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呪われ少女は夢を見る  作者: 中上炎
第一夜 車椅子の少女
7/30

07.真中詩織①

 「車椅子の少女?」

 「はい。彼女は確かにうちの制服を着てました」


 その日の昼休み、真名は迷った末寮監に相談することにしていた。春美からも報告をするよう要請があったが、そちらに対してはひとまず逃げ回ったとしか伝えていない。もちろん、凛子と車椅子の少女を正気に戻す方法も秘密のまま。


 春美は、協力することはあっても信頼には値しない。悪霊の情報を知ったところで、ますますつけ上がっていくだけだと判断したのだ。


 「正気に返った凛子ちゃんは……車椅子の女と繋がって、呪いの一部になってしまったって言ってました。だから凛子ちゃんを助けるには、車椅子の人を助けないといけないんです……」


 目覚めてから真名は考えたのだ。そして、気がついた。車椅子の少女を助けるためには、彼女に呪いをかけた相手を助けなくてはならず……呪いは鎖のように連綿と続いているのだ。だから、少しでも呪いの大本を辿ろうと寮監に縋り……


 「知っている」

 「……え?」


 思わず呆気にとられてしまうほど、簡単に辿り着いていた。厳しい顔の寮監はそのまま立ち上がると、生徒指導室の棚に収められた分厚い資料を取り出しページをパラパラとめくっていく。背表紙に入寮者一覧と書かれたそれは、どうやら生徒に関する資料のようだ。顔写真のついた学生証のコピーと共に、注意事項のメモ書きが記されている。


 「幾ら私でも、彼女を忘れるほど耄碌はしていない。なにしろ……私の知る限り車椅子を使っていた生徒は真中だけだからな」


 皺の刻まれた厳しい表情をほんの少しだけ緩めた寮監は、入寮者一覧のあるページで指を止めた。


 「真中詩織。今から20年近く前の生徒だ。荷物の搬入を手伝ったこともあって良く覚えている。交通事故による歩行障害をものともしない、お淑やかな良い子だった」


 どこか懐かしむような口調の寮監。だが対照的にその表情には険しさが多分に含まれている。そして、それは真名も同様だった。詩織のページは他の生徒とは違い、多くの注意事項が記載されていた。


 校内や寮の車椅子では通行不可能な場所、それによって発生する問題、そしてなにより……そんな詩織が受けていたイジメについて。


 「真中は模範的な生徒で、皆に好かれて友達も多かった。だが……それ故彼女を妬む生徒達もいてな。ある三連休明け、彼女は登校してこなかった。友人達に聞いても真中の姿を見ていないという。だから我々教職の人間が彼女の部屋に入り……そこで息絶えていた彼女を発見した。警察の話では連休中に病死したということだったが……」


 呪いを受けたのだろう。彼女を妬むものの手で。


 「……当時は、まだ我々も呪いに対して半信半疑でな。神秘倶楽部もまだなかったはずだ」


 そこで寮監は溜息を吐きながらページをパラパラとめくっていく。


 「いた、北野円香。こいつだ。真中に呪いをかけるとすれば、まず北野だろう。なにせ北野達は――」

 「――この人ッ!?」


 思わず真名は食い入るようにその生徒の写真を見ていた。ギリギリの範囲で脱色された髪に、相手を小馬鹿にするかのような表情。真名には見覚えあったのだ。


 「わ、私と凛子ちゃんを呪った相手です!?」

 「なにッ!?」


 それは、確かに真名と凛子を呪った少女に他ならなかったのだ。そして、あの日校舎で出会ったということは、


 「そうか……北野は真中が亡くなる直前に行方不明になっていてな。同級生の話ではヒステリーだと思われていたそうだ。何しろ、夢の中で悪霊に襲われると言って怯えていたらしい。おそらく学校から逃げたのもそのせいだろう」

 「北野さんは、呪いの解き方を……」

 「知っていたのだろう。そして、呪いを真中に移した。しかし、何故か北野は呪いに囚われたままだった……」


 真名にも理由は分からない。ただ、おそらく北野はもう…………


 そしてそのまま呪いの一部になり、今度は詩織を殺した。


 「……っと、そろそろ時間だな。放課後も時間を取るか?」

 「いえ、大丈夫です」


 寮監の誘いを真名は丁重に断っていた。重要なのは、車椅子の少女、詩織を呪った北野は、既に真名と凛子に呪いを移して解放されていることの方だ。凛子を救うためには、時間がない。






 「今回は2階を捜索するわ」


 そして放課後、未だに止まない雨音が続く中、荷物をポケットに入れた真名は春美と共に図書準備室にやってきていた。図書準備室……図書室のカウンターの奥にある狭い部屋だ。部屋自体は広いのだが、図書室に入りきらなかったのだろうか。大量の本が棚から溢れ床にまで平積みされていて、とにかく埃っぽい。


