05 森の探索とお約束の邂逅
薬草採取の仕事を終え、冒険者ギルド併設の食堂でトマトジュースを飲んでくつろぐ。んー、ユーリが作ったトマトジュースの方が美味しいけど、こっちはこっちで新鮮なんだよね。新鮮なトマトを皇城で…『冷蔵庫』どうしようかなあ。
「あ、アオイちゃん、まだいて良かった!」
「なんですか、ノーラさん?」
何回か薬草採取の仕事をこなした結果、受付嬢のノーラさんになつかれた。というのは言い過ぎとして、とにかく呼ばれ方が『ちゃん』になった。まあ、ノーラ『さん』が年上なのは間違いない。
「お城から依頼があってね、明後日からの騎士団の討伐遠征に付いていってほしいのよ」
「討伐? 私、今のところ薬草採取専門ですよ?」
「それがね、せっかく森の奥まで行くんだから、貴重な薬草も採取した方がいいじゃないかってことになったみたいなのよ。でも…」
「騎士団に薬草に詳しい人がいない、と」
「ギルドには何人かいるけど、貴重な薬草だから、アオイちゃんがぴったりかなって」
「まあ、騎士団に守ってもらえれば安全でしょうけど…」
意外と早かったな、ルイス兄様との邂逅。あの会話をしてから、まだ一週間も経ってないよ。
「えっと、第一騎士団ですよね?」
「だと思うわよ。あのルイス様の名前で依頼があったし」
「そっか…。わかりました、引き受けます」
「良かったー。騎士団とつながりを得る機会ってなかなかないのよ」
「普通はライバルですしねえ」
とはいえ、魔物討伐という観点では、一応住み分けはされている。冒険者ギルドは、被害が出ている村や旅人の護衛などを通した討伐。騎士団は、計画的な間引きと食料確保。時々獲物がバッティングするのは確かだが、険悪になるほどでもない。だからこそ、つながりを得る機会が少ないのだけれども。
「でも、冒険者ギルドが騎士団とつながりを持ちたがるなんて」
「何言ってるの! ギルドじゃなくて受付嬢組合が持ちたいの!」
「組合?」
「冒険者ギルドとつながりがある商人ギルドと鍛冶ギルドとで作ってる受付嬢の連合組織よ」
「あー、はいはい、ルイス兄…様ね」
兄様にもようやく春が来るかな?
「アオイちゃんはルイス様に興味ないの? きっと積極的な方よ!」
「私、薬草採取だけに草食系が好みなんです」
「『ソウショク』って何?」
「またか…」
渾身のダジャレも通じないし。そもそも、ルイス兄様は肉食系じゃない。ぐっすん。
◇
そして、2日後の早朝。
「君がアオイという冒険者か。3日間よろしく頼む」
「よろしくお願いいたします。私はルイス様の隊列に加わっていれば良いのですよね?」
「ああ。薬草は発見次第、好きに採取していい。騎士団の取り分は、採取した結果で決めたい」
「こちらは依頼料を頂いていますので、全て騎士団にお渡ししても良いのですが」
「貴重な薬草なら民間にも需要があるだろう。適正価格でギルドにも卸してやってくれ」
「わかりました」
ふーむ、誠実かつ堅実な王子様ですね。庶民の女性にモテるわけだわ。貴族令嬢には…ちょっと物足りないかな? やっぱり草食系か…。脳筋だけど。
「では、早速出発しよう。森までは、私の馬車に乗るがいい」
「ありがとうございます」
そうして馬車に乗った後、門をくぐって皇都の外に出て、森に向かってトコトコと進んでいく騎士団。
トコトコトコ…
「…」
「…」
「…あの、ルイス様」
「なんだ?」
「今回、薬草採取を考えたのは、ルイス様なのですか?」
「いや。皇城の魔導師のひとりが、薬草に関する書物に興味をもってな」
「書物、ですか?」
「ああ。なんでも、第三皇子のミリオンと話をしていて、関心が生まれたとか」
…ぽんっ
そうそう、そんな話をイオニス師としたっけ。
「その昔、開拓中の辺境領主が発見した薬草に『回復』の効果があることがわかり、体調不良に陥っていた領主の娘を元気な身体にしたという」
