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呪われ少女は夢を見る  作者: 中上炎
第一夜 車椅子の少女
3/30

03.夢の中、始まり

 「凛子ちゃんッッッ!!」

 「真……名……逃……げ」

 「何をやっているの!?」


 同時に真名は公子に平手打ちされていた。衝撃と同時に頬が熱くなり、どうにか冷静さが帰ってくる。


 「逃げるわよ! じゃないとアイツに追いつかれる!!」

 「でも、凛子ちゃんが!?」

 「もう手遅れよ! 首が180度曲がったら、どんな人間だって生きられない!!!」


 え、と思った時には呆然となっていた。真名の目の前で、既に凛子の首はあらぬ方向へとねじ曲がり、血塗れの少女も満足げに笑いながら再び車椅子に乗ろうとしているところであり……


 「ここは夢よ! 夢の中で死んでも、現実で死んだりしないわッ!!!」


 公子の言葉に真名はハッとなっていた。同時に腕を引っ張る公子に抵抗せずに身体が勝手に走り出していく。






 「この図書室は比較的安全よ。遮蔽物が多いから身を隠しやすいし、なにより車椅子は真っ直ぐにしか走れないから逃げやすいの」


 テキパキと話を進めていく公子に対して、真名は内心で申し訳ない気持ちに押し潰されていた。凛子を見捨てて逃げてしまった。その後悔が暗い重しとなって真名の心にぶら下がっている。それでも生き残る道を選べたのは……凛子が我が身を省みず逃げて、と言ってくれたからだろう。


 「それで……凛子ちゃんは死んでないって……」


 暗闇の中で、真名はヒソヒソ声で公子に尋ねていた。公子はチラリと時計を見てから真名と向き合う。


 「そのままの意味よ。ここは悪夢……つまり夢の中なの。だから、ここで死んでも身体が死んでしまうわけじゃないし、身体が生きていれば魂も消えたりしないわ」

 「……じゃあ」

 「……でも、呪いに囚われてしまったことに変わりはない。このまま放っておけば、あなたのお友だちも車椅子と同じになってしまうわよ。そうなったら、二度と身体に戻れない……」


 凛子が死んでしまう。考えただけでも怖気が走る話だった。元々凛子が呪われたのは、真名が宿題を忘れたと言ってしまったからだ。つまり……真名が言わなければ凛子は……


 「だから、どうにかしてあなたが呪いを解いてあげなさい」

 「え?」


 暗い気持ちに囚われかけていた真名は、思わず公子の顔をまじまじと見ていた。


 「この呪いはね? 自分以外の誰かに呪いをかければ解けるのよ」

 「そんなことで!? ……で、でも、だから私達は呪われたんだ……」


 ……自分が呪いから解放されたいから。今となっては、真名は自分を呪った相手を恨むことができなくなっていた。車椅子の少女に襲われた今だから分かる。ここは悪夢、眠る度に必ず訪れる夢の世界。決して逃れられず、死んでも続く呪いの世界。だから、そこから解放される手段があるのであれば……


 「……悪霊に殺されたものは、悪霊になる。経験則だけど、あなたのお友だちは現実では覚めない眠りについているわ。そして夢の中では……殺された車椅子の少女に囚われている。だから、先ずは車椅子をどうにかするのが先決ね」

 「どうにかって……」

 「もちろん、既に死んでいるアイツを殺すことはできないわ。でも、正気に戻すことはできる」

 「どういうことですか?」

 「……私にも分からないの。ごめんなさい。でも理性こそ失うものの、悪霊と化しても霊は霊、未練に反応することがあるわ。だから……意思疎通ができないわけじゃない。それを利用して、どうにかしてアイツから呪いをかけて貰いなさい。そうすれば、お友だちの魂も解放されるわ……っと時間ね」


 その瞬間、切れた糸が再び繋がるような不思議な感触が背中を撫でた。母親に手を握って貰ったときのような、暖かい感覚が身体を満たしていく。徐々に身体が軽くなっていき……


