衝撃 2
6.
また,あの村に戻ってサリーたちに会える・・・?
フォースさんとジェミニさんが部屋を出て行った後,サーガが説明してくれた。
明日サーガの居た村に行くことになったと。
「私も,行っていいの?」
「もちろん。・・・嫌なら此処に居てもいいけど。」
「ううん,またサリーたちに会いたい…!・・・きっとこれで最後になるから。」
少し沈黙してサーガは言った。
「そうだな・・・。」
もうすぐ…きっともうすぐ私はサーガとも離れることになる。
「ミチル。」
そう言ってサーガは私の手を握ってベッドすぐ傍の方へ持っていった。
少し冷たい感触があった。
「何かあったらこれを思いっきり殴って。そうしたらこれが床に落ちるから。」
「・・・?うん,分かった。」
サーガが何故そんなことを言うのか分からなかったが,とりあえず返事した。
「じゃあ,明日は早いからゆっくり休んで。おやすみ。」
もう夜遅いのかな…?確かに少し眠くなってきた。
「おやすみなさい。」
私がベッドに入った後,サーガは部屋を後にした。
キィ・・・。
ドアが開く音で目が覚めた。
「・・・サーガ…?どうかし―――っ!?」
突然強い力で口を塞がれ,仰向けの状態で押さえつけられた。
(な…何・・・!?)
少し荒い息だけが聞こえる。
(誰―――…!?)
状況が全く把握できない。分かることは突然誰か知らない男の人が私の寝ていた部屋に入ってきたということ。
恐怖で体が震える。涙が滲み出てきてそのまま溢れ出る。
しかし,恐怖のせいか声は出せない。
男の手が私の服を掴む。
(――――!!)
『何かあったらこれを思いっきり殴って。』
サーガの言っていたことを思い出した。
しかし,両手は男の片手一つで押さえつけられている。
その時,男が私の服のボタンを外そうとしたためかほんの少し力が弛んだ。
ガシャァンッ!!
その隙を狙ってサーガの教えた方向へ思い切り腕を払った。
音がしたが,これでは他の部屋に聞こえたか分からない・・・。
男が私の服から手を離す気配もない。むしろ一層力を加えて押さえつけられる。
これ以上体を動かすことも出来ない。・・・涙が止まらない。
(サーガ―――…!!)
バンッ!
「ミチル!!」
ドアが思い切り開いた音とともにサーガの声が聞こえた。
ドッ!
音でしか判断できないが,サーガが男を殴りつけ,私の上から床に叩きつけられたのだろうか。一気に体が軽くなる。
「サー…ガ…。」
サーガは,起き上がろうとした私の体を支えてくれた。
7.
ガシャァンッ!!
「!?」
隣から聞こえた音に目覚めた。
警戒して正解だったか・・・?ベッドから出て急いで隣の部屋へ向かう。
バンッ!
「ミチル!!」
其処には知らない男が居た。
ガッ!
男の顔を思い切り殴りつけた。その反動で男はベッドから床へと落ちた。
「サー…ガ…。」
ミチルが涙を流しながらも起き上がろうとしていたのをとっさに支えた。
「くっ・・・。」
一瞬気を失っていたのか男は頭を振って意識を覚まそうとする。
…オレにそんな力があったとは思わないが・・・?
男は立ち上がった途端オレに向かって拳を振りかざした。
(頭の悪い奴だ。逃げればいいものを…。)
顔を横へずらし男の拳をギリギリでかわす。
すぐに腹部に向かってもう一方の手で拳を振っていた。
とっさのことでかわしきれず,代わりに己の手で拳を受け止め,出来る限り衝撃を和らげる。その拳を受け止めたまま右方向から蹴りを入れ,相手が倒れたついでに腹部に思い切り膝を落とす。
「う…っ。」
相手はまだ起き上がろうとする。その相手の頚椎に手刀を浴びせ,気絶させた。
これでしばらくは目覚めないだろう。
「ミチル…大丈夫か?」
ミチルの方を向いて問う。
「う…ん,ありがとうサーガ・・・。」
しかし,まだミチルの目からは涙が溢れ続けている。
オレはミチルを抱きしめた。
「大丈夫か!?」
そのとき,フォースが駆けつけた。フォースの部屋はこの部屋から遠かったからあまり大きな音は立てていなかったこともあり,駆けつけるのが遅くなって当たり前だと思っていたが意外に早かった。
フォースはオレとミチルの姿を認めた後,息を整えるようにその場に止まってベッド脇へと視線をずらした。
「・・・イプロス大佐。」
目を見開きながらそう呟いた。
「え・・・?」
オレは驚きで声を漏らした。
「すまない。兵士たちが警備していてもこの男は此処に入れる地位にある。それなのにこの男のことを調べていなかった・・・。この男が此処へ来たことがあると知っていれば兵たちに入れないよう言えたのだが。これは確実にオレの落ち度だ。」
フォースは至極申し訳なさそうに言った。
「いや…短時間で整えた警備体制だ。それにアンタは他の仕事が目的で此処に来たんだし,多少穴があっても仕方がないだろう。」
オレは何故かそう言っていた。
8.
