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呪われ少女は夢を見る  作者: 中上炎
第一夜 車椅子の少女
8/30

08.真中詩織②(加減はしましたが、一部グロい描写があります)

 眼前に立つ悪鬼。


 真名は震える手で裁断鋏を右の足首に添えて……そこから少しも動かせないでいた。恐怖と痛み、僅かに傷つけただけでも痺れるような痛みが走るのである。切らなければ命はない。心でそれを理解していても、身体がそれを拒否していたのだ。


 涙のにじむ瞳が逃げるように公子に縋り付く。公子は厳しい表情のまま、車椅子の亡霊を睨んでいた。


 「あなた……分かっているわよね? 私が足止めするから、そっちは――」

 「――言われなくてもッ!!」


 呟いた公子に反応したのは春美の方だった。真名は反応できない。それは震える指先から春美に鋏を力尽くで奪われたからであり、公子が平然と前に出て悪霊との間合いを詰めたからである。その手には柄の長い箒。さっき扉のつっかえ棒に使おうとした物だ。


 笑う悪霊。ゆらりと進む公子。その足先が僅かに左に逸れた。それにつられて車椅子もぎゃりと方向転換する。それは明らかに真名達を庇って囮になる動きであり――


 「いぎャぁァァァッッ!!!」

 「このグズッ! 暴れるんじゃねえわよッ!」


 瞬間、真名は凄まじい痛みに絶叫していた。鋏を奪った春美は、躊躇無くそれを真名の足首に突き刺したのだ。燃えるように熱く、凍るように冷たい。矛盾した痛みが真名の神経を焼いた。涙、冷や汗、あらゆる反応が全身を駆け巡り、痙攣する。


 「痛い痛い痛いッやめてやめてやめてッッ!!!」

 「うるせぇ! あんたは黙ってなさいよッ!!」


 所詮他人事の春美は、真名の懇願を聞きもしなかった。あまりの激痛に意思とは無関係に倒れたまま跳ね上がる真名の身体に馬乗りになると、躊躇無く傷口を広げにかかる。淡いピンク色の筋、そこに鋏の刃を当てると鋸のようにギコギコと断ち切っていった。


 「やめッ! やめてッ痛い痛い痛いあああああッッッ!!!」

 「所詮夢の中よッ! 我慢なさいッッ!!」


 灼熱する神経が、真名に思考を許さない。ブチリブチリという何かが千切れていく感触と共に真名の痛みは絶頂を迎え――


 「――た゛す゛け゛て゛えええ!!!!」


 泡を吹きながら渾身の力で叫んでしまう。だが、人間の身体というのは案外頑丈だ。その程度で足は壊れない。真名の悲鳴は虚しく雨音にかき消され――


 「うん」


 ――なかった。


 真名も春美も、それこそ奮戦虚しく車椅子に首を絞めかけられていた公子さえも、思わずそっちに意識を向けていた。


 鍵のかかった扉。その扉のガラスが勢いよく叩き割られ、大きな破片が真名の直ぐ近くの床に突き刺さる。同時に春美が痛みのあまり鋏を取り落としていた。どうやら小さなガラス片が春美の鋏を持った手を直撃したらしく、肌に赤い筋ができている。


 「良かったぁ。どうにか見つけられたっ」


 いつの間にか、扉の向こうに誰かいたのだ。だが、真名にはそれが喜んで良いのかどうかは分からない。


 「り、凛子ちゃ――ヒッ!?」

 「真名ー。今助けるね?」


 ジャラリと鍵束を取り出す音と同時に、呆気なく開かれる扉。そこには凛子が立っていた。凶悪な金属バット片手に、凛子がニコニコニコニコ笑っていたのだ。何のことはない。真名の悲鳴を聞きつけたのは、悪霊化した凛子だった。


 笑ったままバットを振りかぶっている凛子。昆虫のような無機的な瞳は、天誅を下すべく春美を見ている。同時に背後から響く、車椅子が割れたガラスを砕く音。まさに前門の虎、後門の狼だった。逃げ場などない。


 「そこのお前ー。よくも真名をいじめたなぁぁぁ!」

 「待て!? おい、お前どうにかしろよあァァッッ!!」


 剣豪のようにゆらりと近づいた凛子は、渾身の力でバットを春美の頭へ向けて振り下ろしていた。骨を砕く嫌な音が広がり、その瞬間真名は思わず目を瞑ってしまう。春美は必死で避けようとしたものの、狭い室内でそれは叶わず凛子の攻撃が右肩を直撃したのだ。


