10 シナリオ改変と反動
結局、ミーナには調査結果として『ミリオンとリオナはらぶらぶ』ということを報告した。あることないことでっち上げて。『ま、まあ、婚約者の暴走は、学院入学後からの皇子モテモテに嫉妬したのが理由だったはずだし?』とか言ってたから、まだシナリオ改変の余地はあるだろう。なにしろ、攻略対象が『僕』なのだ。
それからもミーナとはたびたび会い、かのゲームについていろいろ聞いた。特に、『ミリオン皇子』が関わるあらゆるシーンとシナリオについて。関心のないフリをしつつそれとなく話題にしたら、まー、喋る喋る。半分以上がBLネタだったのには参ったが、そこはしかたない。
「その情報を踏まえると、ここは要注意なんだよなあ…」
「何がですか、ミリオン様?」
「いや、作物がね…」
「作物、ですか? 小麦が豊かに実っておりますが…」
ミリオン皇子としての僕の諸邦漫遊…という名の視察日程も中盤にさしかかった頃。帝国有数の穀倉地帯として知られる、ある伯爵領の視察に来ていた。ユーリが言う通り、目の前には黄金色の田園風景が広がっている。
「今年は、ね。でも、来年も同様に実るとは限らないってことで」
「穀物は数年間の保存が可能ですし、仮に来年の収穫が激減しても問題ないのでは?」
「そこなんだよねえ…」
「?」
ミーナから聞いたサブシナリオに、この帝国全土で大飢饉が発生するという展開がある。そのサブシナリオ発生は学院一年目、つまり、来年だ。とにかく酷い飢饉があちこちの地方で発生し、収穫激減どころか収穫皆無に近い状態に陥るという。結果、この伯爵領では備蓄穀物を狙った盗賊による強奪が頻発し、領都を含む町や村で大勢の犠牲者が出るらしい。
ちなみに、サブシナリオのメインは、盗賊討伐にやってきたルイス兄様と若き伯爵領主との出会いと死別…ということらしい。そういう展開なので、ミーナもこのサブシナリオ発生は回避したいらしいのだが、一介の男爵令嬢ではどうにもならないと嘆いていた。
「しかし、今から盗賊達を殲滅するにしても、現時点ではまだ個々に散らばっていて判定が難しいしなあ。飢饉になって旨味を感じて組織化されていった…いや、されていくみたいだし」
だから、飢饉そのものへの介入が必要になるのだけれども…さすがの『私』も、天候への介入は厳しい。日照りによる完全な水不足が原因らしいから水源を増やす? それとも、いくつかのラノベで定番だった、厳しい環境でも育つ別の穀物類の栽培を促す? うーんうーん。
「とりあえず、領主に会ってみるか。…色恋沙汰のまるでなかったルイス兄様のお相手というのも気になるし」
「ルイス様が、いかがなさいましたか?」
「いや、なんでもないよ、まだね」
まだというか、盗賊討伐とかが必要なくなれば、ルイス兄様がここに来ることもない。根本的なシナリオ改変を目指そう。うん。
◇
「殿下、ようこそ、わが領へ。私が領主のヒューイです」
「ミリオンです。若輩ですが、今後ともよろしくお願いします」
「殿下は腰が低いですな。ルイス殿下とよく似ておられる」
「え、ルイス兄様を御存知で?」
「それはもう。学院時代の同級生でしたから」
あれ? ミーナそんなこと言ってなかったよね? ミニシナリオだからその辺省略されてたのかな? 制作サイドの脳内設定だったとか。
「そうでしたか。では、今でも交流を?」
「ええ、たまに文をやりとりしています」
おお、それは確かに親密そうだ。王侯貴族でも滅多に使えない『紙』を使い、なおかつ、郵便制度も普及していないこの世界で、手紙をやりとりしているのだから。
…ん? 郵便制度?
「ですので、ミリオン殿下のことも少しは伺っております。なんでも、最近は『魔道具』というものを生み出して普及しているとか」
「え、ええ。…ところで、ヒューイ殿。今、新しい魔道具をひとつ考えているのですが、この伯爵領で試していただくことはできますか?」
「興味深い話ですが、どのようなものでしょう?」
「これなんですが…ユーリ、例の筒を」
「はい、こちらに」
僕は、ユーリから『水筒』をふたつもらい、伯爵の前に差し出す…前に、『時間制御』で時間の流れをゆっくりにしつつ、『魔法除去』『イメージ加工』『魔法付与』を次々と実行する。
「まず、こちらの筒を御覧下さい」
「これは、文にあった『スイトウ』…ではないですな。蓋も底もない」
「えっと、その筒を底から覗き込むように目に当てて、窓の方を向いて下さい」
「こうかな…おおっ、これは!」
ヒューイ伯爵には、窓から見える遠くの風景が近くに見えるはずだ。いわゆる望遠鏡だ。といっても、双眼鏡のように近場を見るためだけのものだが。
「これは、風魔法の応用でしょうか?」
「ええ。以前、冒険者ギルド所属の魔導師から、空気を歪めて光の屈折を…まあ、狭い範囲ながら遠くにあるものを見るための術を教えてもらいまして。魔力もさほど消費しないはずです」
「なるほど。それで、これをどのように?」
「こちらの、もうひとつの魔道具と組み合わせます。こうして…」
チカ、チカ
「…光り、ますな」
「ええ、『点滅』させるだけです。ですが…」
僕は『メモ用紙』を取り出し、この国で使われている文字と、光の点滅の組合せを書いていく。モールス信号…は僕も詳しくは知らないし、そもそも文字体系が前世と全く異なるので、この場で思いついた点滅パターンの組合せだ。説明のためだけなら適当でいいだろう。