いまだ目覚める気配のないイプロスを別室へ移し,近くに椅子を持ち込んでそこに座っていた。隣にはジェミニが居る。
「…確かに。この男は何度も此処に来ているね。」
「他の兵が何も言わなかったのはコイツが“大佐”だったからだろうな・・・。」
つくづく “悪しき者が持つ権力”というものは邪魔なモノだ。
「サーガ,賢いねぇ・・・。」
「え…?」
「部屋を用意するときに言われたんだよ。“オレとミチルの部屋は隣同士にしてくれ。それも出来るだけ間の壁の厚さが薄い部屋で。”って。こういうことを想定してたんだね。」
納得するように頷きながらジェミニは言った。
「そんなことを言っていたのか・・・。」
『多少穴があっても仕方がないだろう。』
サーガの言葉を思い出した。
何故あんなことを考えられるのか。アイツは軍師でもしていたのか…?
「う・・・。」
イプロスがゆっくりと目を開いた。
それを見たジェミニは部屋を後にして,外で待機していた兵が入ってきた。
「・・・イプロス大佐。此処がどこだか分かるか?」
オレの言葉に反応してイプロスはこちらを見た。
「フォ…フォース大将!?何故・・・!?」
「今日は他で休むと伝えさせたはずだが・・・?君こそ何故此処へ来た?此処はもう営業はしていないと皆に伝わっているはずだが。」
「そ…それは・・・。」
「しかも大事な客人を襲うなど・・・。」
「きゃ…客人…?」
「彼女はザビウ国防衛省大臣の娘で保護している。そんな重要な人物を襲ったとなると解雇どころじゃ済まされないのは分かっているはずだろう・・・?」
イプロスの気絶していたせいで蒼かった顔色が余計蒼白となっていく。
「しかも,軍人の大佐の地位にある君がナハト国の民間人にまったく歯が立たないとあっては軍人失格だな。」
「え・・・?」
イプロスは目を大きく見開いた。
サーガのことを民間人と認識していなかったらしい。それはそうだろう。こんな処に普通,敵国の民間人など居ない。
「そうだな…此処は敵地だ。アーベスへ帰るまで捕虜を置く部屋に入っておいてもらおうか。処分は国へ帰ってから言い渡す。」
よほどショックを受けたのだろうか。目を見開いたまま何も言わない。
「では,後を頼む。」
「はっ!」
近くで待機していた兵に任せて部屋を後にした。
9.
「ミチル・・・。」
しばらくして私を抱きしめてくれていたサーガが声をかけた。
「…落ち着いたか?」
私が顔を上げると,優しく問いかけてくる。
「うん…。」
サーガが抱きしめていてくれると自然に涙は治まっていった。不思議だ…とても落ちつく。
「もう休むといいよ。ミチルが寝るまでここに居るから…。」
「・・・うん。サーガ,手を…握ってもらってていい・・・?」
やはりまだ不安で…恐る恐る聞いた。
「・・・あぁ。」
サーガは優しく頷いた。
ベッドに入って手だけを毛布から出した状態でサーガの手と触れる。すごく安心できるけど何故か動悸が少し速くなった・・・。
でもその動悸は心地よくて・・・そのままゆっくりと意識が沈んでいく。
10.
「少し,いいか?」
フォースがミチルの部屋へ入ってきてオレに言った。
ミチルの寝息は安定している。もう熟睡している段階だろう・・・。
「部屋の前でいいなら・・・。」
今は出来るだけ此処を離れないほうがいい。そう判断して言った。
「何故あんなこと考えつくんだ?」
部屋を出た途端,フォースは単刀直入に聞いてきた。
「何故って…オレだって分からない。どんな時もあらゆる場合を想定して行動しろと言わていたということくらいしか・・・。」
ドアに寄り掛かる形でフォースと向き合い,その問いに答えた。
「誰に?」
「父親。」
「その知識も父親からか…?」
何故そんなことを聞いてくるのだろうか?
少し考えると何となく分かってしまった。オレはとても…民間人らしくないのだろう。
「その知識・・・?まぁ父親からの部分もあるが,色んな人からかな。母親に母親代わりの女性や村長…村の人たちにも少しは。オレの居た村では子供が少なかったからかな,村の皆が構ってくれていたんだ。本も結構読んだ。」
「本があるのか?」
フォースは,戦争地域には本がないというのが当たり前であるように聞いてきた。
「そりゃあるだろう。知識を大事にするような村だからな。己の命はもちろんだが,本も守ろうとする。」
「では,政府関係の職務に就いていたという経験は・・・。」
そんなことまで想定して考えていたのか…呆れながら答えた。
「全くないな。政府が機能していた頃はオレはまだ10代半ば…そんな所で働く歳ではなかった。」
「そうか・・・。あの身のこなしは?お前の倒した相手,一応大佐だったんだぞ…?」
「あれが大佐?そんなようには見えなかったな。」
素直に驚いた。あの男は軍人にすら見えないような“普通の男”だった。
いやしかし,確かにフォースはあの時“大佐”と言っていた…。
「オレは小さい頃から父親に鍛えられていただけだ。父親が死ぬまでだったからここ何年もあんな行動はしなかったが・・・。」
「父親は…何かしていたのか?」
「元軍人…と言っていたかな。この国の,ではないが。」
「あぁ…なるほど。」
全てが繋がったというようにフォースは頷いた。
「正直,お前を軍人として起用したいくらいだ。」
フォースは,こちらを向いて冗談交じりにそう言ってきた。
「冗談,オレにそんなのは向いていない。」
少し口角を上げながら言った。
「むしろ一番向いていると思うのだがな…。」
そう小さく呟いたフォースの言葉に目を瞑って・・・。