始まり 1
男は言う「この世に本当の自由などない。」と・・・。
女は言う「そんなことはない。」
ある権力者は言う「この世に夢や希望などはない。だから私は他国へ攻め入る。」
またある権力者は言う「この世を平和にするために私はここにいる。」
1
「パァンッ!!」
銃声がした。
またか・・・。心の中でそう吐き捨てた。この国はオレが生まれる前から他国との戦争に忙しい。もちろん平和などどこにもない。しかしだからといって恐怖に震えているようなやわな神経は持ち合わせていない。いつ死ぬかなんて誰にもわからない。生き物はいつだって死と隣合わせだ。そう、たとえどんなに平和な世の中でも。だが,まだ死ぬわけにはいかない――――。
2.
また1日が始まる。目が覚めたと同時に憂鬱になる。それが私の日常だ。しかし私には今が朝かどうかわからない。私には〝光〟がないから・・・。下の階で物音がするということは人が活動する時間であるのは確かだ。私はゆっくりとベッドから降り、歩数を数えて部屋を出る。私は1日のほとんどを心の中で歩数を数えることで過ごしている。そうしないと怖くてどこへも行けない。もちろん自分の知らないところへ足を向けることもない―――。
――――― さあ,始めようか ―――――。
3.
ナハト国・・・。ここは昔,あたり一面が緑だった。けっして都会とは言えないが,水の豊かなこの国は田園が多く,主食は米だった。もちろん畑作もあり,人々は自給自足の生活をしていた。母はその頃が人々のいう『平和』そのものだったと言っていた。オレは何も知らない。そんな風景見たことない。だからそんな話は信じられない。今,オレの目に映るのは人工のものばかりだ・・・。
20年ほど前のことらしい。突然この国で今までにない新たな資源が発見された。石油や石炭,天然ガスでもメタンハイドレードでもない新たな資源・・・。よく知らないが,それは少量でかなりのエネルギーを作り出し,地球にも優しいと言うのだ。当時,先進国の人々はバイオエネルギーに力を入れ,そのために人の食料が減って問題になっていた。当然多くの国々がその資源を欲した。そしてこの国の戦争が始まった。すぐ終わると思われていたこの国の戦争は,この国の人々の抵抗で未だ続いている。この国のモノを作る技術はすごいもので,自分たちで武器を作り,数カ国の国々と約20年もの間戦争し,いまだ抵抗を続けていると言うのだ。
敵国は当初,この国に経済制裁を加えようとしていたのだが,ナハト国はどの国にも頼っていないということが分かり,断念。しかし,資源がほしいという理由でいきなり攻撃をするわけにもいかず,戦争を始めることにも苦労したようだ。なぜ最初にこの国に資源を売ることを勧めるでもなく資源を奪うということばかりに気を取られていたのかオレには全く理解できないが・・・。そんな経緯で未だにこの国の戦争は終わる気配を見せない。
「!」
ふと足を止める。 何かが聞こえた気がした。
「放してっ!!」
オレは声のした方へ走りだした。この近くだ。
裏道に入ってすぐに声の主が見えた。女の子だ。
「放してってば!一体誰なの!?」
(・・・?)何故目を閉じたままなんだ・・・?
「っ!?」この言葉は確かザビウ国の・・・。
―――――目が見えないのか・・・!!ということは相手の人数すら分かってないのか!?
2人しかいないが男2人に盲目のしかも少女が敵うわけがない。
だがオレにとっても分が悪すぎる。(・・・仕方ない。)オレは隙を見て少女のもとへ走り出し,彼女の手をとり逆方向へ逃げた。
4.
「あら,おはよう。」
お母さんの声だ。きっと笑顔を向けてくれているのだろう。
「おはよう,お母さん。」
表情筋をあげて自分なりに笑顔を作る。
「今日は何で行く?送ろうか?」
「雨も降ってないみたいだし,歩いて行くわ。大丈夫,ひとりで行けるから。」
「そう?道渡るときとか気をつけるのよ。」
「はぁい。」
今日は週に1度の病院に行く日だ。
最近は医者にリハビリとして自分の足で病院へ来るよう勧められている。
朝食を食べ,支度をして歩数を数えながら玄関へと向かう。
「行ってきます。」
戸を開け,外に出る。(家の前の道を左に曲がって・・・。)
「!!?」
道を曲がった途端口を塞がれ,“何か”に引きずり込まれた。
「ドサッ!!」頭の中が真っ白になった。「ブロロロロ・・・ッ」
車の中に入れられ,急発進したというところか・・・?
(・・・・・・ってことは誘拐!?)
