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呪われ少女は夢を見る  作者: 中上炎
第一夜 車椅子の少女
4/30

04.夢の呪い

 「あっはは! これは刺激的な写真が撮れたわねー」

 「…………ッッ……!」


 高笑いする春美に対し、真名はせめてもの抵抗に羞恥で真っ赤になった顔を背けていた。春美は一切容赦しなかったのだ。全ての衣類を脱いだ真名に対して、犬のように地べたを這いつくばらせ、あるいは卑猥なポーズを取らせ、その悉くをカメラに収めた。


 あの写真が春美の手にある限り、真名は春美を一生裏切ることはできないだろう。生まれてこの方味わったことのない、最低な気分だった。


 「精々金持ちに嫁いで、私を楽させてよねー」

 「…………ッ! 約束です! 凛子ちゃんを解放してあげてください!」


 ニヤニヤ笑ってデジカメを鞄にしまう春美に対し、真名は必死に睨みつけていた。しかしそれは、圧倒的優位に立った春美に対して何ら効果は無い。そして、春美は言った。


 「ごめん! 無理!」

 「………………え」


 思わずポカンとなった真名に対して、春美はそれを間抜け面と嘲り笑う。だけど、真名にはそれをなんとも感じなかった。


 「ど、どういうことですか……?」

 「あっははー! 簡単よ! 呪いを解く方法は一つ、他人を呪うことだけなのよー! でも、アンタの友達は既にあっちで殺されたんでしょ? 魂が夢に囚われているから、こっちじゃ絶対目覚めない。なら、呪いをかけようがないじゃなーい?」

 「で、でも公子さんは、車椅子をどうにかすればって……」


 その瞬間、春美の顔つきが変わった。


 「誰?」

 「え?」

 「公子って誰よ? そんなやつ、神秘倶楽部にはいないわ!」


 苛立った春美はそれを誤魔化すようにベッドを蹴っ飛ばし、思わず真名は怯んでしまう。


 「外部の人間? ありえない……神秘倶楽部の非在籍者? ……まぁ、いいか。どうせそいつも私ほど詳しくはない。金蔓が一人増えたと考えるか」


 ドキリと真名の心臓が跳ねた。公子の名前を出したのは失敗だったのだ。公子は女性である真名の目から見ても整った容姿をしていて、育ちも良さそうで……写真のダメージは真名とは比べものにならないはずなのだ。


 「おいお前」

 「真名です」

 「名前なんかどうでもいい。そんなことより、お前の呪いを解くのは明日に延期だ。代わりに今夜、私をその公子とやらに紹介しろ」

 「……それは!?」


 嗜虐的な喜びを隠さない春美に対し、真名は完全に気後れしていた。だが、同時に真名の頭脳が冷静に動き出す。春美の言葉を信じるならば、悪夢の中でもある程度の安全を担保する方法があるようなのだ。それさえ掴めれば……凛子を救う手立てになるかもしれない。


 「もちろん、弱みのことは伏せた上で、だ。拒否権はないわ。もし上手くいかなかったら、アンタには絶対に協力しないし、さっきの写真も実名付きであらゆる所にばらまいてやる」

 「……わかりました。それで、そうすればいいですか?」


 言葉とは裏腹に、真名は強い意志を持って春美を見返していた。春美はそれに対して少しだけ迷いを見せたものの、最終的には御しきれると判断したのか、睨み返してきた。


 「アンタ、夢の中で最初の出現地点はどこだった?」

 「……? 1年4組ですけど」

 「チッ! 使えねーわね。よりにもよって車椅子の行動範囲かよー……やむを得ないか。アンタ、これから3階に行くわよ。そこで呪い直すわ」

 「え? 呪い直す?」

 「気づいてねーのかよぉ。いい、夢の中で最初に現れるところは、自分が呪われた場所で固定なの! で、誰かが夢の中に入ると、音がする。後は分かるわね? 何度も夢を見れば見るほど、悪霊共に自分の出現地点を把握されるのよ! そうなれば、いつか出待ちされて殺されんの!」


 真名はおぼろげながらに、自分が今危険な状態に置かれていることを理解できた。既に車椅子の悪霊と接触した以上、今夜までに別の場所に移動しなければ追いつかれてしまう可能性が高い。


 真名の頭脳は大筋で春美の案に乗ることを是としていた。公子に会って……公子に情報を伝えるのだ。少なくとも、春美よりは公子の方が信用できる。幸い公子も呪いの解き方は知っていた。あとは公子と力を合わせて、どうにか凛子を助けて脱出するだけ。写真のことは、あとから考えればいい。


 お互いに腹に一物を抱えたまま、真名は春美に連れられて3階の女子更衣室へとやってきていた。既に全部の授業は終わっている。部活動はそれぞれの部室で着替えるから、この更衣室を使う者はいない。


 春美は満足げに頷くと、特に説明もなく更衣室のロッカーを開けて……


 「い、痛い!」

 「黙って中に入ってろ。今から私の呪いを移すから。上手くいったら、明日別の部員に移させてやるから安心しな」


 顔を打って涙目の真名を尻目に春美は無遠慮にロッカーの扉を閉めると、そのまま呪いの言葉を唱えてきた。真名はそれを甘んじて聞き届ける。そして、あっさりとロッカーが開かれた。