 「ったく、あの悪霊共は知恵が回るから、しばらく更衣室のロッカーは使わないのが無難ね。んじゃ、私は一回席外すから、アンタはさっさと由香に呪いを移しなさいよ」


 春美は真名を案内するなり、さっさと部屋を出て行ってしまう。そうして、図書準備室には真名ともう一人、由香という少女だけが残された。


 気まずい沈黙。どうやら由香という少女は人見知りするらしく、真名以上に大人しい性格のようだ。さっきから何か言いたそうに視線を向けては、それが会う度に慌てて逸らすのを繰り返している。


 「あの――」

 「――はい春美様から話は聞いてます呪いを私に一回移せということでしたね分かりました大人しくしているので遠慮なく呪ってください!」


 一気呵成に言い放つ由香に対して、真名は思わず沈黙していた。由香は決して目を合わせようとしない。焦っているのか、視線は壁を見たり天井を見たりと、行ったり来たりしていた。


 「……うん。ごめん、あんまり時間がかかると怒られそうだから――」

 「――ご、ごめんなさいすみません大変申し訳ありません!」


 その一言で真名も諦めて呪いをかけることにしていた。そこに戸惑いはない。なにしろ、この後再度呪って貰うのだから。


 「終わったかしら?」

 「……今、終わりました」


 そして丁度真名が呪いをかけた辺りで春美が再び準備室に入ってきた。無遠慮に扉を蹴破るようにして入ってくるなり、ジロリと由香を睨み付ける。


 「……で?」

 「え?」

 「なにチンタラしてんのよこのグズ! さっき手順は説明したでしょ!? さっさと私とコイツを呪いなさいよ! それとも……このまま放置されたいのかしら!?」

 「ヒッ!? ……申し訳ありません! なんでもするから許してください!」


 由香は春美に対して酷く怯えていた。春美の言葉を華麗に無視して土下座に入り……だけど一向に呪う気配がない。それがますます春美を苛立たせていることに気づいていないのだ。


 「由香ちゃん落ち着いて……私がさっき言ったことを繰り返してみて?」


 思わず真名は口を挟んでいた。それに対し春美は不愉快そうにするも、何も言わなかった。


 そんな真名へと由香は救いを求めるような視線を向けてきて……どうにか呪いの言葉を口にした。






 「今日はついてるかもしれないわね」


 三度目の夢の中。真名が来たとき、春美は既に図書準備室でふんぞり返って座っていた。


 「昨日より雨足が強い分、多少の音なら雨がかき消してくれる。図書準備室は入口の扉こそ中から鍵がかけられるけど、逃げ場はない……あぁ、そっちの廊下に繋がる扉にも鍵がかかってんのよ」


 真名の視線の先の、廊下に通じる扉は固く閉ざされているようだ。しかし他の扉同様一部がガラスになっており、暗闇故に外の様子は分からないが、それは外からも中にいることがバレないということでもある。


 「それにしても、アンタねぇ来るのが遅いのよ」

 「……すみません。言われた通りの時間にベッドに――」

 「――言い訳すんな! 戻ったら罰金だかんね!」


 真名はそれに対してなにも言わなかった。それが狙いだったからだ。真名は約束の時間よりも、30分ほど遅く眠ったのだ。そうすれば、春美と顔を合わせつつ、単独行動できる。


 真名は、今日で凛子と詩織を助けるつもりだった。そしてその後は寮監に事情を話し、どうにかして弱みを奪還するだけ。そっとスカートのポケットをなぞる。電源を落としたスマホと一緒に、別のものを持ってきていた。冷たい金属の感触。家庭科の授業で使う、裁縫用の大きな鋏だった。


 沈黙が続く。耳を澄ませてみても、雨音以外に物音はしない。あの鉄臭い香りもない。どうやら、近くには誰もいないようだ……今のところは。


 春美も喋らない。どうやら、公子が現れるのを待っているようだった。


 そのままゆるゆると時間が過ぎていく。もしかしたら、このまま何事もなく終わるのではないか、そんな気さえした。前回みたいにいきなり悪霊に見つかるのは希なんだと。


 時計の長針がカチカチと進んでいく。真名も春美も身じろぎ一つしない。一度だけ、遠くで凛子が真名を呼ぶ声がした。が、真名は動かない。ただ、両手で耳を覆って俯くだけ。その声もそのうち雨音に紛れてしまった。


 「チッ! 時間切れが近いわね」


 そこで忌々しそうに春美が吐き捨てた。


 「……念のため、明日は一階に――」


 そして、そう呟きかけた所で声が止まった。同時に真名も顔を上げて耳を澄ませる。響く雨音の中に、異音のようなものが混ざっていたのだ。


 きゃりきゃりきゃりきゃりきゃりきゃりきゃり……


 暗闇の奥から、不快な金属音がゆっくりと近づいてくる。


 真名は無言で春美を見ていた。春美は馬鹿にするような表情を捨て去ると、仕草だけで黙れと伝えてくる。真名も静かに頷いた。


 きゃりきゃりきゃりきゃりきゃりきゃりきゃり……


 どうやら、車椅子の少女がこっちに来るようだ。暗闇の中、何かを探るような気配だけがじわじわと染みるように伝わってくる。


 きゃりきゃりきゃりきゃりきゃりきゃりきゃり……


 そして、それはついに現れた。扉の向こう、廊下側。赤い気配を纏った車椅子の少女が静かに進み……図書室へ入っていく。


 真名の心臓が跳ねた。図書室と図書準備室を隔てるのは、薄い扉が一つだけ。そこから少しずつ鉄臭い匂いが室内に満ち始めていた。如実に濃くなっていく悪霊の気配。まるで、得体の知れない生物の胃袋の中にいるような、不気味な気配が広がっていく。