「『マリシア草』ですね」
「知っているのか?」
「ええ。『マリシア』は、その領主令嬢の名前だそうです」
「なるほど…」
ただ、その辺境の地っていうのが、別の書物では、かの有名な魔物が出没することでも有名だったんだよねえ。でも、奥とは言え、そんなのが皇都近くの森にいるとは思えないのだけど。
トコトコ、トコトコ、トコトコ…
ひそひそひそ
「…おい、あの団長が、庶民とはいえ女性と普通に話をしているぞ?」
「普通っていうか、初めて見たぞ、俺」
「団長に何かあったのか、あのアオイって娘が特別なのか…」
「かなり可愛いけど、団長に取り入ろうとする感じじゃないよな」
「うーん…不気味だ」
ひどっ。不気味ってことはないでしょーに。
森に近づいてきたんで、魔物探知のため、あらかじめ設定・確認しておいた『聴覚強化』を有効にしたとたん、これである。騎士団の人達は周囲にたくさん居続けるわけだし、人間の声は対象外にしてしまおうか。…ま、まあ、『可愛い』って思われるのは嬉しいけど。えへへ。
「どうした? 顔が歪み始めたぞ?」
「それは女性に向かって言う言葉ではないですよ?」
「事実だ」
「事実でも、ですよ」
うーん、不敬だったかな? でも、ルイス兄様は気にもしていないようだ。
「…気のせいだったか」
「ああ、団長はいつもの団長だった」
「あの娘が親しみやすいだけのようだな」
「休憩に入ったら、俺らも話しかけようか?」
変な魔物が出なかったらねー。
◇
フラグ立てるんじゃなかった。初日からこれだよ。
ぷしゅぅうおおおおおお…
「ど、ドラゴン、だと…!?」
「な、なんで皇都の近くに…辺境に生息してるんじゃなかったのか!?」
「というか、なんで今まで気づかなかったんだ!?」
「でかい羽が…空、飛ぶんだよな、こいつ」
飛びそうだねえ。だからこそ、なぜ今まで気づかなかったのかが不思議だ。森の奥までの遠征とはいえ,こんなでかいのが空を飛んでたら、皇都や近隣の町や村の誰かが目撃しているはずだ。認識阻害のスキルでも持ってるのかな?
ちなみに、私がステータス画面に追加した『鑑定』では、単に『ドラゴン:睡眠中』としか出てこない。薬草もそうなのだが、プロフィール詳細って感じの表示ではなく、一般的な呼称とか簡単な状態しか表示されない。たぶん、ステータス改変で同等以上のステータス機能を追加することができないからだろう。
そういうわけで(?)、この『ぷしゅぅうおおおおおお』は単なるイビキである。近辺の大地に地響きも立てていて、そうは聞こえないけど。
「今後我々に害を成すつもりなら討伐する必要があるが…厳しいな」
「ムリムリムリ、無理ですよ団長!」
「そうですよ! 百戦錬磨の団長が十人いても無理ですよ!」
「我らは百名近いが?」
「団長5名分じゃダメだって言ってるんですよ!」
テンパってる割には余裕を感じるのは気のせいだろうか。ルイス兄様も、団員たちも。
ディスられてるのか讃えられているのかわからないやりとりを聞きながら、あらためてドラゴンを眺める。おや?
「あのー、目を覚ましたみたいなんですけど」
「「「ひえええええ!」」」
「しかたない、撤退するぞ!」
「「「了解!」」」
むくり
<ふむ…。虫共が、どこに行くのだ?>
え、しゃべった? いや、これは念話か。咆哮と共に精神感応を巻き起こしているアレだな。
「くっ…! 我々はそなたに危害を加えない! 見逃してくれ!」
<何を言ってるかわからんが…虫程度とはいえ、みすみす獲物を逃がす手はないな>
「なんだと…!」
会話が一方通行。まあ、私達のほうが念話飛ばせないだけって話があるけど。
<食べやすいよう、軽く焦がしてやろう。『ドラゴンブレス』!!>
ごうっ…
「いきなり必殺技出さないでよ! もう、『次元障壁』!!」
ピシッ…!