(いやいや,自意識過剰だ。)と自分でノリ突っ込みをしながら声を上げることすら忘れていることに気付いた。が,思いっきりタイミングを外している。
結局大人しくしておくことにした私は出来る限り耳を澄ませ,状況把握に努めることにした。しかし・・・,
「シューッ」
「・・・っ!!」
ガスか何かを撒かれたようだ。意識が遠のいていく――――。
(・・・?)くぐもった声が聞こえる。体に振動も感じない。
相手の目的地に着いたようだ。(ここはどこだろう・・・。)
目の前はいつもと変わらず真っ暗だ。
「ガチャッ」車のドアが開く音がした。ぐいっ,腕を引っ張られ,無理やり降ろされた。
どこかへ連れて行く気だろうか・・・。相手の人数すら分からないこの状況では逃げようにも逃げられない。・・・硝煙のにおいがする・・・。断続的に銃声らしき音も聞こえる。
さすがに危機感が体中を駆け巡る。(一体ここはどこ―――・・・!?)
「!?」
路地か何か狭い所を通っているようだ。人気のないところへ行くのは当り前だろうが,気になる。ここはザビウ国でないのは確かだが,周りで何が起きているのだろう・・・?
「今は何時だ?」
「待ち合わせの時間ちょうどだ。」
・・・アーベス国の言葉だ。
しかし,アーベス国は治安の悪いところだと聞いたことがない。それに,私が気を失ってそれほど時間が経ったとは思えない。もしザビウ国からアーベス国に行くのならどんなに急いでも半日以上はかかる。
(アーベス国と関係のある国・・・?)
「この娘はどのくらいだと思う?」
相手は2人か。私がアーベス国の言葉はわからないと思っているらしい。
(?どのくらい・・・年のことかしら?)
「どうだろうなぁ,顔はいいが目が見えないみたいだからなあ・・・。
50万もいかないんじゃないか?」
思考停止してしまった。いや,今は思考停止している場合では・・・。
(って,えっ!?人身売買ってこと!?)
「冗談じゃない!」
思わず声に出してしまった。しかし,そんなことを気にしている場合ではない。
取引相手とやらが来る前に逃げなくては・・・!
「放してっ!!」
男たちはやっと私に会話を聞かれていたことに気づいたらしい。
「放してってば!一体誰なの!?」
もう自分が何を言っているのか分からなくなってきた。とにかく誰かが気づいてくれるよう大声を上げるしかない。・・・ここが近くに人がいるような場所なら,だが。
ぐいっ!いきなり誰かに腕を引っ張られた。(この人が敵じゃありませんように・・・!)
5.
「君はここがどこか分かるか?」
男は急に手を放し,訊ねてきた。
「・・・全く。今朝,家を出たところで急に車に乗せられたの。」
きっと助けてくれたのだろうと思い,私は正直に答えた。
「今朝・・・。」
「よく分からないけど・・・あの人たちアーベス国の言葉を使ってたの。」
「まあ,ザビウ国から普通に来れる距離だな。」
「一体ここは何処なの!?」
「隣国だよ。ザビウ国の近くの国で戦争をしているのはここくらいだろう?」
隣国でしかも戦争をしている国・・・?だから硝煙の臭いや銃声がしたのか・・・!
「―――ナハト国!?確か戦争している相手って・・・。」
「そういうことだ。だからアーベス国の兵が其処ら中に居る。」
「・・・やっぱり人身売買ってあるの?」
「アーベス国側は,だな。この国の人はそんなことはしない。そんな余裕もない。」
そのために連れて来られたのか・・・。オレは内心納得していた。確かに,それ以外に他国の女の子がこの辺に居るわけがない。
「今さらだけど・・・あなた私の国の言葉が分かるの?」
「まぁ・・・な,家にある本を読んでいるうちに少しだけだが分かるようになった。」
(・・・?戦争中の国の人にそんな余裕あるのかしら?)
疑問に思ったが,そこには触れないことにした。
「君の方こそ,アーベス国の言葉が分かるのか。」
「ええ,私の通っていた学校で教えていたから・・・。」
「そうか・・・。ところで君の名前は?」
「ミチル。あなたは?」
「サーガ。とりあえずここは危険だからオレの家へ行こう。案内するよ。」
「ありがとう。」
6.