 きゃりきゃりきゃりきゃりきゃりきゃりきゃり。


 音が消えた。図書室内を見回しているのだろうか。真名は全神経を扉の向こうに集中し……それゆえ、驚きの余り声を上げそうになっていた。足音は一つではなかったのだ。なまじ、その音の主は自分の足音を消すように歩いていて、それが気づくのを遅くしていた。そしてなにより……そんな真似をするのは、理性のある人間のはずで……


 刹那、真名の脳裏を公子のアドバイスが駆け巡った。『この図書室は比較的安全よ』。つまり、公子は図書室を安全地帯と認識している。たった今、悪霊が入り込んだ図書室を……!


 ……公子さん!


 真名は祈っていた。どうか悪霊であってくれと。今廊下にいるのは、公子以外の人間であってくれと。


 同時にぬらりと窓の向こうを進むシルエット。無情にも、開かない扉の向こうにいたのは公子だった。


 顔面蒼白の真名は夢中で聞いた。図書室に入って驚いた公子の声。ぎゃりぃと響く車椅子が方向転換する音。そして――


 「公子さんこっちです!?」

 「テメエなにやらかしてくれてんのよ!?」


 気がつけば、公子を救おうと図書準備室の扉を開け放っていた。そしてそんな自分に罵声を浴びせる春美の声。


 途端、バクンと心臓が跳ねる。


 ――見つかった。


 その瞬間、真名は確かに狂気に飲まれた詩織と目が合ったのだ。そして……それが偶然にも公子を救うことに繋がっていた。一瞬だけ車椅子の体当たりが遅れた隙に、公子は素早く身を翻したのだ。


 公子は鈍い音共に車椅子が壁に激突するのを横目に、体操のようにふわりとカウンターを飛び越え真名の所までやってくる。


 「ありがとう、助かったわ」

 「公子さん……良かった……!」

 「良くねーわよッッ!!!」


 悠然と笑う公子と、ブチ切れた春美。この時、まだ真名には少しだけ余裕があったのだ。気がつけば右手がポケットから鋏を抜き取っていた。


 「アンタ正気なの!? このままじゃうちら全員アイツに殺され――」

 「――車椅子の……真中詩織さんの未練は“足”なんです! だから……!」


 同時に、真名は勇気を振り絞って鋏の刃を右足の腿に当てて――引いた。正確には、引いたつもりだった。鋭い痛みに思わず腕が止まってしまったのだ。鋏が血に濡れる。だが、引き攣った表情で必死にそれを車椅子に見せ――


 「――え?」

 「一旦下がるわよ」


 直後、真名は公子に引っ張られて準備室になだれ込み、同時に春美がカチリと鍵をかける。一拍遅れて凄まじい音と衝撃が広がった。


 車椅子が、扉をぶち破ろうとしているのだ。たおやかな雰囲気など、どこにもない。同時に春美が扉に張り付き、公子が柄の長い箒をつっかえ棒代わりにドアの取っ手に差し込み、必死で押さえ込んでいる。


 「チクショウチクショウチクショウッッ!! アンタ! 死にたいのなら一人で死になさいよ! 私を巻き込むなッッ!!!」

 「落ち着いて。どうして”足”が未練だと思ったのかしら? 話してみて?」


 怒り狂う春美と、冷静さを失わない公子。真名はようやく自分が誤解していたことに気づいていた。詩織の未練は”足”ではなかったのだ。


 「昨日はっ!? 確かに階段から転げ落ちて足を怪我した私に対してっ!? 彼女は理性を取り戻していたんです!?」


 だが、今日は怨念に囚われたまま。何故か?


 「詩織さんの未練は”足”じゃないッ! ”歩けない”だったんだッ!!!」


 同時に激しい衝撃が走り、公子も春美も扉からはじき飛ばされていた。扉そのものも歪み、隙間から赤く染まった詩織の姿が覗いている。赤い……昨夜の凛子は一切赤くなかった。つまり、悪霊は殺せば殺すほど赤く染まり……人の形を失い……人間離れした力が発揮できるようになる。混乱が一周回って落ち着いた真名は、変なところで納得していた。


 同時に扉が呆気なく壊され、ニタニタと笑った車椅子が狭い図書準備室に侵入し、ゆっくりと方向転換していく。背後には閉じた扉、逃げ場などない。急速に広がる鉄臭い……血の香りに、公子も春美も思わず後ずさっていた。


 真名は震える声で言う。


 「だ、大丈夫です。今から……あ、……足を……切れば……大丈夫ですから……」


 引き攣る手で、鋏を添えた。


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