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「仕事上、うちで働いてもらう人は常識ある人じゃないと困るんだ。」
「そんなこと言わないでください! 私一生懸命働きます! 絶対雇って良かったって思ってもらえるように仕事しますから…」
彼女は目に大粒の涙を溜めて俺に懇願した。
か細い肩は小刻みに震えていた。
「やっと私にもチャンスがやってきたんです。絶対に損させませんからお願いします!」
大粒の涙がボテッボテッと落ちていた。
なんだか少し可哀そうになってきた。
事務所の掃除もあれだけがんばってくれたし、もう少しだけ来させてやろうか…。
「わかった。今回の事は目を瞑る。だけど変な事はしないでくれよ!」
「ありがとうございます!」
彼女はぐちゃぐちゃになった顔でクシャ~っと笑った。
「おはようございます!」
次の朝も彼女は定時にやって来た。
今日は深緑の襟無しのブラウスに黒のパンツ、高くも低くもない黒のパンプスを履いて、軽く巻いた髪を後ろでルーズに一つ結びにしてスカーフ風のリボンを巻いていた。
すごく上品で俺の好みと一致していた…外見だけは…。
昨日、駅前広場でガスマスクと防護服を着てパフォーマンスをしていた女とは到底思えない。
あれは悪い夢だったのか…?
 




