ふろ
リュシフェルが後ろの方に視線をやると、静かに控えていたメイドが心得たようにドアを開いた。
「おいで」
ごとうしゅさまの声は猫が知る誰よりも優しいけれど、こういう時は否とは言わせぬ強さを持っていて、逆らってはいけない、と本能で感じる。
部屋を出ると、リュシフェルはさらに執事やらメイドやらを呼んで何事を言いつけたあと、猫に言った。
「いいかい猫。これから私がすることは嫌だろうけど少しの間、我慢して」
傷つけることはしないから、と強く訴えられて猫は思わず首を縦に振った。
嫌なことがなんなのかは気になるが、嘘はついていない…と思う。
でも今日のごとうしゅさまは変だ。
長く依頼を受けているが、今までこんなに長く話し込んだことはない。
猫はメイドの一人に着いていくように、と支持されて言われるがままに少し離れたところから後に続いた。
あの部屋以外に行くのはこれが初めてで物珍しく、いろんなところが気になって仕方がないが警戒は怠ってはいけない。
メイドは居心地が悪そうに何度もこちらを振り返っていたが、猫はごとうしゅさまが以外は信用していないし、これ以上距離を縮める気は無い。
そうして連れてこられたのは真ん中に大きな水溜まりがある部屋だった。
これは、なんの意味があるのだろう。
猫は不思議に思った。
水は貴重だ。こんなにいっぱい水が集まっているのを、北の森にある湖以外に見たことがない。
近づいてみると底が見えるほど透き通った綺麗な水で、目をまん丸にした自分の姿がゆらゆら揺れていた。
「あ、あの!旦那様がお身体を洗って差し上げるようにと…」
気づけば部屋の後ろの方に何人ものメイドが布やら櫛やらを持って立っていた。
洗う?身体を?
たっぷり5秒は反芻したあと、ようやくその考えにたどり着いた。
…もしや、この大量の水は猫を洗うためのものだろうか。
服を剥がれ、水を掛けられ、ゴシゴシとメイドたちに触られまくるのを想像して猫は戦慄した。
「えっとこちらに来てお召し物を脱いでいただきたいのですが…」
「…だ。」
「え?」
「やだ!」
こちらに来ようとしていた驚いたようにメイドが動きを止めた。
無理だ。それだけは絶対に無理。
なんで洗われなければいけない?ごとうしゅさまが言った?なぜ、
ふいに「我慢して」とごとうしゅさまの言葉が蘇った。
…ご飯が貰えなくなるのは困る、が嫌なものは嫌だ。
少しだけためらったあとポカンとしているメイドたちを尻目に猫は脱兎のごとく逃げ出した。