 真名の素人目にも醜く歪んだ肩は、明らかに骨が砕けてしまっている。そして凛子は一切の躊躇無く再びバットを振りかぶった。その視線は頭一点に収束している。春美の表情が恐怖で歪んだ。


 「や、やめっ! おいお前! さっさとこいつをどうにかしろよ!!」


 痛みで涙声になった春美に、真名もどうにか正気に返っていた。慌ててポケットからスマホを取り出すも……間に合わない。


 「真名をいじめる奴は、死ねばいいんだ」


 無慈悲な凶器が振り下ろされた。引き攣った顔の春美に逃げ場などなく――だが、春美は動いた。


 「い゛! 痛い゛い゛!? 凛子ち゛ゃんや゛め゛て゛ぇえぇ!!」

 「ご、ごめんね真名!?」


 咄嗟に春美が真名を盾にしたのだ。床に横たわる真名の足をバットが砕いていた。ゴキリと響いたのは、真名の足の骨が凛子の怪力で砕かれた音だったのだ。


 「あ、あら?」

 「……正気に戻ったようね」


 同時に、首を絞められていた公子が文字通り息を吹き返す。死人のように真っ青になっていた白い頬に、僅かな赤みが戻ってきたのだ。車椅子の少女、真中詩織が意識を取り戻していた。


 「よくも真名をいじめたなぁぁぁ!!!」

 「て、テメエが自分でダチをぶん殴ったんだろうが!」


 激怒のあまり震える凛子。そして、その修羅の如き表情に後ずさる3人。……そう、歩けない真名を除いて。


 「少しで良いので時間を稼いでくださいっ!?」


 ……凛子を救わなければ。その瞬間、真名は全身を振るわす痛みに耐えて叫んでいた。


 「知るか馬鹿!! お前は精々そいつとよろしくやってなさいよッ!」


 だが、無情にも春美はさっさと図書室へ逃げ出していた。凛子が真名に執着していることを知っていたから、真名を囮にすれば逃げられると判断したのだろう。


 「こ、これはいったいどういうことですか!?」


 一方、詩織は車椅子の上で一歩も動けず震えていた。正気を取り戻した彼女はただの少女に過ぎないのだ。悪霊と戦う力なんて持っていないし、逃げることすら叶わない。そして最後の一人である公子は――


 「――長くは期待しないで頂戴」


 必死で後ろに下がる真名の前に割って入ると、凜とした表情のまま箒を薙刀のようにして構えた。真名はその隙にスマホを取り出し――その顔が凍り付いた。取り出したスマホは画面がクモの巣状に割れ、電源が入らない。激痛で暴れた拍子に壊してしまったのだ。


 「そんな!? これじゃあ電話がかけられない!?」

 「真名をいじめたのは、お前かアアアアァッ!!!」

 「くっ……! 話せば分かるわ……!」


 僅かに公子と凛子の視線が交錯する。だが、それは本当に短い時間だったのだ。公子はどうにか会話を引き延ばして時間を稼ごうとしたようだ。だが、人間の理屈は悪霊には通じない。


 「どうしよう!? 電話がないと凛子ちゃんが止められない!?」


 作戦が破綻した真名は混乱していた。そして、即座に立ち直れるほど真名は賢くもない。ただ焦りのあまり電話、電話と繰り返してしまう。


 「真名をいじめる奴は、死ねばいいんだァァァッ!!!」


 そんな真名の目の前で凛子が怒りを露わにバットを公子の脳天へと叩き付け、それに対し公子は箒でそれを受けて立つ。だが、力の差は明らかだった。最初に一撃をどうにか逸らすのと引き替えに、箒は中程で真っ二つに折れてしまったのだ。


 公子の表情が険しくなる。


 凛子はそれを見逃さず、再びバットを振りかぶり――


 「――凛子ちゃんッッ!!! お願い、電話に出てっ!!」

 「真名!?」


 間一髪の所で、凛子のスマホに繋がっていた。真名の電話ではない。両親が困ったときに使うよう買い与えていた、詩織の携帯電話だった。






 正気を取り戻した凛子を前に、一同が真っ先に取りかかったのは真名の治療だった。といっても大したことはできない。ただ公子のハンカチで真名の傷口を縛ってもらい、折れた箒を添えただけ。歩ける状態ではないため、詩織を図書室の椅子に移動させてから車椅子を借りている。


