09 調査継続と転生者
ミリオンとしての僕が最初の視察旅行を開始した頃、アオイとしての私は、冒険者ギルドで何人かの冒険者に話を聞いていた。いや、馬車の中って結構ヒマでねえ。寝たフリをして、こう、『幻影』と『転移』をうまく組み合わせてですね。
「じゃあ、諸外国の騎士団はさほどの力はないということ?」
「魔物が住むエリアに沿って国が分断されてることもあってな。他国侵略どころじゃねえし」
「で、帝国はそんな森をいくつか飲み込む形で成立していると…。田舎に住んでたからわかんなかったよー」
「そうなのか。まあ、そういうわけで、諸外国は帝国にむしろ感謝しているくらいだ」
ましてやドラゴンやワイバーンの討伐などはとてもとても、か。父上や兄上がそこまで話をしなかったのは…常識と思っていたのかな。いずれにしても、とりあえず向こう数十年…いや、下手をすれば数百年は、魔道具開発で帝国が主導的な立場でいられそうだ。パックス・レグリシアってところか。
「しかし、『乙女ゲームの世界』なら、たいがい他国の陰謀とか憑依した邪神とかが黒幕としてうごめいているものだけど…」
あのミーナ嬢とやらが私と同じ転生者なのは間違いないとしても、あの言い様だと、どうしても『悪役ヒロイン』にしか見えない。ウチの嫁が悪役令嬢ではないのであればなおさらだ。であれば、ヒロイン側に何かが憑いている可能性もある。
これはやっぱり、第三者的立場なアオイとして、ミーナ嬢を調べた方が良さそうだ。…と、考えていたら。
ぎいっ
「へー、なかなかそれっぽいじゃない、この世界の冒険者ギルドも」
向こうから来やがりましたですよ、ミーナ嬢。
◇
「身辺調査、ですか? しかも、貴族様の」
「そうよ! そういう仕事を引き受ける冒険者もいるって聞いたけど」
「確かにおりますが…城下町での噂をまとめる程度ですよ」
「それでもいいわ。お願い!」
ちょうど対応したノーラさんとミーナのやりとりを、少し前に追加した『聴覚強化』でこっそり聞く。片手にはトマトジュースである。
しかしそうか、リオナのことを調べさせるのか。でも、こういう形をとるあたり、男爵家の身内には知られたくないようだ。あと…私のようなチートもなさそう。何かが憑いているなら、それなりの能力が使えそうなものだけど。
「それと…この人に、アレを」
「はっ」
ミーナの執事…なのかな、お付きの男性が持っていた物をノーラさんに差し出す。
「これは…羊皮紙!? しかも、小さいとはいえ、こんなにたくさん!」
「調査を引き受けた者に使うよう渡してくれない? 気になったことを書き留めるものとして重宝するはずだから!」
「し、しかし、これだけでもかなりの費用が…」
「端切れとして集めたものだから大したことないわ!」
ああ、『メモ用紙』ね。転生者らしく、知識チートを活用しようとしている模様。だが、それには穴がある。
「わかりました、これはお預かりします。ですが、別途『ペン』の調達が必要になりますね」
「え? そんなの、鉛筆か何かで…あっ」
シャーペンか何かで、と言わなかっただけマシかも。ちなみに、こちらの世界のペンは、天然の素材で作られた羽根ペンと墨が主流だ。
まあ、いいや。利用させてもらおう。
「今の話聞こえてましたけど、それなら私が引き受けますよ」
「アオイちゃん! いいの?」
「ええ、ペン素材は一通り持ってますし、調査も得意ですから」
メモ用紙は要らないけど。諸外国調査の時に追加した『記憶力強化』で十分である。他人の記憶はいじれないけど、自分自身の記憶に関してはチートが適用できてしまった。
「…あなたは?」
「アオイといいます。冒険者は始めたばかりで、今は薬草採取やいろんな調査をこなしています」
「そう…。ねえ、このままこの人に頼むこともできるの?」
「は、はい。依頼を受けるのは基本、早いもの勝ちですから」
「それじゃあ、このままあなたにお願いするわ、アオイさん」
「お任せ下さい! それじゃ、詳しいことは…ノーラさん、会議室をひとつ貸して下さい」
「いいわよ。奥の部屋が空いているわ」
さて、ここからうまくやらないとね!
