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  作者: 土河原朱美
10/14

衝撃 1

第10章

「そう言えば,フルネームは聞いていなかったな。」

フォースが店に戻ってきて一息つき,言った。

「フルネーム?」

「一応だ。特にミチルの方だが,ザビウ国と連絡をとる場合に必要となってくるだろう…?」

「・・・ミチル・サティッシモです。」

オレたちの会話が聞こえたのか少し言いにくそうに声を発した。

「ミチル…サティッシモ・・・?」

それを聞いたフォースは何か考え込みながらミチルの名前を反復した。

「・・・?」

「サーガ…何と言う?」

考えるのを後回しにしたのか,オレの方に視線を移して聞いてきた。

「…サーガ・ファインケル。アンタの名は?」

「フォース・サッドゥナッセン。」

即答した。警戒心がないのかオレが教えたから言ったのかは分からない。

「オレと似ているというアンタの知り合いの名も聞いていいか?」

また少し何か考えるように沈黙した後,口を開いた。

「・・・エノルトだ。エノルト・セフィーロ。」

エノルト・・・?どこかで聞いた覚えのある名だ。

・・・あれは誰が言っていた?


1.

「陛下,どうされました?」

セランの声で現実に引き戻された。

きっと妙な夢を見たせいだ。ボーっとしてしまう。

「あぁ,何でもない。何の話だったか・・・?」

私の言葉を聞くといつもの連絡事項を伝える際の姿勢に戻った。

「ナハト国に居るフォースから来た報告です。」

「先刻私が本人から聞いたこととは違う内容か?」

先刻,再び私に直接連絡してきたフォースは,ナハトで会った青年と少女のことを話していた。

ザビウ国から人身売買の為に誘拐された少女をその青年が保護したのだと。

その青年は私に似ているとも言っていたな。・・・頭が切れる奴,だとも。

アイツがあんなに他人を気に入るとは珍しい。

「・・・そうだと思います。」

セランは視線を手元の紙に固定したまま答えた。

「では聞こう。」

そう言いながら椅子の背もたれに預けていた己の上半身を前方へ机に肘をつけ,少し体重をかけるような態勢にして言った。

「報告内容はナハト国で新たに保護した少女のことです。」

「地元の者に保護されていたという者か?」

「そうです。少女の名はミチル・サティッシモ。フォースに言われて調べたところ,彼女はザビウ国防衛省大臣シェリル・サティッシモの娘でした。彼女を誘拐して売ろうとしたのはアーベス兵であったと本人が言っています。・・・あまり良くない状況ですね。」

「しかし,その少女は盲目なのだろう?」

セランはため息をついて面倒そうに説明し始めた。

「盲目であってもアーベス語の分かる者です。あの国に居るアーベス人と言えばアーベス兵ではありませんか。それに,少女を助けた青年もそう証言しています。“服装からして兵士だった”と。」

それは分かっているのだが・・・。

「どうも兵士達単独の行動とは思えないな。アイツらが誘拐するとしたらその辺の路地に居る難民か他国のストリート・チルドレン辺りだろう?」

それを聞いてセランは手を顎へ持っていき,左方へ視線を移した。

彼女が考え事をするときの癖だ。

「そう…ですね。そちらの方が確実に連れ去れる上に楽,誰かが手を貸したんでしょうか?」

人の言うことをきちんと聞いて相手の言いたいことを理解し,一蹴してしまわないのが彼女のいい所だ。

「とりあえず,その少女はアーベス国へ連れて来させようか。私の元へ置いておけば悪い方向へは進むまい。」

「・・・どういうことですか?」

セランは分からないというようにこちらを見て問う。

「少女の命を狙っている者がいるかもしれないということだよ。

そしてこのような周りくどいことをしているということはその罪をアーベス兵,つまりこの国に擦りつけて国際問題にしてもいいと思っている奴だ。戦争をさせたいんだろうね。」

静かな笑顔で言った。


2.

