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彼女は身を乗り上げてぐちゃぐちゃの顔で俺に迫ってきた。
カフェ内の周りの人々は事情も分からず俺に冷たい視線を投げかけている。
はたから見たら、女二人を鉢合わせにして泣かせているろくでなしに見えているのだろう。
参ったな。
「…長谷川さん…本当は…お見合いの為にここに来たんですよね? なんだったら…事務員がダメなんだったら…妻でもいいです! お願いできませんか? オイッオイッウウウゥ…。」
「は? 妻ぁ?」
「もう私…本当に後が無くって…」
「妻は無理! って何で?」
「じゃあ、お試し事務員で!」
眉も目も口角も垂れ下げて彼女は言った。
泣き方もオイッオイッからオウッオウッにエスカレートしてきた。
周りの視線も痛い。
なんだか断るのも面倒くさくなった。
しょうがないな…。
事務所もかなりの汚部屋になってきていることだし、とりあえずお試しでハウスクリーニングを頼むことにしようか、とふと思った。
「それでもいいの? でもその後雇うかどうかは保証しないけど…」
「かまいません! ありがとうございます!」
彼女は涙と鼻水でボロボロのままニカーっと笑った。