◇
がちゃ
「えっと…それじゃあ、執事さん…でいいんですよね、受付前のロビーで待っててもらえますか?」
「え? セバスにも聞いてほしいんだけど。報酬の前払いのこともあるし」
「はあ…。でも、いいんですか?」
「何が?」
「ああいえ、『セバス』だなんて、執事の名前としては典型的だなあ、と…」
びくっ
「…!?」
「…どうします?」
「わ、わかったわ。セバス、ロビーで待ってて!」
「はっ」
すたすたすた
…
ばたん
「…くっくっくっ…あははは!」
「ちょっと、笑い過ぎよ!」
「だ、だって、本当に典型的なんだもん。あなたが付けたの? 『セバス』って」
「…そうよ。悪い?」
「悪くない悪くない。でも…ぷくくく」
「うがー!」
いやあ、こんなに簡単に素性を明かすことができるとはねえ。まあ、私の方は確信があったからこそなんだけど。
「しかも、メモ用紙…くすくすくす」
「あー、もう! それで? 同じ『転生者』だから依頼を引き受けたってこと?」
「まあね。というか、私の他にも転生者がいるとは思わなかったから。いいなあ、貴族様」
「それはこっちのセリフよ…。まあ、予想はしていたけど」
「そうなの?」
「だって、ここってあのゲームの世界てしょ? あのジャンルにしては物凄く売れたらしいし」
物凄く売れた?
なら、私の異世界モノ作品センサーにかかってたと思うんだけど。一応、ゲームもコンシューマーからスマホまで一通りチェックしてたし。
「えっと、実は私、何のゲームの中なのかわからないんだ。何かの作品世界かなあとは思ってたんだけど」
「え、未プレイなの? 『終末世界のレゾンデートル』ってその筋では有名で…あれ、もしかしてあなた、前世は18歳未満で死んだとか?」
…
……
………
「え゛、それって…」
「そ、18禁BLゲー♪」
なんてこったい。
◇
「でねでね、のどかな庶民とは対照的に文明が衰退していくことを知る皇家の人々の苦悩と葛藤が溢れまくってついには禁断の…」
いや、そのフレーズはもう5回ほど聞いたから。
「あー、その、えっと。でもそうすると、私達女性の出番というか活躍は、この世界では無理ってこと? せっかく、冒険者になったのに…」
「そんなことないよ? あのゲームには、NLやGLなミニゲームもたくさん含まれていたから」
「はあ」
「特に、騎士団副長とギルド受付嬢の悲恋は人気があったなあ。愉快でコケティッシュだって」
そういえば、ノーラさんって騎士団と合コンしたんだっけ。うまくいったのかな?
「でね、私は『それゆけ男爵令嬢! 悪役令嬢をぶっ飛ばせ♪』ってシナリオを狙ってるんだ! なにしろ、お相手があの人気ナンバーワンキャラ、正義のショタっ子『ミリオン皇子』なんだから!」
げふっ。
「そ、そうなんだ。女冒険者が活躍するシナリオはなかったの?」
「あったけど、プレイヤーが操るキャラじゃなかったのよねえ。本編にもたびたび出てきて、あまりに的外れな選択肢を選んでシナリオが迷走した時に、ひょっこり現れて何事もなかったように軌道修正するの」
「…」
「制作サイドの便利キャラって言われてたっけ。名無しのままだったし」
…なんてこったい。
コンコン
「あの、お嬢様…」
「あ、ごめんなさい、セバス。あー、そういうわけだから、調査対象は…」
「はいはい、ミリオン皇子と婚約者のリオナね」
「そゆこと。また連絡するね。冒険者ギルド経由でいい?」
「うん。あなたの連絡先は、ファンデル男爵皇都邸でいいかな?」
「それでいいよ。じゃ、またね!」
バタン
「ふう…。いろんなことがわかったけど、とりあえず…」
そのふざけたシナリオはバッドエンドにさせてもらうよ、ミーナ嬢?