「セラン,大将フォース・サッドゥナッセンをナハト国のアーベス陣営へ!直ちにだ!!」
アーベス国国王,エノルト王が動いた。
2.
カッ、カッ、カッ、カッ
わざとらしい靴音を立てながら長い廊下を早歩きしていく男,ウェーブのかかった黒髪,茶色の瞳に端正な顔立ち,軍人としては普通であろう体躯で当然の如く軍服を身に纏い,腰に掛けるのを邪魔に思ったのか剣を手に携えてその男は王室へと急ぎ早に向かっていた。
バンッ!!
「エノルト!!」
男は王室のドアを勢いよく開け放ち王の名を叫んだ。
「王と呼べ,フォース。」
全くの動揺なしに王・エノルトはただ一言そう言った。
「どういうことだ?」
平静を保とうと努力しながらフォースは聞く。
「1年以内にナハト国の資源を我が国のものにしてくれ。」
笑顔でそう告げる王にフォースは感情を抑えきれず怒鳴っていた。
「だから何故そこでオレが派遣されることになるのだエノルト!!」
「セランの提案だ。彼女が言うのだから間違いない。きみはこの役に適任なのだよ。」
相変わらず笑顔をくずさず王は言う。
「オレはここでの仕事で手一杯だ。」
イライラしながら答える。この男はきちんと今の状況を理解しながら命じたのか・・・?
「君の今行っている仕事はほかの者にやらせればいい。ほかの者に任せられないような仕事は全て私が行う。」
笑顔で軽く言ってのけた王の言葉が一瞬幻聴に思えた。
「・・・本気か?」
「もちろん。私が面倒くさいことをわざわざ引き受けるんだ。本気だよ。」
どうも信じがたいが,この男が執務を自ら増やすとまで言っている・・・。これは現実か?
「一刻も早くこの戦争を終わらせてくれ。もう20年も続いているというではないか。戦地の奴らは遊んでいる者も多いと聞く。兵隊を遊ばせるような無駄金はこの国にはない。」
瞬間,王の瞳が冷気を帯びた。ゾクッと背筋が凍るような感覚がした。
・・・王は本気だ。そう実感した。
「オレは指揮官として行くのか?」
「もちろん。」
王は笑顔に戻って言った。
「奴らの士気を高め,きちんと戦わせろ。そして資源を奪え。一刻も早く,だ。」
「Yes,sir!」
フォースはそう言って王に敬礼をし,その場を立ち去った。
3.
フォースが王のもとから離れた。これは大きい。そう思いながらセランは王室の隣にある自分の部屋へと戻る。これで全てがやりやすくなる・・・。そう思いながら彼女はトレーナーの下に隠してあった武器をとり出し手入れをし始める。
「穢れた血を持つ王などこの国には必要ない・・・。国民も内心では認めていないだろう。」
彼女はそうひとりごちて思考を巡らす。きっと“その時”が来るのにそう時間はかからないだろう。もうすぐこの国を救える(・・・)・・・!
「この国を平和にするために私はここにいるのだ。必ず成功させてみせる・・・!!」
・・・アーベス国をお前のものになどしておくものか。この国も国民も全て私が奪い返す。
4.
「はぁ・・・。」
思いきりため息を吐きながら彼はだらだらと仕事をこなしていた。
フォースの仕事を引き受けると言ったがまさか全て回ってくるとは・・・。
そう思いながらも仕事はやらなければいけない。・・・元々フォースのこなしていた仕事のほとんどは王がやるべき仕事だったのだが・・・。やはり優秀な人材ということか。内心そう納得しながらも・・・やはり退屈だ。
「本当に一刻も早く戻って私を解放しろ,フォース。」
彼は祈るように本気で呟いた。
5.
(王がなぜ今になってあの戦争を早く終わらせようとするのか。)
フォースはナハト国へ向かう支度をしながらそう思った。今まで動く気配を全く見せなかったというのに・・・。
アーベス国の王・エノルトは国王となって7年が経つ。王となったとき,すでにナハト国との戦争は10年以上続いていた。それにもかかわらずあの男は戦争に関して何の指示も出さず,結果今日までナハト国との戦争の状況はほとんど変わることはなかった。意外だったのは今現在もナハト国はわが国に抵抗し続けていられること・・・。
「確かエノルトはナハト国からこの国に来たんだったな。」
だとするとますます合点がいかない。なぜ自分の居た国に対して戦争し続けているのか?しかも勝とうとしている。あの国に少しは知り合いがいただろうに・・・。
しかし,オレは勅命を受けた以上そんなことに構っていられない。そう,あいつが言ったのなら理由など考える必要はないのだ,あいつはこの国の王なのだから・・・。
ノックの音とともに部下の声がした。
「フォース大将,用意ができました。」
「御苦労,すぐそちらに向かう。」
そう言ってフォースは荷物を持ち上げ,部屋を出た。
* * *
「カタンッ」
ハッとして即座に立ち上がり窓の外に目をやった。
どうやら風にあおられたものが倒れただけらしい。
「はぁ・・・。」
あの子の行方が分からなくなって1日が経ってしまった。
「ミチル・・・。」
震える声をやっとのことで吐き出してみるが当然の如く返事は,ない。
昨日の朝,病院へ行くといった娘はそのままどこかへ行ってしまった。「時間になってもミチルが来ない。」という病院からの連絡で発覚したのだ。
もちろんあの子が自ら消息を絶つようなことをするはずがない。
・・・きっと何かの事件に巻き込まれたのだ。病院からの電話を切ってすぐにあの子と連絡を取ろうと携帯電話へ手を伸ばしたが,そんな時に限ってあの子は携帯電話を持って家を出ていなかった。
夫に知らせはしたものの政治家である彼は仕事を放って家に戻るわけにもいかず,治安隊を呼ぶよう私に指示しただけであった。「誘拐事件で身代金を要求されるかもしれない。」と言って・・・。私はそれを聞いて捜索のために治安隊を呼ぶのではないのかと怒鳴ってしまい,そのまま夫とも連絡を取っていない。
一体あの子は今どこに居るのだろうか,危険な目に合っていないことだけを祈るしかない。