大臣室に戻り,いつもの執務に追われながら傍で午後の日程と通常報告を言い終わった秘書へ問いかけた。

「・・・証拠はどのくらい集まった?」

「はい,もう少し時間を頂ければ査問会でも十分勝てる程度となるようです。」

何について聞いたのかすぐに理解した様子でメモ書きに目を通しながら言った。

「そうか…では,出来るだけ急いでくれ。」

「分かりました。」

秘書はそのまま足早に大臣室から出て行った。

あの報告を聞いてからしばらく考えていたが,どうもおかしい。

自分の私腹を肥やすためだけが目的であるならば何故ケイクスは私の娘の誘拐に関わっているのだろうか。

それとも誘拐事件を起こすことによって私腹を肥やすための方法が何かがあるというのだろうか・・・?

もしそうであるというのなら,ミチルは国内には居ないだろうとなんとなく思った。

国内に居ないとなればどう捜索すれよいのやら…各国の大使館にでも依頼するか・・・?

早々に手を打たないとミチルの命が危険だ。あの子は目が見えない。常人以上に恐怖感に駆られていることだろう。

事務処理に追われているはずの手が止まっていることに気づき,再開させた。

こんなに動揺するほど娘のことを心配しているとは…。

目を閉じて意識的に深呼吸した。

皆に悟られないようしなければ。


3.

・・・冗談じゃない。

大将が来てまだ数日,それなのにアーベス軍駐屯地及びその周辺は急激に変化しようとしている。

「イプロス大佐」

戦闘会議室の戸口に一人の兵士が敬礼した状態で立っていた。

「どうした?」

「フォース大将は今夜,駐屯地外で宿泊するそうです。」

「駐屯地外で泊まる・・・?」

いくら休戦も同然の状態であるとはいえ,この戦闘地帯で泊まる場所なんてあるのか?

娼館はあの男が閉めたために行くとは思えない。

「どこに行かれたのだ?」

兵士は少し考えた後,言いにくそうに口を開いた。

「その…分かりません。フォース大将は“駐屯地外で泊まるということだけ伝えておけ”と。」

司令官がそんなことをするとは…何故あんな身勝手な男が大将の地位にいるのだろうか…やはり王と親しいという理由だけなのか。

「・・・分かった。下がれ!」

「は…はっ!」

オレが何も言わなかったからだろう。

一瞬,兵士は安堵の表情を見せて足早に退出していった。

娼館は確か,店に行ったことのない者が警備しているんだったな。

大将がどこに行ったかは知らないが,娼館ではないと思う・・・。

(ちょうどいい。)

イプロスは部屋を後にした。


4.

「ミチルはアーベス国へ連れて行くことになった。」

オレとミチルの名前を聞いて一度アーベス国と連絡を取るために駐屯地へ行ったフォースは娼館へ戻り,ジェミニと共にオレとミチルの所へ来た途端そう言った。

「どういうことだ…?」

「状況が変わったんだ。」

そう言ってミチルの方を向いてミチルに問いかけた。

「ミチル,君はザビウ国防衛省大臣の娘だな?」

それを聞いたミチルは明らかに動揺を示した。

その様子を見てオレは瞠目した。

「そうなんだな?」

もう一度,フォースが落ち着いた口調で聞く。

「・・・はい。」

ミチルは諦めたように答えた。

それを聞いたジェミニは納得したように頷いていた。

「通りで。雰囲気からしてお嬢様だし,他国語もペラペラだ。」

わざとだろうか,オレだけに聞こえるような小さな声のナハト語で言った。

「どうも君は狙われた上で此処へ誘拐されてきたようだ。」

再び,ミチルの表情に恐怖の色が浮かんでいた。

オレはミチルの隣に座り,フォースに聞いた。

「計画的犯行だったとして,それはミチルを連れてきた奴らが全て考えたのか?」

フォースは苦い顔をして答えた。

「それは,ないだろう。ジェミニにも聞いたが奴等の行っていた人身売買は素人の域を抜けていない。つまり,今回のことは何者かによって仕組まれたことで,奴らは利用されたにすぎない。」