ぶおっ
…
…
…
ひゅんっ
「な、なんだ!? 炎の塊が…」
<吸い込まれた、だと…!?>
次元障壁。空間に穴というか亀裂を生み出し、あらゆる攻撃を亜空間に流してしまうスキル。壁というよりは『吸収・発散』だけど、まあ、攻撃は防いでくれた。ステータス画面で追加・改変した時のイメージ通りだ。
「続けて、『重力制御』!」
<ぐほおっ!? か、身体が、重い…!?>
よし、飛ぶのも防いだぞっと。
「いったい、なにが…?」
「ルイス様! 今のうちに皆さんと早く!」
「そ、そうだな、みんな、行くぞ!」
ダダダダダダッ
<おのれえ…おのれえええっ!!!>
あー、これ、重力制御を解いたら、すぐに追いかけてきそうだ。半永久的に縛り付けておくこともできなくはないけど…。
<虫ケラがあっ! 焼き尽くしてくれる! 貪り食ってやるわあっ!>
…生かしといちゃダメだね、これは。
「『収納解除』。これでも貪り食ってなさい!」
キィ―――ン
…
ゴオオオオオオオオオオオオ――――――――
「な、なんだ、あれ!?」
「空から…ブレスとはまた違う炎の塊が…」
「炎っていうか、ドロドロに溶けた何かっていうか…」
ふむ。マグマ、に相当する言葉はないのかな?
<な、なぜだあっ!? 我は、我はアレから逃れてきたというのに―――!?>
あ、そうなんだ。
いえね、『転移』の練習で、前世の記憶が戻る前に行ったことのある辺境の地まで飛んでみたのよ。結果はうまく行ったんだけど、それまで休火山だった山がいきなり噴火して大変なことになっててねえ。で、『収納』の練習も兼ねて、吹き出していたマグマやら何やらをそっくり確保。海に行くことがあったら捨てようと思って収納してたんだけど―――
「じゃあ、ちょうどいいわね。ほれ、ふるさとの恵みをたーんとお食べ」
<ぐぎゃああああああああああああ!>
ゴスッ
ドゴッ
ゴオンッ
ゴオオオオオオ…
………
……
…
◇
ぷすぷす…
「うめえ! 軽く焦げたドラゴン肉、すげえうめえ!」
「うお、マジじゃねえか! うひょおおお!」
ザシュ
ザクザク
もぐもぐもぐ
がつがつがつ
「お前たち…」
「団長! 早く食わねえとなくなっちまいやすぜ!」
「しかし、少しは証拠品として持ち帰らないと…」
「証拠なら、この黒焦げの本体だけでもいいんじゃないすか?」
「それはそうだが…」
がさがさ
「ルイス様、薬草採取終わりました」
「あ、ああ、御苦労、アオイ」
「でも、ドラゴンと希少薬草との関連性は薄れましたね。辺境の地とは全く異なる薬草分布でした」
「そうか…」
…
……
………
「いや、いやいやいや! お前たち、なぜそんなに平然としている!?」
「はひはへふか、はうほお?(何がですか、団長?)」
「ふはひうははらひひははひへふは(うまいんだからいいじゃないですか)」
「違う! 先ほどドラゴンを殲滅した現象のことだ! …アオイ、お前がやったのか?」
「はうはほひへあはいはひあえお?(やったといえばやりましたけど?)」
「お前たち、一度食べるのやめろ!」
もー、ルイス兄様ったら真面目なんだから。脳筋で真面目じゃ婿の貰い手が完全になくなるよ?
そんな感じで、ドラゴンをぶっ殺したメテオストライク(偽)については、一応、私がやったことにした。したけれども、ルイス兄様以下第一騎士団の面々は、それを公には報告せず、『神がもたらした奇跡、詳しいことは不明、結果は森の奥に』で押しきった。皇都に戻った後も、騎士団が私にあれこれ尋ねるようなことはなかった。
「ねえ、アオイちゃん、こないだ騎士団の人達と合コンしたんだけど」
「合コンって言葉はあるんですね…」
「そんなことより、団員さん達みんなアオイちゃんのこと『殲滅のアオイ』とか言ってたよ。薬草採取しに行っただけよね?」
「ちょっとまって」
そのまま騎士団詰め所に突撃して、噂にするにしてももーちょっとマイルドにしてよと懇願した。
そんなこんなで、結果的に3日が1日に短縮された討伐遠征の一週間後、『流星のアオイ』の二つ名がすっかり広まっていた。冒険者達の間では『髪型から取ったのか? 騎士団にしてはシャレてるじゃねえか』と、あさっての方向に勘違いしてくれた。ポニーテール万歳。
アオイの髪型成り行きで決定。