 「気をつけて。呪いが進めば進むほど、こっちにいる時間も長くなるわよ」

 「…………! あ……れ? 声……が!」


 公子さん、と呼ぼうとした声は音にもならなかった。同時に視界が真っ白く染まっていく。


 それにあらがおうと、一際大きな声を出した瞬間、


 「……え?」


 真名はベッドから身を起こすところだった。見回せばそこは真名と凛子の部屋であり、雑に閉められたカーテンの縁から朝の日差しが室内を照らしている。


 「そうだ!? 凛子ちゃんっ!!」


 血相を変えた真名は、慌てて隣のベッドで眠る凛子に縋り付き……


 「あ……あぁ……」


 凛子は青白い顔のまま眠っていた。真名がどれだけ揺さぶっても、声を枯らして呼んでも目覚めない。真名は泣き叫ぶように凛子に縋り付いて呼び続け……そこで意識が飛んだ。






 「……それで寮監、こいつが犠牲者なのかしら?」

 「被害者だ。口の利き方に気をつけろ、剛田」


 次に真名が意識を取り戻したのは、白い仕切で隔離されたベッドだった。保健室のようだ。奥からは言い争うような声が聞こえてきて、思わず縮こまってしまう。


 「へぇ? 寮監こそ、そんな口を利いていいんですか? 私は別に、学校側に協力しなくてもいいんですけどー?」


 あざ笑うような声と、それを咎める声。真名はその片方に聞き覚えがあった。咎める方は鬼と形容されるほど生活態度に厳しい寮の監督者のものだ。


 「サボり、タバコ、飲酒、不純異性交遊、カツアゲその他諸々、私達はいつでもお前を退学に処せる――」

 「――でも、私は今もここにいるー。それは私達神秘倶楽部が代々積み上げてきた知恵を失うのが怖いから、でしょー?」


 その瞬間、仕切越しにも分かるほどの怒気が膨れあがった。寮監が怒っているのだ。


 「ひとまず、こいつの件は引き受けます。ですので、寮監には今後ともご贔屓にー」


 嘲るような声の持ち主は、寮監の怒りをものともせずに部屋から追い出すと、なんの遠慮もなく真名のいる仕切を明け放った。


 「ごきげんようお嬢さん……って、なんか幼いのがきたわねー。でも胸はそれなりにあるから、写真受けはするかー? でもなぁー」


 思わず真名は息を飲んでいた。剛田と呼ばれていた先輩は、この学校ではありえない茶髪の持ち主だったのだ。そしてそれ以上にありえないことに、制服を着崩し、スカートは短くし、とどめに禁止されているはずの化粧までしている。壁掛け時計は6時間目の授業中を示していることから、この生徒は授業をサボっていることは確定的であり――


 「おいっすー。私は剛田春美(ごうだはるみ)、アンタのご主人様候補よ。先に言っておくけど、私の言うことには絶対服従だから」


 どう考えても不良であり、大人しい真名と仲良くなれそうなタイプではない。一瞬だけ泣きそうな気分になった真名は、それでも凛子のためにと意識を奮い立たせる。


 神秘倶楽部、それは夢の中で公子が口にした名前と一致しているのだ。


 「ど、どうも、それで凛子ちゃんは――」

 「――黙ってろ、愚図。私が説明してやってんのが分っかんないのかなー?」


 ピシャリと睨まれ凄まれ、真名はそれ以上何も言えなかった。


 「私は神秘倶楽部の部長であり、アンタの遭遇した呪いについても一番詳しい人間よ。だから、私のしもべになるなら、呪いを解いてあげる」

 「え?」

 「ただし仲間になるなら条件が1つ」


 ニヤリと意地悪く笑った春美に対して、真名は遅まきながら自分がどうやらはめられた事に気づいていた。保健室には二人以外に人影はない。つまり、助けてくれる人はいない。


 「さっさと服を脱いで全裸になりなさい。安心して、写真を撮るだけだから」

 「~~ッ!? な、どうしてそんなことを――」

 「――決まってるでしょ? 万が一逃げたとき、制裁(・・)を加える為よ」


 ニタニタと笑いながらデジタルカメラのスイッチを入れる春美に対し、真名は心底怯えて思わず凛子に助けを求めそうになっていた。


 「安心してよ。卒業したら、適正価格(・・・・)で買い戻させてあげるから! ま、在学中も小遣いや雑用はお願いするけどね」


 真名は寮監の言葉を思い出していた。春美にかけられた数々の嫌疑、それは嫌疑などではなく純然たる事実だったのだ。春美は真名にこう言っているのだ。助けてやるから、一生を差し出せと。


 ニタニタ笑う春美に対して、真名は目眩を感じそうになるのを堪えるので必死だった。……だが、迷いはしなかった。


 「分かりました」

 「お? いいねー。素直な子は好きよ? 前に断ったバカは……」

 「ただ、私はどうなっても構いません。代わりに……凛子ちゃんを助けてあげてください」


 追い詰められた真名に残っていたのは、それだけだった。真名は凛子に助けを求めるために、助ける道を選んだのだった。


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