コンクリートの建物だろうか?木造とは違う閉塞感がある。この国での「家」は木造ではないらしい。
あちこち壊れているようだ。隙間風らしき音がする。
ガコンッ!ドアだろうか?だが閉めたというより置いたという表現が正しいような音だった。
「その服じゃ目立つな・・・。」
サーガはそう言ってどこかへ行った。
何かをするわけにもいかず,ただ茫然と立ちつくしているとサーガが何かを持って戻ってきた。
「これに着替えるといい。オレの母親のものだから大きいだろうけど,その服よりは目立たない。」
・・・この国は普段,民族衣装でも着ているのだろうか?(でもどこで着替えろと・・・?)そう思っていると,サーガが気づいたようだ。
「奥の部屋を使うといい。」
そう言って,サーガは私の腕をひいて奥の部屋に案内した。
「あの・・・。」
「なんだ?」
「・・・・・・着方が分からないんだけど・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
しばらく沈黙が続き,サーガは「少し待ってろ。」と言って家を出て行った。
数分後,彼は中年らしき女性を連れてきた。
「この子かい?」
「うん。頼むよ。」
女の人は弾んだ声で答えた。
「任せな。」
そして女性は私の所へ来た。
「あんた名前は?」
「え,あ・・・ミチルです。」
「いくつ?」
「16です。」
「あの子に聞いたよ。大変だったねぇ。」
その温かい声を聞いたからだろうか。何故か急に涙が溢れてきた。
それに気づいたその女性は優しく私を抱きしめてくれた。
(私,すごく緊張してたんだ・・・。)そう思い至った。
「私はサリー。この家の隣に住んでるの。」
女性は言った。
「しばらくはここも大丈夫だろうからいつも家に居るわ。いつでも頼っておいで。」
何故初対面の私にこんなにも温かい言葉をかけてくれるのだろう。
私は涙を拭って,笑顔で言った。
「ありがとう。・・・サリーさん。」
「サリーでいいよ。さっ,着替えようか!」
7.
サリーを呼んで正解だったようだ。彼女はザビウ国出身だし,元々世話好きだ。
それに,彼女の方がオレよりもミチルの気持ちを察することができるだろう。
しかし,まさか敵国の人身売買の現場に居合わせるとは・・・オレもなかなか運が悪い。
もう20年も続いている戦地であのようなことが普通に行われていることは聞いていたが,あそこまで警戒心がないとは・・・。しかも敵地に居るというのに。
(この戦争が長引いている原因はそこにもあるのでは・・・?)
そんなことを考えているとミチルが着替え終わったようだ。奥の部屋からサリーに誘導されて出てきた。
「どう?なかなか似合っていると思わないかい?」
サリーが笑顔で問いかけてきた。
「・・・服,大きくないか?」
それを無視して聞くとサリーはいかにもつまらないという顔で答えた。
「軽く補正しといたさ。このくらいはすぐに出来るからね。」
ふとミチルの方を見ると,困惑した様子で立ち尽くしていた。どうやらナハト国の言葉は知らないらしい。ということは彼女とのコミュニケーション方法はザビウ国の言葉のみか・・・。そう思いながらザビウ国の言葉にして会話を続けた。
「そうか,ありがとう。助かったよ。」
彼女も気づいたのかそれに合わせてくれる。
「構わないよ。どうせ家には私1人しかいないから暇を持て余してばかりでね,気が紛れてちょうどいいさ。」
サリーは笑顔でそう言った。
8.
色々なものを重ね着されたわりに思ったほど着心地は悪くない。そう感じながらサリーに誘導されて隣の部屋へ移った。2人は何か話しているが,何を言っているのか全く分からない。これがナハト国の言葉なのだろうか・・・?(・・・私はどうすればいいんだろう・・・。)そう思っていると
「そうか,ありがとう。助かったよ。」
サーガがザビウ国の言葉で会話しだした。私が全く分からないことに気づいてくれたらしい。(とても親切な人だなぁ。)
「構わないよ。どうせ家には私1人しかいないから暇を持て余してばかりでね,気が紛れてちょうどいいよ。」
サリーが明るい口調でそう言った。
(・・・?)
「また何かあったらいつでも言いな。」
「うん,わかった。ありがとう。」
サリーが帰るようだ。
「あのっ!・・・本当にありがとう。」
「あぁ,全然いいって。」
そう言って彼女は家へ戻って行った。
「あの,サーガ・・・さん。」
「サーガでいいよ。何?」
聞いていいことだろうかと迷ったが,私は聞くことにした。
「サーガ,サリーは1人暮らしなの?」
「今は,だな。彼女の夫も息子も戦死したから。」
「え・・・?」
「20年も続いているんだ。死んでないほうが奇跡だよ。」
そう言ったサーガの声は悲しい響きを帯びていた・・・。
9.
1年前サリーの息子は兵士として戦地で命を落とした。運命のいたずらか,時を同じくして彼女の夫も市街戦で流れ弾に当たり命を落とした。
まぁこの国ではそれが当たり前ではある。オレの両親もこの戦争で命を落とした。母親はオレの目の前で殺された。普通はショックを受けるのだろうが,その時オレはそれどころではなかった。同じく命を狙われていたからだ。こんな状況を経験したことがないであろうこの少女を一刻も早くザビウ国へ返さなければいけないのだろうが・・・はたしてそんな方法あるのだろうか・・・?
10.
「死んでないほうが奇跡だよ。」
確かにそうなのだろう。この国は長い間戦争をしている。しかしショックを受けずにはいられなかった・・・。
サーガの家族もそうなのだろうか?ふとそう思ったが結局サーガに聞くことは出来なかった。
(早く家に帰りたい・・・。)強くそう思った。だがそんなこと出来るはずがない・・・。
今日1日で私は今までに経験したことのない感情をいくつも感じている。これからどうなるのだろうか・・・言いようのない不安が私を支配していく。