第一話 マルール王国
「面を上げよ」
ここは王室。そしてこの部屋の玉座に座っている彼こそは、このマルール王国の第二七代目国王ハーゲンノ・マルール国王その人である。
立派な白いひげを撫でつつ、彼は家族と、臣下のものに告げる。
近いうちに三人目の子供が生まれるということを。
皆がめでたいという気持ちを抑えきれずにその心の内を溢す。
「次は男の子かなぁ?」
「いやいや俺は女の子だって聞いたぜ」
そこにその声に答えるものが一人。
「女の子です!あぁついに私もお姉さまになるのね!」
彼女の名はミランダ・マルール。輝く銀の瞳に、薄く儚げな金の髪を肩まで伸ばした今年三歳になる、この王国の第一王女だ。
どんな子かしら?きっと可愛らしい子よ、あぁ、早く会いたいわ!
などと一人トリップしていると、
「皆の前ではしたないぞ、淑女の振る舞いを忘れるな!」
案の定国王がまだ幼いミランダをしかりつけると
ごめんなさい...。と反省しているんだかしていないのかわからないそわそわした態度で返した。
「えー、ごほん。とりあえずみんなにはその報告と、いつもの定時連絡をしてもらおうかな」
今発言した国王より国王らしい指揮を見せたのは、ミランダと同じように、銀の瞳に薄い金の髪を短く切りそろえた爽やかな雰囲気を持つ、今年十歳の優男。マルール王国の第一王子、キリッシュ・マルール王子である。
そして、話通り定時連絡をして臣下たちは王室から解散していった。
「それにしても、キャリーノが生まれてくる時に経済が安定して本当によかったわい」
そう誰にでもなく独りごちる国王に素早く返す声があった。
「妹の名前はキャリーノというのですか、いい名ですね」
「あぁ。昨夜ワシとトリアで決めたのだ」
彼も大人びているとはいえまだ十歳なのだ。妹のミランダ同様彼も落ち着かない様子だった。
妹が生まれたらあれをするこれをすると今からどう妹と遊ぶかの人生設計を始めているミランダはあまり話を聞いていないが、国王と、キリッシュは不安と期待の入り混じった顔で自室へと戻っていくのだった。
あれから数日
王城内は今までにない慌ただしさを見せていた。その理由というのも、あれから数日が経過し、出産が間近に迫ってきているときのことだった。
「どういうことだ!出産の予定はまだ先のはずであろう」
予定を狂わせるほどの早産になってしまっているのだ。
これには王国専属の産婆さんも驚いていた。それによって王宮内はこれほどまでに騒がしいのだ。
「う、産まれるぅ~...もうだめぇ...」
今現在必死の形相を浮かべている、彼女こそがこのマルール王国王女 トリア・マルールだ。銀の瞳に腰まで伸びたプラチナブロンドの髪は、今は汗で肌にぴっちりと張り付き、せっかくの美人も今は見る影もない。
国王や、子供たちが見守る中、トリアはいまにも気が飛びそうなほど気苦しそうだ。
「頑張ってくださいトリア様。女は度胸ですじゃ」
そう言ってトリアを励ますのは今年七十になる大ベテランの産婆さん。ハヨウミナさんだ。
国王も今まで見せたことがないような不安そうな表情でトリアを見つめる。
「かあさま!頑張ってください!私の妹を早く助けてあげてください!」
「あぁぁぁ、死んじゃうぅぅ!」
そしてその瞬間。
「よし、出たましたじゃ」
産まれた。新たな命が誕生した瞬間である。
しかしその場にいた全員が言葉を発せないでいた。それは、産まれてきたその子に対し、愛おしかったから。それもある。では何か欠損を持って生まれたのか、だが見たところだと目も鼻も口もついている。手も足もしっかり付いている。へその緒もしっかり首に巻き付いている。
「こんなにしっかり巻き付いているのを見るのは初めてですじゃ...」
「は、早く何とかしろ!ワシの娘にもしものことがあったらどうする!」
なんだ、なにがどうなったんだ。真っ暗で何も見えないぞ...手足も動かない。
確か俺は隕石に直撃して...それから...とりあえず早く状況を確認しないと。
「おぎゃぁぁ、おぎゃぁぁ...」
なんだ、この声。赤ん坊か?俺の家の近くに赤ん坊なんていたか?それより近いな。すぐそばで泣いてるのか?いや違う。これは...俺の声だ...。
ん?は?俺の声?俺の口から赤ん坊の声が出ているってことか!?まったく意味が分からんぞ。
それよりさっきからめちゃくちゃ息苦しい...。
「よし、しっかりと取り除きましたじゃ」
へその緒の処理も終わり、赤ん坊をお湯で洗い、ここは母親と二人でゆっくりさせてやるのがいいですじゃ。という産婆さんの助言に従い約一名を除いて皆潔く出て行った。
「キャリーノ...私がママよ...」
そうして二人で横になり見つめ合う体制のまましばらくの時間が過ぎた。
二人して眠ってしまい先に目を覚ましたのは赤ん坊のほうだった。
やべぇ状況が全くわからねぇ...話しかけらてるんだろうけど全く何言ってるのかわからない...。だが状況的にやはりこれは...これはまさかの...