「なるほど…要所要所に砦を設けて、定期的に文字をやりとりするのですか!」
「問題は残っていますけどね。その『定期的』なやりとりのための時刻を、どうやって合わせれば良いのか、という」
「それなら心配ありません。わが領内は鐘を用いて、あまねく時刻を知らせるようにしております」
「それは素晴らしい。ただ、実際にうまく運用できるかわかりませんので、しばらくは公言せずに試していただけないでしょうか? 必要な魔道具はこちらで全て用意しますので」
「心得ました」
いくら『情報網』を整備して盗賊の動きを把握しようとしても、その情報網の要となる砦を盗賊に制圧されたら意味がないしね。
まあ、これで様子を見てみよう。飢饉がなくとも散発的な盗賊活動は起きているみたいだし、他の情報と併せてうまく機能するなら、治安維持にも影響が出るだろう。
「ミリオン様、いつの間にこのような魔道具を…。皇都を出立する前は、このような魔法付与はされていなかったと思うのですが」
「ユーリの知らないうちに、ちょっとね」
「ちょっと、ですか」
そうそう、さっき、ちょっとね。
◇
ヒューイ伯爵との会談と領都周辺の視察を一通り終えた後、伯爵邸にて歓迎パーティが開かれた。
「殿下、私の下の娘です」
「はじめまして、ミリオン様」
「はじめまして。素敵な髪飾りですね」
「この髪飾りも我が領の特産でしてな。ワイバーンの爪から作り出したものです」
「おお。後ほど職人を紹介していただけますか? 例のモノを改良したいので」
「いいですな。明日にでも早速」
「お父様、もっとちゃんと私を紹介して下さい…」
などといったやりとりがされたり、伯爵の臣下や近隣に住む貴族と交流をしたりしながら、パーティはつつがなく進んでいく。
とは、いかなかった。
「かっ、閣下! ワイバーンの群れが領都に迫ってきているとの情報が!」
「なにっ!? よりにもよってこんな時に!」
そのやりとりを聞いた僕は、即座に『鑑定』を薄く広く発動させる。…確かに、ワイバーン判定の魔物が数匹ほど向かってくる。
「ヒューイ殿、ワイバーンは時々こうして現れるのですか?」
「いえ、こうも突然やってくることなど初めてです。かの魔道具が普及していたら、もっと早くに襲来を知ることができたかもしれない…!」
あー…もしかして、シナリオ改変に対する『ゲームシステム』の反動かな? サブシナリオ発生時と同じだけの犠牲がここで出てしまうとか?
つまり、更にこの事態をうまく収めれば、もしかすると…!
「殿下、とりあえず城の地下へ! ある程度は被害を受けずに済みます!」
「ええ、ここはおとなしく従います」
そうして、地下の倉庫に移動し、他のパーティ参加者と共に息を潜める。相手は空飛ぶ魔物だから意味はないのだが、それでも、おとなしくしてやり過ごしたいという気分になる。
まあ、私は例によって『幻影』を使い、その場に居続けるように見せながら,城の上に『転移』するのだけれど。
◇
ひゅんっ
「ついでに、『アオイ』にチェンジ、と」
ぴっぴっ
ぱあああっ
「さてと、さすがに領都近くでメテオストライク(偽)かますわけにはいかないし、重力制御で街周辺に落とすのもマズいから…『広域結界』」
ぶおんっ…!
領都を覆い尽くすほどの魔法陣が上空に出現し、そのまま地面に向かって柱のように結界の壁が形成される。
くぎゃー!?
がすっ、がんっ
どおんっ
結界にぶつかったワイバーン達が、それでも無理に進もうとして、上空で暴れている。よし、とりあえず領都には入らないようにしたぞっと。
「空間…じゃなかった、『結界湾曲』」
結界の壁が、ワイバーン達を包むように変形する。
「よし、一箇所に集まったね。まとめて『転移』っと」
ひゅんっ
ふっ
とりあえず、辺境にある活火山のマグマの中に飛ばす。今頃、ワイバーン達がまとめてこんがり焼けていることだろう。
「あ、ワイバーンの素材、採取してなかった!」
◇
その後、魔法付与のための素材と、加工品用の爪だけは、活火山から回収してきた。ほとんどがマグマに飲まれていたが、それなりの量は回収できた。
それらは、『アオイ』からルイス皇子に献上する形で皇城に提供した。伯爵に直接渡すには素性を明かす必要があるし、冒険者ギルドに持ち込んでも騒ぎになってしまう。ルイス兄様を含めて皇家関係者にはいろいろバレてるし、これが一番うまくいくのだ。
「また大量の素材を持ち込んだものだな…。ああそうだ、いい機会だから、ミリオンにも会っていかないか? 魔道具の活用はミリオンが担当しているしな」
「えっ」
こうして、あらためて『幻影』と『転移』をフル活用して、『冒険者アオイ』は『ミリオン皇子』への謁見を果たした。
「ああ、君がアオイか。話はルイス兄様やギルドから聞いているよ。貴重な素材を『流星のごとく』得てくると」
「お戯れを。運が、良かっただけです」
マッチポンプも甚だしいが、とりあえずここに、一人二役の体制が確立された。今後は、スキル無双と知識チートを連動させやすくなるだろう。
そう、考えていたのだが。
「…あなたが、アオイという冒険者? ミリオン様にだいぶ信頼されているようですけど」
「げっ」
皇城でばったり会ったリオナに、嫉妬の炎を感じたのは気のせいではないだろう。…学院には行かないからね?