 「言いにくいんだけど、車椅子のあなたは既に亡くなっているの」


 凛子の鍵で改めて施錠した図書室で公子はそう言った。それに対して、詩織は驚きはしつつも、どこか納得したような表情だった。


 「このままでは、呪いの中であなたは再び理性を失い、誰かを襲ってしまう。だから……そうなる前に呪いを移して解放されて欲しいの。それに、そうしないとそっちの彼女も助けられないから……」


 詩織はそれを黙って聞いていた。だが、それは少しだけだった。


 「……分かりました」


 悲しそうな表情の詩織。真名にはそれが、自分が既に死んでいることに対してなのか、それとも自分が既に他人を害する存在になってしまっているからなのか、分からなかった。


 「そうしたら、真名さん。申し訳ないのですが……」

 「……はい」


 沈痛な表情の詩織に、けれども迷いのようなものは見えなかった。……少なくとも、真名には。そして、公子と凛子が準備室に行ったのを機に向かい合う。


 まるで最初から暗記していたかのように呪いを唱える詩織。真名はそれを静かに聞き届けていき……終わった。同時に詩織が優しく微笑むと、その身体が徐々に透き通っていく。呪いに囚われていた魂が、解放されたのだ。


 これから詩織は成仏し……この世から消滅する。ふと真名の頭にそんな考えが過ぎっていた。だとしたら、詩織にトドメを刺したのは紛れもなく……


 「真名さん……そんな暗い顔をしないで下さい」

 「……私は……その……」

 「良いのです。なんだかとても暖まる……そんな気分です」


 詩織は、最後の最後まで真名のことを気にかけてくれていた。彼女は心根の優しい少女であり、もし普通に出会っていたら、真名ともきっと仲良くなれていたはずだ。


 「ごめんなさい」

 「うふふ……それなら……コウコさんに……伝えて下さい」

 「え?」

 「詩織は……別に……恨んでおりません……例え……あなた方に呪われたとしても……」


 思わず真名は詩織をまじまじと見ていた。公子が詩織を呪ったと思ったのだ。そんなことはありえないと、そう思って聞き返していた。


 「どういう意味ですか!?」

 「ごめ……なさ……聞こ……ない」


 だが、既に詩織には真名の声が届いていない。


 「あり……がと……う」


 そうして、詩織がいた空間には何も残されていなかった。彼女がいた証としては、真名の乗っている車椅子と古びた携帯電話だけが残されている。これらも詩織が成仏した今、夢から覚めれば二度と触れないだろう。


 「終わったかしら?」

 「あ……はい」


 感傷的な気分になった真名は、そのまま何も考えずに公子の問いに振り返り――


 「…………」

 「…………」


 公子と凛子の間に漂う微妙な雰囲気に息を飲んでいた。公子も凛子も、真名からすれば社交的で付き合いやすい相手なのに、何故かお互いを警戒しあっている。凛子の手には通話状態のままのスマホが握られている。


 「……次はあなたの番よ」

 「……そうね」


 微妙な沈黙のまま、公子は再びぱたりと扉を閉じる。凛子はそれを確認してから真名の前へと寄ってきた。


 「ごめんね、真名。聞いたよ、目が覚めたらいっぱい謝るから……でも、どうやら時間がないらしいんだ」

 「……いいの、それより急いで」


 そうして、凛子が静かに呪いの言葉を述べていく。その途中から、徐々に真名の身体も目覚める感じを覚え始めていた。


 魂が何処かと繋がる感覚、それが完全に繋がる前に呪いが解けたのか、凛子の身体も詩織同様透き通っていく。きっと凛子から見た真名も同じなのだろう。心の底から安堵するような、安らかな感覚が広がっていき……


 「……公子には気をつけて。あの女、連絡先を教えてくれなかったし……なにより、公子(きみこ)って名乗ったわ。あの女……本当に生きてる人間?」

 「え!?」


 真名と詩織の会話は、繋がった携帯によって筒抜けになっていたのだ。車椅子に乗った真名は思わず凛子を見上げ……


 「なんてね。偽名を名乗った気持ちは分かるわ。だって、コウコって言ったら――」


 ――そこには、見慣れた寮の天井が広がっていた。

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