転生ってやつかなぁ...。魔法とかあるかなぁ...。等と訳の分からない想像をするくらいには混乱しているのだ。
ていうかなんだこれ...すごく...眠い…
赤ん坊の体は基本的には意志の力ではコントロールできない。これによって、深い深い眠りに落ちてしまった。
そうしてほぼ同時刻の王宮の別室にて。
「なんだミランダ、あれだけ妹ができるとはしゃいでいたのに、さっきからおとなしいではないか」
今日まで妹だ妹だと耳にたこができるほど聞いてきたハーゲンノが一日中静かにしているミランダに気になり聞いてみた。
「お父様...私、初めて天使をこの目で見ましたわ...」
年の割にしっかりとした物言いのできるミランダだが、今はそれが少しめんどくさい。
今日一日静かにしていたのは、キャリーノに対しての愛情の大きさを始めて自ら実感したためであった。
「う~ん...ミランダは少し落ち着いたほうがいいかもしれないね」
「お兄様、私のキャリーノに対する愛はいくらお兄様でも絶対に止められませんわ!」
いくら何でもシスコン過ぎないかな...これはキャリーノも苦労するだろうなと二人の妹の行く末を憂いているが、その実キリッシュも浮かれているのだ。
そろそろパーティーの支度を始めねばと臣下を集め、そこから王宮中の召使にあれこれと指示を出していく。それをミランダはつまらなそうに眺めて自室へと戻っていった。
そしてその日の夜。
王宮には普段では考えられないほどの人で賑わっていた。それというのも、新たな王族、キャリーノの誕生を祝うためのパーティーが開かれているからだ。
このパーティーには王族はもちろん、普段王宮で勤務しているものや、階級問わず多数の貴族が参加している。この日ばかりはいつもパーティーには顔を出さないミランダも参加している。
「もうね、キャリーノったら可愛くて仕方ないの」
「あらあら、では私も機会がありましたらご挨拶させていただきたいですわね」
そうミランダに返したのは公爵家の夫人だ。まだ二十代前半という若さや人当たりの良さ。その見るものを引き付ける美貌で一躍時の人にもなったことのある人物だ。
だがミランダは彼女の言葉を聞くと、屑を見るような顔をして無言で立ち去って行った。
「(冗談じゃないですわ!キャリーノに接していいのは私だけよ!きっとキャリーノも私以外の人と接するのなんて嫌に決まっているもの)」
もちろんこれはミランダの勝手な想像であり、まだキャリーノと会話したことは一度もない。赤ん坊だから。
「あらあら、難しい年ごろなのかしら?」
だが彼女は天然であった。
「国王陛下のお言葉である。皆静粛に!」
「皆の者、今日はワシと、我が娘キャリーノのために集まって頂き感謝する。これからこの国を支えていく王族の一人となるであろう娘を祝し、乾杯の音頭を取らせてもらう。乾杯!」
「「「かんぱ~い!」」」
それから宴は酒のせいなのか、ハーゲンノが温厚な国王として有名な為か周りにはただ子供の誕生を祝う者と、ただ子供の誕生を喜ぶ父親の姿があった。
「陛下、キャリーノ様はもうお抱きになられたのですか?」
「陛下、やはり可愛らしい寝顔でしたか?」
「...うむ。とても愛らしい子じゃ。まだ抱いてはおらんが、トリアの次はワシが一番に抱くつもりじゃ」
静かだが確かに感じられる父親としての愛情をしっかり持った国王の姿に皆が感動しほっこりしているところに、この雰囲気を壊す一言が投げつけられた。
「は?調子乗んなやハゲ。一番に抱くのは私だよ」
この時会場中の時間が止まったのかと錯覚するほどに場の空気は一瞬にして凍り付いた。
「え、ミランダ、今ワシになんと...」
「ふふっ、今のは冗談ですわ、お父様。それでは私は自室に戻っていますので、皆様どうぞおくつろぎください」
ハーゲンノは今日一驚いた。
いかがでしょうか!皆様からの感想を恋焦がれる乙女がイケメンに告白されるのを待っているかの如く楽しみにしています!!