07 魔道具と近隣諸国
「で、その皇子様がこの『レイゾウコ』を?」
「アオイちゃん、そんな『皇子様』とはっきりと…」
「公然の秘密なんでしょ? 別にいいと思うけど」
本人がいいと言うのだから間違いない。
「それはそうだけど…はい、トマトジュース」
「わーい、ノーラさん、ありがとう! いっただっきまーす」
「アオイちゃんとミリオン様、変なところで似てるのねえ」
同一人物ですから。トマトは正義。
「それで、今度はそのミリオン様からの依頼がアオイちゃんにあってね」
「『マナ草』の大量確保ですね。それと、諸外国での『魔道具』の普及状況の調査」
「え、外国の調査って、なんでわかったの!?」
「ん、まあ、なんとなく」
「薬草採取専門のアオイちゃんに、なんでそんな依頼があったのかはわからないけど…」
「ああ、私、超高速な移動手段が使えるんです。薬草採取に便利ってことで」
「移動手段!? な、なんですか、それ?」
「ヒ☆ミ☆ツ」
「むう…」
かわいく言ってみたけど、『転移』ってあんまりかわいくないよね。
「でも、ミリオン様、薬草採取専門ってだけで、そのことに気づいたってことなのかしら」
「まだ12歳なのにびっくりだよねえ」
「博識だそうですので。皇城の書物は制覇しているそうです」
「しかし、まだNAISEIにはほど遠い…!」
「なんですか、それ」
この調査結果が内政無双につながって…いけばいいなあ。がんばろう。
「あれ? 諸外国の調査、って、アオイちゃん、外国語喋れるの?」
「大陸各国の公用語は(『翻訳』スキルで)喋れますよ。あと、共通語以外の帝国少数民族の言葉も(『翻訳』スキルで)」
「なぜ…」
「薬草採取に便利なので覚えました」
「そろそろ無理がない? その言い訳」
いいの、冒険者のアオイはスキル無双が役目なので!
◇
そういうわけで、過去の『ミリオン』が訪問したことのある諸外国を、転移スキルで巡回していく。
「『魔道具』? ああ、お城の魔導師様が研究なされていると聞いたな」
「そうなんですか。便利そうですかね?」
「便利というか、興味はあるな。なにしろ、金が作れるという話だからな!」
「はあ」
なにその『僕』以上の俗物。まあ、商業ギルドにまで到達する間に話が歪んだ可能性大だけれども。
今日は、海に隣接している国のひとつ、ローデン公国の首都を散策している。帝国とは友好的ではあるのだが、国として独立している以上、いろいろと問題が出ている。最たるものは…。
「へえ、帝国の皇都から来たのかい! あそこは今でも奴隷がいるのか?」
「は!? いやいやいや、奴隷制度は帝国建国時から存在しませんよ!」
「そうなのか? 俺が住んでいた村の長老がそんなことを言ってたんだが…」
とにかく、お互いの実態がまともに伝わっていない。
理由のひとつは、言語圏が全く異なること。帝国は共通語を設けて国内の意思疎通を図ってきた歴史があるのだが、それに反発して民族の言葉を保ち続けようとする人々は当然存在する。帝国国内の少数民族は町や村単位で独立した言語圏を作っているし、それは合法なのだけれど、周囲を共通語圏に囲まれていると、共通語と民族語のバイリンガルとなる傾向が強い。しかし、国家単位で帝国から言語圏が独立していると、一部の旅行者を除き、言語的な交流が途絶えてしまう。
もうひとつの理由は、帝国がそうであるように、『紙』が普及しておらず、情報伝達の多くが口頭になる。そして、その口頭が上記の理由で途絶えるものだから、コミュニケーション断絶は更に悪化する。困ったものである。
「でも、だからこそ『通信機』の類は時期尚早だよねえ。まあ、内政チートは農業からというのが定番だし、基本はそれに沿って…」
ガヤガヤ
「ん? なんだろ?」
大通りに面した公園で、結構な人だかりができている。誰かが演説でもするのかな?
<~♪>
じゃなくて、吟遊詩人だ。皇都ではなぜかあんまり見ないから、ちょっと興味深い。聴いていこうかな。
<~♪ これから伝える物語は、物語にあらず。奇跡にして、史実である。~♪>
いいねいいね、このもったいぶった流れがいかにもだよねえ。
<~♪ 遠く離れた都に、凶悪なドラゴンが襲いかかる。人々は絶望し、恐怖する。~♪>
…まさか。
<~♪ しかし現れた、神の奇跡。空を裂いて現れたるは、正義に満ちた炎の刃。~♪>
うわああああああ!
転移! 今日はもう帰る!
◇
皇都の第一騎士団詰め所。
『アオイ』としては調査報告を直接『ミリオン』に伝えることができないので、ギルドからコンタクトがとりやすくなったルイス兄様に伝える。
「なんだって、あのことだけはすぐに広まるんだか…」
「しかたがないだろう。まさしく奇跡だったのだから」
「そりゃあ、『めったに起こらないこと』ほど情報量は多いと学びましたけど」
「ん?」
「いえ、なんでも」
ここは前世知識チートの出番ではない。
「では、先ほどの話をミリオンに伝えておけば良いのだな?」
「はい。要約すれば『魔道具の類は大陸全土に渡って普及していない』と」
「そうか。逆に言えば、ミリオンの『商品』が帝国国内だけでなく、諸外国にも売れるということだな」
「諸外国については、言葉の壁が深刻ですけどね」
「お前は、どうやってあらゆる言葉を学んだんだ?」
「んー、カン、ですかね」
「なんだそれは…」
ステータス画面のスキル欄に『翻訳』と書き込んで実現させた、と言うよりはわかりやすいと思うよ?
「『ドラゴンの鱗』にはまだまだ秘められた性質があると思います。それを活用すれば、ひょっとすると」
「それもミリオンには伝えておこう。しかし、あいつは国政を中心に活動してもらわなければならないのだが…」
「当面は視察ですか?」
「そうだな。諸邦を治める皇族としては、皇都以外にも顔を売り込まなければならん。俺のように、あちこち遠征しているわけではないからな」
「ミリオン殿下にとっては、窮屈になりますね」
「お前はその代わりを務めてくれるのではないのか?」
「殿下がお望みならば」
「望むさ。冒険者ギルドを訪ねて以来、ミリオンはお前のことばかり話している。リオナ嬢が嫉妬するほどにな」
「まだ一度も、会ってないんですけどね」
会えないとも言う。
「そのうち会えるだろう。では、今日はこれで」
「はい、よろしくお願いいたします」
さて、今日は帰りに鍛冶ギルドに寄って、貴族令嬢向きのアクセサリーでも見繕おうか。リオナには、花柄のかんざしタイプも良く似合うだろう。ついでに、ドラゴンの鱗も仕込んで『物理障壁』を付与しておこうかな?