知らない方が幸せなコト
新事実発覚?
そっと頬に手を添えて、額を軽く付けて、瞳を覗いて、ゆっくりと鼻先が触れあって、唇が触れ合いそうな僅かな距離。
その距離のまま私は止まる。
「......」
「......」
無言のマッテオ様に無言で返す。
「もしかして、」
「ここまで、ですわ」
顔を近付けたまま、静かに言葉を紡ぐ。
「...確かに、何かを期待してしまう距離ではありますが、それだけです。こうして、瞳が合えば、いくら相手に興味を抱いてなくても、多少の間、頭から相手の顔が離れない事もございます」
お分かり頂けましたか?そう言おうとして彼の頬に触れた手を離そうとすれば、その上からマッテオ様は大きな手を重ね、空いた片手を逃げられないように私の後ろにあるソファーへと回す。
必然的にまだお互いの距離は近いままで、
「そっか、俺としたことがとんだ勘違いをしたみたいだ」
小さく笑みを溢して呟くマッテオ様の吐息がくすぐったい。
「ですから、何も心配事は無くてですね、もうそろそろ放して頂きたいのですが」
自分から近付いておいてなんだが、冷静になってくるとこの状況が恥ずかしくてたまらない。恋人ならいざ知らず、相手は利害で結んだただの婚約者だ。長時間こんなことしているべき相手ではない。
「『何も心配事は無い?』セリカ、参考までに聞くけど、普通ならこの後男はどう行動するか知っているかい?そして、その意味がキミは分かるかい?分かって言っていたらキミはかなりの悪女だ」
放す事なくマッテオ様にそう言われ、私は視線を彼から外した。
いや、この状況でその先が分からない乙女など居ないでしょう。むしろ分からない方が稀少種であって、そんな事を考えて居れば私の考えを察したのかマッテオ様は妖しく笑う。
「セリカ、キミは悪女だね」
そんな言葉が聞こえて、ソファーからマッテオ様の片手が離れたなぁと思えばその手で無理矢理彼の方向へと顔を向けさせられる。
あ、ヤバい。
ええ、分かります、この流れは乙女ゲーム的流れです。
伊達に年とりながら乙女ゲームしていた前世ではありません。それなりに分かってます。いや、だけどイケメン婚約者なんだし良いんじゃないか?そんな打算もあたけど、あったけど!
私はエピナス家長女、セリカ・アラン・エピナス。流されて、なんて安いのはごめんだわ。
ということでかろうじてガードしました、マイ唇を。
「...セリカ、雰囲気ってあるの分かるかい?」
私の手のひらに口付けたまま、マッテオ様が話す。
「ええ、でも、マッテオ様も今先程おっしゃったじゃないですか、私は悪女だと。悪女が貴方のペースに合わせると?」
ふふふ、と余裕ぶっこいてみせながら内心心臓バクバクで、そう言えばマッテオ様は降参とばかりに両手を上げて私の上から退いた。
「面白いなぁ、キミは。面白いついでに知らないようだから教えておくよ」
ソファーに押し倒されるような形で転がっていた私を、起こしながらマッテオ様は楽しそうに話しをする。
「公然の秘密なんだけど、俺は女王の私生児なんだ」
へー、女王様の私生児。通りで、クラウス様と似ていると...
「え、ちょ、待って下さい、女王様の私生児って事は、王妃様は国王様以外の何方かと?え、て、そうすると、マッテオ様は、クラウス様の父親違いの?」
「兄になる。まぁ、だから、弟を引き合いに出されると俺も面白くない。ましてやその弟がキミに興味を示している。今、キミは俺の婚約者だ、あんまり俺を嫉妬させないでくれるとありがたい」
笑顔で、サラリととんだ王家の大スキャンダルを話す目の前の男に私は唖然とするしかない。
「セリカ、俺はキミより10も年上だからね、余裕を持って居たいけど、王家の監視下の元、地位も名誉も奪われ弟の日陰で生きて来た俺が、婚約者まで奪われる事態にならないよりに、してくれると嬉しいな」
じゃないと、嫉妬でキミを傷つけちゃうかもしれないね、なんて笑顔で囁かれる。
「キヲツケマス」
「ならば良かった。迎えの馬車もそろそろ来る頃だから、外まで送って行くよ」
そう言ってマッテオ様はいつものように私の腰へと手を添える。色々と衝撃を受けた私は彼にエスコートされるがままに、帰りの馬車へと向かった。
婚約者は遊び人に見せかけたヤンデレでした。