「ミチルに関しては他の人身売買とは目的が違う…と。」

「そういうことだ。そして・・・。」

フォースは再びミチルの方へ視線を移す。オレは言葉を引き継ぐ形で言った。

「わざわざこんな所へ連れて来られたということは,相手はミチルの命を狙った可能性が高い,ということか。」

「・・・そう考えるのが妥当だろう。」

フォースは目を伏せ,静かに深い息を吐きながら言った。

驚きを隠せなかった。

ミチルの身元のこともそうだが,ミチルが命を狙われていたなんて・・・。

それならば先ほどフォースが言ったことも分かるような気がした。

「・・・アーベス国でミチルを保護してザビウ国と連絡を取り,事情を話すか何かして戦争回避しようということか。」

下を向いていたフォースは少し沈黙した後,答えた。

「お前はどこまで頭が切れるんだ。」

yesと言うことだろう。

「そんな大きな問題に巻き込まれたということだ。まぁ,発覚してよかったことではあるが…。サーガ,お前はこれからどうする?」

わざとらしい笑顔で聞いてきた。

フォースの言いたいことの察しは大体ついている・・・。

「どうするって・・・“帰ります”と言って帰してもらえるのか?」

「確かに,今のお前に選択権はないな。この戦争を終わらせるために協力してもらおう。」


5.

「この戦争を終わらせるために協力してもらおう。」

今オレは戦場を離れることは出来ない。

この戦争を終わらせることが最も優先すべきことだからだ。

だからといって他の者にミチルを連れて行くようにするのもあまり好ましくない状況だ。

戦争が終わるまでミチルをアーベスへ連れて行くことも出来ないとなると,この戦争を一刻も早く終わらせてアーベスへ帰るしかない。

正直,この戦争は今までにないものだから勝手が分からない。

攻撃を仕掛けたところでそれを受けるのは民間人だけだと分かりきっている。

和解をしようにもこの国の首相はもう居ないし,この国は多くの村によって形成されているため纏め役となる各村の村長たちだけでも結構な数になる。

それらの問題点を解消するには地元の者に協力してもらったが一番早いと思う。

いや,思っていた・・・。この青年ならその役は適任だろう。

きっとこの国の仕組みにも詳しい。

この状況ならばこの男はNoとは言えないだろう。

そうと決まれば,サーガ・ファインケルについて調べさせておくか・・・。

「協力って…何をすればいいんだ。いや,何をさせるつもりだ?言っておくが,この国の人たちを傷つけるような行為をするならお断りだ。」

予想通りのことを言ってきた。どうやら人が傷つくことに関してひどく敏感らしい。

「安心しろ。指導者の居ない国と戦争をしていたって意味がない。和解という形で平和解決とやらをしてみようと思う。こんな経験ないんでな,どうすればいいかよく分からないんだが。」

ある程度は予想していたのか差して驚いた様子もなく視線をオレからずらした。

「各村の村長たちと話をつけたいってことか?この国をアーベス国の支配下に置くと。」

再び視線を戻し,確認するように聞いてきた。

賢いおかげで説明の手間が省けて話が進めやすい。

「率直に言えばそうだな。だが,納得しないのだろう?」

「当たり前だ。納得しなかったから戦争になったんだろう。」

即答だった。それはそうだろう。この戦争によってアーベス兵に今まで酷い目に合わされてきているはずだ。しかし,それを踏まえたうえで交渉していかなければならない。

「しかし,問題は資源についてだけだと思うが。もう首相も居ないわけだし,国としての機能を果たしていない。そこを考えればアーベス国の一部となった方が楽ではないか?」

「・・・オレ一人の意見がすべてじゃない。それにオレは民間人だ。」

サーガはまた何か言いかけたがそれを飲み込んだ様子で言った。

「そうだな。そういうことは各村の村長たちと話し合うべきことだ。」

何か考える様子でそれを聞いていたサーガは思いついたように言った。

「明日,オレの居た村へ連れて行ってくれ。」

大体予測はついていた。視線をサーガの方へ移動させて,それに続く言葉を待つ。

「村長に頼んで各村の村長を一ヶ所に集めてもらおう。」


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