08 内政開始と悪役令嬢
早々にテコ入れ、というわけではないです(酷い言い訳)。
冒険者『アオイ』としての諸外国調査の結果を踏まえ、第三皇子『ミリオン』としての僕は、手始めに魔道具を皇都のスラム街に放出した。外国方面は特に気にしなくていいことがわかったから、身近なところから始めたのだ。
とはいえ、もちろん、父上である皇帝陛下との共同事業ではある。
「なぜスラム街から…と思ったが、なるほど、効果的だったな!」
「他の階層の人々は、もともと魔法がなくとも生活に支障はありませんからね」
「特にこの『スイトウ』は、非常にシンプルながら結果は目を見張るほどだ。むしろ、なぜ我々は今まで気づかなかったのか…」
この世界では誰でも魔力があるので、筒に水魔法を付与すれば文字通り水筒となる。多くの人々は一日に筒ひとつ分程度しか生み出せないので、料理や洗浄、農業や戦闘手段などに使うには圧倒的に少ない。が、一人分の飲料水としては十分である。自販機や水飲み場が要らないなんて、むしろ前世よりはるかに便利だ。
「飲み水なら神官も悪くは言わないだろう。他国への驚異にもなるまい」
「というか、誰でも真似できますね。『マナ草』と『クズ鱗』さえあれば」
「外交の取引材料としては、むしろそちらだな。アオイという冒険者が倒したドラゴンの素材は、まだ残っているのか?」
「巨大でしたからね。粉末状態で帝国全土に頒布しても、数年はもつかと」
「数年しかもたない、と考えるべきか…」
「あ、それも解決できると思います」
僕は、皇城にあったひとつの書物を取り出し、該当のページを開いて父上に見せる。
「これは…ワイバーン?」
「ドラゴンほどではないですが、ワイバーンの鱗も魔力伝導率を高めるようです」
「なんだと!? ワイバーンなら、ドラゴンよりもはるかに多く生息しているし、討伐もしやすい。なぜ今まで気づかなかった?」
「武具に埋め込むには役に立たないほど効果は低いそうで。情報源は鍛冶ギルドです」
「スイトウなどに使う分には十分、ということか! そうすると、あとはマナ草か」
「それも調べました。この薬草が希少なのは『どこに繁殖しているかわからないから』でした」
「しかし、アオイは大量に見つけたのだろう?」
「ええ、転移能力を使いまくって、あちこちから」
「ぬう…アオイの『奇跡』ありき、か」
『鑑定』も必要だからなあ。
「マナ草は当面アオイに採取してもらうとして、並行して栽培方法を研究してみますよ」
「見通しがあるようだな。だが、その研究活動は…」
「わかってます。既に農業ギルドに依頼しました」
「ルイスにも言われたと思うが、ミリオンには今後、これら魔道具普及の『顔』となってもらわねばな!」
「承知しております。学院に通い始める年になるまでは、帝国諸邦を可能な限り遍歴いたします」
「うむ、たのむぞ」
よし、第三皇子としてのNAISEI活動も軌道に乗りそうだ。冒険者としてのスキル無双が先行して地ならしするのはしょうがないところか。
でも、そうすると、今後は皇城を空けることが多くなる。たぶん付いてくるだろうユーリはともかく、普段皇都に住むリオナは寂しがるかな…。
◇
そうして、僕が諸邦漫遊を始めるに先立ち、皇城にて壮行会が開かれることとなった。別名、第三皇子ミリオン・ラーク・ド・ハイドスお披露目パーティ。
実のところ、12歳の誕生日直後に実施する予定だったのが、今回に延期されただけという。寝込んじゃったからねえ。せっかくなので、壮行会も兼ねてしまえというノリである。本当は、皇子が学院に入学する前年という区切りに催す公式行事なのだけれども、トップの皇帝陛下がかの気さくな父上なので、あまり形式張った体裁はとられていない。
とはいえ。
「御無沙汰しております、ミリオン殿下」
「こちらこそ、お久しぶりです。来年からは学院でもよろしく」
「ええ、今から楽しみです」
同年齢の貴族令嬢・子息も数多く参加するこのパーティ。主賓は僕だけど、彼女彼ら(とその両親)も他の王侯貴族とより交流を深めるための貴重な場なわけで、どこもかしこも挨拶回りが凄まじい。転生貴族の定番とはいえ、肩が凝る…。
「へー、あなたが噂のミリオン皇子? 12歳とは思えないほどかわいらしいわねえ」
ほっとけー、どうせショタっ子仕様だよ!
と、うっかり返しそうになって、はたと気づいてぐっとこらえ、声の方を向く。僕が主催のパーティで、そんな的はずれで不躾な物言いに、違和感を覚える。
そこには、あまり貴族然としていない、同い年と思われるハツラツとした少女が立っていた。
「ええと、君は?」
「私は、ファンデル男爵領領主の長女、ミーナよ!」
「あ、はい、第三皇子のミリオンです。よろしく」
うっかり敬語になっちゃったよ。勢いのある娘だなあ。
「こちらこそよろしく! 長い付き合いになるだろうから!」
…長い、付き合い?
「それって、どういう意味かな?」
「んー、まだアバンも始まってないし、今は教えられないかな。でも、学院に通うようになればわかるから!」
…
……
………
ふむ。
ほほう。
なるほどなるほど。
「よくわからないけど、興味深いね。学院で何かが始まるの?」
「そりゃあもう! チート級な皇子様が、悪役令嬢の手先を物ともせずばったばったとなぎ倒す! そして、窮地に陥っていた私は…!」
教えられないとか言いつつ教えちゃってるよ、このヒロインは。
しかしそうか、それならこの世界の『神の不在』も納得できなくもない。いわゆる『乙女ゲームの世界に転生』作品の多くは、現実世界がそうであるように、オート進行モードで話が展開する。ゲーム進行に介入して、どれだけ有利な方向にもっていけるか…というのが基本である。それは、ヒロインが、というよりも、最近はむしろ…。
―――っ!?
「…その、ばったばったな皇子が僕だとすると、『悪役令嬢』とやらは誰になるのかな?」
「そりゃあもちろん、現在のあなたの婚約者の―――」
「違う!!」
「ふぇっ!?」
違う。断じて、違う。
「リオナは…悪役じゃ、ない」
「うっ…ま、まだまだってことか…。じゃ、じゃあ、またね!」
たったったったっ…
「…」
気分が、悪い。
むかむかする気分と、不安な気分と。
「あ、あの…」
「っ! あ、ああ、リオナか」
「いかがなされましたか? その、怖いお顔で…」
「…ああ、うん、なんでもないよ」
…うん、そうだ。
彼女が『悪役』であるはずがない。
「ツンデレでもないしなあ」
「『つんでれ』?」
「リオナはいつも笑顔が素敵だってことだよ」
「っ…!? み、ミリオン様、その、不意打ちはやめていただきたく…」
うんうん、かわいいかわいい。
いやあ、すぐにいつもの調子を取り戻せて良かった。
でも…それだけ僕は、リオナのことを…。
「ミリオン様、お顔がおかしくなっておりますわよ」
またディスられた…。