 「これでオッケーよ。帰るからロッカーの鍵をかけなさい。そうすれば、夢の中でも鍵はかかっているから、万が一見つかっても安心よ」

 「なるほど……」


 ある程度夢の中は現実とリンクしている。これも収穫だった。もし公子が春美の言う通り外部の人間であれば、これはヒントになるかもしれない。


 「……あの」

 「なによ?」


 その帰り道。もう一つだけ、と真名は勇気を出して聞いていた。


 「学校の外で呪ったら良かったんじゃ……」

 「あー、これだから素人は。あの夢はあくまで学校の敷地の中しか広がってないの。だからその外で呪われても、学校の校庭に出るだけよ。あんなだだっ広いところに放り出されてみなさい? 真っ先に襲われるでしょうねー」


 これもまた、重要な情報だった。真名は内心で心を滾らせる。着実に前進しているのは間違いなかった。


 「じゃあね。ロッカーの鍵は朝一で戻しておけば大丈夫よ」


 玄関まで来たところで、そう言うなり春美は真名を無視して校舎に戻ってしまう。真名はそのまま寮に帰ろうとして上履きを下駄箱に入れ……再び履き直した。素早く周囲を伺うも、人気はない。


 もう一つだけ、確かめなければならないことがあった。神秘倶楽部の他の部員である。もし春美の他にも詳しい人間がいるのであれば、春美に従う必要も無くなる。


 ゆっくりと脚を踏み降ろして足音を消しながら校舎へと戻る。真名はさっき春美から呪いを移された。そして春美が公子のことを知りたがっている以上、春美も誰かに呪いを移して貰う必要があるはずだ。そしてそれは、他の部員に他ならない。


 幸いなことに、春美は真名のことを無警戒だったようだ。誰もいない階段に差し掛かると、頭上から春美がスマホ越しに不機嫌そうに誰かを威圧している声が聞こえてきて……


 「貴様、そこで何をやっている!」

 「っ!?」


 油断だった。慌てて振り向いた時にはもう遅い。強い力で腕を掴まれ……


 「ち、違うんで――」

 「――言い訳無用! 授業が終わったら校舎からは速やかに退去する規定になっているだろう! こっちに来い!」


 最悪なことに、見つかったのは鬼の寮監だった。既に白髪の交ざり始めた年配の寮監は、それを感じさせない怒気と共に真名の言葉を遮ると、有無を言わさず生徒指導室に連れ込んでいく。


 真名が寮監に捕まるのは二回目だった。一回目は、入学当初まだ学校の勝手が分からず、今日と同じように凛子と一緒に廊下で喋っていたら、今のように捕まってしまい一時間も怒鳴り散らされたのだ。


 思わず真名の身体が萎縮してしまう。あの時は凛子が一緒だったから罵声にも耐えられた。今度は一人きり……。


 「そこに座れ」


 有無を言わさぬ言葉に、暗い表情のまま黙って従う。心の中に暗い雲が湧き上がってきた。怒鳴られるのもそうだし、なにより自分が帰らなかったことが春美にバレたらどうすれば……


 「貴様、危なかったな」

 「え?」


 思わず真名は俯いていた顔を上げていた。そこで見た寮監は……真名が初めて見る心配そうな顔をしていたのだ。


 「なにも言うな。剛田は中途半端に疑り深い。話すときは必ず見通しの利く場所に陣取っている。あのまま階段を上っていたら、気づかれただろう」

 「……す、すみません」

 「いや、いい」


 そして、寮監は笑う。真名もそこで理解していた。おそらく笑っている方が本当の寮監なのだろう。普段は心を鬼にして生徒を学校から退去させ……生徒が校舎に巣くう悪霊に呪われないように気を配っているのだ。


 「しばらくここ隠れていろ。奴がいなくなったら、私が教えてやる。それと、川井のことだが……」

 「凛子ちゃんのことを知ってるんですか!?」


 思わず立ち上がった真名は、同時に寮監の鋭い視線を受けてすごすごと席に座り込んでしまう。


 「川井は現在入院中だ」

 「入院…………」

 「安心しろ。様態はひとまず安定している。直ぐにどうこうなるわけではない……ないが」


 そこで寮監は言いにくそうに視線を外した。学校側は、ある程度呪いのことを把握している。ということは、今までに呪われた生徒のことも知っているはずで。気がつけば真名は自然と唾をゴクリと飲んでいた。


 「このままだと、もって四日だろう」

 「そんな……」


 それは無慈悲な余命宣告だったのだ。分かっていたことだが、改めて突きつけられたことで心が深く傷ついてしまう。そしてそれを見る寮監も辛そうな顔をしていた。


 「……すまない。だが、知らせないよりは良いと思った。本当は私達で呪いを肩代わりできたら良かったのだが……な」


 沈む言葉に、真名は反応しなかった。折れそうになる心、それを必死で再構築し、立ち上がる。まだ時間に猶予はある。


 「……そうですか……分かりました。……まだチャンスはあるんですね」

 「……お前は強いな」


 消えそうな心の灯火を必死に奮い立たせると、どうにか真名は呟いていた。


 「……とにかく逃げ回って隠れなさい。幽霊は既に肉体を失っている分、見た目によらずとんでもない怪力を発揮することがあるようだ。この生徒指導室は他の部屋と違って内側から鍵をかけることができる。どうしようもなくなったら、ここに閉じこもりなさい」


 そう言うなり、寮監は校舎を見回るとだけ言い残して、出て行ってしまう。真名を一人にしてくれたようだった。


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